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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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人が出入りをする建物を陰からじっと見つめる人影。

「いま入って行ったやつが、聞いていたのと一致してたな」

「そうですね……。頬に入った縦傷。見たことがある方に直接引き合わせないと確実とはいえないですが」


レッドたちが今こなしているのは、治安警備の依頼の一つである。

オルグラント王国は王都からの兵を中心として対帝国の連合軍に送っている。

グーリンデ、アクネシアそれぞれに近いシュルバーン領とハーバランド領からは兵を送ってはいない。

これまで戦争してきた国とより強国相手のための和議を結んだからといって、近くの兵を減らす決定をする者がいたとしたら、余程の馬鹿か考え無しかお人よし、大穴でそこを罠として来たら潰すことを考える者くらいである。


兵が減るということは、治安を守るものが減ると言うことである。

治安を守る者達と戦場へ赴くことを任務とするものとの区分はあるが、兵というところでは変わりはなく、戦場に赴くことを任務としていても居れば治安維持の役割を持つ。

治安を守る兵にしても賊やモンスターから人を守りながら戦わなくてはいけないのだから、兵より訓練しなくて良いなんていうことも無いのである。

そのため、減った兵の代わりに冒険者の手も借りる必要があると依頼が出されていて、レッドたちもこの依頼を受けていた。


レッドは一つ頷くと、リベルテが少しはなれたところにいる兵士に報告しに行く。

以前に警ら隊の隊長であったハインツたちと魔の薬を作っていた者達を強襲したことがあったが、その事件の際に撒かれた毒煙で被害を受けていた。

聖国に依頼して治療してもらったらしいのだが、王都の警ら隊の任は降りてしまって、シュルバーンの方で人の整理を兼ねた警らに就いたと聞いている。

リベルテがレッドのところに戻ってくるが、幾分か機嫌が悪そうに見える。


「…やっぱり前のハインツさんの方がいい隊長だったよな」

前に仕事をさせてもらったハインツに代わり、別のものが隊長に就いているのだが、冒険者を見下している人物だったのだ。

冒険者は職にあぶれた者たちが就く職である。

国として働き手を無為にせず、また日銭でも稼ぐことで生活していける人が増えるようにと運営しているものである。

だからこそ、国の支援が無ければ生活できない者達として見下す者が存在してしまう。

国としては同じ民であり、見下したり蔑んで善い者ではないと公言しているが、人の意識まで変えたり制限できるものではない。

今先ほど、目標と思われる人物が建物に入ったことを報告しに行ったのだが、一言二言で邪魔を追い散らすようにされ、レッドたちは戻ってきたのである。


「国が個人のことまで把握したりするものではありませんが、任命する者の性格とか考え方とかは調べておいてほしいものです」

リベルテが憮然とした表情で、あの隊長を推薦したであろう人に文句を言っていた。

国の人事において最終決定は王であるが、宰相と更にその部門の長も推薦されてきた中から候補者を選ぶ。

上に行けば行くほど決定しなければいけないものは大きく、そして多いため、個人の思想や考え方の部分は漏れやすいのだ。

見るのは経歴と他国に通じていたり、属するものではないかくらいである。


「ふんっ! さっさと終わらせるぞ。王都にちょっかい出そうとする馬鹿を捕まえろ!」

隊長であるオロバスの号令の下、警ら隊が目標の人物が入った建物を包囲しつつ、突入していく。

和議を結んだとは言え、相手の国から何もされなくなるわけが無い。

一度約を結べば平和になるなど夢物語でしかない。

敵国であり狙っているものがあるのであれば、和議を結んだ後であろうと、いやだからこそ手を伸ばしてくる。


特にアクネシア王国。

この国は策謀を持って動くことを主流とする。

兵の血を流すのは勝てると踏んだときか、何か試すようなときだけである。

今回の目標の人物は、また例の薬に関係していると思われる男であった。

元々、あの薬を作っていたのであろう男は前回の捕縛の際の乱戦で不運にも亡くなってしまった。

いろいろと聞いたり確認したりしたいことが多い相手であったのだが、作っていた者が亡くなった事で薬の被害者は減り始めていた。

はずだったのだが、また新たに被害者が出てき始めたのである。

前は死人のように何もしない、できないような症状や判断が出来なくなったのか死を選んでしまうような、許せないものだった。

だが今回のはまた違って、人を凶暴にさせるものだった。

それまで温厚だと言われていた人が何かに追い立てられるように睨み、叫び、何かを取って振り回す。

そんな事件が数件起きて、今もなおどこかで起きている。

その原因を追った結果、先の頬に縦傷のある男がその特徴もあって覚えられていたのだ。


やはり、そういう者たちが拠点としていたのだろう。

警ら隊と戦っている音が聞こえてくる。

だが、レッドたちは動かない。

兵では目立つため、目標の人物がどこに行くかをつけて調べるのが依頼だったのだ。

オロバスが冒険者を邪魔と思っているのと自分たちで捕縛して手柄としたいという考えも見えていた。


「出番、無いと良いな」

「さすがに無いでしょう。前のはアレと思われる人物が居たからですし。さすがにアクネシアと言えどもそのような人物ばかり送ってこれないでしょう。それよりは、ここの後、でしょうか」

