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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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その日は久々に朝から雨が降っていた。

降らなければ水不足につながるし、畑を持つ人たちにとっては農作物にありがたい恵みと言える雨。

その雨の中、バシャバシャと頻りに動き回る音が響く。

何故こうなってしまったのだろうか。

何を間違えてしまったのだろうか。

マイの目の前で剣で胸を貫かれて死んだ男性がいる。

そして、その先で傷を負いながら剣を振るっているレッドと、レッドの側に血を流して倒れているリベルテの姿があった。


モデーロ侯爵領のシュルバーンに旅行に行くことを目的に、またお金を貯めるために頑張ろうと皆が動いていた。

王都内の配送や薬草の採取、時間があれば給仕の仕事なんかも受けたりしていた。

さすがに旅行に行くために同じくらいの距離の村や街に配送に行くのは躊躇われたため、近場でやれる内容のものをこなすことにしていたのである。

一人で行動はしないようにと言われてタカヒロと行動をしていたのだが、少しくらいなら良いかとマイは一人で行動していた。

レッドたちが暮らす王都であり、そんなに治安が悪いということは無いだろうという思いと、マイも成人した女性であれば自分一人で大丈夫だという考えがあったのである。

少し前まではメレーナ村で離れた家に篭っていたというのに、一度外に出てみれば生来の性格もあって出歩いてみたい欲求に駆られてしまったのだ。


それというのも、部屋に篭り切るにはあまりにも娯楽が無さ過ぎるのだ。

これは娯楽に時間を割けるほど裕福な人が少ないという実情がある。

戦争の可能性があり、モンスターや賊、暴漢に襲われる危険があり、日々の生活をしていくために何かしらの仕事をこなす必要がある暮らしであれば当然である。

出てくる娯楽にもよるのだろうが、マイたちが知っている娯楽を作っても人気になる下地は少ないということでもある。

もし人気が出たとしたら、嵌ってしまった人は生活が成り立たなくなるだろう。

そういう人が増えてしまえば、その娯楽を作った者を罰する動きがでてきてもおかしくない。


マイたちは知らないが、昔にそのような最後を迎えた商人がすでに存在したのである。

暇だからと作ってみて興味を持った人たちに説明をしてやらせたところ盛り上がり、多くの人が欲しがった。

作れば作るほどに売れたのでどんどん作って、ほとんどの人が遊べるようになったまでは良い話。

だが、それにほとんどの人が嵌ってしまったのが悪かった。

領主は裁可の仕事すら部下に任せ、隠れて遊ぶ内政官、訓練と称して堂々と遊ぶ兵、そこで暮らす人たちも自身の仕事を一日くらいならと考え遊んでしまった。

それがずるずると続き、真面目だった人たちが過労で倒れたり、見放して去ったりして、その様子を知った隣国から侵略されてあっさりと終わってしまった。

その土地を攻め落とした領主は、その娯楽を作ったものを探して処分した。

見せしめと、自分たちがそうならないようにと。


話が逸れたが、マイは一人で気ままに歩いていく。

興味を持ってみれば、いままでの生活と違う街並みは面白かった。

ただ、朝から降る雨に傘などなく、ケープを羽織っている。

傘がないことの不便さを感じてはいたが、レインコートみたいなものであるケープは、自分が稼いだお金で買っていたもので気に入っている。

なので、雨の中これを着て歩くというのもまた楽しかったのである。

ちなみに傘についてレッドたちに説明してみたのだが、片手がふさがるということに使えないと言われてしまったのも面白く感じていた。


そんなことを思い出しながら歩いている先で、倒れている人を見かけてしまった。

「大丈夫ですか!?」

思わず駆け寄ってしまった。

「う……。あいつらに、やられて……」

その男性の身を起こして壁に寄りかからせ、少し楽な体勢にさせる。

その男性の話を聞くところ、雨の中、買ってきた小物が濡れないように脇に抱えて走っていたのだが、前に居た三人の男達にぶつかってしまい、暴行の挙句に奪われてしまったということだった。

