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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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冬は苦手だ。

冬の寒さは容赦なく身を貫く。

冷たくなっていく二人の男女をただ見ているしかできなくて。

私は寒さのせいなのか震えるしか出来なくて、次第に目を開けられなくなっていった。

そして、次に開いた目で見たのは一変した世界。

やさしかった人たちは居なくなり、孤独と恐怖の中でただ言われたことをやり続けた。

また冬が来て同じ境遇だった人たちの中から欠けていく人が出てくる。

いつか見たのと同じように冷たく動かない。

また私は震えていることしかできなかった。


ただ、ただ寒い日々。

もう私を私と扱う人はいなくて、私は人形のように言われたとおりに動いていたけど、それも突然の終わりが訪れる。

私に命令していた人たちは次々と斬られて倒れていく。

悲鳴と怒声が聞こえる中、私は動けなかった。

何も言われなかったから。

何かを言おうとした人は、言葉途中に血を流して倒れていったから。

目の前に迫ってくる剣を構えた人たちを見て、私はこれで終わるんだと安堵したのか諦めただけなのか、それは今もどんな気持ちだったのか分からない。

ただ、私は生かされて、そして生きていてよかったと今は思えている。

私を助けてくれた少し年老いた男性はとても優しくて、私は人となった。

そして、その男性から紹介された相手が、私を見つけてくれた。


少しずつ暖かさが広がってくるのが分かり、目を開ける。

この時期は寒くてベッドから出るのが厳しい。

ぐるぐると毛布を被って丸まっていた体をもぞもぞと動かし、サッと手を伸ばして近くに置いておいた服を掴み取る。

もう陽は高くなっていて、レッドたちは依頼を受けに行っているのだろう家の中は静かであった。


「ん、んん~っ! はぁ。前はここまでじゃなかったはずなんですが、甘えてしまってますね」

伸びをして頭をしゃっきりさせる。

自分がマイたちと一緒に過ごすようになってから、二人の報酬から渡してくれるお金があるため、自分が稼がなきゃ生活できないという思いが鈍っていることに苦笑してしまう。


「せめてこの家のことはしなきゃいけませんよね」

リビングに入ると暖炉の火が小さくなっていた。

レッドたちが出かけてから結構な時が経っていたらしい。

火が消えると寒さが襲ってくるため、暖炉用の薪を足していく。

そして、レッドかタカヒロが作ったのだろうスープが鍋に残っていたので、暖炉の火を利用して温める。

人数が増えた生活に、このような一人だけの時間が少し寂しく感じるが、帰ってくる人がいるということ、そしてそれを待っているんだと考えるとこの時間も嫌いにはなれない。


ふつふつと熱を持ち始めたスープを焦げないようにかき混ぜる。

簡素に作られたスープは塩味の効いた優しい味だった。

「タカヒロさん結構料理上手なんですよねぇ。スープの味わいも深いというか。食材にはお金を使ってるようですし……。今日のはレッドでしょうかね。味が単調です」

レッドは料理上手と言うわけではないが、下手と言うわけでもない。

野営時などにはレッドに作ってもらったりもするし、慣れてない人が作るのに比べればだいぶ美味しいと思える。

だが、タカヒロが作るのに比べると物足りなく感じるようになってきてしまっている。

タカヒロはこだわっているようで、料理に時間と手間を掛けるのだが、その分美味しい。

食材にもこだわるので、タカヒロが作る料理は少々食費が嵩んでいたりもするのだが……。

「タカヒロさんには負けないようにというのは、なかなか大変です……」

スープの味とタカヒロの料理に不平をこぼしてはいるが、その顔はとても嬉しそうに笑顔になっている。


暖炉近くには水の入った桶がいくつか置いてある。

冬は井戸の水も冷たく、そのまま洗い物をしていくと手がかじかんで動かなくなってしまう。

そのため暖炉近くに置いて、暖炉からの熱で少しだけ冷たさが緩むようにしてから使うのだ。

鍋や食器を小さな桶の近くに持っていき、その水で洗っていく。

洗い終わった後、その小さな桶をゆっくりと持ち上げ、家の裏手に出てその水を撒き捨てる。

「うぅ……寒い」

手早く水を捨てて家の中に戻ると、はぁっと息を吐く。

そしてそのまま暖炉の側へ。

「やはり外にでると寒くてダメですね。あまり長いこと外に出ようとは思えなくなってます……。レッドからもらった服であれば暖かいけど……。うん、汚したくないですし、もったいなくて、普段着るのはダメですね」

