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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「遠くに行ってみたいなんて言いながら、あまり離れたくないとかわがままもいい所です」

旅の予定を立てるのが大変だったと、むくれているリベルテ。

「それは悪いと思うんだがなぁ。王都から遠く離れるってのが想像できないんだよ」

そう言いながら先頭を行くリベルテの後を追いかけるレッド。


二人は借りた馬に乗って、ゆっくりと王都から東に向かっている。

オルグラント王国の王都イーシュテルンから東側には鉱山地帯がある。

ここから鉄や銀などを産出できていることが、長くオルグラント王国を守る力となっている。

オルグラント王国が優秀と言える施策として、この鉱山に多くの人を送ってたくさん掘ろうという動きを制限したことだ。

鉄や銀などを産出できる鉱山は国にとって重要な資源であるため、ほとんどの国は掘る事に力を入れる。


だが、山を掘るというのは簡単なことではなく、崩落の頻度は高く、そのほか有毒なガスが原因であろう病気やそれだけではない原因不明の病気に罹る者が多く出てしまう。

ある国では鉱山に多くの人を送り、その近くに労働者たちが働きやすいようにと街を整備したのだが、鉱脈は想定より持たなく、あっという間に鉱山は掘り尽くし、鉱山が無くなれば鉱山で働くものは居なくなる。

残ったのは金をかけて整備したのに寂れた廃墟の街だけとなった話があるのだ。


オルグラント王国は、その事例を知ってか短期で終わらせるのではなく、細く長期に亘って続けることを選び、鉱山以外でも産業や特産になるものを奨励したのである。

先の国では多くの鉱山夫を奨励した結果、鉱山夫が居なくなったらほとんど人がいなくなる街でしかなかったが、オルグラント王国は、鉱山夫だけでなくその土地に根付いてくれる人を奨励した。

その地域を拝領したモデーロ侯爵の尽力で、山の環境を調査することを専門にしている識者を得ることが出来、山を調査した結果、運よく温泉を掘り当てることに成功したのである。

そこから地熱を利用した温かさで栽培できる作物を奨励し、他の地域に無い特産としただけでなく、湯治に来る人を対象に食べ物のほか工芸品も売れるよう敢行した。

これにより、人の流れを作り出したのだ。


レッドのわがままから妥協を探した結果、温泉に行こう、という所に収まったのである。

湯治に行くという人の流れはできているがそれなりの旅路である。

お金がある貴族や商会の関係者、自分の身を守れる冒険者などが主となっていて、普通の人では何年かに一度、溜め込んだ財を使って行くしかなかったりするくらいである。

さらに冒険者は自力で行くことはできるが、現地を満喫できるほどの資金を持っている者に限られている。

レッドたちが向かえるのも先の娼妓の事件で、娼妓館とマークのチームから敵を討ったとして報酬をもらえたからであり、それがなければ行くことなどできなかっただろう場所なのである。

