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レッドたちは数日はシュルバーンで過ごす予定でいる。
前は温泉に浸かる一泊だけであったが、温泉以外にも土産物として作っている工芸品もあるし、鉱山がある地域であるため、武具だって見たいしとあるのだ。
前までと違ってレッドとリベルテの二人だけではなく、マイとタカヒロも一緒にいるようになってからこなせる依頼は増えたし、手分けして受ければその分の報酬がもらえる。
食費というところはあるが、家もリベルテが手に入れてくれたおかげで、日々払っていた宿代もなくなったことでだいぶ生活が楽になってきていた。
だからこうして、西に東に旅をしたり、豊穣祭やここシュルバーンでいっぱいマッフルを買ったりとしていたのだが、どこまでも使えるほどにお金があるわけではない。
「ここがシュルバーンの冒険者ギルドかぁ」
タカヒロが重厚そうな造りの建物を見上げて言葉をこぼす。
王都のギルドは清潔というか、王都の雰囲気を壊さないように綺麗な造りになっている。
依頼を出しにくる人たちにとっては綺麗な建物の方が安心できるだろうという思いがあり、外装を整備するための工事が定期的にあったりする。
もっともそこを出入りしているのが、職にあぶれてたどりついた冒険者であったりするのだから、逆に浮いてしまっているところもあるのだが……。
タカヒロの感想を拾うでもなく、レッドを先頭にギルドに入っていく。
中はどこもそう変わることは無く、依頼板のところには数名の冒険者が依頼を見て手にしていく。
「やっぱり鉱山関係の依頼があるな」
「その地域の依頼というのはありますからね。ハーバランドでは農作関連が多かったですよ?」
ほのぼのと依頼を見ているレッドたち二人に、マイとタカヒロはこの地域の冒険者は厳しいなぁと思っていた。
「鉱山関連のお仕事は嫌ですか?」
それが少し顔に出ていたのだろう、リベルテが二人に質問する。
自分で依頼を見て回って受けれるとはいえ、職にあぶれた人間が生活費を稼ぐために受けていくのだ。
場合によっては好き嫌いで選んでいたら、ご飯が食べられないか街中で野宿生活になってしまう。
それにそのような生活をしながら、その生活から抜け出そうと依頼を受けていく者たちだっているのだから、思っていたとしても口に出すのは憚られた。
さすがに1年も冒険者を続けたタカヒロたちもそこはわかってきている。
二人もレッドたちに会い、ついて行こうとしなければ、家を借りることが出来ていたとは言え、メレーナ村で細々と生きていけたか怪しいところであったのだ。
フィリスにご飯を届けてもらえていたとは言え、食べたいものが食べられるわけでも十分すぎる量を食べられたわけでもない。
騙っていた薬師は証明できるものがないため調査が来たら捕まってしまうし、傷薬だって村では頻繁に必要となるものではなければ簡単に稼ぐ手段がない。
二人が作らない(作れない)というのもあったが、前の世界のような道具や料理を作っても村では売れるものではないのだ。
「他に無ければやるしかないですから」
「ほかの方が稼げるというのでもなければ受けますよ」
といっても出てくる言葉は消極的になるのは仕方が無い。
「運ぶだけの仕事だろうから、大変っちゃ大変だが、楽っちゃ楽な仕事になるだろうな」
「え? こう、つるはしとかで掘ってくんじゃないんですか?」
「そんなん当日から数日だけのヤツにやらせるか? 崩落させたりしそうで怖いだろ」
「ある程度の予測を立ててから掘り進めていくそうですが、掘った土や石など見ながら判断もするそうですから。そこを私達のような経験もない人に任せはしないと思いますよ。ただ掘っていくだけの内容であればあるかもしれませんが」
頭の中で想像していた炭鉱の働きと違い、マイたちは何するんだろうと首をかしげる。
「掘った土や石を運ぶ仕事になるな。どうやって運んでくのかはわからんが、袋に入れて背負うのか、引っ張りあげるのか」
「楽に運べないんですかね?」
恐る恐るという感じで質問するタカヒロに、レッドは少し思案する。
「……馬車とかか? そんな広さはないだろうよ。どう掘ってるのかも鉱山で働いたことないからわからんからなぁ。下に掘り進めてるかもしれないしなぁ」
それを聞いてますます受けたくは無いなと思うタカヒロとマイ。
「ん~、討伐のもあるな。これにするか?」
思いっきり顔に出していたタカヒロに苦笑しながら、レッドが違う依頼を指差す。
「鉱山での討伐ですか? どんなのですか?」」
マイが気になったのかレッドの方に身を乗り出す。
「ん~……。虫っぽいな。あとは鳥っぽい?」
レッドの疑問系の言葉に首を傾げてしまうところであったが、虫との言葉を聞いた時点でマイは先ほどまで居た場所に身を引いている。
「なんで疑問系なんですか?」
「いや、俺だって見たことないやつは知らないっての。王都で聞いたことない名前だからな」
「え? じゃあ、何で虫とか鳥ってわかるんですか?」
「勘?」
タカヒロの質問に首をかしげながら答えるレッドに、タカヒロの首もかしげる。
「レッドが鳥と言ったのはディズィーズムラシェラゴ、虫はケイブシュピンネ、ナムネスミリピードでしょう。あと、ヴェノムセルパンもいることがあるみたいですね」
