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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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ひっそりとした中、極力音を立てないように気をつけつつ、木々の中を歩く二人の姿があった。

「うわ~、暗いね。これじゃあ良く見えないよ」

「昼間に比べれば少しマシだけど寒いことに変わりはないし、これ絶対早まったよねぇ」

恐る恐るという足取りで足を動かしているのはマイとタカヒロだ。

二人は今、討伐の依頼を受けて行動している最中であった。

そうでもなければ夜の森や林を歩くと言うのは、危険以外の何ものでもない。

せめて周囲の警戒、索敵の経験が豊富な者が一緒でなければ、冒険者であっても兵士であっても控えるものだ。

だが、依頼となれば別である。

夜に行動するモンスターの討伐であったり、夜にしか採取出来ない植物などそういった理由があれば、危険でも夜に動くしかない。

そして二人は夜行性であるアサシンサヴァーの討伐を請け負ってきてしまったため、こうして夜に目撃情報のあったこの林にきている。

「この依頼選んだのタカヒロ君でしょ? なんでちゃんと見ないかなぁ?」


兵たちが対帝国戦に出陣していってから数日経っているが、王都で暮らす人々の生活に何も代わり映えはない。

兵と少数だけあった従軍の依頼について行った冒険者の分、王都の人が少ないように思えてしまうが、それだけでいつもと変わりはしない。

近隣で戦うわけではないのだから、数日経ったくらいではなんの情報もはいってこない。

むしろあったらそれはそれで、悪い知らせでしかないだろう。


あれからまたリベルテは家に篭る日が増え、レッドは近隣の警戒という見回りのような依頼を受けるようになっていた。

まだ春までは遠そうな気温にリベルテは家から出ることに鈍り出したのと、兵が出陣下にあたって少し薄くなってしまう王都近隣の見回りを冒険者に依頼として回ってきたためである。

王都が好きなレッドは迷うことなくそれを受けて行ってしまった。

そこで残された二人であったが、ギルドの職員から声を掛けられて受けたのがこの依頼だった。

冒険者として歴がそこそこに長く、腕も確かな方であるレッドたちと一緒におり、仕事も時折一緒にこなしていること、マイたちだけでも討伐の依頼をこなしてもいたことから声がかけられたのだ。


このアサシンサヴァーであるが、グリトニースクワラルなどを狩ってくれるため、益虫、益獣ならぬ益モンスターとされている。

だが、それはモンスターを狩っているときだけであり、モンスターを狩るために仕掛けていた罠を壊したり、育てている木の果実を食い散らかしたりされれば、そこいらのモンスターと同じく害でしかない。

そして、この冬の薪不足も影響していた。

薪が不足気味であるため、林の木を切る必要があり、スカスカにならないように計画の上で行ったのだが、サヴァーの領域を荒らしてしまったのだ。

そのため、サヴァーもその行動範囲を大きく変え、人々が影響を受けやすいところまできてしまっていた。


「これ、悪いの私たち側だよね?」

「ん~、そうだけど、木は必要だしねぇ。切ってすぐに薪に使えないとは言え、それを見越して用意していかないと、リベルテさん大変なことになるよ?」

人が暮らしていく上で資源を取るということは不可欠であり、その資源を利用して生きているのは人だけではない。

だからこそ、人がその活動範囲を広げ、資源を取ろうとした時、そこに住まうモンスターとぶつからなくてはいけなくなってしまう。

そこで暮らしているモノたちがいるからと、そうですかで引き下がれるほどの状況でもないのだ。


「はぁ……自分が関係しちゃうと考えちゃうね。早く終わらせて帰ろうか。夜更かしは肌に悪いし」

結局、個人で考えたからといってどうにかできる話ではないため、考えるのは放棄する。

「まぁ考えても仕方ないのはわかるし、早く終わらせたいのは同意だね」

タカヒロが少し眠そうにあくびをして空を見上げるが、ガバッとマイを地面に押し倒す。

「きゃっ!」

突然のことでどうしていいかわからなくなるマイ。

こうなるのもダメじゃないという考えも、ここじゃぁなぁという考えも、家は借りてる部屋だしなという考えも浮かび上がっては消え、頭がぐるぐると回ってしまう。

ふとタカヒロの顔を覗いてしまうと、その顔は真剣な表情であり、険しい顔でもあった。

タカヒロがゆっくりと上空を警戒するようにしながら身を起こす。

そしてタカヒロの身につけている鎧の背中にざっくりと傷跡が有って、やっとそこで気が付いた。

「タカヒロ君! 大丈夫!?」

「また鎧に大きな傷が……革物だから直さないとつけてる意味なくなっちゃうんだよなぁ。また出費だ」


革鎧は耐久性に優れた防具ではない。

身につけてれば何もないより深手を負わないですむこともある、程度である。

ボアなど剣で斬りにくい皮もあるが、斬れないわけじゃないし、そういった革は加工の手間も掛かるためにかなり高い。

下手すると兵がつける鎧よりも高くつく場合もあって、タカヒロやレッドはそうそう買う気などない。そのお金がないからでもあるが……。

優れた防具ではないため、損傷しているものをそのままにしていては、防具として役に立たない。

今のであればタカヒロの背中を、一回は守れたと言う時点で防ぐ役目はもう終わってしまっているので、また修繕するか買い換えないといけなく、お金と手間でタカヒロは嘆いていた。


