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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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夏の名残を感じさせるような暑さは無くなり、ちょうど良さげな風が身を撫でていく。

ずっと居てもよかったのではないかという思いが後ろ髪を引いてはいるが、レッドたち一行は王都への道をゆっくりと進んでいく。


「あ~、温泉から離れちゃったぁ」

もうシュルバーンなど見えもしないのに、ずっとそちらの方を見ながら何度目かの言葉を呟くマイ。

「まぁ、居心地が良かったのはわかるがな。そこまでの金は無いし、帰る家もあるからな」

レッドが御者台から振り返りもしないで、笑いながら言う。

「さすがにあの家を手放して向こうに住む、なんて言わないよね?」

珍しくタカヒロがジトッとした目をマイに向ける。

「いやいや。そんなこと考えるわけ無いじゃない!」

リベルテが譲り受けた家であり、そこに好意と思惑があり住まわせてくれているというのに、住まわせてもらっている者が考えるとしたら不遜なものである。

タカヒロに言われて、今気づいたマイが全力で否定する。

「わかってますよ。マイさん。ただ、なんとなく名残惜しいのですよね。だから、またお金を稼いで来ましょうね」

リベルテがそんなマイに微笑みかけながら、抱きとめて頭をなでる。

もうすっかりと仲の良くなった二人である。

これまでも仲が悪かったわけではなく、お互いにあった遠慮が少しなくなっただけ。

野営を挟みながら進む道のりは行きよりもいくらか楽しさを増しており、旅行に行ってよかったと思うものだった。

ただ、王都の家にたどり着くまでの食事に大量にマッフルを買っていたために、必ず一個は付くことになっていた。

甘いものが嫌いではないとは言え、さすがにずっと続くことにレッドとタカヒロは顔には出さずに食べ続けることに苦労していた。

もちろん、マイは一個といわず二個三個と食べ、リベルテもおいしそうに二個は食べている。

その食べっぷりもレッドとタカヒロの胸焼けに繋がっていた。


「あぁ~。帰ってきたぁ!」

レッドが王都の門の前で御者台から降りて伸びをする。

「まだ検査終わってませんし、家に着いてませんよ」

リベルテが苦笑しながら言うが、やはり帰ってきたという思いは同じなので顔には嬉しさが見えている。

「温泉も良かったけど、やっぱりここに来ると帰ってきたって思いますね~」

「いや、数日しか経ってないから……」

レッドたちに釣られるようにマイも帰ってきたことを喜んでいるのだが、少し前のハーバランドまでの旅路を思い出せば、ちょっとした旅行にしかすぎない。

そこまで感慨にふける理由が分からなく突込みを入れてしまうが、一人だけ蚊帳の外っぽい雰囲気ではさすがにタカヒロの声も弱い。


「おや? レッドたちか。シュルバーンはどうだった?」

門衛がレッドたちに気づき声をかけてくる。

「ああ、ゆっくりできたよ。温泉はよかったよ」

「俺も長く休みが取れりゃなぁ」

王都で冒険者をそれなりに長く続け、あちらこちらと依頼を受けて動き回っているレッドたちのことを知っている人は増えてきている。

この門衛もレッドたちがちょくちょく依頼で王都を出入りし、入門の確認の度に世間話をするようになって長い付き合いである。

粛々と検査を受ける人の方が多く、兵としても舐められるわけにはいかないので厳格な雰囲気を出すようにはしているが、何度も見かけたり、長く付き合いのある人相手であれば敵対するものではない。

