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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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8

「ここどの辺だ?」

「わかりませんよ。だいたいレッドのせいでこんなことになってるんですから!」

レッドとリベルテの二人は道に迷っていた。


シュルバーンで滅多に味わえない休息を過ごした2人は、ゆっくりと王都への帰路についていたのだが、すっかりと気が抜けきってしまったようなレッドは、もう少しあちこち見て回りたい欲に駆られてしまったのだ。

まだ少し、冒険者として働く気になれなかったからだった。

そのため、レッドは元の道から逸れて進み始めてしまった。

リベルテは何事かと慌てて追いかけて止めようとしたが、レッドの強引さにどうすることもできず、そのまま進むこととなってしまった結果が今の状況だ。

さ迷うことしばらく、この先へ進むとグーリンデ王国との国境に入るようで、北の最前線となる砦が見えてきた。

さすがにこの先へ行く許可証もなければ行く用事も無いため、道を引き返せば済むのだがそれでは面白くないと森を進んで今に至る。


「さすがにこの辺で野営するには心もとないわ。もう少しいい場所見つけないと……」

余裕を持って出たのでまだ陽は落ちていないが、拓けた道より暗くなるのは早そうで、迷子ということもあり、リベルテは野営が不安だった。

「本当にすまん。もっと考えて動くようにするよ」

「そうしてください」

迷子になってしまったことにレッドは反省の言葉を述べるが、言い終わるかどうかくらいでリベルテが返事を被せてくる。

ここでもまた、リベルテに頭が上がらなくなる原因を作ってしまったレッドである。


そろそろ野営の準備をしなくてはいけない暗さになってきた頃に、レッドはうっすらと煙が昇っているのを目にした。

近くに家があって誰かが住んでいると思われることを示すものである。

ここいらで交代で仮眠を取りながら夜を明かすより、その家に泊めてもらいたい。

物置や納屋、軒下であっても構わない。それだけでも断然、周囲への警戒が楽になるのだ。


「おい、リベルテ! 向こうに煙が見えるぞ。向こうに家があるんじゃないか?」

「本当だ! やりますね!」

野営と思っていたところに近くに家があるとなれば、動きは変わる。

二人は疲れを見せずに、家があるだろう方角に進み始めた。


「すみません! だれか居ませんか?」

だれかは居るだろうことは見て取れるが、知人でもない家に訪ねる場合の声掛けはこのような科白になるだろう。

十分な警戒をしながらドアがゆっくりと開き、姿を見せたのは女性だった。

このような場所に住むには若く見え、相手側になにか事情があるように思われるが、何より自分達の目先の心配が大事だった。


「すみません。私達はオルグラント王国の冒険者です。道に迷ってしまいまして、一晩、物置や納屋、軒下でも構いませんので、お邪魔させていただけないでしょうか?」

そう言ってリベルテは、冒険者の身分証を提示し、後ろに控えているレッドも同様に身分証を提示する。

この冒険者の身分証は、冒険者登録が完了したときに手渡され、勤続の年数や達成依頼数などによって更新されるもので、オルグラント王国の印章とギルドの印章、および本人の名前が刻まれた鉛版で出来ている、

依頼を受けるにも街の出入りにも利用するものとなり、遠く離れた場所で命を落とした場合に、その人が誰であるかを示す意味合いも持っているため、冒険者となったものは肌身離さず持ち歩くのが決まりである。


「オルグラント王国の方ですか……。このような場所に来られるなんて、ずいぶんと道に迷われてしまったのですね」

身分を証明したおかげか、道に迷ったということがおかしかったのか、幾分か女性の態度が柔らかくなったように感じられた。

「お二人……だけのようですね。申し訳ありませんが、納屋のほうであればお使いいただいて構いません」

「ありがとうございます!」


いくら身分を証明したとは言え、見ず知らずの相手を家に上げるというのは、余程気のいい人か愚か者でしかない。

オルグラント王国にもどこにでも、賊に身を落として生きている者たちというのはいるのだから。

レッドたちにしてもそんなことはわかっている話であり、納屋を貸して貰えるだけでとても助かるのだから、これで文句が出るはずも無い。

もし文句が出るとしたら、権力なり暴力なりで相手に言うことを聞かせてきて、自分が特別だと思い込んでしまっているような者だけだろう。

事前に野営道具を持っていく計画でなければ、誰しも少しでも余計な荷物は減らしたいもので、最悪、何も無い状態で野営することだってあり得るのだから、壁があるところで休めるというのはありがたいことなのだ。


