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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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今年もまたこの肥沃な大地とそれを守ってきた人たちを称え、次の年も同じようにと願う豊穣祭が幕を開けた。

オルグラント王国で大きな祭りの一つである。

もう一つは新年を祝う祭りであり、後は村や町、各貴族領で行われる祭りがあるくらいだが、やはり国として開かれる豊穣祭に比べれば、規模はだいぶ落ちてしまうのは仕方が無い。


今年も各領地からその土地の食材が持ち運ばれ、料理に覚えのある者達が屋台や出店を開いている。

定番と言える料理であったり、毎年注文する人をチャレンジャーと好意とも侮蔑とも取れる言葉が掛けられる料理も出てきている。

新しい目玉料理を目指しているのだろうが、奇抜さを狙いすぎた料理は食べる人の勇気を試すもので、今年もそういった料理に挑戦しては打ちひしがれたり倒れこんだり、感動している人の姿が目に入る。


「ね? ね? タカヒロ君、あれ食べてみない?」

「断固拒否する!」

マイが打ちひしがれたり、倒れた人が居る屋台や出店に指を向ける。

その目は食べて見たいのか、食べさせてみたいのかわかりにくい。

タカヒロ的には後者としか思えないため、話を聞くことすら全くなかった。

冷たく目を向ける先には倒れこんだ人がおり、その中には内政官の姿も混じっていた。


屋台や出店の出店申請の受付は開いてから、出店場所の整備から予想される混雑の対処の検討に動き回り、疲れてへたり込む内政官たちへの差し入れに紛れていたのか、それとも出店を調整した手前、食べて見なければいけなかったのか内政官の悲哀が見て取れた。

