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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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レッドたち一行が荷馬車でゆっくりと向かって到着したシュルバーンは、相変わらず人が多そうだった。

門衛に手続きを依頼している中、そっとマイたち二人の顔を覗く。

以前にレッドとリベルテが来たときは、温泉特有の臭いに思わず、顔をしかめて立ち止まってしまっていた。

マイたちもそんな顔になるのかと思っていたのだが、二人はそんなに気にした様子も無く、門をくぐった先に見える店と人の多さに感心していた。

「やっぱり温泉特有のにおいがあるねぇ」

「そりゃ温泉ですから。それにしても人多いな。人が少なくなりそうなのは暑い夏くらいか?」

のんびりと確認待ちをしている様子に当てがはずれ、少し面白く無さそうな顔をしていたのだろう、門衛が苦笑しているのが見える。

「いるんですよ。自分が経験したことをさせようとして思惑が外れた顔をされる人」

今回もまた、よくある反応を取ってしまったのはレッドの方だったようだった。


門をくぐって見えてくるのは、旅をしてきた人たちを客層とする土産物店とマッフルの旗と店。

豊穣祭に新味を売り出したせいか、以前に来たときより人が多く並んでいるように思われた。

それぞれの店が自分たちの腕や客層を考えて売り出していて、元気よく客を呼び込む声が響いていたり、小さいマッフルを作って少し安く種類を楽しめるようにしていたり、逆に大きなマッフルで人目を引いているところもあった。

リベルテとマイがそろってその流れに乗っていく。

あの動きっぷりでは大量に買ってきそうである。

チラッとタカヒロに目を向けると、タカヒロもレッドの方を見ていて、二人揃って苦笑を浮かべてしまう。

甘いものが好きでなければ胸焼けしてしまいそうな焼き菓子の甘い香り。

そこに少し果実の匂いも混じってきていて、豊穣祭で大人気を博したメーラのジャムを混ぜたマッフルの店にすごい行列が並んでいる。

マイとリベルテの二人もすでに買ったマッフルの袋を持ちながら並んでいた。

少しずつ動く列にとても楽しそうに並び、焼けていくマッフルの匂いに期待しているその顔に、戻ってこれたような気になってくる。

「人の流れの邪魔にならないように動こうか」

「早く宿に行きたいかも」

この人の多さにさすがに面倒になってきたらしいタカヒロの言葉がなぜか嬉しかった。

並んでいるリベルテたちから手に持っていたマッフルが入った袋を受け取り、少し道が外れたところで待つことにしたレッドとタカヒロ。

レッドはこの賑やかな人通りを久しぶりに楽しく見ていた。


「はぁ~、宿に着くまでで疲れましたぁ」

宿に着いて部屋に入るなり、マイがベッドの上に身を投げ出す。

リベルテとレッドは買ってきたマッフルの山をテーブルの上に並べ、宿の従業員にお茶の手配をお願いする。


ここシュルバーンの宿では料理は出ない。

宿の近くにある酒場や食事処で食べてもらうように、食事を出さないようになっているのだ。

だが、宿でゆっくりするのに飲み物すら出さないというわけにはいかないし、マッフルを買ってくる客が多いことから提供する飲み物を用意している。

シュルバーンで栽培しているのは砂糖だけではない。

マッフルを大々的に売り出すにあたり、マッフルをより堪能してもらえるようにと様々な飲み物も研究されていた。

そこで乾燥させた葉を煮出して飲んでいる一家をたまたま見つけたモデーロ侯爵家の者たちが、それを飲んでありだと判断し、侯爵に確認を取った結果、これまた産業の一つとなったのである。

少し小ぶりなケトルを持って来てくれた従業員に礼を言い、リベルテがみんなの分のコップに注いでいく。

ふわっと香ってくる花のような少し甘い気がする匂いにマイがふらふらと起き上がってくる。

「いい香り……」

手に取ったコップに入れられた温かいお湯は少し赤みがかった色をしており、熱さに気をつけながら口に少し含むと、先ほど感じた花の匂いが鼻から抜けていき、苦いというほどではないが幾分かの苦味が感じられ、知れずにほぅと息が漏れてしまう。


