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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「そう言えばなんですけど、海ないんですか?」

昼食のパンをスープに浸しながら、あむあむと食べるマイがなんとなしに話題を振る。

「ん? いきなりどうした?」

同じくトートのスープを飲みながら、レッドが話題に乗る。


「いえ。お魚をあまり見ないな~と。それと暑いから海で泳ぎたいな~とも」

マイがお代わりのパンに手を伸ばす。

「そうですねぇ。海は……ありますけど、遠いですね。王都からだと港がある町まで15日はかかります。前にハーバランドまで行きましたが、それよりかかるんです。早々に行けませんね」

リベルテが果実水を飲みつつ、無理でしょ? とマイを見る。

「う……。そんなに遠いと行けませんね」

途中、村や町に寄りつつ野営をする旅は寝ても疲れがとれず、また食べるものも同じものが多くなるので飽きやすく大変なものだった。

荷物の関係があったが、旅の日数を考えれば同じく荷馬車になるはずであり、決して乗り心地のいいものでもない。

またすぐにそんな旅はしたくなかった。


「魚なぁ……。それくらい距離があるから、干した物や燻製した物が運がよければ流れてくるくらいだな。川で取れるものなら市場にでてくることもあるがな」

「そんなにお魚が食べたいのでしたら、探してみましょうか?」

「はい! お願いします」

食べ終わったごはんに手を合わせながら、にこやかにリベルテを見る。


「で、海に行って泳いでどうするんだ?」

「え? 暑いから水の中で泳いだら気持ちいいかな~って」

マイの軽い回答に呆れた顔になる。

「あんなもん、しょっぱいし、べたつくし、泳ぐもんじゃないだろ」

「レッドさん、行ったことあるんですか?」

食べ終わったタカヒロも会話に入ってくる。

「まぁ、仕事でな。遠いし、もう行く気はないけどな」

先も言ったとおり、いいことはなかったのだろう。苦虫を潰したような顔である。


「え~? 何があったんですか?」

だが、レッドがそんな顔になるという出来事に興味を引くタカヒロ。

「何でそんなに楽しそうにしてんだよ」

ちょっとイラついたらしいレッドが、タカヒロの頭に拳を当ててグリグリとする。

「ちょ、痛い。レッドさん痛いですって。すいませんでしたっ!」

思いのほか痛い実力行使に、早々と白旗を揚げて謝罪するタカヒロ。

タカヒロが失言したり、相手の聞いて欲しくないことを突っ込んで弄られるというのがこのメンバーでの見慣れた光景になりつつある。

今もマイが呆れたようにしながら、リベルテとともに微笑んでいる

「まぁ、いいじゃないですか。レッドが海に落ちただけですから」

リベルテがあっさりとその出来事を話してしまい、レッドがタカヒロを弄るのをやめ、憮然とした表情で座りなおす。

「え? 何があって落ちたんですか?」

「違げぇよ。落とされたんだよ」

そのときのことを思い出しているのか、とても不機嫌そうに答える。

先ほどの弄りと今の不機嫌さもあって、タカヒロは何も言わないようにしていた。

「王都で暮らしていると、いえ、海が近くにないところで生活している人にすれば、海はどうしていいかわからないものなんですよ。だいたいはその広さに驚いて、海水を口にして塩辛さにびっくりしたりしますね」