「兵士の詰め所に行きましょう。きっと力になってくれますよ」

「それじゃ……遅いんです。今日じゃなきゃ……」

男は立ち上がり、その男達が向かった方に行こうとする。

そしてここでマイは思ってしまった。

ここで見捨てるなんていうのも気がひける。

少しは戦えるようになってるからやれるんじゃないかと。

きっとレッドさんたちが来てくれるだろうと。

楽観した希望が考えを占めてきてしまったのである。


「わかりました。私もついていきます。無茶したらダメですよ」

その男性に肩を貸しながら案内どおりに進んでいく。

狭い道を抜けた先に十人は居た様に見えた。

それでもマイがついてきた男性は前に進む。

その十人が囲むように、逃げ道を塞ぐように今さっき通ってきた道の方に回る。

この時点でマイはパニックになっていた。聞いていた話と違いすぎる状況に。


「へへ。いい女連れてきたじゃねぇか」

「は、はい。なので約束、守ってください」

リーダーなのだろう男に先ほどまで案内してくれた男性が話しかけ、小さな箱を投げ渡される。

騙されたと思って剣を構えるが、一人ではどうにもできないとわかっていた。

だから願ってしまう。

颯爽と来てくれる助けを。

そして、彼はやってくる。


「マイ!」

斬りこんで、マイの後ろに回っていた一人を斬り捨ててマイの側まで行く。

突然の乱入であったが、相手はそこまで動揺を見せない。

すぐさま穴を塞ぐように動く。

マイの側まで来たのはいいものの、逃げるには厳しい状況であった。

だが、レッドが来てくれたことにマイは安心する。


そのレッドの顔はかなり険しい。状況が悪すぎた。

マイを見つけたので駆け込んできたが、相手は手錬れだった。

レッドと常に居るはずのリベルテの姿はない。

マイを探して別れていたためだ。

じりじりと狭まってくる輪に、時間の不利を見て取ったレッドが元の道に向かって切り込む。

だが、正面からであれば相手だって防ぐ。

レッドの動きが止まったその後ろを別の者が切りかかる。

マイが防ぎに動こうとするが、ほかの者がマイをけん制していて、実際に腕に自信なんてまったくないマイでは手が出せないでいる。

レッドは身をよじってかわすが、前から振るわれた剣はかわし切れず、かすった腕から血が流れる。

複数を相手取ることなど、達人と言われる境地の人か相手が余程の素人でなければ無茶である。

致命傷は避けているものの、どんどんとレッドに傷が増えていく。


動きが鈍っていくレッドを斬り捨てようと剣を振り上げた男が、首から血を流して倒れた。

リベルテがやっと追いついたのである。

レッドたちの状況をみて現状を把握したリベルテは、まずレッドの周りから排除しようと動くが相手はマイに集中させる。

「こ、ここまでするだなんて聞いてない!」

マイを連れてきた男がリーダーである男を止めるように前に出るが、リーダーである男はゴミでも見るような目を向け、あっさりと剣を胸に突き立てた。

マイの目の前で胸から剣を生やし、口と胸から血を流し倒れる男性。

マイは完全に動きを止めてしまった。

ここまではっきりと命が奪われていく瞬間を見たことはなく、それは過去にも見たことはない光景だったのだ。


「マイ!」

レッドがマイに振りかざす男に向かって飛び出す。

そこを見逃すはずもなく、レッドの背中を切りに動く男。

リベルテが割り込むように動き、その男の剣を止めてもう一つの短剣で首元を突くが、リベルテに対峙していた男が剣をなぎ払いに振る。

飛び出していたリベルテは両手の短剣ともに振るっていたために防ぐ術がなかった。

「ああっ!」

わき腹から血を流して、リベルテが倒れる。

マイに剣を振りかざしていた男はレッドが剣を突いて仕留めるが、助けることだけを優先したその突きは隙だらけで、背中を切られてレッドが倒れこむ。


マイにとって全てが信じられなかった。

ただの散策のつもりだった。

だから大丈夫だと思っていた。

少しはモンスターの討伐もしたし、自分は強くなっているという思いもあった。

レッドたちは強いから、悪い人たちに負けないと勝手に思ってしまっていた。