「……助けてもらったんだし、少し出すよ? というか、真っ先に考えるのそこなの?」

「いやぁ、切実じゃない? 防具ないと危なすぎるし、かといって直したり買うとお金かかるし。そだからといって鎧って重過ぎだし、嫌なんだよなぁ」

冒険者で兵士が付けるような鉄の鎧を付ける人は多くない。

討伐の依頼のときでなければそこまで必要ではないし、タカヒロが言うように重いため、配送だとか採取だとかで動き回るのにとても苦労する。

そして鉄であり、身を防ぐ作りであれば、冬は冷たく、夏は蒸れる。

普段から鎧を着けて重さに慣れ、暑さ寒さ蒸れに対応できる身体にしなければ、厳しい防具なのである。


「そんなことより、モンスターは?」

「……自分から言ってきたと思うんだけど、そんなことより扱いかぁ。ま、いいけど。たまたま見上げたらそれっぽいかもって伏せただけだからねぇ。さすがアサシン?」

夜行性だけあってはばたき音をなるべくたてないようにしているのか、なっているのか。

夜目に強いというわけではない人にとって、音でも分かりにくいというのはかなり厄介な相手と言える。


「やっぱりこれ、僕らで受けて大丈夫な依頼じゃないよねぇ。レベルとかそんなものないからわからないけどさっ!」

頭を守るようにして身を低くする。

何かが先ほどまで頭のあったところを過ぎ去った気がした。

「ここから逃げた方がいいんじゃないかな?」

「逃げれるかなぁ? というかすでに失敗でいいから報告して帰りたいんだけどなぁ……」

今の状況がすごく面倒で帰りたい気持ちしか浮かんでこないが、なんとなく負けて逃げるというのもレッドにからかわれそうで顔をしかめる。

レッドとしてもさすがにそういうことはしないのであるが、普段の行いのせいだろう。


マイがタカヒロと同じく身を低くしながら、ゆっくりと見回して、タカヒロの肩を叩く。

「ねぇ、あれじゃない? あそこの木の所」

そこにはサヴァーのシルエットがあった。

マイは持ってきていた弓を構えてみるが、弓の扱いに苦戦している間に飛んで動いてしまう。

「やっぱり、弓とか無理~」

まず弓の弦が硬く、これを引くのは力とコツが必要であった。

マイは昔ちょっと触ったことがあったのだが、向こうの世界とこちらでは違いがあった。

いや、洗練され扱いやすくしたものと、戦う時代に威力を高める作りのものでは勝手が違ったのだ。

それでもマイは矢を番えて弦を引くことまではできたのだが、そこまで時間を要しすぎた。

これでは相手が動かない的でもなければ、狙いを定めて放とうとしたところで中らない。

と考えれば、タカヒロの魔法はかなり便利だったと言えるのだ。

全ての属性を扱えて威力も高く、狙ったものに当てやすい。


タカヒロは尖った石を浮かべ、サヴァーに向かって飛ばす。

割と好んで使っていた風ではなかった。

そのためかサヴァーには飛んでくるものが分かり、かわしていく。

タカヒロは構わずサヴァーの動きを追うように撃ち続ける。

木々にあたり、枝を折り、幹にめり込む音が聞こえる中、突然、サヴァーが軌道を変える。

自ら石に当たりに行ったのだ。

鋭く尖った先に貫かれたサヴァーはそのまま地面に落ちる。

少しおかしな終わりに二人は首を傾げるが、倒せたことにタカヒロはホッとしていた。


「なんか自分から当たりにいかなかった?」

「やっぱり? 僕もそう見えた。倒せたからいいかなとも思ってるんだけど……」

ギルドの職員にタカヒロさんたちならできるかと思います、と渡された依頼。

討伐の依頼の多くは実害が出ているからの依頼であるため、依頼の中では可能な限り早く対処して欲しい依頼である。

これまでの依頼達成の実績を見てのギルドからの指名だった。

認めてもらえたようで嬉しくて請け負ってきたタカヒロであったが、もう疲れていて一刻も早く帰って寝たかった。

それなりに討伐の依頼をこなしてきてはいるが、やはり命の危険を覚えながらというのは精神的に非常にきつかったのだ。

そもそも、討伐の依頼をこなしたことがあるとは言え、レッドたちが一緒であったり、一度相手にした事のあるモンスター相手がほとんどであり、相手したことのないモンスターというのがとても大変だったのである。


