91
「ちょっと前に虫の討伐やったはずですけど、なんでゆっくりできるほどお金ないんですかねぇ……」
マイがリビングの机に身を投げ出し、ちょっと身体を起こしては冷えた水をちびちびと飲み、また机に身体を投げ出す。
少しずつ暑くなってきたことに早くもダレ始めていて、すでにタカヒロの魔法で涼しい環境を作らせている。
すでに暑くてあまり動きたくないということを全身で表現しているのだが、わざわざ口に出したに過ぎない。
ちなみに、冬場には暖かな環境にできないかやらせてみたが、魔法も万能というわけではないことを実感させる結果となってしまった。
涼しい環境というのは、弱い風を起こしたり、対象の温度を奪う、タカヒロとしては別の場所に動かすという感覚らしいのはそこまで力を使わずにできるそうなのだが、暖かな環境にすると言うのは、凄まじく力を使うらしい。
温度を奪う、動かすということをやっても、寒い場所が変わるだけであり、温まるということにはならなかったし、暖かいのは暖炉から熱が回ったところだけなのである。
そこから温度を奪う、寒いところから熱を動かしても冷えるだけだったのだ。
そこで火の魔法を使えばいいじゃないかと試したが、火の魔法とは燃やす力であり、部屋の一部が焦げるで済んだが危うく燃えかけた。
満場一致で室内では使わないようにと、わかりきったことをリベルテに説教されて終わっている。
「ん~、あれは討伐の依頼の中で一番安いものだからな」
季節的に発生する大群の虫の撃退の依頼。
あれの多くが人里のところまで抜けてしまうと、作物が食い荒らされることはもちろん、国土のあちこちでさらに繁殖されてしまう恐れがあるため、冒険者も動員しての対応が必要なのである。
そのため、冒険者もというところで分かるとおり、国の兵も大部分が動員されていて、レッドたちが戦っていたのも、虫を逃してこちら側に入らないようにという配置の一部でしかない。
兵には冒険者の報酬より少ない手当てが出されているのだが、国を守るためという意識を強く持つ兵であるからこそ、この虫の大群相手は訓練の場として人気なんだとか……。
と言っても全てがそうではなく、やっぱり気色の悪い虫のモンスターなので、前日に体調を大きく崩して寝込む兵もいるんだそうだ。
そして、肝心の冒険者であるが、作物が食い荒らされたりすれば、一番被害を受けるのは民である。安定したお金が入るわけではない冒険者は、様々な依頼を受けるものであり、その中で討伐の依頼を受けた実績を持つ者が、他の依頼を受けているわけでも無いのに受けないとあれば、かなり冷たい目で見られてしまう、というのが受ける理由の一つとなっている。
自分の生活のために仕事を受けるものであるが、周囲から冷たい目で見られるということは、依頼をまわして貰えない、受けても拒否されるということが起きてしまいかねないのだ。
それでも、少ない報酬では戦闘で痛んだ武器や防具の修繕費や怪我の治療費で生活できなくなってしまう可能性もあれば、受けたくないというのも当然である。
そのため、冒険者ギルドが少しでも足しに、また冒険者たちの損とならないようにと、槍や弓などの武器をその依頼に限り支給する体制をとっている。
「え~、それでも討伐ですよ? 一番安いってなっちゃうと戦うだけ損する上に、面倒なだけじゃないですか」
部屋の隅で小さく座っているタカヒロが、やらなくていいんじゃないかと言う。
部屋の隅で座っているのは、その場所がそこそこ涼しく、部屋の隅からの方が部屋を涼しくしやすいらしいのと、力を使っている分、あまり動きたくないので端っこに居るそうだ。
「まぁ、そう思っちまうのもわかる。あれは相当な数だからなぁ。倒した数で上乗せしてもらえる額もあるんだが、数が多すぎて数え切れないって言うのと、あれに使えるところがないってのも、安い原因になってるんだよ」
フォレストディアとかクレイジーボアなどは、その毛皮や肉など暮らしに使える部分があるので、死骸を運んでくれば買取の額が上乗せしてもらえるが、センテピード、アーマイゼは虫である。
食べられるのかもしれないが、食べようと考える人はまったくいない。
余程に飢えていたら考える人もいるかもしれないが、そもそも飢えていたら満足に動けないため、逆に餌にされるだろうし、戦える力があるのなら飢える前に稼ぐ機会があるはずである。
