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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「う~ん。思ったより早くに終わっちゃったね」

レッドと一緒に冒険者ギルドに来たのだが、王都内の配送仕事は三人で受けるには報酬が少なすぎた。

そこでこれまで何度か受けてきた荷の配送をタカヒロたちに、レッドは手間の割りに報酬額が少し低い手紙の配送の依頼を受けることにしたのだ。

王都も治安の関係で行ってない場所や用が無くて行ったことのない場所もありはするが、ある程度はどこら辺というのを覚えてきている。

そのため、迷うことなく配送が終わった結果、タカヒロとマイはかなり時間を余して依頼が完了したのであった。


「まだまだ戻るには早いよねぇ。もう一つくらい依頼受けてみようか?」

「ん~そうだね。私たちも出来るようになってきたよね! いっぱい稼いで、レッドさんたちを驚かせちゃおうか」

冬の寒い間はどうしてもリベルテの動きが鈍くなり、本人も寒いからと家から、ひいてはベッドから出たがらないことが多くなっている。

これはリベルテが家を持ったことと、マイたちが一緒に行動してくれるようになり、一緒に住んで食費などを渡してくれるようになっていることが大きく影響している。

以前ほどに稼ぎ続けなきゃいけない生活ではなくなったことが拍車を掛けていたのである。

もっとも家に居る分、家のことはしてくれて部屋も掃除してくれるしご飯も作ってくれるしで、マイたちは文句を言うつもりはまったくない。


今の配送の依頼だけで今日の稼ぎは終わっても良いのだが、冬の稼ぎがほかの時期より幾分か落ちるため、なんとなく不安が残る。

それに、なんだかんだいろいろと入用で自分たちで使いたいお金と言うものがあり、稼いでおきたいというのが他の依頼もうけようという気にさせる。

自分たちの手に余るもの、強制的にやらされるものではやる気は起きないが、自分で仕事を選べて、それなりに稼げて手元にお金が入るのであればやる気は起きるものである。


配送依頼の完了手続きでギルドに戻ったので、そのまま依頼板のところに向かう。

朝に貼りだされていたものからだいぶ減っており、残った依頼を眺めていくがどうもしっくりくるものが見当たらない。

「採取の依頼があるけど……目当てのものがどれかってのは、まだ自信ないなぁ」

「私もまだ全然覚えられないよ。もう、これだーって目印でも出てればいいのにね」

採取の依頼も配送と同じくよくある依頼であるのだが、如何せん知識が必須な依頼であり、この依頼をこなせる者は限られている。

冒険者の中に採取の依頼を簡単だと受けていった結果、採って来た中に別のものが混じり、必要数に足りなかったということも度々見受けられる。

そして、再度探し回りに出て行くか、減らされる報酬額で我慢して完了手続きを済ませるという悲壮な場面を見たことがある二人にとって、採取はハードルが高い依頼であった。

それに、レッドも少しは知識があるが、一番知っているだろうリベルテに普段頼りきって受けるため、マイたちはあまりこの手の知識を覚えようとしてきていなかったことも手が出ない理由である。


