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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「このお花を買わせていただいたのですが、どのようにして栽培されているのでしょうか? お話を聞かせていただきたいのですが?」

リベルテがサブリナから買った一輪を持ちながらずいっと男性に迫る。

「は、はぁ……。ひとまず、中へどうぞ……」

リベルテの気迫に押されながら、この花のこと聞いてどうするんだろうと首を捻りながら中へ案内する男性。

マイはレッドの方を見るが、レッドがリベルテに任せてみようという態度で何も言わない。

男性に続いて家の中に入っていくリベルテの後を黙って追っていく。


「何も出せずにすみません。なにぶん、余裕が無いものですから……」

サブリナがよく掃除をしているのだろう部屋は少し綺麗になっているが、男性の後ろに見える部屋は植物が束になって積まれていて、ごちゃっとしているのが目に入る。

その代わりというのか、今いる部屋は物が少なく、食事も十分に取れていないのではないかと察せるほどであった。


「いえ、押しかけたのはこちらですので」

リベルテが気にせずにと返す。

椅子も足りなく、壁に寄りかかるようにして立っているのがレッドとタカヒロ。

なぜかマイはサブリナを抱いて座っていて、時折、リベルテが羨ましそうな目を向けていた。

「私は一応、薬師の端くれでして……。まぁ、腕があまり良くなくてごらんの通りなのですが……」

サブリナの父親が恐縮しながら話始める。

「植物の研究が好きでして、その、サブリナには大変な思いをさせてしまっているのですが……」

サブリナを見て申し訳なさそうにする父親。

「お父さん、いいから早くお話する!」

しどろもどろな様子の父親をばっさりと切るサブリナ。

家の中ではサブリナは強い性格になるようだ。

まぁ、この父親と一緒ではそうならざるを得なかったのかもしれないが。


「それで薬の効果を高めたり、違う効き目が出るものが作れないかと交配していた中でできた花でして……。ちょうど亡くなった妻が好きな色をつけたもので、そのまま裏で育てているんですよ」

「……この花、この時期に花を付けるのですか?」

「ん~、去年はもう少し遅かった、よな?」

自身の記憶に不安があったのかサブリナの方を見る父親。

「一昨年ももう少し遅くに咲きました。だいたい、寒くなって雪が降ってくる前に咲いてたかなぁ」

サブリナが自分の記憶を掘り出すように右上に目をやりながら応えると、リベルテの目がカッと見開く。

「この花、もっと多く育てられませんか!?」

ガタッと勢いよく立ち上がりサブリナの父親に迫る。

「で、できるとは思いますが、育てる場所も多くありませんし……。それに……その……、先立つものも……ははは……」

「そこはこちらでなんとかします! この花は、私の、多くの人の助けになるかもしれないんです! お願いします!!」

がばっと勢いよく頭を下げて懇願するリベルテに、サブリナたちはどうしてよいか困惑し、レッドたちの方に目をやる。

「そいつの言うようにできませんか? お願いします」

レッドも逡巡することなく、リベルテと同じように頭を下げる。

それを見て慌てて、よく分かってないがマイとタカヒロも頭を下げる。

「い、いやいやいや、頭を上げてください。多くの人の助けになるなら、やらせてもらいます。私も人を助けたいから薬師になったのですから」

サブリナの父親がとても凛々しい顔で請け負うことを約束する。


「さっきの花、綺麗だとは思いますけど、いっぱい育ててもらってどうするんですか? そんなに買う人って多くないと思うんですけど……」

サブリナの家を出た後、マイがリベルテに率直な質問をする。

「これは寒くなる前、雪が降る前に咲くということです。と言うことは何時ごろ寒くなるのか、雪が降ってくるのか目安になるということです。寒さ対策を始めるのに大事なものになりますよ」

リベルテが嬉しそうに手に持っている花に目をやる。


「ん~、間に合うくらいに咲くのかな? 降ってからじゃ遅いんだけど」

「先ほど、雪が降る前に咲くと言ってましたし、サブリナさんもこの花は数日前から咲き始めたと言ってましたよ? 少なくとも近々に寒く、雪が降るとわかればいいのです。身構えもできますし」

