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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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真夜中に鐘の音が厳かに響き、鳴り終った後に人々が外に出て賑やかに声を上げていく。

薪の節約もあるのか、例年よりは少し薄暗いが、持ち出され集められた蝋燭の明かりがそれはまた幻想的な雰囲気を作り出している。

新年を祝う祭りが始まっているのである。


「これはこれで雰囲気ありますね」

「だな。来年からもかがり火じゃなくて蝋燭が多く使われるかもしれんな」

レッドとタカヒロが家の外で王都の街並みを眺めていた。

二人の格好は毛皮が多用されている冬用の服であるのだが、それでも少し寒そうに見える。

「なんで家の中で待ってたらダメなんですかね……」

タカヒロが少し身を震わせながら白い息を吐く。

「言うな……、寒くなってくる。しかし、バジャーの毛皮のじゃそんなに暖かくないな。安物過ぎたか?」

二人の冬用の服には、タカヒロたちが討伐をしているバレットバジャーの毛が使われている。

毛皮を利用している分、暖かいものではあるのだが、バレットと言う名が付いている通り、弾丸のような速さで突進する動きをするモンスターがふっくらとした毛をしているはずはなく、無いよりは暖かいという程度であった。


二人は外で女性陣を待っているのである。

それぞれの部屋で着替えられるのだし、レッドたちも家の中、部屋に居ていいはずだったのだが、外で待っててと追い出されていた。

そして追い出されてから、体感的にはかなり長い時間待たされているように感じてきている。

「もう先行っててもいいんじゃないか?」

「レッドさん……。心から同意したいんですけど、それやったらたぶん、後々酷いことになりますよ……」

外でジッとしているというのはとても寒いもので、温かいものを何かすぐに飲みたくなっている。

レッドは冬場にモンスターの討伐、しかも待ち伏せしたり、罠を仕掛けて討伐するものを経験したことはある。

同じようにこの寒空の下、ジッとしている事は経験しているのだが、モンスターを待って警戒しているのと何も無くこの王都の中で立っているのでは気構えが違ってくるのは当然だ。

徐々に新年祭を楽しむという気持ちも冷え込んでくる中、やっとのことで二人が姿を現す。

「お待たせ~。遅くなってゴメンね」

「待たせてしまってすみません。ホットワインおごりますから」


リベルテは以前にレッドがプレゼントした、シャギーラガモフの毛を多く使った冬用の服で、首下、手首に柔らかい毛があしらわれていて、男性陣の冬服に比べればずっと暖かそうである。

今年は手袋にもラガモフの毛を使ったものを買っており、かなり防寒を整えている。

以前にもこの服を着たところを見せているのだが、少し服装を気にするような仕草を時折していた。


「ちょっと! ダメですよ、レッドさん。折角リベルテさんがおしゃれしたんですから、褒めないと! そんなんじゃタカヒロ君と同じじゃないですか」

「え? そこで僕にくる流れ? っていうか僕を出す意味あるの?」

リベルテに何も声をかけないレッドに苛立ったようにマイが口を出すのだが、タカヒロを非難する言葉でもあり、傍観していたはずのタカヒロは自分に刺さる言葉につっこまざるを得ない。