「運が良かったですね~。野宿することにならなくて本当によかったです」

大人二人が寝転がるには狭いが、なにかあった場合に備えて周囲の壁を調べ、入り口にだけ注意を払えばよいため、かなり精神的に楽になる。

また、ある程度の寒さもしのげるのだから、野営になると覚悟していたリベルテの機嫌がいくらかマシになっていた。

レッドは率先して寝床の準備と周囲の確認を行う。リベルテの機嫌を損ねないためだ。


林の中を長く歩き回ったため、リベルテは早々に眠りについていた。

レッドは納屋を借りられたとは言え、完全に警戒を解くわけには行かないため、眠らないように注意を払いつつ、体を休めていた。

冒険者が夜を明かすに困り、物置や納屋などを借りたはいいが、寝静まった頃に襲撃にあって金目の物を奪われたり、最悪、殺されたという話は、冒険者になった時にギルドで聞かされる話である。

もちろん、これは民は敵だ、などという教えではない。

民にとって冒険者が狼藉を働くかもしれないと警戒するのと同様、場所を貸してくれた民も善良とは限らないというだけの話である。

助け合いが無い悲しい話に聞こえるが、自身の生活がままならないのであれば、往々にしてありえる話でしかない。

端的に言ってしまえば、他国との戦争もこの類である。

自国で賄いきれないから他から奪って満たそうとするのが、戦争なのだ。

とにかく、相手の事情を慮った上で行動することを説く逸話であり、それを必ず聞いている冒険者は信頼できる宿など安心できる場所でなければ、警戒を緩めはしても解いてはいけないのである。


その心がけが身に染み付いているレッドは、家の方に動きがあることに気づいた。

それも慌しい動きであるようだった。

意識を集中して耳を澄ませば、男が先ほどの女性に息を切らせながら何かを告げているような感じであった。

なんとなく不穏に思ったレッドは、リベルテの身体を揺すって起こす。

「なんですか……? 見張りの交代時間ですか?」

寝起きでしゃっきりと起きられるのは、十分な睡眠時間を取った後か、寝ていても気を張っていた時だけである。寝入ってからそう時間が経っていなく、交代とは言え見張りをしてくれている仲間がいて、建物の中であれば、リベルテが寝ぼけ気味であったのも仕方が無い。

「何か家の方が騒がしい。何かあったら動けるようにしておいたほうがいい」

その言葉にリベルテも急いで意識を起こす。


それから程なくして小さく戸を叩く音がした。

「すみません。起きてください」

すでに準備していたレッドが戸を開けると、先ほど納屋を貸してくれた女性がいた。

「何か……あったんですか?」

先ほど男が来ていたようであったが、今目の前にいるのは女性一人だけだった。

「先ほど知らせがありまして、こちらにグーリンデ王国の兵士が来ているそうです。あなた方はオルグラント王国の方々でしたよね。いますぐここを離れてください」


グーリンデ王国の兵士が来るから、オルグラント王国の人だから逃げろということは、グーリンデ王国側に入っていたということである。

主要な道は各国とも国境沿いに砦や関所を設けているが、領土を全て壁や塀などで覆っているわけではない。

お互いに領土を未来永劫侵さないというのであれば、自分の国の領土を示すためにするかもしれないが、相手の領土を奪うと考えて戦争することがある状態では、攻め取った場合に動かさなくてはいけない壁や塀は必要に感じないだろう。

