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職にあぶれた者たちの受け皿である冒険者であるが、全てのものが冒険者になれるわけではない。
いや、なろうとすればなれる様にはしているが、なったからといって生活ができるわけじゃないというのが正しい。
職にあぶれた人が多くなればなるほど、依頼を取り合う相手が増え、残る依頼というのが危険すぎるものだけになっていくのだ。
自分の腕に覚えがある、振るう機会、場所が欲しいといった戦うことを望んでいる者でなければ、やりたいとも思わない依頼である。
冒険者となって依頼を選ぶ自由はあるが、それで生活できない状況であれば選ぶ自由というのはあってないようなものだし、そういった危険があると覚悟した上でなければ冒険者になりたいとも思えないものである。
だからこそ、冒険者からまた別の職に就きたいと考えている者も少なくは無い。
「……そういうものなんですねぇ。冒険者が職の受け皿とは聞いていましたが、ここから違う職に就こうとしたり、就きたいと考えるものなんですねぇ」
マイが感心したようにうなずいている。
「俺たちのように自由にやっていけるってので冒険者を続けているのもいるし、本当に諦めてただ冒険者を続けてるってのもいるな」
「どうしたって危険というのは有りはするものですが、少しでも安全に暮らしたいですとか、安定した生活をしたいと思うものです」
レッドたちは今日もシュルバーンの宿でまったりとしている。
先日の依頼でまた少し稼ぎを得たため、ゆっくりと滞在できているのである。
もっともあまり長居し続けられるほどの手持ちはないし、もはや帰る家を持っている身であれば、このままここに腰を落ち着けるつもりもないのだ。
「しっかし、なんでまたそんなこと聞いてきたんだ?」
レッドが聞かれたから答えたものの、その経緯を質問する。
「あ~、それはですねぇ」
もうしばらくシュルバーンに滞在する予定ではあったが、温泉に浸かるといっても一日中入るものでもなく、マッフルは満足いくまで食べつくしたし、鉱山があるといても鍛冶場見学などさせてもらえるはずもなく、することがなくなっていたのである。
そこでまた冒険者ギルドで依頼を見ていたのだが、貼りだされていない依頼の受付をしているのが耳に入ったのである。
周囲の冒険者もギルドの職員も一様に応援している雰囲気で、首をかしげていたマイたちに職員が話しをしてくれたのだ。
これはマイたちが王都から来ていることを知っていて、今のやり取りが不正ではないことの説明であったのだが、この世界ではどのような取り決めになっているのか、分かりきっているわけではないマイたちはただ話を聞いてきただけにしかならなかった。
ひとまずわかったのが、先ほどの男性に鍛冶の依頼を優先してまわしているということ。
マイたちはそれだけギルドから信頼があるのかと思うだけであったが、ギルドとしてそんなことはしてはいけない。
腕が頼り無さそうな者が討伐の依頼の手続きにきたら、遠まわしに違う依頼を勧めるということくらいはするが、個人やチームを優先して依頼をまわすというのはギルドとの癒着であり、ほかの冒険者たちの生活を脅かすものになってしまう。
依頼の数が全ての冒険者が受けられるくらいあるわけがなく、しかもそれがそれぞれが十分にこなせる内容とは限らないのだ。
そんな中で優先して依頼を受けられるとなれば、冒険者として日々の生活をなんとか送っている者達にすれば憎らしい相手になるだろう。
賊になったり、野垂れ死ぬということが少しでもないようにと職の受け皿として作られた冒険者でそのようなことを誘発しかねないことが認められることはないのだ。
マイたちが王都のギルドや国に報告を上げれば、このシュルバーンのギルドに調査が入ることになり、結果如何では職員、冒険者が処罰される恐れがあったのである。
だからこそマイたちに不正ではないということの説明をしていたのだが、そういうのもあるんだ程度にしか理解していないマイたちがレッドにも聞きに行ったのである。
下手に聞きに回るような性格でないこと、レッドたちが親身になり聞きやすい仲になっていたことがギルドにとって幸いだったと言えた。
「まぁ、褒められる話ではないのですが、王都ではさきほどの話はしない方が良いですね。というか、王都から来ている冒険者がいるはずなのに、その前で手続きするとか迂闊すぎますね」
リベルテがギルドの職員に対して呆れたように肩を竦める。
「いや、そこでこそこそと動いていく方が目立たないか? まぁ、ギルドマスターのところに案内するとかして部屋でやるようにすればよかったのかもな。日常的にやってるんだろ。ここのほかの冒険者達も納得というか文句を言いそうな感じではなかったんだろ?」
「はい。どちらかというと応援してる感じでした。だよね? タカヒロ君」
マイがちょっと自信がなくなってきたのかタカヒロに確認をする。
ここまでタカヒロが会話に加わっていないのは、いつものように面倒がって端に居たわけではなかった。
疲労したように横になっているのである。
マイがギルドの職員に説明をされていた際、タカヒロも一緒に聞こうとしたのだが、ここシュルバーンの冒険者達に捕まっていたのだ。
