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「え~と、あとは残り三通で、ここから右行ったところと……ゲッ! 反対のところの残ってたかぁ。やっちまったなぁ……はぁ……」
受け渡されたリストを眺めて肩を落とすレッド。
今日も今日とて配送の依頼を受けていた。
寒くなってくると人の動きは悪くなるもので、ほかの時期に比べると配送の依頼はグッと増えるのが冬である。
出歩きたがらなくなるのは商人たちも同じであり、ラングのように実際に各地を回って挨拶したり品物を見定めたりしなければいけないような人を除けば、自分の店や勤めている商会の中だけで済ませたいものなのだ。
荷物の配送はタカヒロたちにゆずり、少し報酬が下がるが手紙の配送で回っていたレッドであるが、さきほど工房の主人に手紙を渡して次の届け先を確認したところ、リストを流し読みしていたために覚え間違いがあり、一つだけ今回っている場所から少し遠かったのである。
王都は王国の膝元だけあって、貴族たちが住む区画と平民が住む区画が分かれている。
分かれているといっても貴族の区画に店などはないため、大きな商会や高めの品を取り扱うあたりと、そこに比べれば安いあたりと平民区画にも分けが出来ている。
そして今レッドがいるのが安い物がある辺り、残りの一通が高めの物がある辺りだった。
「あそこはたまに面倒なのが居るからなぁ。こればっかりは商会の人が持っていって欲しいわ」
レッドがぼやきながら、ひとまずここから近い二通の届け先に向かう。
オルグラント王国は国の発展のため、人の無駄死にを少なくし、人口を多くしようと動いていて、モデーロ候、ファルケン伯を見るとおり、人々の暮らしのためになる施策を積極的にとっている。
それもあって平民たちともよく接する機会を設けたりもしているのだが、やはり身分は人をおかしくする力を持っている。
生まれながらにして敬われる、人を使う、世話してもらうことに慣れてしまった貴族の中に、自分は偉く、貴族でないものは下賎な者だと思い込んでしまうものがでてくるのだ。
この貴族という身分は、国の成り立ちに関わり、この身分があるからこそこれまで国を担ってこれた、そして自分たちもこうした仕事をしているという歴史と自負がある。
そのため、ほかの貴族もそういった者達のあり様を頭から否定は出来ないし、諭すことも難しいものになっている。
身分を笠に着るようになったものを頭ごなしに否定するということは、今の自分の身分も否定することに繋がりかねないのだ。
幾分か良識を持っているとされる貴族も積極的に止められなく、そういった人たちに当たってしまった人たちは運が悪かったと諦めるしかなかった。
もっとも罪を着せられるとか、無用に何かを奪われるといった場合は、届け出ればちゃんと調査される。
貴族の権力を笠に無為に人を死に追いやることはないようにと、そこだけは国として守っている。
このため、ほかの国に比べれば住みやすいと王国から出て行く人は少なく、逆にこの国で暮らしたいと願う人たちが他国から流れてこようとするのである。
「それではお願いします。では」
二通目は薬師のところであったのだが、宛先主は会合に出ているとのことで弟子だという青年にお願いした。
商会だと、どこの商会の誰であるかをわかるように掻かれた証を首から掲げているので、当人が不在でも誰に渡したというのが分かり、後々確認しやすくなっている。
これは商人は信用あってこそという考えから定着しているもので、冒険者の証もこれに倣って証を作成し、持ち歩くようになっていたりする。
身分証であるため、商会に勤めることになった時に手渡されるもので、勤続年数と役職などによって更新されているらしい。
こちらも冒険者の証が倣ったとおり、オルグラント王国の印章と商会の印章、および本人の名前が刻まれた鉛版で出来ている。
何故この話が出たかと言うと、薬師にはこの証が無いからである。
正確には資格を得ていないうちは薬師と名乗れないため、証が渡されないのである。
薬師になるにはだれかの弟子となり、薬草の種類、効能、調合の仕方を覚えていかなければならないのだ。
間違えれば毒になりえるのだから、この弟子期間を無しになどできない。
そして十分覚えたと見込まれた時点でやっと薬師のギルドにて登録して証が渡されるのである。
先ほどレッドが手紙を渡した青年はまだ見習いだったのだ。
そのため、証がないのでこの渡した手紙を紛失されたりしたとき、誰に渡した渡されてないといった問題が生じる恐れがあったのだ。
こういったことに慣れてなかったり、そんな問題にあったことが無い者だと、渡してそのまま去ってしまい、後々で問題になってしまうことも多い。
レッドはその回避のため、青年の署名と近隣に居た人を巻き込んで、手紙を渡したことの確認署名をしてもらっていた。
要はこの人に渡した、そしてそれを他の人も見てましたという証拠であるのだが、他の人に署名をもらうのがなかなか大変なのだ。
近くにちょうど人が居なかったり、居ても面倒がって受けてくれなかったりと、簡単ではない。
今もやっと、近くに住んでいた人を説得して書名をもらって、渡し終わったところだった。
「はぁ……。思いのほか時間がかかったな……。さて、最後はあっちか。行くしかないよな」
少し気が乗らない足取りで向かった先で、レッドは何度も宛先と目の前の場所を確認する。
なかなか、いや平民区画にはかなり立派な家だった。
