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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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馬車がガタゴトと揺れながら、王都からシュルバーンへの道をゆっくりと進んでいく。

まだ多少の暑さの残りを感じさせる陽気に、うつらうつらと眠そうに頭を揺らす女性。

「マイさん。寝てしまうと危ないですよ。もし寝るなら、もう少し布を厚めに敷いた方が」

馬車の乗り心地というのはそこまで良い物ではない。

今回は旅行用にと借り受けた馬車であり、少し前の旅で利用した商会の馬車より手が入っていないのだ。

近隣の国と戦いがあるような状況下で馬車の乗り心地を追求するということは少ない。

そこに金を掛けるなら、武器や防具にお金を掛ける。

戦うことに費やさないのであれば、少しでも良い物を食べようとお金を使うものである。

王族や貴族の馬車にはもう少しお金は掛けられているが、乗り心地にまではあまり意識が割かれていない。

王族が馬車に乗って移動することは多くないし、貴族であっても年に数回乗るくらいのものにそんなに金を費やせるほど余裕は持っていないのだ。


リベルテが積んできた荷物から厚手のタオルを取り出して敷き、マイを横にさせる。

道が窪んでいたり、ちょっとした石に乗り上げなければゆっくりと寝られることだろう。

マイの寝顔はとても気持ちよさそうであり、見ていたリベルテは微笑みながらマイの頬に掛かった髪をそっと払う。

「元気そうにしてましたけど、やっぱり気持ちはそう簡単に切りかえられないですよね」


レッドたちがシュルバーンに向かっているのは、湯治という名の旅行である。

王都はその名だけあって、オルグラント王国の中で一番大きく人が多い場所である。

各貴族領と人と物が行き交い、活気に溢れていて、王の膝元というだけに治安にも力が入っている。

しかし、人が多ければそれだけ陰も出来やすく、完全に取り除くことなどできないことからどこの国でもそうであるが、黙認されているところもある。


先だって、マイが王都に慣れてきたからと独りで散策に出歩いたところ、統率の取れたならず者達に襲われている。

ただのならず者にしては腕の立つものたちであり、レッドたちは個別に見つけた順に駆けつけたこともあって、多勢に無勢でレッドもリベルテも命を落としかけるほどだった。

マイとタカヒロが居なければこうして馬車に揺られて、シュルバーンに向かえてなどいなかっただろう。

だから二人には感謝しかないのだが、自分のせいで巻き込まれ、怪我をさせてしまったとマイが気に病んでしまっていた。


それだけでなく、本当に目の前で人の体を貫いた剣と顔に掛かる血と臭い。

親しい相手でも知りあいでもないが、目の前で人の死をはっきりと目に焼き付けてしまえば、心を病んでしまってもおかしくはなかった。

国の兵であったり冒険者であっても、ともに過ごしてきた仲間を目の前で亡くしてしまい、武器を持てなくなってしまったり、酒に逃げてしまう人もいるくらいである。

マイの力によって傷もなくなり、こうして生きていられるのだが、レッドやリベルテ、タカヒロと一緒じゃないと家からでようとしなくなったし、依頼を受けたらこれまで以上にはりきって動くようにしている。

苦手とする虫の討伐も受けたりと無理をしているようにしか見えないのだが、動いていないと目の前で見た死の光景に苛まれるということを経験している二人は、何か言ってもどうしようもないことを知っていた。

気休めの言葉では癒えないし、何より怪我をさせてしまった相手から気遣われるというのはありがたくも、どうしてもその時の光景を思い出させるものでしかない。


そしてレッドたちにとって気掛かりなのは、マイだけではない。

タカヒロもあれから少し行動が訝しいのだ。

朝からダラダラしようとすることはなく早くから起き、ご飯を作ったりもするし、依頼も面倒くさがるセリフは減り、今もレッドに確認した後、御者をしている。

そもそもこの旅行もマイとタカヒロの二人からの提案だった。

レッドも温泉は気に入っているし、リベルテもシュルバーンのマッフルを筆頭に甘いものを食べたいという思いはあったので、ワイワイと準備して今日、向かっている次第である。