だが、若い女性であったり、未婚の女性に介抱される姿も見られ、同じく倒れこんでいたものたちからの涙交じりの鋭い視線も見受けられた。

祭りのために奔走する内政官は人々にとってありがたく尊敬される職であり、国の官であるため、給与も悪くない。

結婚をしていない女性の中で、結婚したいと考えている人たちにとって狙いたい相手なのである。

そのため、同じように倒れていながら邪魔だからとどけられていく他の者達の姿は、また別の涙を誘う。


「あっちもこっちも美味しそう!。どこから行く? どこから行ったらいい?」

祭りの雰囲気に舞い上がっているのもあるのだろうが、食べることが好きなマイはもう朝からテンションが高い。

レッドとリベルテは、連携プレーでマイのエスコートをタカヒロに押し付けていた。

そのため、タカヒロはずっとあれは? これは? と腕を引っ張られ続けていて、すでに腕が痛くなってきている。

「はいはい。お金に限りがあるけど、食べたいもの食べるといいよ」

お金があれば、全店舗制覇しそうな勢いを見せるマイ。

昨年はマイに似たような感じで屋台や出店を回ろうとしていたはずの、レッドたちが呆れて見ていた。


「リベルテさん! 甘いものははずせませんよね! それに今日しか食べる機会がないものもあるんですよね?」

「今日だけ、というわけではないのですが……。また旅をしないと食べに行けないものはありますね」

昨年自分が似たようなことを言ったのを覚えているのか、少し苦笑いであるリベルテ。

だが、マイと二人揃ってどこの甘いものがいいかなど相談しあっている。

例年に漏れず、定番料理とも言える王都から遠く離れた場所の料理は、早くも長蛇の列ができていた。


「ほれ、今回も適当に買ってきた。持ち運びしやすいものなんで、ほかは自分たちで買って来い」

マイとリベルテの相談を横目に、すでに両手で品を持っているレッド。

タカヒロも付き添いで、やはり両手に品を持たされている。

リベルテはそれを見てすみませんと謝り、颯爽と動き出す。

置いていかれたマイはどうしようかと悩みながら、屋台で何品か買ってきたようで、それはもう満面の笑みである。


大きな祭りであるこの期間は、落ち着いて座って食べられるような場所は空いていない。

狭い横道で立って食べるか、酒場などの飲食店に持ち込んで食べるかである。

もちろん、持ち込んだ飲食店では1品以上は頼まなければいけないが、飲食店も祭り用のメニューが出ていることもあり、座って食べたい人たちにとっては何の問題もない。

そのため、席がなかなか空かないし、空いてもすぐに誰かが座る。

如何に目を光らせ、手早く動くかなのであるが、ある程度の集団で動くものたちにとっては強みがある。

買いに行くものと席の確保に動くものに分かれればいいのである。

もっとも、お互いの動きが分かっていなければ、折角席をとっても買いに行った者たちと合流したときには席を空けなければいけない時間になってしまうこともあるのだ。

如何に一品頼んだとは言え、店にとっては稼ぎ時。

多くの客に入って欲しいのだ。

一品頼んだとは言え、屋台や出店の料理を多く置いて、長く居座られては売り上げにならないのだから、席を占有できる時間に限りが出来るのもこの時期の取り決めである。


先に行っていたリベルテが見事に席を確保しており、酒とこの期間の料理を頼んでいた。

マイはリベルテが頼もしくて仕方が無い。

リベルテへの信頼が急上昇である。

レッドたちが買ってきた品を席に置いていく。

チャビーチキンという好戦的だが肉付きが良い鳥モンスターの肉とポワロの輪切りを交互に櫛にはさんで焼いたもの。

カロタやパタタ、そしてディア肉がゴロゴロと入ったシチュー。

摩り下ろしたメーラを混ぜたという新味のマッフル。

昨年食べていないものを選んで買ってきたらしく、リベルテとマイはマッフルの新味に目が行っているのがわかりやすい。


「最初に食べていいものか悩みますね。このシチューは食べ応えがありそうです」

そう言いながらシチューに手を伸ばし、スプーンで煮込んでもなお大きな具材を持ち上げパクリと口にする。

よく煮込まれたディア肉は柔らかく、カロタやパタタもスッと解れていく。

そしてクリーミーな味わいが口に広がっていく。

ゆっくりとだが、止まることなくスプーンがシチューを掬っていく。


「お。これは酒が欲しくなるな」

レッドは串に刺して焼かれたものを手に取り、かぶりついていく。

肉は香ばしく焼かれて油が甘く、次のポワロが脂っこさを打ち消す。

熱を通したためか柔らかくなっており、野菜の甘みと味付けの塩がいいアクセントになっている。

「これネギマだよね?」

「だね~。おいし~」

先に頼んでいた酒を片手に、串ものを食べ、シチューを頬張る。


そして、マッフル。

外はカリッと焼かれているが、中はふわっとしている。

生地には砂糖が使われているため、口にすれば幸せな甘さが広がる。

だが新味は、更にかぶりつくと甘いメーラのジャムが出てくる。

生地より熱さを保っているため、勢いよく口に入れたマイは熱そうに口をはふはふとさせる。

少し冷めてきた生地をしっかりと味わえば、メーラの酸味と砂糖の甘さがほどよくまとめられており、これを食べてしまうとシンプルなマッフルが物足りなくなってしまいそうだった。

シンプルな方は自分で味を足すことが出来るということを宣伝していることもあり、どちらも好評であるし、メーラ入りの方が若干高いということもあってシンプルな方が売れていたりする。


