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「ほれ、手を止めないでやらないと今日中に終わらんぞ」
レッドが鎌を突きつけてタカヒロを激励する。
「いや、待って……。腰が痛い……。腰は男の命です……」
タカヒロは腰の辺りを叩いたり、体をそらしたりしながら、強張った腰を解そうとしている。
レッドたちがやっているのは、農作物の収穫。
小麦が実り、黄金色の波が風に揺れている。
収穫の時期となり、豊穣祭に向けて忙しい時を迎えて人手が欲しい農家から冒険者への依頼もまた多い期間となっているのだ。
レッドたちは昨年も受けているのだが、今年もこの依頼を受けてここにきている。
依頼側としても知っていて、なおかつ経験ある者の方がありがたい。
しかも昨年より人が多いとなれば、もろ手で歓迎されるのもわかるものである。
「畑の収穫作業をするなんて思いませんでしたよ」
朗らかに笑いながら、不慣れな手つきで刈り取っていくマイ。
その横で次々と刈り取ってまとめていくリベルテ。
「私達が口にするものですからね。頑張りましょう」
「はい。……ほら! タカヒロ君もサボってないで動いて!」
「……う~い」
レッドとリベルテの働きがあり、一つの畑がまず終わる。
ここで小休憩を取っているのだが、タカヒロは水を飲んだ後、横になっている。
ずっと屈んでいる姿勢が思いのほか腰にダメージだったようで、安静にしているのだ。
まだ畑の一つ目でこれであるため、この後が心配である。
「はぁ~……。すごい景色ですねぇ」
刈り取られた後の畑が寂しさを見せるが、まだまだ多くの畑が小麦色に輝いていた。
「マイさんが居たメレーナ村もこのような光景なんでしょうねぇ」
リベルテがメレーナ村の唯一の宿屋の名前を思い出して告げるが、マイの視線が泳ぐ。
「……全然見たことありませんでした……」
「あの場所で篭ってたなら、そうだろうなぁ」
レッドの感想にガクッとうなだれる。
「そういえば、あの被害に遭われた村ですが、再建されるそうですよ。ファルケン伯爵の肝いりで新しい野菜とか育てるらしくて、商会の人たちがファルケン伯爵の下に訪れてるそうです」
「そいつは、よかったな。ファルケン伯爵の肝いりってことは、あのトートのように今あるのと違ったものになるんだろうな。楽しみだな」
リベルテがまたどこからか仕入れてきた情報に、レッドは目を細めて小麦が揺れる畑に目をやる。
アクネシアからの工作で一つの村が壊滅し、もう一つの村も多くの人が命を落としてしまった。
人が居なければ村としても成り立たない。
焼け出された家や荒れた畑に手を入れることもできない。
だが、ようやく一つの村が再建される目処が立ったらしい。
これから普通に再建しても暮らしが成り立つようになるまで、かなりの時が必要だろう。
だが、新しい作物を育て、それが美味く生育し、市場に出るようになれば、もうすでに出回っているものを作るより、再建できる希望になるように思われた。
新しい作物を作り出すことに力を注いでいるファルケン伯爵ならではの動きならば、上手くいく可能性が十分に高い。
レッドはまた人々が笑顔になれるだろう未来にうれしくなってくる。
「よっし! このままサボってるわけにはいかないな。次ぎ行くぞ」
「はいっ!」
レッドの後をマイが付いていく。
まだ横になっているタカヒロの動きは鈍く、もう動きたくなさそうにしている。
そんなタカヒロの側に寄って、リベルテがコソッと小さな声でつぶやく。
「小麦粉はいっぱいあった方がいいですよね? クレープに」
ビクッと体を震わせた後、ガバッと勢いをつけて身を起こす。
リベルテの方を見やるが、リベルテはとてもにこやかにしている。
「べ、別になにもありませんよ? そうですね。小麦粉がいっぱいあれば、いっぱい食べられますよねー。さぁ、がんばるぞー」
徐々に早口になり、畑に向かって走り出す。
「タカヒロさん。鎌、忘れてますよ~」
ガクッと肩を落としてトボトボと鎌を取りに戻ってくるタカヒロに、笑顔で鎌を手渡すリベルテ。
リベルテに逆らうようなことは絶対にしないようにしよう、と心に誓うタカヒロだった。
二つ目の畑はタカヒロの動きがよく、一つ目にかかった時間よりかなり早くに刈り終わる。
「タカヒロ、ずいぶんとやる気になったなぁ。ま、早く終わらしたほうが後々楽になるって気づいたか」
「タカヒロさん。無理にやると本当に腰痛めますよ」
「さすがにそれは治せないかもだからね」
口々に、若干のからかいを含んだタカヒロを気遣う言葉が飛び交う。
マイは治癒の力を持っている。
あまりにも高い治癒の力に、レッドたちは使わないように言っている。
以前にレッドが毒煙を吸った際はその力を奮ってもらったが、リベルテの家で行い、治してもらった後もすぐに外を出歩かないように警戒していた。
タカヒロの魔法も涼しくするとか温かくするという程度であるが、家では使うようにしてしまったことから、マイの力も家に限って使っても良いことにしている。