王都からシュルバーンへは4日ほどの旅路であり、急がなくてはいけない行程でもない。

道すがらの野営地点につくと、マイが起き出してくる。

「リベルテさん、薪になるものを拾いに行きませんか?」

「ええ。ついでになにか食べれそうなものあればいいですね」

リベルテの服を摘まんで尋ねてくる仕草は、小さな子どものようだった。

こうして一緒にと聞いてくるのも、独りで行動してしまったことの恐怖からだろう。

「いっぱい取ってこないとですね!」

元気そうに振舞う姿はいつも通りにしようとする精一杯の見せ掛けで、先ほどの小さな子どものような姿を見た後だと胸を突くものがあった。

そんな彼女を守れなかったということがリベルテにも、そしてその二人を見ていたレッドにも痛いものだった。


タカヒロは淡々と石を積んで竈をつくり、鍋を置いて持って来ていた干し肉を刻んでいく。

「水、汲んでくるわ」

「お願いします」

そんなタカヒロに一声掛けて水場に向かうレッド。


タカヒロもやはり思うところがあるのだろう。

マイを独り行かせてしまったことを責めているのかもしれない。

レッドは後から聞いたが、あの者達を倒したのはタカヒロであった。

数と訓練された連携によってレッドたちはやられてしまったが、アレだけの手練を倒したというのであれば、タカヒロの力で一方的に倒したのだろうと思われた。

タカヒロの剣の腕はまだまだ新人の冒険者たちと変わらない程度なのだ、賊に近づかれる間もなく倒す必要があるからだ。


あの者達の死体は話題となっている。

4人ほどは切り傷や刺し傷があるのだが、残りは切り傷などはなく、苦悶の表情で息絶えていたからである。

レッドたちが戦っていたという情報は出てこなく、あれだけの腕の男達がただのならず者として処理されたということに気をとられていたが、倒し方がこれまでと違いすぎた。

魔法を使う者が良く使うという火の魔法ではないし、タカヒロが普段使う風の魔法でもなかった。

あの賊たちを倒すときにどんな気持ちがあったのか。

タカヒロは、人相手にあの力を使ったことなどなかったはずであった。

たやすく人の命を奪えてしまえる力に何を感じているのか、そういうことを話すことはないタカヒロに、マイと違う意味で心配になっていた。


レッドが水を汲んで戻ってくると、タカヒロは早速と鍋に水を入れて火に掛けていく。

まだマイたちが戻ってくる様子は無く、二人はお湯が沸き立ってくるまでの間、静かに座っていたがレッドがたまらずタカヒロに質問する。

「急にあれこれするようにならなくたっていいんだぞ?」

あいつらをどう倒したのか、その力を人相手に奮ってどう感じているのか、答えてくれるとは思えないが、聞いてみたいことは他にあった。

だが、踏み込みすぎる質問などできなかった。


「迷惑ですか?」

タカヒロはレッドの方を見ることはなく、じっと鍋の水を見ながら問い返す。

「いや、そんなことはない。だが……いろいろと面倒くさがって、楽をしたがるおまえさんに慣れてきたところだったんでな」

「……そうですか。でも、やれることはやらないとだし、やれるようにしていかないと厳しいですから」

「……そうだな。やれることは増やしていけるといいよな」

コポ、コポと鍋に入れた水に気泡が浮かび始め、お湯に変わっていく。

タカヒロは干し肉をいれて買って来ていた野菜を投入し、ゆっくり一混ぜしてまた座る。


「あれ、最初からマイのこと知ってたと思いますよ」

「ん?」

突然の話にレッドは一瞬、話をつかめなかった。

「王都の外で冒険者が襲われたのも同じでしょうね」

レッドはジッとタカヒロの顔に目を向ける。

「たぶん、リベルテさんならそれっぽい何かの前兆掴んでるんじゃないですかね」

淡々と質問するでもなく、自身の考えを述べていく。


「なんで『玩具』なんだろって思ってた。もらった力とか向こうの知識とかで大きな影響の波を起こして、それで逆にその波に潰されてるように感じてたんですけど。この世界はやさしくない。僕たちに厳しい」

ただ自分の思いを述べただけのような言葉は、繋がっているものに聞こえなかった。

レッドに質問しているのなら、知っていれば答えられたし、一緒に考えることもできた。

だが、一方的な思いが溢れただけのようで、それっきり黙ってしまった。

タカヒロは野菜の煮え具合と味を確認し、薄かったのか塩を足していく。


レッドは今の言葉をちゃんとタカヒロと話をしようとするが、そこにマイたちが戻ってくる。

「ただいま戻りました。やはりこの時期の林や森はいいですね。食べられる物がありますから」

マイとリベルテは手にキノコや木の実、枝などを抱えて持って来ていた。

「あれ? なんでもう料理始めてるの?」

せっかく薪として使えそうな枝などを持ってきたのだが、タカヒロが持って来ていた荷物から薪を出して使っていたのだ。

「まぁまぁ。まだ明日も必要ですから。あ、タカヒロさん。このキノコも入れてください」

リベルテから渡されたキノコを刻み鍋へ入れていくタカヒロを横目に、マイはリベルテと拾ってきた枝をまとめて荷に積んでいく。


「あ、おいしい。塩味だけのスープかと思ってたんだけど」

これまでよりゆっくりとご飯を食べていくマイ。

「まだ王都出てから一日目ですから、野菜も使えますしね」

「中間あたりだと干し肉だけだったりすることもあるからな。干し肉のスープ。ダメとは言わないが、あれはどうにもな」

「干し肉の塩気だけでってやつですよね? 干し肉もそれだけだとしょっぱいだけだし」

タカヒロも先ほどまでの様子は見せなく、マイもこれまでどおりに振舞う食事時はこれまでのように何事も無く過ぎていく。

夜は何もしていないからとレッドとリベルテが申し出て、タカヒロとマイには休んでもらうことにした。


火を絶やさないように枯れ枝を足すと、パキッ、パチッと音が静かな夜に響く。

「見ててどっちもなんか辛いな」

「……ええ。特にマイさんは。タカヒロさんもなにやら考え込んでいる様子ですが」

二人は焚き火を見ながらここ最近思っていることをこぼす。

「あいつらを守ってやれなかったな……」

「あの者達を相手に一人では無理ですよ。それに……」

リベルテがふと林の方に顔を向ける。

レッドも何か居るのかとそちらに顔を向けるが、何かがいそうな感じは無かった。

だが、リベルテはジッとその方角を見続けていて、その目は何かを思い起こしているようであった。

「……あぁ。そうだな」


その方角は、前にレッドたちが道に迷ってたどり着き、そして目の前で同じ国の人を殺してくアクネシアの兵たち相手に何も出来なかった場所であった。

そして、多くの人を助けられるように強くなりたいと誓い、ともに強くなると約束した。

自分の弱さを思い知るたびに、思い出し、また一段と思いを強める。

折れないように、諦めないように、繰り返し言い聞かせるように。

空に目を移すと、雲もない夜空は多くの星が強く輝いていた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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