「この手のは僕らだけじゃ、手を出したらダメだよねぇ」

「他は……今からだと営業時間終わるまでになる給仕とかかな。ん~、タカヒロ君はやらないよね?」

「うん。ごめん。ちょっとそういった飲食の仕事は遠慮したいかな。違うとは思うんだけど、向こうでいい話聞かないし……」

嫌いなものを見たような顔でタカヒロが否定する。

マイは給仕の依頼を受けたことがあるので気にしていないが、タカヒロの言いたいこともなんとなくわかっていたので、最初から受ける気なく質問していた。


「だよねぇ。私も一人で行ってもなぁ。一人で出歩くなって言われてるし~」

「選べる依頼が無いの僕のせいにしてるよね?」

マイが一人で出歩かないようにしているのは、以前にふらっと一人で出歩いた結果、賊に襲われ、さらわれかけたことがあるからだ。

マイを助けるべく駆けつけてくれたレッドとリベルテが危うい事態になり、レッドたちにとっても大きな事件だ。

あの事件は今もマイの表情を時折暗くさせ、レッドたちに心配されて一人で出歩くなと言われているのもあるが、マイ自身も一人で出歩きたいとは考えないようになっている。


給仕の仕事をマイだけ受けた場合、営業時間終わった後の暗い夜道を一人で帰ってくることになってしまうのである。

それに、もしその酒場で何かあったら助けにいけないことになることを考えると、マイの仕事が終わるまでずっと店の中か外でタカヒロは待ち続け無くてはいけない。

さすがに店にずっと居座れるほどのお金を使っては依頼を受けた意味がなくなるし、寒い外で待ち続けるのは御免である。

こういった理由もあってマイたちが選べる依頼が無いということになっていた。

過保護なように思えるが、この世界では命と言うのは容易く失われてしまうのだ。

王都でも事件に遭ってしまったのだから、無警戒でいられることなどできない。


マイたちは残っている他の依頼を眺めてみるが、やはり二人でできる依頼は見当たらない。

大人しく帰るしかないかなと相談し始めたとき、一人の男性がギルドに慌しく入ってきた。

その様子からなにか事件、モンスターが襲ってきたとか賊が出たかと騒然とした雰囲気となり始め、タカヒロたちも気を張りだす。

しかし、対応したギルドの職員が真剣そうな表情から一転して抜けた表情になり、そして笑い出したことから大したことは無いと、いつもの雰囲気に戻っていく。


「なにがあったんだろうね? でもなんとなく、問題が起きたとかじゃないのはわかるけど」

「ん~、依頼を持ってきた人のようだねぇ。大方、寝坊したとか出し忘れてたとかで、慌てて来たんじゃない?」

そろそろ帰ろうとしていた時だったため、慌しく持ってこられた依頼への興味が薄れているタカヒロは、どうでもよさそうなのが良く分かる態度で適当に言葉を返す。

「ん~……文句言いたいけど、それがタカヒロ君だと分かってるだけに、言っても無駄なんだよねぇ。それじゃあ、今日は帰ろうか?」

「マイがそれでいいなら、帰ろうか」

「なんで自分が帰りたいのに、私に決めさせようとするの? 明らかに帰って何か言われたら私のせいにしようとしてるよね?」

ジト目でタカヒロを見やるが、タカヒロはどこ吹く風。

リーダーに決められたり、流れで行っていく仕事に反対したりはしないが、自分からは決めたり、主導したりはしたくないという、渦中には居ないが程よく全貌を見渡していたいというずるい性格である。


そんなしょうもないやりとりをしているうちに手続きが終わったのか、職員が新たな依頼を依頼板に貼りだす。

思わず二人は会話をやめ、貼りだされた依頼に目を向ける。

貼りだされた依頼は討伐の依頼だった。

依頼主は薬師ギルドの職員で、冬の時期の薬草採取場所のあたりで途中から折れた木が多く見られるようになり、木を調べた結果、バレットバジャーの突撃痕で近くにまで進出していることがわかったために依頼をだしたらしい。

この依頼主はもう少し早くから出すつもりだったようなのだが、薬の研究と調合の依頼が重なって忙しくてつい忘れていたらしく、今先ほど来たということだった。


「これって……」

マイがタカヒロの顔を見る。

タカヒロたちが昨年に一度相手にしたことがあるモンスター。

レッドが付き添いにいたが、冒険者で初の討伐依頼ということで喜び勇んで向かっていき、想像していたことよりずっと危険だということを知らしめてくれた相手である。

弾丸のように早く突撃してくるモンスターで、軌道を読むとか勘が冴えるとかできるはずもなく、すぐさま向かってきたバジャーの突撃を受けてしまって、タカヒロは死に掛けたのである。

ギルマスの助言に従って、持っていたお金を費やした揃えた防具で一命を取り留めたので、レッドの前というのにマイの力で怪我を治してもらい、タカヒロの魔法で倒したと言う記憶。