そんなマイも暖かそうな服装をしている。

リベルテのとはまた違った毛を使っているのはわかるのだが、リベルテの服と同じく首元、手元にモコモコとした毛が外気の進入を防ぐ意匠になっている。

レッドたちより血色が良いので、内側もそれなりに毛があしらわれているのだろう。

「その服暖かそうだな。リベルテにもそっちの方がよかったか?」

「え? いえ、私はこれで十分です。……これがいいんです」

最後の方は声が小さく聞こえない。

マイだけはそれを聞いてニヤニヤしている。


「それって何の毛のやつ? 僕もそれ買おうかな。寒いし……」

タカヒロがマイの暖かそうな服に羨望の目を向ける。

「これ、イレアリテシャーフっていうモンスターの毛なんだって。難しいんだけど、飼うところが出てきたらしくて。出回ってきたばっかり見たいで、流行の最先端だよ!」

マイがくるっと身を回し、服を見せびらかす。

そんなマイの袖口を掴んで、毛の感触を確かめるタカヒロ。

「あ~、これウール? でもモンスターなんだよね? 本当に優しくない世界だなぁ……」

「そうだね~。なんでも暑くなる前に毛を刈り取って、寒くなる前にはもう手を出し始めたらだめらしいんだぁ。すっごく気温に左右されるらしくて」

この服を買ったときに聞いたのだろうマイが得意げに話をする。

「ふ~ん。そこいらがずれるとどうなるの?」

「角で突かれたり、タックルされたり、蹴られたりするんだって。なんか暑くても寒くても暴れるみたいで」

自身の毛だというのに、季節や気温に合わせて人の手を借りないと過ごしやすくできないモンスターらしい。

普段は大人しいものであるのだが、時期によってとても暴れまわることで迷惑なモンスターである。

しかし、王国は人を増やすように動いていて、新たな産業として生態を調べて飼い始めていたらしい。

その甲斐あって、少しずつこのシャーフの毛を市場に出回らせるようになってきているようだが、このモンスターの生態上、気温に大きく左右される。

気温をあらかじめわかる道具や気温を管理できる道具などはないため、暴れるイレアリテシャーフによってけが人が多く出ていて、人とモンスターどちらの数も大きく増やすには至れていない。


「あ、そだ。はい、これプレゼント」

マイがタカヒロの首に少しだけ長いものを巻く。

「あ、これマフラー? ありがとう」

多少形がいびつで揃っていないのは、手作りなのだろう。

たまたま商会でこの服を見つけたマイはその毛を糸に紡いだものも買い、自分で編んでいたのだ。

もっとも出回り始めたばかりのこの毛は高く、服と合わせてマイの貯めていたお金のほとんどが消えてしまっていた。


「レッドも……どうぞ。この服もらったお返しです」

リベルテもマイと同じようにレッドにマフラーを巻く。

マイが買った毛糸にリベルテもお金を出していた。

服と毛糸を買って金欠に悲しげなマイを見かけ、マフラーの作り方を教えてもらうのと引き換えに、代金の半分をだしたのだ。

リベルテはこの冬に稼いだお金はあまりなかったため、これまでの冒険者生活でレッドにばれないようになにかあったときのためと細々と貯めていたお金から出したものだった。

マイが教えた物であったが、もともとの器用さが違ったのだろう。

リベルテが作ったものの方が形が整っていることに、さすがにタカヒロも口に出すことはしない。

こればかりは冗談で済まないと本能的に感じとっていたからだ。


「お、これは暖かいな。ありがとな。でもまぁ、仕事のときは使えないかな。なくしたら困るし」

微笑ましい二人の光景を近いのに遠く離れた所から見ているような雰囲気の二人。

「いいなぁ……。もうあの二人さっさとくっつけばいいのにね」

「ね、と同意を促されてもねぇ。そういうのは本人たちの意思次第だから。それに……冒険者って生活が不安定なところがあるから、元々結婚してた人とか、名前も売れて指名じゃないけど割と仕事を安定して取れるようになっていて、相手もその生活を理解してくれる人じゃないと無理らしいよ。それに男女で組んでる人たちって、今の生活のことも分かってるから、結婚した後の生活の不安さもわかってて敢て避けてるのもあるみたいだよ」

「……ずいぶんと知ってるね」

軽い話のつもりだったのだが、冒険者というものの生活事情とそれによる結婚への低い事情を滔々と語られてしまった。

この世界のことはまだ分かっていないことが多いというのに、冒険者の仕事ではなく異性との付き合いのことを知っているタカヒロにマイが半目になっても仕方は無い。

「……そろそろ行こう。これもらったけど、身体冷えてるし」

その場から逃げるようにタカヒロがレッドたちに声をかける。

「あ~、そうだな。あったかいスープか酒か。まず飲まないとやってられん」

レッドがそういえばと腕をさすりながらタカヒロに同意することで、新年祭の屋台や出店へと足を動かし始める。


酒場や酒類が多いところはすでに大賑わいとなっている。

騒いで新しい年を迎えられたことを喜び、次の日に休んで活力を取り戻し、また新しい日々を過ごす新しい年の始まり方。

例年より寒い日が多く、薪が不足しがちであることへの不安。

そして耳ざとい者達は近づき始めている戦火の音への警戒。

このときだけはそれらを忘れようとはしゃいでいるようにも見えていた。


立ち止まってしまったレッドの手を優しく引くリベルテに、一拍の間をおいてから頷く。

何があろうとも今を生きているのだから、することに変わりは無い。

この王都で暮らし、王都を守りたいと思っているのであれば、その意志に従って暮らしていくだけ。

ふとレッドはマイたちに目を向ける。

二人は屋台の前でやり取りをしていて、タカヒロが代金を支払っているらしい。

王都で暮らす人たちと何も変わらないように見える二人だが、近く彼女たちの力が大きく関わらなければいけないような気がしていた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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