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「あ~、仕事行くのが億劫だな……」
レッドが自分で入れた白湯を飲みながら、ボソッと愚痴る。
「寒いですしねぇ。一気に稼いで、春まで篭ってたいですねぇ」
その横で同じように白湯の入ったコップを持ったタカヒロが相槌を入れる。
「はぁ……。そうしたいんだったら、俺らがなおのこと頑張って稼いでこないとだな」
ちらりと目を横に向ければ、暖炉の前に椅子を置いて毛布に包まりながら陣取っているリベルテの姿が目に入る。
数日前はサブリナの家で育てられていた花が咲くことで、事前に寒くなることがわかっていたリベルテが厚着の用意や薪の準備をしていた。
そのおかげで翌日、雪が降った外に嬉しそうに飛び出していたのだが、嬉しかったのは花が雪降る前兆として咲いたことで、寒いのはやはり辛かったらしい。
一転して、例年のように温かい家に籠り、暖炉の前から動かないようになっていた。
いまは暖炉の前で毛布に包まり、幸せそうにしている。
「リベルテさんのあれは、なんかもう慣れた気がしちゃいますねぇ」
マイは自分用のお茶を持ってレッドたちの会話に加わってくる。
「あいつも前はあそこまでじゃなかったんだが……、タカヒロたちが来てからだな」
しみじみと思い返すかのようにこぼす。
「それ、遠まわしに僕らのせいって言ってます?」
「いや、違うぞ。おまえらに甘えてるって言いたいんだ」
「リベルテさんが? でもここに住まわせてもらってるし、ご飯も作ってもらってるし、どっちかって言うと甘えてるの私達だよねぇ?」
ねーと言いながら首を傾けるマイに、なんとなく動きだけ合わせて同じ方向に首を傾けるタカヒロ。
「……まぁ、いいんだが。あまりに篭ってるようなら、稼ぎから家賃とか食費でもらってる分減らしてくれて構わんぞ。稼げるのに稼ごうとしないヤツが悪いからな。何もしないで食ってけるほどの身の上じゃないからな」
家を持ってからリベルテが食事を作ってくれる機会が多くなっているが、酒場で外食してもまったく問題がない。
外食する方が家で食事するより高いものと言われているが、家族や複数人と暮らしているのであれば、一回当たりに作る量を人数で割れば外食より安いというだけである。
そして作る人の腕が良くなければ、外食した方がはるかにありがたいものにもなるのである。
「それでもこの家はリベルテさんのものだし。家に住まわせてもらってるからかなり楽になってるんだよねぇ」
かなり仲良く暮らさせてもらっているが、だからといって人の持ち家に住んでいて、食事も作ってもらいながら、一切負担も何もしないというのはどうしても気持ち悪く感じていた。
それにそんな暮らしをしていてある日突然追い出されようものなら、もう前のような宿で宿代と外食費を日々稼ぐ生活は送れないとも思うのもあった。
「そうだね~。さすがにそんなことはできないよね」
「そう言われるとな……。俺も文句は言えないか」
以前は宿暮らしであったため、寒くても稼ぎに行かないと宿代もその日の食事も危うくなることがあった。
二人であったからレッドが稼いできた分から払うということもできるが、それが頻繁に常習化するようであれば、レッドはリベルテに金を回さないという脅しも言ってきた。
自分だけ働くということの不満でもあったし、何より冒険者の稼ぎは安定していない稼ぎであり、他の人を養うというのは覚悟が必要になるからである。
だが今は、宿代が不要な持ち家に住んでいる。
宿の各部屋には竈などありはしないため、外食が必然となっていた。
今では自分たちで作ろうと思えば作れる暮らしとなっていて、もうリベルテが食事を作ってくれることが多くなっているので、以前より支出が少なくなっている。
レッドとしても住まわせてもらっている立場であるので、リベルテに強く言えなくなっていることを改めて感じたのであった。
「まぁ、だからといって篭りっぱなしにはさせられないし、させたくないな。悔しいから」
レッドの率直な本音にタカヒロたちと軽く笑いあう。
「さて、この時期に多い配送に行きますか」
「なんかもう冒険者の仕事は配達だって気がしてますねぇ」
討伐の依頼なんてそう多くはない。
雑用がほとんどの依頼を占める冒険者の職で、大小ある物を持って移動して回る手間があるが、採取の依頼より危険は少ないので多い頻度でレッドたちは受けて来ている。
