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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「いや~、時間が遅かったですけど、良いの残っててよかったですね」

満面の笑みを浮かべて花束を持つリベルテ。

「そんなんでいいのか? 花よりもっとこう、残るものの方が良かったんじゃないか? 髪飾りとかブローチとかあんだろ」

依頼をこなして戻ってきた後、手にした報酬を持ってまっすぐに花屋に向かったリベルテに不満たらたらなレッド。

もちろん花束を持つのはごめんだと、代わりに持ったりなどの素振りも見せない。


「いいんですよ。好みが分からないんですから。それにそういったのはこれからマークさんが買ってくれます。それを奪うなんてダメダメです。ありえません」

リベルテは右手の人差し指だけを立てて左右に振りながら、レッドを諭すように言ってくる。

レッドはそれを見てため息をつくだけである。

「ん~、戻ってくる途中にサンセットスワローが低く飛んでたのは見間違いじゃなかったか。雲が厚くなってきたし、もうだいぶ暗い」

月明かりと店や家の明かりがあればもう少し明るいのだが、月明かりを通さない厚い雲によって、まだ人の賑わいがあるとはいえ素直に寝たほうがよさそうな暗さになっていた。

「そうですね。空気も湿っぽい? 気がしてきましたし」

リベルテはまだ大丈夫かもと思っていたが、すぐに雨粒が地面に点を作り始めていた。

マークが居るのかわからないが、雨にずぶぬれになる前にと、朝に会った酒場に向かって走り出した。


宿に向かった方がよかったのではないかと思うくらいに雨がはっきりと当たるようになってきた中で、レッドが突然止まる。

レッドを使って少しでも雨を防いでいたリベルテは、突然の停止にどうすることもできず、レッドの背中に顔をぶつける。

「なんでこんなところで止まるんですか!?」

レッドはリベルテの抗議には反応せず、耳を済ませて周囲を伺いだす。


「金属同士がぶつかるような音がしなかったか?」

「こんな雨の中、街中で?」

リベルテも耳を澄ますが、そんな音は聞こえない。

その代わり、何かが倒れる音がした。

レッドは一目散に駆け出し、置いていかれたリベルテも残っていても仕方が無いため、追いかける。

レッドの全力疾走に離されることしばらく、ふいに金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。

リベルテは速度を上げ、やっと追いつくと、そこには剣を構えたレッドの姿があった。

そしてその先に見えたのは包帯で顔を巻いている、人だった。


全身に包帯を巻き、ボロボロなマントを羽織ってる姿は、昨今の噂の相手に思われた。

レッドに加勢しようとリベルテが剣を抜き近づこうと動くと、包帯の相手は身を翻し、姿をくらませた。

リベルテはレッドの側に寄り、何があったか聞こうとするが、レッドはリベルテを避けて屈みこむ。

視線をそこに移すと、マークと女性が倒れていた。

レッドが言っていた金属同士がぶつかる音は、マークが先ほどの相手と戦っていた音だったのだ。

そして女性が朝、マークが身請けすると言っていた女性だったのだろう。若い女性だった。

マークは彼女を守りながら戦い、彼女をかばって貫かれたようであった。しかし、悲しいことに、マークを貫いた剣はそのまま女性をも貫いたのだろう。


朝から今へ。

あまりの落差の惨状に口元を押さえるリベルテ。

走ったため花がだいぶ散っていた花束であったが、リベルテの手から離れ、雨に潰され見る影も無くなっていた。

レッドは言葉を発さず、マークごと女性を持ち上げる。

かなりの重さになるため、女性の方だけでもリベルテが請け負おうとするが、レッドはそれを拒み、ふらつきながらも歩いていく。

その姿はとても悲しげであり、今も泣いているようであった。


マークのチームは知っていた。

マークに憧れていたし、マークと話すようになってから、チームメンバーと会ったこともあるからだ。

マークのチームの下を訪れ、マークと相手の女性の遺体を彼らに渡す。

「マーク!」

チームメンバーがマークの遺体に駆け寄る。

マークのチームは五人編成で、マークを含め男性三人、女性二人という構成だった。


「何があった、レッド! 答えろ!」

その中の男性の一人が、レッドの胸倉を掴みながら、何があったのか問いかける。

レッドは、レッドが見た限りのことを伝えるしかできない。

女性二人はマークの死にただ涙し、男性二人はその包帯の相手に殺意をたぎらせていた。

