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「だぁ~……。あっちぃ……」
首筋を伝ってくる汗を腕でグイッと拭うが、それで汗が止まるものではない。
そのまま垂れてくる不快感を一時とは言え、多少マシにできたかなというくらいである。
「お~、そこまで汗だくでやってるなんて珍しいな。大丈夫か?」
声をかけてきたのはレッドで、同じように汗を流しているが、タカヒロよりはずいぶんと楽そうに見える。
これは単純にどこまで肉体労働に慣れているかの違いであるのだが、タカヒロにはレッドがおかしい人のようにしか見えなかった。
「なんでそんなに平気そうなんですかね……」
「いや、俺もきついぞ? 暑いし、重いもん運ばなきゃならんしで……。本職の人たちの方が、おまえにとっては不思議に見えるんじゃないか?」
二人が来ているのは建設中の砦であり、その人足として依頼を受けてきたのだ。
この砦はアクネシアに対する備えであり、アクネシアが戦場で呼び出したという異形のモンスターへの警戒のために建設が急がれている。
王都だけでなく、ファルケン伯領のハーバランドからも大工が集められているのだが、石材、木材の運搬という単純な肉体労働をする人もいないと建設の速度は上がらないので、冒険者にその依頼が回ってきたのである。
単純ではあるが、相当な力仕事であり、急ぎの仕事というのもあって報酬はとても良い。
モレクの町から北側に建設しているのだが、モレクの町に宿が確保されており、三食きっちり出されるという好待遇で多くの冒険者がこぞって参加しているほどである。
その甲斐あって、建設期間は当初の予定より大幅な短縮を見込まれており、砦を作ると決めて動いてからまだ二月もかかっていないのに完成が見えてきていた。
「それにまぁ、おまえさんの仕事は俺たちとはだいぶ違うしなぁ」
レッドがタカヒロの後ろ側に目を向けると、そこには地面から岩が複数突き出ていた。
タカヒロが魔法で岩石を生成して、地面から生やした結果である。
この仕事を受けて二日後、このペースに対して石材が足りないことが問題となっていた。
ここでタカヒロはレッドと話し合い、タカヒロがいくらか魔法を使えるという体で打ち合わせして、許可を取ったのだ。
これは最初、胡乱気に見られたものであるが、タカヒロが本当に岩を生成したことでどんどんと作らされることになったのである。
さて、その魔法を使える人であるが、王都に多く存在しないことになっている。
と言うのは、どこまで使えると言い張るかが問題にある。
魔法についてはまだ解明されていないことが多く、威力の強い魔法は戦力として強すぎると言うのが関係しているのだ。
魔法を使える人、と言う括りにすると、該当は万別になる。
例えば、野営で火を熾すのが簡単にできるくらいの火を出せる使い手が居れば、火の球を作り出して飛ばし、当たった場所が溶けるほどの使い手であったり、狙った場所から火の柱を立ち上らせるという使い手も存在する。
前者であれば生活にちょっと役に立つかなくらいであるが、後者では戦況を変える一手になりえる。
後者くらいの力とあれば、国が高額でもって雇い入れようと動くことになり、前者くらいの使い手でもこぞって魔法が使えると声を上げたことがあったのである。
魔法を使える者が多く集まるというのは戦力として嬉しいものであるが、高給で雇うことになるのでそれだけ国の負担となってしまうのも事実。
当然、篩いにかけて選別することになるのだが、その選別にだってお金が掛からないわけではない。
人を動かし、物を動かすのだから、それなりの金額が掛かることとなる。
その多額の費用がかかると言うことに面白くないのは、税を取られている人、納めている人である。
国の戦力となったり、生活を楽にしたりする力となって返ってくれば文句は出ないのだが、ちょっとした火を熾すくらいの者が高額取りになろうとする姿は、身の程を知らない愚か者としか映らない。
無駄に税を使わせた者達として、魔法使い全般が冷たい目で見られてしまったのだ。
冷たい目で見られるだけと言うのも辛くはあるが、時には何かしらの仕打ちを受けたという話まで飛び交うようになり、自分の身と評判を守るために魔法を使えると申告する人が少なくなっているのが現状にある。
それだけではなく、国が確保に動いていることも、王都で生活している人に魔法を使えると申告する人が少ない理由になっている。
戦況を変える一手になりそうな魔法を使える者を眠らせたままにしておくのは、国として損失であるし、酷い話であるがその者たちに反旗を翻されたら脅威となるため、国は囲い込みたいのである。
この二つが絡み合って、城に囲われた人たちを魔法を使える者として、それ以外は魔法を使えるとは口にしづらい環境となってしまっているのだ。
その魔法を使える者たちの魔法であるが、それを人々が目に出来る機会はほとんどない。
国が戦力として抱えるというのは、その力から考えれば当然なのであるが、その力を発揮する機会が無ければ給与を支払い続けるだけとなってしまうため、魔法の研究を行わせている。
これは使える人と使えない人の差、違いといったことから、魔法を防ぐ対策であったり、生活に反映できるものを考案させている。
しかし、研究となればすぐに結果が出てくるものではなく、ほとんど城に篭って作業を続けることになってしまうからである。
「さすがに、ある程度の大きさに揃えて、数を考えて、まとまった場所に狙って作る、というのは、精神的に疲れますねぇ……」
これも魔法を使えるとする者がよく口にする言葉であるのだが、威力を大きくしたり、制御するのはとても疲れるらしい。