「これはいいな」

「マッフルに合う飲み物ですね」

リベルテがいそいそと買ってきたマッフルの一つを取り出してかぶりついていく。

そしてその飲み物を口に含んで頷いては、またマッフルの続きを食べていく。

「あ、私も!」

そういってマイが取り出したのは大きなマッフルだった。

リベルテと笑顔でマッフルを食べていく姿に安心したレッドは、リベルテに断ってマッフルを一つもらってかぶりつく。

「うん。甘いな」

「そりゃ、そういうお菓子ですから」

タカヒロもマッフルを一つ手に取り、食べていく。

何も変わらないというものは無いが、変わって欲しくないと思ってしまうひと時だった。


「さて、本命に行きますか」

タカヒロがマッフルを食べてのんびりとしている空気を変えるように声を出して立ち上がる。

「そうだね。そっちもあった!」

マイもウキウキしながら立ち上がって、持ってきた荷物から身体を洗う布や身体を拭く布を次々と取り出し、リベルテとレッドに渡していく。

「温泉に浸かるよ~」

マイに押されながら温泉の入り口に向かい、またあとで~とマイの言葉を後にそれぞれの入り口に入っていく。

タカヒロは手馴れたように服を脱いで籠に入れていき、さっさと温泉の入り口を開けて入っていく。

「向こうでは身近にあったのかね?」

タカヒロたちが居た世界を少し思いながら、服を籠に納めて温泉へ向かっていく。


「ああ~。生き返るぅ~」

マイがお湯に浸かるなり、体をぐい~っと伸ばして声を上げる。

「なんですか。変な声をだして」

リベルテがその横にゆっくりと腰を下ろしていく。

ふぅ~っと思わず声をだしてしまい、マイの方を見やるとマイがニヤッと笑顔を浮かべていた。

「仕方ないですよ~。温泉に浸かるって気持ちいいですからね~」


縁の岩に薄手の布を折りたたんで置き、そこに頭を乗せて湯の中に体を投げ出すような体勢になるマイ。

あれだけ良く食べるのに太っているなんてことはなく、出るところは出ている体型に思わずジッと見てしまうリベルテ。

その表情には羨ましがっているようであり、嫉妬しているようも見える。

少し怖い感じがする視線に、マイは怯えるように身を屈めながらリベルテに問いかける。

「な、なにかありました?」

「いえ……理不尽を感じていただけです」

先ほどまでのリベルテの視線を追って何かを気づいたマイは逆に不満顔になる。

「ええ~。リベルテさんの方がずるくないですか。スラーっとしてて。なんていうかただやせて細いっていうんじゃなくて、ちゃんと引き締めました~って感じで。それに胸も小さくはないですよね? まぁ……私の方が大きいんですけど」

「それって褒められてるんですかね? 戦うために鍛えていますから、あまりマイさんのように女性らしいって感じではないですからねぇ……」

王都や依頼で行く先々で結婚をして子どもがいるような女性には、リベルテから見て少しふっくらとしているように見える人が多かった。

酒場で酔っ払っている男が抱き心地が良いとかそんな話を耳にすることも多く、リベルテはレッドに聞いたこともあったくらいだ。

聞かれたレッドは言葉を濁して逃げたが、それが逆に本当のことのように思え、細くなりすぎたり鍛えすぎたりしないようにしつつも、持っている服や防具のことも考えて太りすぎたりもしないようにと苦労を重ねているのだ。

そこに来ると大いに食べているのに太っているようでもないマイの体型に、少し思いが篭ってしまったのも仕方の無いことだった。


「それに……」

リベルテはそっと傷痕をなでる。

「あ……」

マイの顔が俯く。

「ああ、マイさんの件のではありませんよ。あれは痕も残らないように治していただきましたから。これはそれよりもっと前の、油断だったり、未熟だったりそんな理由のです」

「そういうのはもう治せないみたいで……ごめんなさい」

リベルテがゆっくりと首を振る。

「傷痕が残っている女性が相手がいないとか、結婚できないとかそんなことはありませんし。なによりこれは、思い出でもあり証でもありますから」

その顔には後悔などはなく、前を向いた強い目をしていた。

「少し浸かりすぎましたね。少し休まないと倒れてしまいそうです」

リベルテは湯からあがり、洗い場の方に向かっていく。

近くにも腰を掛けて座れるところがあるが、人が多く埋まっていて、洗い場の方がまだ座れる場所があるからだった。

そのリベルテの後姿を見ながら、マイは強いなと、そして羨ましいなと思っていた。

「目の前で傷ついていくのは嫌だし、自分が傷つくのって怖いよ……」

一度だけマイをかばってタカヒロが怪我をしたことがあるが、それ以外では怪我しないように動いていたし、他に見た同じような人は圧倒的な力で怪我することなんてなさそうだった。

「ここで生きている人たちの方が強い、よね……」

リベルテがなかなか後を追ってこないマイにお湯の方へ戻ってみると、具合が悪そうになっているマイを見つけ、慌てて引っ張り出して、場所を譲ってくれた方に礼を言いながらマイを休ませる。

もちろんこの後、レッドたちにマイがお湯に浸かりすぎて倒れた話を伝えられ、レッドにひとしきり笑われたのであった。


「ほら」

憮然としてレッドを見ていたマイの近くにコップが差し出される。

手を借りながら体を起こして飲んでみると、よく冷えた水だった。

冷たい水が体にしみこんでいくのが気持ちよく、少しのつもりだったようだが一気に飲んでしまった。

「少し横になってな。メシ行くまでにはよくなっておきなよ」

「ありがと……タカヒロ君」


陽は落ち始めていてもなお賑やかな客を呼ぶ店の人たちの声が聞こえてくる。

今ここにいることがとても安心できるように感じられるほどだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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