そのため、むくれてなんだかんだ言いながらも、リベルテの機嫌は良いものだった。


到着した二人を迎えるのは温泉特有のにおいで、そういうものと知らない人間は思わず街の入り口で足を止めてしまう。

初めて来た人が一様にする動きであるため、門衛の人は笑っていた。

「モデーロ侯爵領シュルバーンにようこそ。名物の温泉を堪能していってくれ」


温泉のにおいがどのようなものか知らなかった人は必ず門の前で止まる、ということを笑いながら聞かされ、なんとも気恥ずかしいまま街に入る。

入ってすぐ、この土地で土産名物となっているマッフルの旗と店が並んでいた。

マッフルは小麦に砂糖と卵を加えて焼いた菓子であり、甘い上に日持ちも良いということで土産の定番となっている。

温かい地域で栽培されるキビートは精製すると砂糖になるものであり、この街は温泉の熱を利用することで栽培できるため、この地域の特産となっている。

その砂糖を使った菓子の店が多く、甘いにおいにリベルテはふらふらとあちらこちらの店を覗きに寄せられる。

おかげで、泊まる予定の宿に着くのは暗くなり始めてからとなってしまった。

もちろんこの行動も、この街に初めて来た女性によく見られる光景として、宿の主人に優しく微笑まれる結果となった。


「早速、温泉てのに行ってみようぜ」

着くなり荷物を部屋に投げ入れ、温泉の入り口に向かう。

男性用と女性用それぞれ入り口が別れているため、出たら部屋に戻ることを決めて、いそいそと扉をあけて入っていくレッド。

扉の先は着替えをする部屋となっており、服を入れるようにと籠があったため、ササッと服を脱いで入れていく。

身体を洗う布や身体を拭く布は、ちゃんと自分で準備している。

それだけはここを勧めてくれた人が教えてくれたからである。

だが、温泉のにおいやお菓子の店通りなどは教えていなかったことには、旅行者の意地の悪さが感じられた。


温泉の入り口を開けて入るなり、大きな看板が目立つように立っていた。

それは温泉の入り方について記載しているものだった。

人が浸かれるほどのお湯を用意するなど、そんな場所も資金力もほとんどの人は持たないもので、王族や有力貴族、または資金のある商会の会頭くらいなものである。

そのため、この温泉が出ても湯治に来ようとする人は限られたものだった。

モデーロ侯爵は自然に湧き出ているものであり、人の行き来が増えればそれに伴う商売も出てくると考え、街の活性化のため、多くの人が入りに来やすいようにと準備を重ねた1つがこの看板である。

お湯に浸かるということのルールを決めるに当たり、侯爵家に仕える者達で確認しながらと、大変な苦労があったのは有名な話である。

他の人もいるとのことで、他人に迷惑となるような行為やお湯を汚す行為は禁止であることが簡潔に書かれており、最後に破った場合の罰則が大きく目立つように書かれていた。

この罰則部分だけで、余程のお金持ち以外は萎縮するので、効果覿面である。


浸かる湯を汚さぬよう、まず自身の身体をお湯で拭って綺麗にする。

ついでに頭も久々に洗うと、身体が真新しくなったような心地になる。

そしてゆっくりとお湯に足を入れていく。

身体全身が温かく包まれる感覚に、身体全身のこわばりが解けていく。

あっという間に温泉の虜になったレッドは温泉から上がるつもりは無く浸かり続け、長々と浸かった結果、気を失うこととなった。


レッドが目を開けると、リベルテが夜空を見ながらゆっくりとお酒を飲んでいた。

「目、覚めたんですね。……まったく、また恥ずかしい思いをしました」

温泉で倒れたレッドは、従業員によって淡々と運び出され、部屋で寝かされた。

温泉から上がったリベルテはレッドが倒れたことを聞かされ慌てたものの、初めて温泉に入る人が倒れてしまうというのは恒例行事みたいなものだ、と従業員に笑いながら説明された。

温泉に入り慣れている者達は、ある意味運び出される人を見るのが行事となっているらしく、今日は何人倒れたとか、最初は自分もそうだったとか、和気藹々と飲んでいる。

その人たちを横目で見て、レッドがその一人と思うと恥ずかしく、部屋で飲んでいるというわけだった。


「注意書き、読まなかったんですか?」

「湯を汚さないこととか、周りに迷惑にならないようにってのは読んだ。あとは罰金の部分……」

まだ起き上がれるほど力が入らないレッドは、リベルテの方に首だけ向けて返事をする。

「そのほかに注意することっていう内容で、あまり長く浸かると体調を崩して、場合によっては気を失って危ない、ってあったじゃないですか」

他人から言われると恥ずかしい話ではあるが、久々にレッドの醜態を見たリベルテとしては、いじる機会なので楽しんでいる。

「悪かったから、そういじめないでくれ。それと、できれば水がほしいのですが……」

分が悪いため、いつもの口調はなりを潜める。


「ふふふ。……はい、どうぞ」

弱っているレッドが楽しいのかとても良い笑顔で近づき、レッドを起こして水の入ったコップを手渡す。

「……ふぅ。いいところだなここは」

外はすっかり暗くなっているが、街の明かりが夜を彩るように灯り、多くの客が食べたり飲んだりして賑わっていた。

「まだまだです。だれかさんのせいで、まだおいしいものだって食べてないんですから」

そういってレッドを立たせて、食事に誘う笑顔のリベルテ。

「こういうのもいいもんだ」

「ほらほら、もう動けるでしょ」

お腹が空いているリベルテがレッドの背中を押す。

「はは。……そういうおまえさんを見るのは久々だな。やっぱ綺麗だよ……」

最後の方は小さすぎて、言った本人しか聞こえない。

「何か言いました?」

「いや、俺も腹減ったし、食いに行こうか」

レッドからリベルテの手を引き、食事処に向かう二人は冒険者をしている男女には見えないほどやさしいものだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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