前者は、自身の中から力を搾り出すということで魔法を使った後の疲労が激しいらしく、後者は、狙いをつけ、威力を制御すると言うことににすごく神経を使うらしい。
弓で狙いを付けるのは、確かに集中力が必要であり、弓のように道具を使わない分、自身の感覚で狙いを付けるというのがより集中力を必要としそうであることは、聞いた誰もが納得するだろう。
もう一つの制御であるが、これはタカヒロに言われてレッドは納得した。
と言うのは、魔法は大雑把なものらしく、ただ力を奮うのであれば楽なのだが、当然力が強いと大きな影響を周囲に及ぼしてしまう。
そうならないように、例えば火の玉が当たったところから燃え広がるとしたら、横にではなく縦に広がるようにしたり、すぐに消える威力に抑えたり、消すという力が必要になる。
タカヒロに言わせると、火を熾すだけしかできない人は出力を抑え過ぎてるだけであり、むしろタカヒロのように力が大きい人が、迷惑にならないように力を抑える方が大変と言うことらしい。
新人冒険者への講習を行ったときに、相手に合わせて戦うことが大変だったのを思い出したレッドは、そういうものなのかと理解したものである。
タカヒロが岩を生やしたというのは、攻撃に使うには先端を尖らせていなければそれほど脅威ではなく、足止めなどにはとても有用に思えるものだった。
ほかに岩石を空から落とすことも出来るらしいのだが、さすがにそれは危険すぎるとレッドが本気で止めている。
「まぁ、作りすぎるとそれは大事になるから、適当に疲れて休んどけ。あれは……早速切り出してるな。……なぁ、タカヒロ。なんでこういうことで魔法を使う気になった? これまで面倒くさいって家の中以外断ってきてただろ? こういうところで使えば、目立つぞ?」
タカヒロの今後を憂うように、とても心配している人の声だった。
「ん~、魔法使える人っていないわけじゃないんでしょ? 一応、どんな魔法を見たことあるかってギルマスに聞いたことあるんで。たぶん、大丈夫じゃないかな~と。それに、やれるうちにやっておいた方がいいことってあるじゃないですか」
見たことがない魔法となれば、とにかく目立つ。
それが派手であったり、有用なものであればあるほどに嫌が応にも人目を惹いてしまうものだ。
ただ、今回は建設用の石材が不足しているということで、その場しのぎに少し生み出した程度であるため、そこまで目立つものではないと考えて行っている。
岩を生やすというのは有用でありそうだが、採取に行って生やしても邪魔であるし、討伐で身を守るのに生やすのは有りかもしれないが、そのまま残ってしまうので邪魔になる。
移動などの邪魔でしかないと言えば、城であってもそこまで注目しないだろうという考えもあった。
「あ~、そうだ。今度、剣の稽古してくださいよ。ちゃんと使えないと、持ってても役に立たないんで」
ついでで思い出した、という感じで訓練を所望するタカヒロ。
レッドは大きく目を開き、少しよろめいた。
「お、お前が訓練だと!? どうした? 魔法の使いすぎっていうのは頭がおかしくなるのか?」
反論しようとするが、普段の自分の言動を思い出してグッと我慢するタカヒロ。
さすがに、レッドも本気の話なのだとタカヒロの態度をみて理解した。
「急になんだって思うんだが……、まぁ、ちゃんとした理由がありそうだな。……やれるうちにやっておいた方がいい、か。さすがに毎日なんてやってやれないし、基礎ならギルドでやってもらった方がいいぞ? ギルドとしても収入源だからしっかりやってくれるからな」
「あ~、やっぱりそっちですかぁ……。なんか、ギルマスが本気でやってくれそうで怖いんですよねぇ」
目をそらすタカヒロに、昔を思い出して遠い目になってしまうレッド。
やる気に溢れる教師というのはありがたいのだが、度が過ぎれば鬱陶しいだけである。
「だが、それを乗り越えたら、かなりの腕になれるぞ。気合と根性だな」
「精神論は嫌いなんですけど……」
気合と根性でどうにかなることなんて、世の中には限られているものである。
しかし、そういった心の持ちようで活路を見出せることもレッドは知っている。
やり遂げて欲しいと思うが、あの厳しさはやりたくはないとも考えるもので、それから先に続けられる言葉が出てこなかった。
「ん~、あっちは大丈夫ですかねぇ?」
雰囲気を変えるように、タカヒロがアクネシアの方角を見る。
砦の建設であるが、建設中に襲ってこられるのは作業の妨げであり、作業員の危険である。
そのため、周囲を警戒する仕事もまた、冒険者に依頼が出されている。
ただ、周囲の警戒というのは裏の目的であって、冒険者に依頼されている内容は建設中の砦から近い場所での討伐や採取となっている。
警戒という内容では、噂となっているアクネシアの醜悪なモンスターと戦うことになるのかと、受けてくれる冒険者が減ってしまうことを危惧したことと、せっかくなら採取も兼ねてくれば警戒の依頼より安上がりに出来る、という打算的な理由であるのだが、それに文句を言える者は居ない。
お金は無尽蔵に湧き出る物ではないのだ。
依頼としてこなせる内容で、報酬がもらえるなら文句など言えない。
一応、ハーバランドの兵も警戒訓練として動いている。
何かを見る目は多い方が良いのである。
「悪いときに悪いことってのは起きやすいもんだが。あんなことしたアクネシアが大人しいままってのもありえないよなぁ」
「あ~、フラグ言っちゃったかも……」
仲間を心配するように遠くを見るレッドには、タカヒロのちょっと失敗したかもという言葉は小さすぎて聞こえなかった。
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