「リベルテさんはどうだったんですか?」

「もちろん、広さに驚いてましたよ」

リベルテはそのときのことを思い出して楽しそうに笑うが、レッドはぶすっとしたまま機嫌が戻りそうにない。


「あいつらは意地が悪い」

マイが何があったの? と目で続きを促す。

目がとてもワクワクしているのがわかる。

「リベルテが言ったろ。海を見たことが無いやつは、たいてい広さと水の塩辛さに驚くって。それにな船を見るのも初めてだったりするんだ。でかい帆のやつとかな」

「たしかに海でもなければおっきな船なんて見ないですもんねぇ」

マイがここに来てからの生活を思い出し、船なんてみたことがなかったなぁと相槌を入れる。


「でな、船に乗せてくれるって言うんだよ。珍しいしな。気になるだろ?」

うんうんとマイが頷きながら聞いている。

その如何にも興味を持って聞いてます、という姿勢ほど話す者にとって話がいのある相手は居ない。

不機嫌そうであるレッドの口も軽くなっていく。


「船に乗るってのも初めてだったからなぁ。乗せてもらって、少し沖に出てくれてな。風で結構な早さだったぞ。だが、揺れが酷かったな」

「馬車の揺れとはまた違いましたね」

「うわぁ……それ僕だったら酔っただろうなぁ」

「初めて乗る人の多くはそうなるみたいですね」

「レッドさんとリベルテさんはどうだったんですか?」

「俺は大丈夫だったぞ」

少し自慢げに胸を張るレッド。

「ふふ。私も大丈夫でしたね」

「それで、どうなったんですか?」

マイがレッドに話の続きをせがむ。


「あ、あぁ。陸地から離れていく景色に目をやっていたんだがな……。落とされた」

「えええ!? それ大丈夫なんですか?」

話の流れからそうなんだろうなぁとあたりをつけていたタカヒロは半目になり、マイが驚きのあまり身を乗り出してくる。

「マイさん。大丈夫ですよ。ここにいるんですから。落ち着いてください」

リベルテが笑いながらマイを嗜める。

「あ、それもそうですね。ごめんなさい……。それにしても落とすなんて危ないし、酷いですね!」

「突然のことで混乱するからな。足はつかないから身動きとれないし、海水は塩辛いしでどうしていいかわからんからな。あいつらはそれをみて笑ってやがった」

「あれは私も本気で驚きました。危うくとんでもないことをするところでしたし。というかそれでレッドの救助が遅れたんですよね。すみません」

「いや、あれは仕方ないだろ。俺でもそうしたかもしれん。それよりお前まで飛び込んでこなくてよかったよ」

そのときのことを思い出してレッドに謝るリベルテとレッド。


「あれ? レッドさんたちって泳げないんですか?」

そこにタカヒロが口を開いてしまう。

二人はさび付いた金具のようにタカヒロの方に振り向く。

「じゃあ、タカヒロ。泳いでくるか?」

「ええ。ウルクまで遠いですが、タカヒロさんの泳ぎを見せてもらうのはいいかもしれませんね」

左右それぞれに二人の手が置かれ、圧が強かった。

「お、泳げなくてもしかたないですよね。私もそんなに泳げませんしっ!」

なんとなく危険な雰囲気を察したマイが間に入るように立ち上がる。

握った両手をブンブン振る様はかわいらしく、レッドたちの毒気が抜かれる。

二人は肩を竦め、椅子に座りなおす。


「泳ぐことなんてあまりありませんからね。ここいらで泳げる場所なんてありませんし、生活のために欠かせない水場だったりしますから。そんなところで泳いだりなんてしたら……」

「それと剣とか防具を身につけてるからな。漁師たちだって重いものつけて泳いでねぇよ」

それを聞いて、錘をつけて海に落とされるところだったのかな、とタカヒロは助かったことにホッとしていた。

「あの後、その船のやつらに助けてもらったが、剣と防具の手入れが大変だったぜ。余計な出費になったしな」

「元から助ける話ではあったそうですが、やりすぎですからねぇ。結構被害にあってる方が多いようですけど、相手をみないと、ですよ?」

リベルテのウインクにピシッと背筋が伸びるマイとタカヒロ。

あぁ、その漁師たちもただではすまなかったんだろうなぁと思い浮かんだ。


「しかも体べたつくしな。あれは大変だった」

「そうですねぇ。レッドはお湯で体拭いて頭を洗って。その間に私が服を洗って。剣も鞘から抜いて拭いて、防具も拭いて。もう大変でしたね。それでも結局、鞘や溝に残ってた海水で錆びてしまいましたからねぇ」

お互いに大変だったと頷いているが、今だから言えることだろう。

冒険者にとって剣と防具は安くない。

いや、安く仕入れられるものはあるが、そんなものに命を預けてウルクという港町まで旅できるものは居ないだろう。

逆にそれなりにいい値のものであれば、そんなおふざけでダメにされたら大損である。

旅できるほど稼ぎを持っていたとしても、その後の生活を考えれば大出費となるため、笑って済ませられはしない。


だが、そこでその漁師たちをどうにかしようとしても難しい。

海に落ちて命を落としたかもしれないのを助けたわけだし、海の危険を教えてくれたとも言えるし、何より海で鍛えられた男達は体つきがたくましかった。

素手で殴り合えば、冒険者と言えども伸される者が多いだろうほどだった。

領主に訴えたとしても、落とされた者達の証言だけでは認められないし、海と暮らす者たちにすればそんなものを身につけて海に出るほうが悪いという話でしかない。

落とされた冒険者はたまったものではないが、海を体験できたということで済ませる者が多いのである。


もっとも、商会では新人に体験させるようにしているところもある。

いくら上司が勧めたとは言え、相手のことをよく見たり話したりしないで漁師とともに船に乗り、海に落とされるというのは指導のしがいがあるのだ。

相手のことをよく見ていないとか、落とされて怒るようでは商談をまとめられないとか、観察眼と心の落ち着け方の訓練になるし、海に落ちて溺れるるという体験は度胸をつける。

言われて見ればと感銘を受けて、仕事に励むことになるのだが、死ぬかもしれない恐怖を味わったのだからたまったものではない。

そしてそれが巡りめぐって、そのものが上司になったときに新たな新人に体験させるのだから、うまい指導というか連鎖である。


朝から暑かったこの日は、レッドたちも依頼を受けに行く気になれなかった。

なのでこうしてリビングでダラダラと話をしていた。

マイたちにとって、レッドたちから聞く話はとても興味深く楽しかった。

一緒に居させてもらっているが、その相手のことを話してくれるというのは信頼してきてくれているということでもある。

もう他人行儀な感じは見受けられなくなってきていた。

その日の夜はリベルテがスモークサーモンを買えたらしく、マリネが出てきた。

その味はマイたちに好評で、しばらく魚を探して買い物に付いて行くマイの姿が見られるようになる。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます、

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