ただ、早々に怪我をするものでもないし、その力を頼って無茶をすることもしないため、その力を使うというのはあまりない。
ただ、筋肉痛や肩こりなどを治せないか試したことがあり、そういった類には力が発揮されないことが判明していた。
薬師から薬を買って塗布した方が効き目が感じられるということで、タカヒロが腰を痛めてしまった場合、治せないということである。
腰を痛めたら、一日安静にして休めるかもと思わず考えてしまうのだが、リベルテから言葉が飛んでくる。
「今、安静にするなんてなったら、豊穣祭の間も安静にすることになりますよ?」
怖いくらいに考えを読んでくるのだが、リベルテとしてはタカヒロは行動がわかりやすいだけである。
基本、騒動や出来事の外側に居たく、そして休めるなら休んでいたいという面倒くさがりなのだ。
むしろ、力を使ってけが人を治して回りたいと正義感を発揮しそうであったり、あれが美味しそうと食べ物に向かって早い動きを見せることがあるマイの方がやりにくかったりする。
「あ、そうだ」
唐突にレッドが声を上げる。
「どうしたんですか?」
「マイ。なんか今年の祭りは、新しい料理が出るらしいぞ。いつもの酒場の主人が珍しく絶賛してた料理があるそうだ。おっちゃんも助言したらしくて、結構美味いらしいぞ」
「え!? そんなのあるんですか? う~ん、どんなのだろう。楽しみですね!」
そこにリベルテがにこやかに近づいていく。
「なんでも生地を薄く延ばしたものらしいんですが、どういうものになるんでしょうね? タカヒロさん」
今日はとことんタカヒロを弄る気満々のようであった。
「さ、さぁ? どんな食べ物なんでしょうねぇ」
マイはクレープかなぁと呟いている。
「今日はあと何個やるんでしたっけ?」
露骨な話題変えである。
「ん~、後1つだな。だけどまだまだ残ってるから、明日も依頼が来てるかもだ」
「へ~い。それじゃあ、明日もやったほうがいいですかね? リベルテさん」
「そうですねぇ……。ここまでやったら最後までやらせていただいた方が気持ちがいいですよね? 小麦粉、譲ってもらえるかもしれませんしね?」
「なんでタカヒロ君に? タカヒロ君て料理できたっけ?」
「火の調整が難しいだけで、焼くくらいならできるでしょ……」
もう投げやり気味であるタカヒロ。弄りすぎはいじめになる。
「ふふ。ごめんなさいね、タカヒロさん。もし小麦粉を分けてもらえたら、何か作りましょうね」
多くはリベルテにご飯を作ってもらっているため、マイはやったぁと喜びの声を上げる。
もうリベルテに餌付けされてきているのではないかと、レッドは思ってしまうくらいの喜び具合である。
「そこに喜ぶのはいいんだが、まずは豊穣祭だな。そっちは祭りで使う分の金貯まってるか?」
ここ最近の仕事は祭りで食い倒れるくらい食べようという楽しみが一番の理由になっており、そのお金を貯める目的で多くこなしてきている。
レッドとリベルテは元々の蓄えに加えて、レッドが討伐の依頼に参加して色もつけてもらってきているので、すでに去年と同じくらいの余裕を持っている。
そして今もなお、依頼を受けて来ているので、去年以上にかなり食べられる予定である。
「ん~? タカヒロ君、どうかな?」
「え? そこで僕に聞くの? 討伐のような報酬高いのってほとんど受けてないからねぇ。でも、その分、数をこなしてるし、家と食事分はリベルテさんたちの好意で安くしてもらえてるから……、ちょっと余裕あるかな?」
とは言うものの、マイはやはり年頃の女性と言うこともあり、肌着や小物に手を出しているし、リベルテとは共同で美容にいいとされているものに手を出したりしている。
今タカヒロがあげた金額も、大部分はタカヒロが貯めた額である。
タカヒロとしては自分で稼いだお金なのでマイも使うのは、と思うのはあるのだが、結婚はしていないだろうレッドたちが当たり前のようにお金を融通し合っているのを前にしているため、マイに融通したくないとは言えない。
レッドたちが結婚していないことが、いまだに首を捻ってしまうくらい不思議に思っている。
でも、結婚してもこんな感じなのかな? とタカヒロは遠くを見るしかなくなっていた。
「さて、今日最後の一面、やるぞ!」
「「おおー!」」
「……うぃ~っす」
昨年は二人で行っていた作業を、今年は四人で行っている。
小さなことも大きなこともあり、必ず、昨年とは変わっているのである。
店が建ち並ぶ道では商人たちの荷馬車が多く行き交い、祭りへ向けた賑わいが騒がしさを増している。
去年より、人が増えているせいだろう。
例年と同じようで、またわずかな違いが感じられる豊穣祭は、もう目の前にきていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。
新年明けましておめでとうございます。
まだ書いていこうと思っていますので、今年もお目通しいただければと思います。