虫の甲殻を使おうと考えた人も居なかったではないが、剣や槍を防ぐ硬さはなく、加工するといっても鉄のように熱すれば形を変えやすいわけでもなく、革のように扱いやすいものでもない。
その上、元があれらだということで、作られた防具を買おうとする人はこのオルグラント王国ではほとんど居ないということで、あれらの甲殻を手にしようとする者も存在しないのである。
革の防具も剣や槍などを防げるものではないが、虫を身につけるくらいなら絶対マシとばかりにマイが強く頷いていた。
「モンスターの討伐なのですが、ほとんどはその死骸を持ち帰ります。そうすれば報酬が買取分高くなりますからね。ですが、あれらは買取されないからというのもありますし、やはり何より数が多いというのが原因なのです。今でもたまに居るらしいのですが、モンスターを一匹倒して、それを半分に……というのも大変なのですが、そうして運んできて2体倒したとして報酬をもらおうとする人が存在するんです。さすがにそんなことをされては、依頼を出した人たちは騙されて多くを支払うこととなってしまいますし、ギルドの評判にも差し障ります。ですから、罰則を設けていますし、そのような死骸は1体としてのみ処理されるか、通常より減額されて処理されることとなっています」
冒険者としては生活のため、なるべく多く稼ぎたいというのはわかるのだが、1体しか討伐していないのに2体とされると、それは被害を大きくするだけになりかねないのだ。
まず、多く支払うことになる依頼主は当然それだけ損であるし、本当に2体居た場合、残りがまた襲ってくる脅威を払えていないことになる。
安全になったと思ったらまだまだ危険だったということで、被害に遭ってしまう人が出てしまいかねないのだ。
また、報告どおりに討伐されていないとなれば、当の冒険者だけでなく、冒険者を取りまとめている冒険者ギルドも評判を落とすこととなる。
信用されなくなってしまえば、ギルドに依頼を出してくれる先が減ってしまうことに繋がってしまうため、他の冒険者たちの生活に悪い影響を及ぼしてしまうのだ。
不正をして稼いだ冒険者以外、誰にも良いことは無いのである。
そのため、死骸の買取も1体分と確認できるものに限り通常の額を上乗せし、半分になっているものなどは、確認できる状態によっては合わせて1体分、そうでなければ減額して上乗せと定められ、苦労はわかるが、あまりにごねる者や何度もそいったものを繰り返す者は罰せられることとなっている。
この説明から、虫の討伐は数が多いだけに、どこまでが1体か判別できず、また、数の分だけ増額すると報酬額が天井知らずになって払えない額になってしまうという事情があって、討伐した数では無く一律の報酬額と定められ、結果、討伐依頼の中で一番安い依頼となったのである。
「やっぱり、ちゃんと日々稼ぐようにしないとなんですねぇ……」
と言いながら、ぐで~っとしているマイには、今から仕事に行こうという気配が見えない。
「……良いことではないんだが、ここしばらくは依頼が多い。稼ぐにはしばらく困らないだろ」
先の戦争で多くの兵と戦争に参加した冒険者が亡くなっている。
国は補充に動いているが、人というのは減ったからといってすぐに増えるものではないし、兵として動けるように訓練の時間が必要である。
そのため、国を十分に守れる兵が揃えられるまで、足りない部分を補うために冒険者へ依頼されることとなったのだ。
その一つとして、対アクネシアに力を入れるため、新たに建造される砦への依頼が出されてきている。
「平和になってくれればいいんですけどねぇ……」
マイが窓の外の空を見ながら言った言葉は、おそらく全ての人が願うものだろう。
だが、国は分かれていて、人が人である限り、共通の敵でもなければ手を取り合うことは難しい。
今しばらくは、多くの被害を及ぼしたアクネシアに対して、オルグラントを含めた周辺の国は戦わないという選択は無い。
報復するというのもあるし、何より近くにある脅威なのである。
取り除こうと動くのもまた、人であれば当然な考えだ。
「……俺らが世界を変えることなんて出来ないが、本当にそう願うよ……」
レッドたちもまた、外に広がる空に目を向ける。
小さな雲がいくつかあるが、どこまでも広がる青空に、緩やかに飛ぶ鳥が目に映っていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