また、壁や塀を建てたとしても見張りの兵や補修など維持に金がかかるともなれば、領土だからと壁や塀を建てるということをする国は見当たらない。

道なりではなく林の中を彷徨ってきたレッドたちが、他国の領土に入っていたと気づかなかったのも仕方が無いことであった。

幾分か休んだとは言え、まだ夜は明けておらず、うっすらと日が昇り始めてきているぐらいであった。

移動に困難と言えるが、暗闇にまぎれて逃げるには良いとも言える。


「納屋を貸していただきありがとうございました。それでは」

距離を稼ぐことを考えれば、時間は少しでも惜しい。

礼だけ言って、レッドとリベルテはおおよその方角を聞いて出発する。

ただ、この場所に家があることと、女性の態度に少々の疑問がレッドの頭の片隅に引っかかっていた。

「なぁリベルテ。いまさらだが、さっきまでの場所。なんかおかしくは無いか?」

「そう言われると……林というか場所によっては森と言って良いぐらい深そうな所があるのに、柵もありませんでしたね」

「モンスターに襲われる可能性があったのに、それに備えた感じはなかった。それに……何でこんな深夜に兵が向かってくる?」

「私達が来たから……というわけではなさそうですよね? 逃げるよう言ってくれましたし……」

周囲を警戒しながら、何かひっかかる疑問を解消しようと思いつくことを話しながら進む。


そうしていると、急に近くに明かりが灯されたように幾分か周囲が見やすくなる。

後ろを振り返ると、赤い明かりが見えた。

さきほどまでいたと思われる場所が燃えていたのである。

レッドたちを追っているのであれば、松明の明かりを並べて追ってくるはずで、家を燃やす理由はない。

二人は顔を見合わせ、慎重に来た道を戻り始める。

木に姿を隠しながら近づいていくと、家に火を放ち、人々を切り捨てていく兵の姿と、斬られ倒れている人と今しがた斬られて倒れる女性の姿が見えた。見えてしまった。

レッドは駆け出そうとしたが、リベルテが掴んで止める。

憤りを感じて振り払おうとするが、もう一度前を向くと不本意ながら冷静さが戻ってくる。

相手は兵士であり、隊で来ているのである。


そしてレッドたちが迂闊に動けない理由が二つあった。

一つは、他国の兵士と戦うのは、国同士の戦端を開くきっかけをあたえてしまうこと。

この場で言えば、他国の領土でその国の兵士に危害を加えるなど、どのような経緯であれ、攻撃を仕掛けたという侵略行為以外の何物でもない。

相手がさらに強かなら、この放火もレッドたちがやったことにし、他の国からも非難を集めさせるだろう。

もう一つは、いかなる冒険者でも少ない人数で多数の相手を相手取るのは厳しいこと。

相手が戦いの場を踏んでいないとか不意を突いて仕掛けられるとか、相手が格下でありこちらが必ず優勢となる状況でもない限り、数に押し切られる。

さらに相手は兵士である。モンスター相手が多い冒険者ではなく、戦う訓練をこなしてきた同様の相手と戦う者達である。圧倒的に不利なのだ。


二人は何も出来ず、この凶行が終わり、災禍が去っていくのを待つしかなかった。

兵士達はここにいた人たちを斬り捨て、すべての建物に火を放った後、やっと去っていった。

レッドとリベルテはお世話になった女性の下へ向かう。

温泉に行くだけの予定だったため、荷物の中に傷薬は無く、あってもすでに遅い状態に見えた。もし、なんとかする手段があるのだとすれば、キスト聖国に伝わるという癒しの魔法くらいだろう。

レッドは女性の目を閉じさせ、他の遺体を運び出した。

リベルテはレッドのしたいようにさせ、自身は周囲を調べることにした。


レッドが穴を掘り始めた頃にはリベルテも戻ってきていて、遺体を埋葬していく。

すっかりと朝日が昇った時に、簡素ではあるがここで暮らしていた人たちのお墓が出来た。

墓石代わりの大きな石の手元には、リベルテが摘んできてくれた花が少しだけ手向けられ、二人は土で汚れた手を合わせる。

「たぶんですけど、ここは逃げてきた人たちが暮らしていたんだと思います」

呟くようにリベルテが推測を話す。

「オルグラント王国に逃げたかったと思うんですけど、国に入るには手続きが必要です。よからぬ事を考える者だっているのですから、そこは当然ですが。

 商人であれば交易書と入国手続書、冒険者であれば依頼書と入国手続書があればよいですが、民はそういったものはありません。」

二人は合わせていた手を下ろし、オルグラント王国に向かって歩き始める。


「戦争中に難民申請を受けた人だけ終結後に入国が認められます。

 戦争中に入れないのは内から攻められないようにするためで、平時に受け入れないのは、民を受け入れることを理由に戦端が開かれないようにするためです」

レッドは聞くことに徹し、口を挟まない。

「そしてあの兵士達ですが、おそらく人が私達の国に行こうとするのが気に入らなかったのだと、思います。でも、あの場所の人たちは連れ戻されるくらいで済むと思っていた。だから……」

あのような惨劇が起きてしまったのだ、と。

レッドが不意に立ち止まる。

「俺達の国って幸せだよな」

今度はリベルテが喋るのを止める。

「そりゃ生活が苦しい時もあるし、今も苦しんでいる人はいるだろうけど。それでも自分達の国を信じていられる。きっと良くなる。よく出来るって思える」

明るく言っているが、少し泣きそうな声でもあった。

「俺はやっぱり、俺達の国で生きる人たちの助けになりたい。少しでも誰かを救える人間でありたいと思う。さすがに全ての人を救うとかそんな傲慢なことは言うつもりは無い。なにより俺は弱い。あの人たちを助けられなかったんだからな……」


一人で多数の敵を倒せるほどの力。

相手の動きを封じるような魔法。

存在しないでもないだろうが、剣で戦うことしかできない人間であることを、分かってはいたが目にしたことで酷く実感する。

手が届くのに手を出せない無力さを痛感するレッド。

だが、悲しむだけではまた同じ光景にあったとき、また眺めるだけになるだろう。

悲劇を目にしたからこそ、守りたいと思ったものを守るために、動き続けることをレッドは誓ったのだ。

辛いことや悲しいことを目にし、そこで心が折られ動けなくなるものは少なくない。

そしてそれに対しての怒りを何かにぶつけるでもなく、自分の足元を見て動こうとする、変わらないまま変わろうとするレッドが、リベルテには好ましく見えた。

「私も一緒に、ですよ」

「ああ」

王都イーシュテルンの門が遠くに見えてきていた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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