「はい、おまたせ!」

そこに忙しそうに動き回っていた給仕の女性が、レッドたちの席に一品置いていく。

リベルテが頼んでいた、この店の新メニュー。

「これは……パタタをスライスしたものを揚げたのか。パタタだけなのに値が高くつきそうだな。でも、これは後引くな」

薄く切っているのは、揚げる時間を短くするためだろう。

薄いことで油もそこまで大量に必要としないのかもしれない。

「これポテチだ!」

これまた手を伸ばすスピードが速いマイが次々と口に運んでいく。

パリッパリッという音が心地よい。

塩味だけのシンプルな味付けだが、どうにも止められない。

皆の手が次々と伸び、あっという間になくなってしまう。


「ふぅ~。最初から結構食べちゃいましたね」

テラテラ油で光る指を舐めながら、あとは何食べようかなと次を考えて呟くマイにタカヒロは半分諦めている。

今日の予算は全く残らない、と。

「あ、レッドさんたちはまだ食べられます?」

「ああ、まだいけるぜ」

「もう少し甘いものに手を出そうかなって思ってます」

にこやかにいう二人に、よく食べるなぁと思いながら、ちょっと買ってきますと席を立つタカヒロ。

わざわざタカヒロが買いに行くということで、面白がる目つきになるリベルテ。


「俺もついていこうか?」

「いえ、レッド。席を確保するためにお酒頼んでおきましょう。マイさん。軽そうなものを一品頼んでいいですよ」

ここで待っていてあげますからね、というリベルテの意思表示に、温かく見守られているように感じてなんとなく居心地の悪いタカヒロは足早に外に出て行く。

「急がなくていいんだがなぁ……」

レッドは不思議そうに思いながら、給仕の人を呼ぶのだった。


「祭りってどこでもこんななのかな……。歩きづらい。……あ、すいません」

人とぶつかりながら、前もって聞いていた屋台の場所に向かう。

聞いていた場所に着くとそこは客の列ができていた。

ルチウスが忙しそうにしながらも鮮やかな手つきで生地を焼き、注文の具材をまとめていく。

お金の受け取りはシェリーが行っていた。

小さな子でも働くこの世界ではシェリーにけちをつける人はいないようで、今のところ問題ないようにやり取りをしている。

むしろ、シェリーの朗らかさに客が笑顔になっているようにも見えた。


「はい。ごちゅうもんはなんですか? くだもの? お肉?」

注文の聞き方はもう少しなかったのだろうかと思いながら、それぞれ2つずつ頼む。

「は~い。おかーさーん、どっちも2つずつ! あ! おにいさん!」

ちゃんと売り子をしていてえらいなと思っていたが、単に忙しくてタカヒロに気づいていないだけらしかった。

「はいはい。お客さんとしてきましたよ。約束だったからね。はい、代金です」

「え~と……」

一つずつ確認していくシェリー。

「はい。ちょうどです。ありがとうございます」

「ちゃんとできてるね。えらいね」

タカヒロに褒められて、えへ~と笑顔を深めるシェリー。

周囲にいた一部の客から歓声があがり、一部からの視線がタカヒロに痛いほど刺さる。

世の中そういうの必ず居るんだなぁと頭がの痛くなるタカヒロ。


「知らない人……だけじゃ危ないか。お母さん以外には付いていったらダメだからね」

突然の話に首をかしげながらも頷くシェリー。

この世界はタカヒロが居た世界に比べれば危険が多い世界であり、前の世界以上に気をつけなければいけない世界だと感じていた。

「はい。お待たせしました。あ、タカヒロさん。来てくださったんですね」

少し疲れが見えるが、稼ぎ時、そしてタカヒロが来てくれたということに笑顔を見せる。


「約束しましたから」

注文した品を受け取るタカヒロに、先ほどと同じかそれ以上の視線が刺さってくる。

子どもがいるが、まだ若く美人なルチウス目当てに並んでいる客は多いようだ。

受け取る際にそっと手が触れ合ったのも痛さを増す要因だった。

これ計算なんだろうな、とタカヒロは思わないでもないが悪い気はしない。

名残惜しそうにされるが、あちらも稼ぎ時なのに食材を切らしたわけでもないのに止めるわけにはいかない。

手が買った品で塞がっているため、会釈をしてレッドたちのいる酒場へ戻っていく。


戻るとワインを飲んでいるレッドとリベルテ、そしてサラダを食べているマイが居た。

「あ、それが噂のですね」

どんな噂かと思うが触れると危ないとわかっているタカヒロは、スルー気味にクレープを渡していく。

女性二人の方に果物の方だ。

「あ、これクレープ? やっぱクリームないと物足りないけど、おいしいね」

「これはなかなか。持ち歩きに向きますねぇ」

「パンで似たようなの食べたことあるが、こっちはこぼれなくていいな」

皆に好評なようで少しうれしくなるタカヒロ。

だいぶ食べていてお腹がいっぱいだが、あの親子の品だ。一口かじる。

練習もしたのだろう。

タカヒロが作ったときより生地にムラはなく、味付けも考えたみたいでずっと美味しくなっていた。


「あ、そっちもおいしそうだね」

隣の席に座っていたマイが身を乗り出し、タカヒロのクレープをかじる。

「あ~、そっちのもおいしいね」

「ふふ。レッド。あれいいですね?」

「……ほれ」

「うん。そちらもいいですね。ではこちらも」

レッドたちが相互に自分のクレープを一口ずつ分け合う。


「ん? 私のはあげないからね」

「ええ、結構です」

物欲しそうに見られたのか、マイは自分のクレープをかばうように身をよじる。

すでにお腹いっぱい気味であるタカヒロにとっては、まったく無用であった。

ちなみに、男女がお互いに食べさせあう光景は目を惹いたらしく、ルチウスの店はこの後、目まぐるしい忙しさに輪がかかり、あっという間に完売したそうだ。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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