リベルテには必要かもね、と納得する一同。

「それで、栽培していく場所や金ってどうするんだ? なんかアテなんてあるのか?」

レッドがこれまたリベルテに率直な質問をするが、リベルテがくるっとレッドの方を向く。

「レッド。お願いしますね」

とてもいい笑顔でありながら、その目は否定を許さなかった。

「おま……それ……。はぁ……。俺も投げるかなぁ」

レッドの呟きにマイとタカヒロが揃って首を振る。

マイたちに投げられても何もできないのだ。

投げられても困るというもので、その反応は何も間違っては居ない。


「さぁ、ひとまず仕事に行きますよ。私達が自分の足で立つためにも!」

リベルテを先頭にギルドへと向かっていく一行であったが、手持ちの花を見て一旦家に寄ってから向かう。

今後もサブリナの父親が育てた花を全てレッドたちが買うという手もあるが、花だけを大量に買ってもレッドたちには使い道が乏しいし、レッドたちの生活を圧迫するだけ。

自分の生活があって、それから相手に手を差し伸べられるものである。


「……ふむ。凍死者が王都で出たか。王の膝元でとは悲しいことであり、無力さに気づかされるものだな」

内政官から上げられてきた報告書に目を通した初老の男性は独り言を呟きながら、椅子の背もたれに寄りかかる。

初老に差し掛かっている男性はミルドレイ・マルベスであり、現宰相の片腕として長く王国の政治の中枢に関わってきている男性である。


「さりとて、ただ金を撒いても寄ってくるのは虫ばかり。孤児院を立てるにも担い手が足りぬ。前のようなものがまだ居ぬとも限らん。今ある所にこれ以上受け入れさせても、今居る者たちが危うくなるだけ。難しいものよ」

思案していくうちに指がトントンと音を机を鳴らしていくが、徐々に苛立ちも含み始める。

「失礼します! また新たな報告書になります。それでは、失礼致します」

内政官が新たな報告書を机に積むと慌しく部屋を出て行く。

国の政治に関わるというやりがいがあるとは言うが、日々、書類に追われ、終わったら現地に向かったりと休む暇がない内政官はとにかく忙しいもの。

慌しく出て行くのも茶飯事で責めるものでもなくなっている。


「やれやれ、まだ一つの思案が進まないと言うのに、次が来てしまったか」

積まれた報告書に次々と目を通していく。

宰相の右腕として内容を分類し、真偽を精査し、先んじて動いてしまえるものは動いておき、重要度、優先度を設けて宰相に報告しなくてはいけない。

ミルドレイが居なくなるとこの報告の山が直接宰相に渡り、宰相が寝る暇も無くなり倒れてしまいかねないほどである。

今もミルドレイの経験でなんとかなっているが、高齢のため後釜を育てようともしている。

だが、この書類の山から精査していくのを見て望むものは居なく、居ても精査の質がグッと落ちることの重圧に潰れてしまう者が多かった。

そのため、今この部屋でミルドレイが精査したものを必死に取りまとめている者達が残りであり、潰されぬように注意を払っているのもミルドレイの思案の時間を少なくしていた。


「おや、これは……。ふむ。事実であれば、少しは面白いことになりそうではあるか。だが、これだけでは難しいところはあるか。それでこちらに投げてきおったな」

先ほどまでより少しだけ楽しそうな表情に、必死に書類を取りまとめていた者たちが何事かと手を止めてしまう。

「少し出てくる。今日のところはそれらだけでよい。取りまとめたら宰相殿付きの方々にお渡しするように」

ミルドレイが部屋を出た後、今日これで終われると資料のまとめにまたとりかかる音が聞こえていた。


「ふぅ~。いい朝ではなかったが、稼ぎはよかったな」

レッドがリビングのテーブルに突っ伏す。

急な寒さにより冬物の服の需要が増し、その毛皮を仕入れるために討伐の依頼が多くでていた。

森に生息しているモンスターにとっては堪ったものではなかっただろうが、多くの冒険者が討伐に向かい、毛皮を納めてきたのである。

いつもより多少色が付いた報酬にレッドたちがにやけるのも無理は無かった。


「でも、結構な数狩ったので、森の生態大丈夫ですかね?」

モンスターだからと全てを狩ってしまえば、森の生態系がおかしくなってしまう。

捕食されていたモノたちが溢れて襲ってきたり、捕食していたモノたちが餌を求め人を襲ってくることに繋がりかねないのだ。

「あ~、依頼で来て板に出したってんだから、大丈夫だろ? 大丈夫じゃなかったらギルマスが悪い」

先ほどまでより少し黒い笑顔に変わるレッドに、それもそうかとタカヒロもニヤリとする。

「そんな悪い人ごっこしてないで、ご飯にしましょうよ~。おなか空きました~」

マイが男二人に呆れたように嗜めながら、ご飯を催促する。

「はい。すぐに準備しますね」

竈の方に向かうリベルテであるが、ふと窓側に目を向け微笑む。

そこには今朝買った花が束で活けられていた。


翌日はいつもどおりまだ少しは温かい天気に戻り、買った花はその花を散らしていた。

「あれ? 一日で花が散っちゃいましたね」

マイが変な花とこぼしながら、薬師を仮に名乗っていたこともあり、なにかに使えないか気になっていたので落ちた花びらを拾っていく。

リベルテは残った茎部分をそのまま活け続けた。まだ開かずに残っていたものがあったからだ。

そしてまた、雪が降り出し始める前にその花が開きだす。

王都が冬を迎えた日、厚着して準備万端だったリベルテが外に出て嬉しそうに雪を見上げる。

サブリナの父親には国から薬師の研究所への紹介状が届けられ、身奇麗にしたサブリナの父が薬師の研究所に出入りするようになる。

この花が王都に広がるのは次の年の冬になるだろう。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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