いつの間にか数枚の紙を手にしていたリベルテが答える。
「それは?」
「つい先ほど、受付のところで買ってきました。情報は大事ですから」
そこで買ってくるのが先だったと反省しているレッドを横目に、タカヒロとマイはさらに首をかしげていた。
モンスターの名前だけ言われても分かるものではなかったからだ。
「んじゃ、これいくか。多少狭いから気をつけろよ」
レッドがさっさと手続きに向かってしまい、タカヒロたちに止め様が無かったのだが、レッドの顔を見ていたら殴ってでもとめていただろう。
先の二人を目にして嫌な笑みを浮かべていたのだから……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こないで!! 無理無理無理ぃ!!」
マイの絶叫が響き渡る。
掘り進めた穴の道だけあって4人全員が横に並ぶには狭い道に、声が反響してすごい音になっていた。
そのせいでレッドたちの先で結構な数が蠢いているのがよくわかる。
「ちょっと……声が大きい。落ち着けって」
レッドがマイを落ち着かせようとするが、ろくに教えもしないでモンスターに引き合わせた相手の言葉では落ち着けるわけが無い。
レッドたちの足元にはレッドたちの剣で斬り捨てられたミリピードやシュピンネの死骸があり、ミリピードにいたってはたまにピクピクと足がまだ動いたりしていた。
「ムカデじゃないですか! こういう足がうじゃうじゃあるの嫌いなんですよ! なんで言ってくれなかったんですか!」
涙目で怒ってくるマイにレッドはひたすら謝るしかない。
以前に虫と戦ったときも嫌がっていたが、まさかここまで怒るとは考えていなかったのである。
前は外であったが、今回は狭い坑道である。
暗さと狭さの中、嫌いな多足の虫を見るには条件が違いすぎることをわかっていなかったのだ。
これにはリベルテも弁護する気はないし、リベルテ自身も虫相手は好きではないため、今も声を出さないように我慢しているだけだ。
タカヒロにいたっても、少しでも刺激を与えたら威力を考えず魔法を打ち込みそうな気配である。
これが広い外であればまだ違ったのだろうが、早々経験の無い狭く暗いところでの討伐ということをこれまでの戦闘経験から軽く考えてしまっていたのが原因であった。
「受けた依頼だからな倒していかないとまずいんだ。放置するのは街の人たちにも良くないしな。そ、それに今回のこの穴はそんなに深くないらしい。すぐ終わるから」
「なんで深くないんですか?」
いつもより小さな声でタカヒロが質問する。
「いや、予測して掘ったもののそんなに出なかったらしくてな。早めに見切りをつけてほかのところから掘ることにしたからそんなに深くないそうだ。そんでここはまたほかが出なくなったら掘りなおしする予定なんだそうだ。だから定期的にモンスターが住み着かないようにしたり、住んでたら駆除が必要なんだと」
「ほかのところもそこまで深く掘れないそうですよ。今もモデーロ候が研究させているそうですが」
タカヒロの目がなんで? と問いかける。
「深く掘っていくと掘っていく人が息苦しくなり、場合によっては命を落としたことがあったそうで。なのでその息苦しさを無くしたり軽減したりできないか動いているそうなのですが。崩落については技術が確立したのかずいぶんとしっかりとしたものになってますよね」
鉱山ではよく崩落事故が起きていたのだが、こちらも侯爵の支援が入り、なるべく崩れないように補強しながら進められるようになっていた。
それでも完全ではないあたりが、掘っていくことの難しさである。
補強を入れるためもあってそこまで曲がりくねったりしていないため、道に沿って少しずつ着実に確認しながら、目に付いたモンスターを始末していく。
マイは完全にリベルテにしがみ付いていて、そのためリベルテも戦いにくい状態となっていた。
罪悪感もあってかレッドがあちらこちらに見えるモンスターを切り倒していき、タカヒロが淡々と、それはもう感情も何も抜けたようにモンスターを倒していく。
本当は燃やし尽くしたいところであったのだが、さすがにそれは自分たちが危ないと自重できる落ち着きは残っていたため、作業的に動いているのである。
最初のマイの絶叫で動き回っていたのもあってか、虫同士の戦闘、その虫の捕食と数が幾分か減っていたらしい。
また、運が良かっただけかもしれないが全てのモンスターが一斉に出口に向かってこなかったということにより、精神的に厳しい討伐はそこまで時間がかからずに終わった。
外に出たときにはマイはへたり込んで泣き、タカヒロも具合が悪そうにしていた。
レッドは謝り倒して一人、ギルドに完了の手続きに向かっていく。
「大丈夫ですよ。ほら、私達は怪我もせずに終わりましたし。後でレッドにお菓子を買いに行って貰いましょう」
「……うん。マッフルの新味」
「そうですね。並んできてもらいましょう」
この後、宿に戻った一行は温泉に入ってゆっくりしようとしたレッドをマッフルを買いに叩き出し、レッド一人精神的にも肉体的にも疲れ果てる一日となった。
ちょっとした悪戯心であったのだが、その結果はレッドに辛いものとなったのだった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。