こなしてきた依頼を振り返れば配送ばかりだった印象が強く残っている。
「あはは。意外と悪い依頼ではないんだけどね。でも、配達専門の仕事ってないのかな?」
「配送専門って、なかなか厳しいと思うぞ。広い範囲に配送しなきゃいけない場合は人手が必要だが、すべて近場で済む場合は人そんなに必要ないしな。……あとは、その荷物の管理だな。預かってる時や配送中になくしたり、壊したりあったらどんだけ揉めることになるか……」
「そんな面倒なことを専門にしたくないなぁ」
「いや、配送の依頼は今言った事、普通に含んでるからな。だから依頼出されるわけだし、ちゃんと依頼主とか依頼内容見てないと危ないもの掴まされるんだからな」
「……そういやそうでした……」
これまでいい内容のものを選んでこれたため、それが当たり前になってきていたが、依頼によっては破損した品物を身代わりよろしく配送させられたり、遅れに遅れた荷物を運んで代わりに怒られるなんて話は聞かされていたのだ。
慣れたつもりでやっちゃうと危ないことあるよな、とタカヒロは自己反省する。
マイもすっかりと頭から抜けていたのだが、タカヒロ君しっかりしてよね~と自分は覚えていた体を装っていた。
もちろん、普段はそっち側の行動を取るタカヒロには分かりきっていたので、本当に覚えてた? とマイを逆に弄り出す。
この二人もだいぶここでの生活に慣れてきていて、このように賑やかな一幕が多く見られるようになってきている。
レッドは二人を止めるでもなく、見守っていた。
今の二人からは『神の玩具』の危うさを感じないからだ。
「あ、配送で思い出した」
微笑ましくタカヒロたちを見ていたレッドであるが、ふとリベルテと以前に話していたことを配送の依頼から思い出したのだ。
「ん? レッドさん、何か?」
レッドの視線がタカヒロを見ていたからだ。
「いや……今なら聞いていいか。タカヒロ。おまえさんアクネシア王国あたりに居たこと無かったか? 一日で地形が変わったという話を昔、聞いたことがあってな。おそらくお前じゃないかと」
途中からタカヒロの視線は明後日の方を向いており、今日も寒いなーとあまり感情の入っていない白々しいことを言い出したりしていた。
「……もうその反応でわかった。何しにアクネシアに居たのかしらんし、今はもうこのオルグラント王国で冒険者として暮らしてくれてるからいいが、そんな危険なことするなよ」
「いや、そこに居たのは自分の意思ではなかったんですが……。まぁ、どんなもんかちょっと気軽に試してみただけで、あんなになるとは思ってなかったんで。後悔はしています。反省はしていない」
「いや、反省こそしとけよ!」
レッドがタカヒロにつっこむ。タカヒロにつっこみを入れるほどの付き合いになっている表れである。
「おお~」
「いまのどこに感心するところがあったよ……」
だが、いまいちマイとタカヒロの不思議なノリについていけないところは相変わらず存在している。
「いや~まぁ大丈夫ですよ。さすがにあんなになるとは思ってなかったんで、もうしません。それに、自分も危ないかもしれないものでしたし」
「お前じゃなくて王都に暮らす人たちにとってだよ。おまえなら自分の力でどうにかなることしなさそうだし」
「僕の身を案じてではなかった……。信頼されてるんだろうか? ちょっと違う気もする」
いくらかタカヒロの扱いにぞんざいさも混じり始めている。
「あはは。そうだね。何事にも慣れていくのは大事だけど、それを当たり前にしちゃだめだよね。改めて気合入れて配送に行くよー! おー!」
タカヒロが少しやる気なさそうに、おーとマイに合わせて右手と声を上げる。
「ほら、レッドさんもするの。行くよー! おー!」
「お、おー」
マイたちと暮らすようになって1年が経ち、もはや一緒に仕事をする仲間となって行動することに慣れてきていたが、いつまでも何事も無く一緒に居られるとは限らない。
そういうことを含んではいなかったのだろうが、レッドは改めてマイたちを見ていこうと心に決める。
その力に溺れるからなのか、それとも神によって踊らされるからか。
そんな彼らに関わってきた人たちが残した呼び名は『神の玩具』と言うのだから……。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。