マイたちの様子に気づいて動いたのは職員だけではない。
シュルバーンの冒険者達も動いていたのだ。
タカヒロを取り囲み、必死に事情を説明し、説得していたのだ。
もっともタカヒロとしては大勢に絡まれ、脅されているように感じていたものである。
肩を掴んで揺らされ、バシバシと背中を叩かれ、最後に目の前にごつい顔を寄せて、そう思わないか! と力説されれば、頷いたり相手を肯定する以外に出来ることなどない。
そこに説明が終わったらしいマイが寄ってきて、解放されて今に至っている。
「……ん」
精神的に疲れているタカヒロは何時にもまして喋る気力もなく、頷いて返事するだけだった。
「冒険者全体でとなると、おそらくその方は鍛冶師になりたいのでしょうね。それも元々目指していて、あぶれて冒険者になってもなお。だからこそ応援されているのでしょうね」
リベルテがほっそりとした顎に人差し指を当てながら、考え至ったことを言う。
「え? 就きたいのに就けないってことあるんですか? いや、あるんでしょうけど……。就けないってことはその職に就けるような技能が無い、とかですか?」
「その職に就ける技能なんて、元々持っている人なんていませんよ、マイさん。だからその職に就いたら先に勤めてきた方々に教えを受けて、学びながら出来るようになっていくんです」
「冒険者だって講習あったろ? 最初からできるやつなんていないさ。まぁ、冒険者は雑用が多いから、やれるってのはあるけどな」
職の受け皿である冒険者にそこまで技能を要する依頼というのは、早々無い。
依頼を出す側も足りない人手の代わりを集めるためというのがほとんどである。
「ん~、じゃあ雇ってくれるところって少ないんですか?」
マイが就職ってやっぱり大変だなぁと思いながら質問する。
「そうですねぇ……、必ずしも多くはありませんね。それと時期もあるでしょうか? 例えばここシュルバーンでは鍛冶屋が多く居ます。鉱山がありますからね。そこで月10本の剣を作って納品する仕事を請け負っていたとして、一日で1本作れば十日ですよね? 2人居れば五日で終わってしまいます。そこで他に仕事があればいいのですが、なければ翌月にならないと仕事がありません。この状況では他に3人も4人も雇えませんし、雇う必要もありません」
「え~? 自分たちで何か作って売ったりしないんですか?」
「そういうところもあるのでしょうが、潤沢に鉄などの材料を仕入れられるところでなければ難しいでしょうね。シュルバーンで取れる鉱石はここに多く残されるでしょうが、王都やハーバランドなどほかの地域にも回されるますから。前も言ったと思いますが、限りがある資源なんです。溢れるほどに取れるものではないのですよ?」
リベルテがマイを諭すように優しく教えてくれる。
「そいつは鍛冶屋に雇われずに冒険者になったが、諦められずに、諦めずにいるんだろうよ。だから少しでも接点をもてるように鍛冶の依頼を回してもらえてるんだな」
「それで鍛冶師になれるんですか?」
マイが当然の疑問をする。
「さぁな。鍛冶場に、その近くに居られるだけでも少しは満足できるもんはあるだろ。実際に鍛冶を頼む依頼なんてのはないから、物を運ぶ手伝いくらいだろうが、もしかしたらその働きから声かけてもらえるかもしれない」
「そうなればいいですねぇ」
レッドの言葉にマイは心からそうなればいいのにと願う。
「マイさんたちも、違う就きたい職があれば目指して良いのですからね」
リベルテが優しく微笑む。
「え?」
マイがキョトンとしてリベルテとレッドの顔を見る。
「冒険者になったからって他の職に就けないわけじゃない。今さっきのように鍛冶師目指してるやつもいるんだ。おまえさんたちもいいんだぜ?」
「いえ! レッドさんたちと一緒ですし、冒険者に不満はないです。一緒に居ちゃだめですか?」
マイが上目遣いでレッドたちを見る。
「いえ、そんなことはありませんよ。私達も一緒にいてくれるとうれしいですから」
「リベルテさん!」
マイがリベルテに抱きつき、リベルテがやさしくその背中をあやすように叩く。
元々が『神の玩具』と呼ばれる者達と思しきマイたちを監視しつつ、この国を知ってもらい、その力で暴れないようにしてもらおうとしてきたものだった。
だが、ここまで過ごしてきて楽しいことも辛いことも経験した二人を側で見て、大丈夫なんじゃないかと思ったのだ。
そして一人の人として扱ってこなかったんじゃないかと反省したレッドとリベルテが、マイたちの意思を尊重することにしたのが、先の言葉だった。
だが、少なくともマイはレッドたちと居たいと言ってくれたことが嬉しかった。
タカヒロは疲れて寝てしまっていたが、安心しているような寝姿からマイと同じ思いを持ってくれているように感じられる。
「これからもよろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそ」
2人の女性が手を取り合い、笑っている。
この国に住まう全ての人が笑い合えるようになればいいなと見ていた。
ある工房で作られた剣には厚みがあり、芯がしっかりしている物が混じるようになったという。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。