マイが倒したサヴァーの死体を取りに行くと、上から鳴き声が聞こえた。

ジッと目を凝らしてみると、サヴァーの雛が顔をのぞかせていた。

タカヒロが倒したサヴァーは自分の雛を守るために、身体を挺したのだ。

そして雛がいたからこそ、このあたりを伐採されていくことに抵抗し、伐採されていったことで餌を与えるために人の生活圏にまで動き出していたということ。

マイたちのせいではないのだが、マイは罪悪感でいっぱいだった。

サヴァーの雛は親鳥を探して鳴いて動き、その危なっかしい動きで木から身を落とす。

マイが、わ、わと声を出しながら手を広げてふらふらとして、マイが尻餅をつくが手のひらにはサヴァーの雛を受け止めていた。

マイはタカヒロの方を見る。

もうこれだけで何を言おうとしているかタカヒロにはわかる。

「レッドさん……というより、この場合はリベルテさんだよね? 聞いてみないと」


タカヒロがギルドに報告に行き、マイは家へと足早に戻るが、家の戸の前で足を止める。

深呼吸を何度かして戸を開けて入る。

「おう、無事戻ったか」

レッドがリビングでお酒を片手に待っていたらしい。

レッドも見回りという気を張る仕事で疲れているはずなのだが、討伐に行ったと言う二人を心配して、寝ずに待っていたようだった。

リベルテもベッドに早く篭りたいはずなのに、暖炉の前で待っててくれていた。


「あら? マイさんそれは……」

だからこそマイは覚悟を決める。

「この子、私が面倒見ますから、飼わせて下さい!」

道中、マイが食べるかなと与えた木の実を食べて満足したサヴァーの雛は、マイの手の上で眠っている。

身を折る様にして頭を下げるマイと手の上で眠るモンスターに、レッドは眉間に皺がよる。

「マイさん。何があって、どうしてそのお話になるか聞かせてください」

リベルテがまずは何があってどうしてこうなったのかを促す。

事情が分からなければ、判断が難しいと考えたのだ。


マイしっかりと頷いて、先ほどまでのことを話す。

ところどころで言葉がつまってしまうが、その目はしっかりとリベルテを見ている。

「決して楽ではありませんよ? 今は小さくかわいく思えるでしょうが、育てばその力は危険なものになります。モンスターを世話してその利を得ている人は居ますが、今言ったとおり危険な仕事なんですよ。覚悟はありますか?」

まっすぐマイを見る目は、マイを否定していないが強い目だった。

マイはこのまま部屋に逃げ込みたくなってしまいそうになるが、なんとか耐える。

「……はい。私が傷つくことくらい耐えて見せます。それに人を傷つけないように教えます」

マイの言葉にリベルテは軽く頭を振る。

「自身ではなく、ほかの誰かを傷つけてしまうことの覚悟と、そしてなにかあったときにその子を自分の手で殺す覚悟です。自分が傷つくことは覚悟することができても、自分のせいで誰かが怪我をしてしまうことを考えてますか? 人を傷つけないようにすると言いましたが、簡単ではないでしょう。そして、他の人がその子を認めることも少なく、傷つけようとしてくるでしょう。その覚悟はありますか?」

リベルテの言葉はとても重かった。


スティッフクックを飼っている人は、王都のはずれの方にその場を構えている。

王都の中心あたりでクックが暴れたら大変なことになるからだ。

職人はその覚悟で生活しているが、マイはサヴァーの雛をその王都の中で飼いたいと言っているのだ。

モンスターであれば倒そうとする人もいるだろうし、その雛が成長すればタカヒロの皮鎧を切り裂いたくらいするどい爪などを持つだろう。

それで他の人を襲ったり、襲ったつもりがないにしろ傷つけてしまうこともあるかもしれない。

そうなったとき、その責任は飼うマイに、そしてその家で暮らすリベルテたちにも掛かってくるのだ。

マイはそのことを教えられ、簡単にいかない事情に涙をこぼすしかなかった。

この雛を見捨てることも、それによって大切な家族とも言えるようになってきたリベルテたちを巻き込むこともできなかったのだ。


「僕も手伝いますから、なんとかできませんか? お願いします」

戻ってきたタカヒロはこの事態を想定していたのか、マイの側に立って頭を下げる。

ふぅとため息をつき、レッドはリベルテの頭をなでる。

「マイが心配なんだろ? 言った事は間違いはないし、マイもちゃんとわかってくれた。なら、大丈夫だろ。大丈夫にできるさ」

「レッド……」


その日はマイの部屋で柔らかく置かれた布の上で雛は眠り、翌日の朝早くには細工職人のところで鳥かごを買う。

サヴァーではないが、貴族の中には小さな鳥モンスターを飼っている者たちがいる。

観賞であったり、他の場所に居る者と連絡を取っているとか言われている。

そういった人がちがいることで、鳥かごを作っているところがあるのだが、そこで買ってきた鳥かごをサヴァーの雛の家にしたのである。

「フクフク。ごはんだけど、これ食べられる?」

マイが差し出した刻んだ果実を啄んでいくフクフクと呼ばれたサヴァーの雛。

冬の間は家に居ることの多いリベルテが世話をし、マイと同じくらいになつくようになっていた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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