「これ、結構大きな商会の自宅宛だったのか? そんなん冒険者に依頼する中に入れるなよ……」
王都と言えども治安がとても良いとは言えない。
おかしな薬を売りさばいていた者達もいたし、娼妓の女性を襲う者もいたりする。
護衛はいるだろうが、お金を持っていそうな商会の家に一冒険者に手紙を届けさせるのは無用心に過ぎると愚痴をこぼす。
「……しゃーないわな。ここでボーっとしても寒いだけだし、行くか」
立派な家であるのだが門はなく、玄関の前で警護するような人も見えない。
仕方なしに、レッドはちょっとだけ気後れしながら戸を叩く。
「すみませーん。王都の冒険者ギルド所属のものですが、手紙の配送できました」
中から少し高めの返事があり、ややすると玄関の戸が開く。
戸を開けたのは少年だった。
レッドは冒険者の証を取り出して提示する。
「冒険者のレッドと言います。ルードリッヒさん宛ての手紙を届けに来ました。ルードリッヒさんはいらっしゃいますか?」
立派な家に住む相手なので大きな商会であれば、悪い印象を持たせてしまうと後々が怖いため、少しだけ言葉遣いに気をつける。
「あ、それは僕ですね」
この少年宛だったとは思わなかったため、少し止まってしまったが、少年に手紙を渡す。
「はい。確かに。あっ! 受け取ったら署名が必要なんでしたか?」
「こちらにお願いします」
「はい、わかりました。部屋で署名してきますので、中でお待ちください」
少年はレッドに中で待つようにと言って受け取った後、部屋に戻ってしまう。
そんなに急いだ感じは無かったのだが動きは早く、受け答えもしっかりしていたことから、かなりしつけがなされたものだと感じさせる。
少し落ち着かないところがあるまま、レッドは言われたとおり、リビングで大人しく立って待っていた。
さすがに配送で走り回ってきた後で、この家の椅子などに座る気が起きなかったのだ。
署名だけなので、そこまで待つこともなく少年がやってくる。
「はい。お疲れ様でした。……この後、お仕事ありますか? よければお話を聞かせて欲しいのですが……」
少年が少し照れたようにしながらレッドにお願いする。
ほかの家の者が見えないが、このお願いを拒否してサッサと帰るということに問題はないかと考えてしまったのが悪かった。
少し間を作ってしまったため、ここでまだ仕事があるとか、用があってと帰るには不自然さを出してしまい、悪い評判に繋がってしまいそうだった。
それを自身で気づいてしまったため、レッドは諦めてしばらくの間だけと断りを入れて少年と話をすることにする。
「冒険者のお仕事と言うのは、楽なものとは言えないのですね……」
レッドが話たことは当たり障りなく、普通の冒険者の暮らしである。
依頼は楽そうなのだと稼ぎが少なく、少し高いものを選ぶと危険が伴うこと。
そして、その手にした報酬から日々の宿と食事代を賄っているということだけである。
少年はしっかりと考えるように真剣に聞いていた。
この手の子どもはたいてい二通りになる。
そのような暮らしをしたくないとちゃんとした職に付けるように頑張ろうとするか、寝物語のように大冒険、大活躍をそれでも夢見るかである。
この少年は否定的な目をしていなかったため、後者であるように思われた。
「うん。冒険者とはやはりそういうものなんですね」
「……そういうもの、とは?」
今までに無かった返しにレッドは鸚鵡返しに質問してしまう。
「冒険者は国が、この王都や村が手が届かないところに手を届かせる職ということです」
本当に今までになかった言葉に、レッドはどう反応していいのかわからず、また止まってしまう。
「全ての人が自身のなりたい職につけたらいいのですが、それは無理です。その人がどうしてもなれないというのではなくて、状況が合わないということでしょう。例えば、手紙が二通しかないのに、配送する人は三人もいりません。よくて二人までになります」
段々、この少年に見える人物は、実は大人なんじゃないかと思えてくるレッド。
「ですが、手紙だとどこか違う時には何十通にもなったりすることがあり得ます。でも先ほどのだと配送する人は二人しかいません。またそこで人を雇うというのもありますが、その配送のためだけに雇うというのも手間がかかります。そこで冒険者です。依頼として出せば、数居る冒険者の中からだれかが受けてくれるのです。お金はかかりますが、自分のところで雇うための手間や、雇った人のお金を考えれば安く済むでしょう。討伐の依頼だって、本当は兵が動ければいいのですが、近隣の国のことがありますから、そう動かせないことも多いでしょうし。それに狩りをするとなると、それはまた兵士の訓練とも違いがあるでしょうね」
「……よくご存知で」
「僕も大きくなったら、冒険者になりたいですね!」
少年はレッドに輝かしい目を向ける。
「……いや、そんだけの頭あったらほかの職就いたほうが国のためになりそうなんだが……」
レッドはそそくさとルードリッヒの家を辞去し、疲れた足取りで家に向かう。
「あ~いったのも居るもんなんだな……」
冒険者とは職にあぶれた者たちの受け皿となる職。
決して、人から望まれる職とは言い切れない。だが……。
「あ~言ってくれる人が居るなら、冒険者の評判落とさないように活躍しないとだな」
レッドが暮らす王都でも冒険者に夢を見るのではなく、冒険者と言う職をちゃんと見てなりたいという不思議な少年に会った、そんな日だった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