寒がっているリベルテにレッドが贈ったものであるが、レッドからもらったと言うのが嬉しくて綺麗にしまいこまれている。

贈ったレッドにすれば、何故着ないのかと言われること受け合いである。


またしばらく暖炉で身体を温めた後、立ち上がって掃除道具を手に取る。

靴のまま出入りするので、リビングや通路など砂や土が溜まるのだ。

二階の通路から手際よく箒で掃き寄せていく。

途中にある部屋も中に入って土や砂を通路に掃き集めるのだが、マイとタカヒロの部屋は別である。

なぜか靴のまま部屋に入ることを頑なに拒否していて、戸を開けた少しの場所は囲い区切るように板が一部を除いて打ちつけられている。

その枠の中で靴を脱ぎ、その横の棚に靴を置くようにしているのだ。


リベルテたちの普段の生活からすると慣れないものであるのだが、靴を脱いでマイの部屋に入る。

靴のまま入らないので部屋の中に土や砂は溜まっていないが埃はたまるもので、これまたマイとタカヒロから手渡された、彼女たちの部屋用の箒で掃いていく。

通路などの掃除に使っている箒は土や砂を掃き集めているものであり、それを部屋に持ち込んで掃除されると逆に土が付いたり砂が落ちたりするのを回避するためである。

部屋に入るのに靴を脱ぎ、道具を持ち替えるという手間はあるものの、リベルテは特に不満を覚えることは無く手早く掃除していく。


「ん~。やっぱり面倒ではありますが、マイさんたちの部屋は綺麗ですよねぇ。私たちの部屋も同じようにした方がいいでしょうか……。でも、マイさんは少し散らかしすぎですね。もう、服はちゃんと畳まないと」

掃き集めた埃などは、打ち付けられていない一部の板を動かして、そこから通路に出す。

さすがに部屋の中にあるものを勝手に動かしたりするのは嫌だろうと思うものの、脱ぎ散らかした服が目に入り、ササッと畳んでしまう。

ちょっとレッドたちは入れられない部屋の状況であったのだ。


「さて、次はタカヒロさんの部屋ですか」

マイの部屋の掃除を終え、反対側のタカヒロの部屋に入る。

男の部屋であればもう少し散らかっているのかと思うものであるが、レッドもタカヒロも部屋は整理されている。

レッドは冒険者としての暮らしから、どこに何があるかというのを分かるように整えているのだが、タカヒロの部屋は物が少ないため、散らかりすぎるものが無いのである。


「レッドもそうではあるのですが……、タカヒロさんもあまり服は買ってないのですよねぇ。男性はそういうものなんでしょうか? タカヒロさんは料理に使ってるからお金があまり無いのもあるかもしれませんが。あ、でも本が増えてますね。勤勉な方ですね」

