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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「……ねぇ」

忙しなく準備をしている人たちの気配を背にしながら声をかける。

「……ねぇ、レッドさん」

「ん? なんだ? おっし! 準備できたか? 持ち場に着くぞ!」

レッドに呼びかけていたのはタカヒロで、その顔から表情は抜けているようであり、目も半目で遠くを見ている。

たいしてレッドはリベルテたちとともに荷物を馬車から降ろし、ほかの冒険者たちに渡したり、場所の指示を出していた。


「帝国に負けたって話聞いてましたよね?」

「……あぁ、そうだな」

タカヒロはだレッドの方も見ずに話し、レッドは少し顔を暗くさせたもののすぐ顔を上げてタカヒロと同じ方角に目を向ける。

「結構、大騒ぎになる話だと思うんですよ」

「そうだな。酒場とか女性の集う場所とか大騒ぎだな。たぶん、今じゃ城の方もそうなってると思うがな」

レッドたちがギルドで聞いた敗戦の話は、その後、王都内に広まり大騒ぎとなっている。

だが、グーリンデ、アクネシアそれぞれの箇所に建てられている砦からその後の情報は来ていなく、連合として出陣していった兵がどうなっているのかわかっていない。

敗戦したのであれば敗走してくる兵があっていいはずなのであるが、来ていないし、その陰もないらしい。


「それとレッドさんたちが捕まえるのに手伝ったっていう、またヤバイ薬作ってる人、逃げたんですよね?」

「あの警ら隊の隊長、本当に使えないやつだよな……。また被害者が増えちまう」

また王都で少しずつ出回り始めている人をおかしくする薬に関わっているだろう相手を捕まえたはずであったが、その当日に逃げられてしまったらしい。

どのようにして逃げたのかなどレッドたちに聞かされてはいなく、不審な点しかないものだった。

あの警ら隊の隊長と働きたくは無いのだが、かといって個人で探したりすると掛かる費用は全て実費であり、収入や蓄えが潤沢といえないレッドたちには厳しいものになる。

また、何か問題が起きたとき、警ら隊とともに動いていないため、レッドたちが牢に送られてしまうことになるので、今すぐには動けずにいる。


「それで、なんでここにいるんですかねぇ……」

「いや、まぁ、時期だからとしかな……。兵も減ってるし、着いていった冒険者もいるから人手が心配されてるんだよ。ギルマス権限を使われるかと思ったんだが、参加する奴らが多くて助かったな。まぁ稼ぎ時だしな!」

ここまでリベルテとマイが参加してこないのは、感情を殺しているためだろう。

二人の表情もだいぶなくなってきており、ただ事務的に処理しようという心構えが見える。

そう、あの時期なのである。

多くの虫が地面より這い出して向かってくる光景。

ディグアーマイゼ、センテピードの繁殖、移動時期である。

稼ぎ時と剣や槍を奮う者たちと、及び腰で槍で突く者たちの姿が見える。

タカヒロはやりたくなかったと思うが、もう目の前に迫っている虫たちに口を閉じて槍で突き続けるのだった。


それは春の日差しが感じられる様になってきた朝。

起きて来たタカヒロは外の天気のよさに背伸びをする。

「おはようございます。タカヒロさん。」

リビングにはすでにリベルテが居たが、レッドの姿は見えなかった。

「レッドさんは? もうすぐ起きて来るのかな?」

いつもであれば、リベルテ、タカヒロ、レッドの順で起きて来る。

そこからしばらく経ってから起きてくるマイを待って、朝食を取るのである。

「あ~、レッドなら冒険者ギルドに行ってますよ。なので、朝ごはんはもう少し遅くなりますね。ごめんなさい」

レッドたちの依頼を手伝ったり、タカヒロたちで稼いだものから食費や家賃としていくらか払い、まれにタカヒロが朝ごはんを作ったりすることはあるものの、ほとんどリベルテの世話になっている身としては、「いえいえ」としか返す言葉は無い。