ましてや一度確認が取れて王都で暮らす者たちとわかれば、兵にとっては守るべき人たちである。

街中の情報を仕入れたり、交換するにも世間話をしていける仲になれるものだ。


「門衛さんたちがこうしてしっかりと確認をして、守ってくれているから安心してくらせますし、こうして帰ってきたんだって思えるんですよ」

リベルテが出入りを記載する書類に記入を終え、荷物の確認が進められているのを見てレッドの方に寄ってくる。

「お、リベルテさんじゃないか。相変わらずだねぇ。そいつにはもったいない」

「余計なお世話だ。黙って見張りしてろ」

「はっはっは。さっきまで世間話してた相手に冷たいな、レッド」

「なんで俺にはさんをつけないんだよ、未だに……」

軽口も叩けるほどに仲良くなる人も少なくは無いが、多いわけでもない。

レッドたちの後ろで検査待ちをしている人たちからの目が痛い。


「これ普通なのかな? 違うよね? なんかあっちに近寄りづらい」

「このまま馬車のところで検査終わるの待ってた方がいいよね。………あ、どうも」

リベルテに言われて馬車に乗ったまま検査手続きが始まり、レッドたちが検査待ちの人たちからの目を集めていることに、マイとタカヒロは降りる機会を逸していた。

どうしようか相談しているところに、検査担当の兵が顔を覗かせたので挨拶しておく。


「はぁ……。いいおっさんなんだが、一言多いんだよなぁ」

家に着いたレッドたちは馬車から荷物を降ろしていく。

「ふふ。それだけ親しい間柄ということですね」

あの門衛のおじさんと話しをした後のリベルテは妙に機嫌がよさそうであり、レッドは家に帰ってこれたからかなと思っている。

「ん~、レッドさんわかっててわかってない振りしてる」

マイがレッドとリベルテの会話に耳を澄ませ、目を細くしてレッドを見ている。

「はいはい。人のことに首をつっこまない。早く片付けてくれ。この後、この馬車戻しに行かないといけないんだから……」

タカヒロとしてはこのまま部屋に戻って休みたいのだが、今回の旅の手続きをしたのがタカヒロなので、馬車の返却とまだ仕事が残っていてこれ以上の面倒ごとはゴメンである。

マイの背中を押しつつ、馬車の中に忘れ物などがないか確認していく。


「それじゃあ、これ戻してくるので」

荷物を降ろすだけ降ろしてサッサと馬車を動かしていくタカヒロ。

地面に置かれた荷物に、マイもいろいろと湧き上がってくる感情をしまって荷物を運んでいくことにする。

「そんなに長い旅じゃなくてよかったぜ。前は荷物を降ろして運んでと大変だったからなぁ」

最後の一個をひとまず家に運び入れたレッドが、重労働をした後とばかりに肩を回す。

「お疲れ様です。ん~、私達は荷物の片付けと……ちょっと掃除しますかね」

そこまで長く空けたものではないが、それでも人が手入れをしない日が続けば埃がたまっていく。

それを目にしたリベルテがこれから掃除と気合を入れる。

何気にリビングで一息ついていたマイはリベルテと目を合わせてしまい、そのまま掃除へと連れまわされる。

「え? ちょっと!? これからですか!? ゆっくりしませんか~」

連れていかれるマイの声を肯定してくれる言葉はどこからもなかった。


近くの井戸から水を汲み、雑巾で窓枠や棚の上を拭いていく。

床はほうきで掃き集めていく。砂利や小石、埃と巻き上げないように気をつけながら手際よく掃いていく。

「レッド。邪魔です」

言い出してからの行動が早く、リベルテたちを見ていたレッドはあっという間に邪魔者扱いとなる。

「……なんか飯とか買ってくるわ」

追い出されるように外に出てため息をつく。

ちょうどそこにタカヒロが戻ってくる。

「あれ? レッドさん、お出かけですか?」

声をかけながらその脇を通って家に入ろうとするタカヒロの肩を掴む。

「いいところに来た。買出しだ」

「ええぇぇぇぇ」

ものすごく嫌そうに、面倒そうにこれでもかと表現しているが、レッドがその力でずるずると引きずっていく。

「家の掃除しててどの道、邪魔者扱いで追い出される。飯と酒かって戻ってくればちょうどいいだろ」

「………」


なんど乗ってもガタガタと揺れる馬車に長い時間乗るのは体力を消耗する。

やっと戻ってきて荷物を降ろして馬車を戻し、やっと休めると思ったらこれである。

もうタカヒロの表情は抜けている。

「……お酒を買っていいですか?」

「自分の手持ち越えなきゃ好きにしな。使い切ると明日、速攻で仕事だな」

せめて好きに飲んで酔わなければやってられないとこぼすが、返ってきた言葉は世知辛かい。

旅費に宿代に食事代。

少しだけあちらで依頼をこなしたとは言え、それだけで賄えるものではない。

懐に寒い風を感じていた。

「寒いっすね」

「……そろそろ秋も終わりなんだろうな。一気に寒くなるとアイツが動けなくなるんで勘弁してほしいんだが。いつものことだしなぁ」


王都の人通りは多く、あちらこちらから酒場の賑わいとまだ客を呼び込む店の声も聞こえてくる。

「温かい思いができるように、仕事しないとな」

「……ですよねぇ……。お金に困らない生活がしたい……」

「はっ。だったら商人になってきっちりとした販路でも持つことだな。道中襲われなければ稼げるだろうよ」

「貴族とかはどうなんですか?」

「……無駄遣いするやつが居るだけで借金生活らしいぞ? ファルケン伯みたいに需要があるものを金と時間を掛けて作り出すか、モデーロ候のように収入増やせるように街全体の施策をしてないとだな」

「そこいらしか聞かないですけど、他はそんなに厳しいんですか?」

タカヒロが引きずられながらレッドに質問する。

「……いい加減自分で歩けよ……。領地持ちじゃなけりゃ王城勤めだからな。給金でやりくりしないとならん。見栄を張りつつとなればぎりぎりだろうよ。領地持ってるものでも、さきの二人のような稼げる流れ作れないと苦しいさ。真似だけしても考えてやれてなきゃ出費だけさ」

レッドが呆れ混じりに貴族の財政について話をする。

まだタカヒロを引きずっているあたりは、やさしいものである。


「……レッドさん、詳しいですね。……わわ」

レッドが手を離して、タカヒロがバランスとれずにそのまま地面に倒れる。

高いところから勢いつけて落ちたわけではないのでそこまでの痛みは無い。

服を払いながら立ち上がるタカヒロは、レッドに引きずらせていたことを棚に上げてレッドに不満顔をする。

「……さっさと買いに行くぞ。さっき酒って言ったから、酒は任せる。俺はなんか食い物買ってくる」

それだけ言ってサッと人ごみに紛れていく。

「……あんまり触れちゃだめな話題か。まさか元貴族? ま、いいや。お酒買うなら、あっちか」

頭を掻いた後、タカヒロは酒場の方に向かいだす。


その日の夜は、有言実行とばかりに酒をガンガンと飲んでいくタカヒロであったが、溜まっていた疲れに酔いが回るのが早かったらしく早々にダウンしてしまった。

タカヒロになんでか張り合って飲んでいたレッドもふらついた足で部屋には戻れたらしいが、部屋に戻った後どうなったかわからない。

最後まで微笑んで飲み続けたリベルテだけがいつもどおりだったというのが、寝る前にマイが見た光景だった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。


遅まきながら、いただいた誤字報告確認しました。

間違えていたところがサクッと直せてとても楽で便利ですね。

これからも誤字ありましたら、誤字報告いただけると助かります。

誤字が無いように見直すのが大事なんですけどね……

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