紙が広まってはいるが、まだまだ本は手軽に買えるものとは言い難い。

すべて手書きなのだから、長い時間とその労力が貴重さを高めている。

そのため、本は汚さぬように気をつけて読み、読み終わって不要となったら売り出すのだ。

状態が綺麗であるほどに買ったときの値に近い金額を戻せるため、リベルテはタカヒロが許可しない限りは本に触れるつもりは無い。

弁償だなんてなったら、それこそどれだけ依頼をこなさないといけないか……。


タカヒロの部屋は物があまり無く散らかっても居ないことからサッと掃き掃除をして部屋を出る。

リベルテの家で一番貴重品があり、気を使うのがタカヒロの部屋だというのは掃除をしているリベルテしかわかっていない。

箒を持ち替え、通路から階下へと砂土を落として、一階の奥の通路から同じように掃き集めていく。

レッドの部屋はそのまま入り、ササッと土などを掃いていく。

レッドの部屋は綺麗に整えられていて、ぶっきらぼうな感じでありながら几帳面な面が部屋にも表れていて、なんとも微笑ましくなってしまう。


しかし、この部屋に一つだけ目を引くものがある。

窓際の近くに鉢植えが一つ。キンセリ花である。

以前に依頼で摘んだ花はもう枯れてなくなっているのだが、レッドは忘れないようにと鉢植えを買ってキンセリ花を一つ植えたのだ。

知り合いの薬師に話を聞いて、枯らさないように気を使っているらしい。

リベルテもレッドの部屋に入ることから、キンセリ花の育て方について一緒に聞いていた。

寒くなってきたらあまり水はあげない方がいいらしい。

乾燥させてはいけないが、この時期はあまりあげてもその水が冷えてしまって根を傷めてしまうらしい。

土は乾燥しすぎてはいなく、表面からちょっと下は湿り気を帯びていることを確認して、ちゃんと世話してるんだなと感心してしまう。

リベルテ本人はそんなつもりは無いのだが、ほかの部屋より幾分丁寧に掃除して部屋を出て、自分の部屋の掃除に移る。

自分で管理しているだけあって、ほかの部屋より早く掃除して通路に出る。


リビングを回り、掃き集めたゴミをごみ用の桶に入れていく。

これは週に一度の処理日に焼却場に持っていって処理をするのだ。

国としても、ゴミがたまって街が不衛生になると病が発生したり、広まったりすることを他国を含めた歴史で知っているため、ゴミの処理について定められている。

集まったゴミは焼却場という広い穴にどんどんと捨てていき、最後に国の魔法使いが火の魔法で燃やすのだ。

野営や各家で熾す火ではゆっくりと燃え広がるので焼却するのに時間がかかるし、燃やすのに燃料を必要としてしまう。

だが、この処理を行う魔法使いは広範囲を一気に燃やす魔法を使用するのである。

鐘がなった後、処理を担う魔法使いが姿を現し、大きく眩い火を空に出現させ、焼却場に落とすとブワッと火が立ち昇る。

短い時間だけであるが、その火は浄化の火として子どもたちは尊敬を、大人たちは感謝の祈りを捧げる。

ゴミを燃やす仕事と思われるかもしれないが、街の衛生を担うものであり、決められた魔法が使える者しか就けない為、市井の人気と給与と名誉があり、とても人気の役となっている。


それはそれとして、週に一度ということでそれまでゴミは各家などで溜めることになるので、その保管はまた大変であり、なるべくゴミは焼却の日の前日に出すような生活が望ましい。

まだゴミの焼却の日ではないため、ゴミを集めた桶は家の隅に。

家によってはゴミの桶をしまっておく小部屋を作っていたりするもので、リベルテの家にもそのための小部屋が存在する。

ただ、生ゴミを入れたままにしていると、どこからか小型の虫や動物のモンスターがきたりするので、そういった小部屋がある家は最近の主流では無くなっている。

今では、外にちょっとした掘っ立て小屋とも倉庫とも言えるようなものを造るようになっている。

その分、敷地の面積の関係で家が狭いものになるのだが、それが主流として流行っているのだ。


「さて……そろそろご飯の準備をし始めた方がいいでしょうかね。タカヒロさんほど手間はかけれませんが、まずいものを作るわけにはいきませんから。……洗濯は、別の日ですね。時間ありませんし、うん」

少し自分に言い訳するようにして、外套を羽織って気合を入れて外に出る。

足早に無駄に会話などもせずに物を買っていく。

出かける範囲もほかの時期に比べてたらずっと狭い……のだが、この日は少し範囲を広げ、手に持つ荷は多めだった。

家に帰ってきて、リビングの机に荷物を置くとすぐに暖炉の側に身を屈める。

「……いろいろと買い足さないといけないの忘れてたのが痛いですね。前もってレッドたちに買ってきてもらっていれば……」

図らずも余裕を持った行動によって身体を温めなおす時間を取れたが、また動き出した頃にはいつもどおりの陽が暮れてきた時間になっていた。


「やはり寒いときはシチューですよね」

過ぎた時間を気にせず、竈に薪を入れて火をつける。

カロタとパタタは皮付きのまま、適当な大きさに切っていく。

皮を切ったほうが味も見た目も良いのだが、食べられないものではない。

生ゴミを極力出さないように作るのが一般的である。

皮はしっかりと洗っているし、煮込む前に皮の部分を少し焼いておくと香ばしさが出てよいのだ。

竈の上に鍋を置き、ディアの脂身を内側に塗るようになぞり、切ったディアの肉を入れていく。

肉の焼けるいい匂いが昇り始め、カロタの皮部分を下にするように入れていく。

それからしばらくしたら、パタタも同じように入れて、こげる前を見計らって満遍なく火が通るように混ぜていく。

少々のワインを入れて香り付けをし、全体に火が通ってきたら塩で味付けしつつ小麦粉も軽く振りいれて混ぜる。

そして水とミルクを混ぜ入れて煮込んでいく。

ここから竈の火を少し落として、焦がさないようにゆっくりと混ぜていけば出来上がる。

いい具合になった頃、彼らは寒そうにしながら帰ってくる。

それが楽しく、待ち遠しい。懐かしい夢を見たからか、こんな普通の一日が嬉しく思える。

そんな冬のリベルテにとって寒い冬の温かな一日だった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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