そんな記憶があるというのに二人の反応は違っていた。


「あいつかぁ。今ならもう少しマシに相手できるかな?」

「え? 危なくない? こう強くなったーとか分かるものないんだよ? また大怪我するかもしれないじゃない」

「ちょっと声落として。あのときの報告で僕ら怪我してないから」

「あ、そうだった……。ってそうじゃなくて! 怖くないの?」

タカヒロはやる気になっているようだったが、マイは心配で仕方が無い。

タカヒロにとっては、前は怪我したけど次はそんなことなくやれるという思いがあり、マイにとってはタカヒロが大怪我をした相手という思いしかない。

今もタカヒロの手を取り、思いとどまるように説得している。


「ほら、場所も遠くないし。それにたしか、本来は逃げるやつらしいから、もう残ってないかもしれないよ。その場合、報告だけで報酬は半分になるけど、半分は入るから」

やはり男と言うことなのだろうか。

タカヒロはモンスター相手であれば戦いたいという思いが無くなり切ってはいなく、薬草類については覚える気がないのにモンスターについては覚えていた。

いつもと違い自信があるような顔に、マイもつい折れてしまう。

「絶対、怪我しないでよ? 危ないことしたらだめだからね」

討伐に向かうと言う時点で危ないことなのだが、それを言ったらまた止められるのでタカヒロは黙って頷く。

マイの許可を取ったタカヒロは、貼り出されたばかりの討伐の依頼を取って受付に向かっていった。


足元に雪は無いが、木々の間を吹き抜ける風が王都より寒く感じさせる。

依頼に書いてあった場所に向かうと、確かに木が何本か倒れていた。

枯れて倒れたようには見えないしっかりとた幹に、何かが勢い良く当たってできただろう痕があり、間違いなくバレットバジャーの突撃痕だった。


「前にレッドさんに教えてもらったときに見た痕と同じだから、間違いないね」

タカヒロが倒れた木を調べながらマイに話しかけるが、マイはいつ飛んでくるかわからない相手にビクビクと周囲を気にしていた。

「ね、ねぇ。居るのかな? ここに来たけど何もなかったし、もう居ないんじゃないかな?」

「大丈夫だって。まかせて」

いつもと違う様子はとても頼もしいのだが、いつもと違うだけに違和感があり、マイはどこか落ち着かない。

マイもあたりを少し見てみようとタカヒロから離れ、パッと見で足跡も見えなかった。

タカヒロに声をかけようと振り返ったとき、タカヒロに向かって何かが飛んで来ているのが目に入った。


「タカヒロ君!」

声をかけても遅いのが分かっていたが、タカヒロに向かって大声を出す。

タカヒロに当たるかと思ったが、タカヒロから逸れて行き、倒れた木の根元部分にめり込んだ。

タカヒロはそこを逃さずに指を二本伸ばして手を振る。

剣ではなく魔法を使ったのだ。

以前と同じように鋭い風がバジャーを切り裂く。

木にめり込んですぐに動けなかったバジャーはその体を大きく斬られ、辺りに血を撒き散らす。

両断される程ではない大きな傷にしばらく身をジタバタとさせた後、動かなくなった。

虫のモンスターを討伐した際は両断してもまだ動く様子に気味悪いだけであったが、動物相手では血を流しながら身悶える姿は可哀そうに思えてしまう。


「タカヒロ君、大丈夫?」

バジャーの最後が可哀そうに思えたが、それよりも仲間のことが心配であり、タカヒロの側に近寄って怪我をしていないか確認する。

というのも、タカヒロが魔法でバジャーを倒したのだが、どこか不審がっていた様子だったからだ。

「……うん。大丈夫だよ。考えてた通り、上手くいったよ。これで依頼は終わりかな? 報酬もらったら、レッドさんたちにお酒でも買っていこうかねぇ」

バジャーの死骸をひょいっと掴みあげてタカヒロが来た道を返していく。

「あ、待ってよ~」

マイもタカヒロの後を追う。

だが、マイは何かが気になっていた。

周りに他の人が居ないからだろうが、あっさりと使わないようにしていた力を振るったことに。

そして、力を使った後のちょっとしたタカヒロの仕草。

ふとリベルテに教えてもらったこれまでの『神の玩具』のことが浮かんでくるが、タカヒロの満足そうな横顔に杞憂だと押しやることにする。

「リベルテさんが好きだっていうのにしようね」

その方がいいだろうねと、笑顔を見せるタカヒロに、マイはこのまま変わらないことを願うのだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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