リベルテが争っている音が聞こえる建物から視線を外し、ここではない別の場所を見る。

ここで彼らを潰せばこれ以上被害者がでないのか。

治療する術が手に入るのか。

もしかしたらまだ他に居るのかもしれない。

レッドも釣られるように王都の街並みを見るように視線を外す。


「そういや、二人ってのも久々だな」

レッドの急な話に目をパチパチとした後、フッと笑うリベルテ。

「そうですね。もうマイさんたちと一緒に居ることが多いですから」

そう今この依頼にマイとタカヒロはいない。

家も一緒に住んでいるが、未だにレッドたちのチームと言うわけでもないのだ。


「それもあるし、冬の間はおまえが動かないからな」

からかっているのが分かる目つきでそんなことを言うレッド。

当然、リベルテは少しむくれる。

怒鳴るには非はこちらにあるし、反論するにも事実なのだ。

それに何か言い返してくるのを待っているような感じで、言い返したくない。

なので黙ってむくれるのが最大の反撃だった。

「ハハ。むくれるなよ」

リベルテはこの一度だけは耐えるが、次回からは実力行使することを心に決める。


レッドたちが話をしている間になんとか終わったようだった。

怪我人と死者を少し出しながら、件の男は縄を打たれて連れて行かれる。

オロバスはレッドたちを見ることも声をかけることもなく、そのまま自慢げに去っていく。

「……はぁ……。無事……に終わったのはいいんだが、あれが隊長ってのは危ない気がするんだがなぁ」

「どこかで問題を起こしてくれそうですよね」

冒険者という職であるからと卑屈になる者は居ない。

見下されることを気にしないとか諦めるとか、そんなことは自身への偽りで気分が良いはずがない。

オロバスのような態度の依頼主がまた依頼を出してきたとしても、受けようとする人は減ってしまう。

腕が立つものほど、そんな相手のために働こうなど思わなくなるものだ。

レッドは今度から警らの仕事は受けないようにしようかなと思い始めていた。


「あ~、楽ではあったが、だからこそ今度からは受けないようにするか」

「ほかに依頼がないなんていう場合じゃなければやらなくてもと思いますが……。レッドは良しとしないんですよね? 文句は言いますが」

レッドは頭を一掻きしてからため息をつく。

あれが隊長である限り、ちゃんと扱われないなら手を貸したくは無いが、貸さなかった事で王都に暮らす人たちに被害が出てしまうのは嫌だった。

そう考えてしまうだけに、やはり受けてしまった方がまだ、気持ちが楽だと思うのだ。


帰ろうとギルドの出口に向かう途中で、駆け込んでくる人がいた。

依頼ではなく、ただ聞いた話を大勢に聞かせたかったようで、興奮したように大きい声で話す。

「連合軍が帝国に負けたそうだ! やっぱりグーリンデとか、特にアクネシアなんて信用できるもんじゃない!!」

その男の話にギルド内が騒然となる。

兵がどうなったのか、帝国がこちらまでくるのか、何故負けたのか。

収拾つかずに大声で話し合い始める。

ギルマスも声は無く、職員に何かを言った後、ギルドを出て行ってしまう。


「レッド……」

「情報が足りなさ過ぎる。何で負けたのか。どう負けたのか。そして兵はどうなったのかな。敗走してきてるならまだいいだろうな。帝国の目標はグーリンデのはずだから。今の後に続報が来るか、城から告知なり兵がくるだろ。それ待ちだな」

落ち着いたように言っているがレッドも落ち着いているわけではない。

手は口元に持っていったままだし、今言った事もリベルテを見て話していたわけではなかった。


またギルドに急いで入ってくる人が居て、それはギルドの職員だった。

職員同士で情報共有のためかコソッと話をしていたと思ったら、レッドたちの方に歩いてくる。

「レッドさん。リベルテさん」

「エレーナさん。なにかあったんですか?」

レッドがまだ落ち着いていないようだったので、リベルテがエレーナに応える。

「先ほどこなしていただいた依頼なのですが……」

薬に関わっていたと思われる男をつけ、警ら隊が捕縛してきたばかりの依頼。

「頬に縦傷のある男性なのですが、逃げたそうです」

「はぁあ!?」

レッドも聞いてはいたのか、大きな声で反応する。

捕まえたばかりであり、意気揚々と警ら隊が連れて行ったばかりのはず。

それが何故、と。

だがそれを当事者ではないギルドの職員に問い詰めても仕方が無い。

むしろ終わったはずの仕事についてすぐさま情報を教えてくれたことがすごいのだ。


「これは……」

今度はリベルテが考え込む。

レッドは警ら隊にどういうことかと殴りこみに行きたいところであるが、あれが隊長では何かを教えてくれるわけもなく、ただこちら側が牢に入れられるだけになりそうで、何も出来そうにないことに苛立ちを隠せない。

外は帝国に負けたらしく、中では暗躍する者のせいで被害者が出てきている。

明るい話は聞こえてきそうになかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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