レッドたちも変わらない、同じ人間なのだ。

怪我をしない人なんていないし、誰よりも強い力を持っている人なんて存在しない。

数で攻められれば、負けてしまうものなのだ。


この光景は全部自分のせいだ……。

「さて、こいつか? まぁ連れてって本物なら謝礼がたっぷりもらえるだろ」

リーダーの男がマイの腕を掴む。

マイは何も出来なかった。腕をつかまれ引かれても、自分の足で立つことも抵抗することも。

「手間かけさせんな!」

男がマイを殴るが、それでもマイは止まったままだった。


バシャっと足音が一つする。

その場に立っていた皆がそちらを見る。

そこに居たのは、ここまで見せたことのないほど冷たい目をしたタカヒロだった。

そこからはあっという間だった。

リーダーを含め、男達が何かを言おうと動こうとする前に、リーダーたち賊全員の顔が水に包まれる。

男達はもがくが水ははがれないし、取れもしない。

呼吸が出来なく、苦悶の表情でもがく男達に目もくれずタカヒロはマイたちの側に歩き出す。

一人、また一人と意識を失って手足をだらっとさせるが、水は消えない。


「大丈夫?」

声はいつものタカヒロだった。

「あ、あ……。レ、レッドさんとリベルテさんが、わたしの、せいで……」

「君ならできるでしょ」

何がとは言わない。だが、何をできると言っているのかはわかった。

やることが決まると動けるものだ。

ヨロヨロとレッドの近くに行き、淡い光がレッドを包む。

マイはそのままリベルテの所に行き、同じように淡い光でリベルテを包む。

「リベルテさんをお願い」

レッドを背負って歩き出すタカヒロに、同じように黙ってリベルテを背負って後を追うマイ。

タカヒロたちがその場を離れた頃に、男達を包んでいた水は消え、男達が地面に横たわる。

5名の剣による傷の死体と6名の水死体が残るだけだった。


目を覚ましたレッドは、周りを見渡し、見慣れた部屋だと思った。

自分の部屋だと気づいたレッドは、寝すぎたためか少し足に力が入りにくい足でリビングへと向かう。

そこには暗い顔で座り込んでいるマイと料理を作っているタカヒロの姿があった。

「おまえがメシ作るとか珍しいな」

「レッドさん!!」

レッドの姿に気づいたマイがレッドにしがみついて泣く。

「ごめんなさい! ごめんなさい……」

「弱くてすまない。少しはできると思ったんだがな。」

マイの頭をなでながら、レッドが逆に謝る。


「タカヒロだろ? 助かった。ありがとう」

レッドの方をちょっと見た後、鍋に目を戻してカチャカチャとお玉を動かしていく。

「リベルテは……部屋か?」

まだ泣いてぐずるマイに視線を戻し尋ねると、マイがうなづく。

「俺達はおかげで助かったんだ。ありがとう。それで終わりだ。リベルテを起こして来る。そしたら、メシ食おうぜ」

マイは頷き、タカヒロは皿を取り出していく。


「リベルテ、起きてるか?」

リベルテの部屋の戸を叩き、声をかける。

「どうぞ」

中から声が聞こえたことに安心し、中に入る。

リベルテはまだ横になっていた。


「すまない。おれのせいで」

「いえ。私が弱かっただけです。まだまだですね、私達」

レッドの方に向けた顔は少し弱いが笑っていた。

「あぁ、まだまだだな。だが、これからだ」

「ふふ。ですね。そういえば、助けてくれたのはタカヒロさんでしょうか? お礼を言わないとですね」

「そうだな。あいつがメシを作ってくれてるぞ」

「それは、楽しみですね」

「起きれるか?」

リベルテに手を貸し、リビングへと向かう。


「雨で寒いからスープにしてみた。適当に作ったけど、味見はした。大丈夫」

怪我も治っているレッドたちは次々と食べていく。

終わったことと暗いことを捨て去るように、タカヒロが作った料理をネタに賑やかに一日を終わらせる。

それはこの四人にとっても救いのある夜だった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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