それからしばらく経って、マイが起きて来るのだが、レッドはまだ戻ってきていない。


「あれぇ~? レッドさんは? 私より寝坊だなんて……私が勝ったってすごくない!?」

いつも皆より遅く起きて来ていることを気にしていたのか、ここに姿の見えないレッドに自分の方が早く起きられたと喜ぶ。

もちろん、リベルテとタカヒロは生暖かい目でマイの姿を見ていた。

「朝からうるさいぞ」

そんなマイの頭を後ろからペシッと叩くのは、ギルドから戻ってきたレッドである。

「あ、レッドさん! いくら私より起きるのが遅れて悔しいからって叩いくのは酷いですよ!」

マイはむくれているのだが、だれも取り合わない。


レッドは席に着き、リベルテは朝ごはんの配膳に動き出す。

チラッとタカヒロに目を向けるが、タカヒロは何も言わず、可哀そうな子を見る目を返すだけだった。

そこでレッドが起きてこなかったのではなく、早くに起きて出かけていたらしいことを察し、恥ずかしさのあまりタカヒロを数回叩いてから椅子に座る。

「ですよねぇ……。やっぱりこういう扱い……」

こちらもまた誰も取り合わない、哀愁を感じさせるものだった。

「それで、レッドさん。どこに行ってたんですか?」

マイが固いパンをスープに浸しては口に放り込んでいく。

柔らかいパンも買うことはできるのだが、慣れすぎると遠出に差し障るし、食費も上がってしまうと固いパンの日の方が多い。


「冒険者ギルドだよ。あ~、メシ食ったら依頼こなしに行くぞ。悪いが今回は全員で参加だ。もうその手続きもさせてきてもらった」

「は~い」

マイたちにも差し支えはない。

自分たちでやりたい依頼というのも持っていないし、レッドたちと一緒に受けることも多いので、普段どおりとも言うものだ。

「それで、どんな依頼内容なんですか? 畑仕事とか採取のですか?」

タカヒロが面倒なのじゃなきゃいいなぁと思いながら、依頼について確認する。

「いや? 喜べ、討伐依頼だ。まぁ、ほかの冒険者もいるから、そこは覚えといてくれ」

冒険者の依頼は個人であったり、チームだけで受けるものが多い。

しかし、強力なモンスターが出ただとか、数が多く間引く必要がある被害が出ているだとかそういった場合には、複数の冒険者が受けるものとなる。

「へぇ~、そういうの滅多にないですよね。兵士さんも減ってる時だから頑張らないとですよね」

「そうだな」

マイとレッドが朗らかに食べつつ話を続ける。

「でもなんかこういうのあったような……。なんだっけなぁ」

なんとなく引っかかるものを覚えて思い出そうとするが、タカヒロは思い出せずにいた。

そして、リベルテの目から徐々に光りが消えていっていることに気づかなかった。


「うわぁぁぁぁ!」

「ふぇぇぇぇぇ」

あちらこちらから悲鳴が聞こえてきて、そうだよな~という同意の感情に、懐かしいなともよっし、とも思ってしまうものがあった。

やはり、自分が以前にした、感じた体験は他の人にも味合わせたくなることがある。

言ってしまえば、同じ犠牲者を、仲間を増やしたいという思いである。


そういうタカヒロたちは叫びたくはなるものの、叫ぶことは無くただ淡々と突いて処理していく。

マイでさえ、叫ぶことなく槍で突い……たり叩いたりしている。

リベルテが正確に淡々と処理している見本であり、マイは暴れまわっている見本である。

どちらも近くに大量の死骸を積んでいるが、マイの方は凄惨である。

それでもなおほかの死骸を乗り越えて向かってくるカサカサ音にタカヒロも槍を奮うしかない。

だがこれらは守勢の形。

カサカサと動き回るやつらを相手に動き回りたくない人、確実に距離をとって戦いたい人たちがこのように戦っている。


だが、そうではない人たちというのはどこにでもいるものだ。

この虫相手に切り込み暴れまわる人たちもいるということ。

この虫の大群の中を動き回って蹴散らしている冒険者たちというのは腕に自信があり、この虫相手に遅れや不覚を取ることがない人たちである。

もちろん、レッドはこっちに入っている。

数人で固まって武器を奮いながら近くにいた虫を蹴散らし、止まることなく葬っていく。

止まったらそこで終了とも言える突撃であり、それは彼らもわかっているため、周囲への目が広い人がリーダーとして進撃方向を指示している。


「あそこだけ違うゲームだなぁ……」

縦横無尽とも言える暴れっぷりは憧れ、そこに自分も居てみたいと思ってしまうところはあるが、相手が相手だけにタカヒロは絶対に参加したくないとも思った。

暴れまわるというのは動き続けるということ。

さすがに疲労してきたのか、疲労しきる前にこちらへ戻ってくる一団。

それを追うように動いてくる虫にまだ控えていた冒険者が弓を射掛け始める。

それでも近くにいるものは、守勢にいる人たちがやりで突き殺す。


「あ~、暴れた暴れた」

「だがまだ居やがるし、向かってくる気だな。少し休んだらまた行って減らさないとだな」

レッドたち突撃組が腰を下ろして休む間、タカヒロたちは先ほど以上に向かってくる虫を相手にし続けなければいけない。

最初に悲鳴をあげたり、泣き言を言っていた人たちもただひたすらに槍を突き動かしていく。

もう腕が上がらなくなってきている人たちも出てき始め、少しずつ怪我人が増えていく。

「おっし! 行くぞ!!」

また突撃組が切り込んでいく。

だが、ちょっとした休憩で疲れがとり切れるわけがない。

肩で息をし、腕も震えてきて当てれなくなってきたり、深く突けなくなり始め、焦りがでてきて余計に手間取り始める。


「ヤバイ!」

早く終われと念じるがそれで事態が変わるなら、皆が願い続ける。

センテピードの口がガチッと脛当に当たる音がして、タカヒロは怖気が走る。

「このっ!」

ほとんど反射だった。

冒険者になってから怪我をすることは少なくない。

治して貰えるという考えもあるが、怪我をするにも、何より虫にやられるのが嫌だった。

ほかのモンスターよりも、賊にやられるよりも恐怖だった。

だから、奮った力はそこまで抑えようと考えていないものだった。

だが、近くにいたセンテピードを切り刻み、後ろにいたアーマイゼを切ったくらいで終わり、ほかに影響はでなかった。


「え?」

思わず呆けてしまうタカヒロ。

だが、突撃組が暴れまわった成果がでたのか、虫たちがタカヒロたちとは逆側に進み始める。

撃退できたのだ。

槍を奮っていた人たちは皆、疲れ果てたように座り込む。

これだけ見れば、負けたのはこちらのようである。

「おわったぁ~……」

マイが困憊して横になる。

リベルテも明らかにホッとしていて、レッドは突撃組の面々と感想を言い合っている。

タカヒロも寝転がっているが、その目はずっと空を向いていた。


帰りの馬車は乗っている面子によって違っている。

疲れ果てて誰も話たりもせず、静かな馬車と終わったことやりきったことに興奮している声が聞こえる馬車。

タカヒロたちは静かな馬車の方にいて、マイとリベルテはお互いに肩を寄せ合って寝ていた。

「はぁ……疲れたぁ……」

タカヒロが幌に背を預けながらぼやく。

「お疲れさん。だが本当に前より強くなってきたんじゃないか? 今年のは多かったが、最後まで奮ってたじゃないか」

レッドが褒めてくれるのだが、タカヒロの顔は晴れない。

「僕は強くなってるって言えるんだろうか……」

こぼした言葉は誰にも聞こえないものだった。


ギルドに完了の報告をしにきた面々に、ギルド内で騒いでいる声が響く。

連合軍が帝国の兵を追い散らしたという、つい先日とは真逆のものだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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