「マークを連れてきてくれて、ありがとう……。後は私たちだけでやるよ」

サブリーダーだったのであろう男がレッドたちに礼を言う。

この後の葬儀などを含めた言葉であろうが、復讐も自分たちがすることも含んでいるのがわかる。


「先に剣を交えてきたのは俺ですから」

レッドは他に言葉はなく、それだけを言って深々と礼をしてすぐ踵を返す。

リベルテも礼をしてから、レッドの後を追いかけていく。

「君みたいな若い男が、血を流すことをあいつは望んでないよ……」

マークの古くからの友人であったチームの一人がポツリと零した言葉は、二人の背中に届くことはなく、雨に流れていった。


翌日、マークの葬儀が行われ、人々が涙し、献花に訪れる。

葬儀を遠くから眺めるだけにしていたレッドは、葬儀を見送った後、リベルテとともに包帯の相手について情報集めに動き、可能性があったのは一人に絞られらた。

包帯をまいて生活をしている人が多いわけではないが、娼妓館の女性を狙い続ける理由を持っていそうなのが一人だけ居たのだ。


その相手はガロッシュという、同じく元冒険者の男だった。

あるとき、チームで受けた依頼でこれまでに無い金額を得たガロッシュは、仲間を伴って初めて娼妓館を訪れ、そこで一人の妓女に惚れこみ、依頼で稼いだ報酬をほとんどつぎ込む様になってしまう。

ただ、その女性は、お金のために自分から働くことを選んだ女性であった。

商会の会頭や王国の兵士長や内政官などの高給取りを狙っていて、一冒険者でしかない高給に縁が薄いガロッシュは相手にする気がなかったのである。


しかし、彼女を振り向かせるには華々しい名声があればよいと考えたガロッシュは、より高額の討伐依頼をチームに断りも無く受けてしまう。

チームの面々はそんな凶悪な相手と知らず、一人があっという間にやられてしまった後、他のメンバーはパニックになりながら逃げ出してしまう。

一人残ったガロッシュであったが、何も出来ず、そのモンスターの攻撃を受けて気を失ってしまう。

痛みで目を開けたガロッシュは、生きてはいたが人前に出るには憚られる状態となっていた。

全身に包帯をしてなんとか街に戻ったガロッシュは、たどり着いたギルドの裏手で先に逃げていたメンバーが、ガロッシュのことを金のために仲間を売ったとギルドに報告していることを知ってしまう。

すでに依頼内容と結果から彼らの言が広まっており、戻る場所も失ってしまったのだ。

なんとか彼女だけには会いたいと娼妓館へ向かうが、包帯をした素性の知れない相手など通してもらえるわけが無く、日々路上で震えながら張り込むことで道すがら声をかけることが出来た。

が、どんなに話をしても、もはや容姿は見る影も無く、冒険者としての職すら失った客にもならない者を相手にするわけがない。

自身の思い込みによる行動が原因であるのだが、彼女に相手にもされなくなったガロッシュは、彼女が全ての元凶と斬り殺してしまったのが始まりであった。

それからは弱者を殺すことに味を占めたのか、娼妓で働く女性で自身を相手にしない者が元凶の女性と錯覚し続けているのか不明だが、凶行を続けているのである。


「レッド……」

「ここから俺ひとりでいい。頼む……」

レッドはただひとりで夜道に消える。


そして、娼妓館に話をつけて、決行することになったのが今夜。

これからガロッシュに目をつけられた女性が一人、夜道を歩く。

自ら働くことを選択した女性は、娼妓館に住まうことはない。

自身の家か娼妓館の関係者が経営している宿に帰るのだ。

これまで殺された女性は皆、そういった女性だった。

マークと一緒にいた女性はマークが身請けしたため、これから初めてマークの家に向かうはずだった。

ただ、マークが一緒とはいえ、夜に娼妓館から別の場所に向かって歩いていたという、それだけが狙われた原因だったのだ。


娼妓で働いていた女性に包帯を巻いた男が話しかけようとするが、突然後ろを振り返って剣を横向きにして上に構える。

一拍あってギィンと金属音が響く。

包帯男の後方から猛然と奇襲を掛けたのはレッドであった。

包帯男も元は冒険者。不意に反応できる程度には戦ってきた男だった。

標的の女性はすでに逃げ去っていたが、自分に剣を向けて斬りかかってきた相手を放置できる者など居ない。


レッドに向かって剣を構え、今度はガロッシュから斬りかかる。

レッドはその全てを正面から打ち合って止める。避けるでもなく、正面から打ちのめすつもりでいたのだ。

久しく正面から戦うということをしていないガロッシュは、攻撃が受け止められるということに苛立ち始め、どんどん威力重視の大振りになっていく。

響く金属音が重く鈍い音になること数度、下から切り上げたガロッシュの剣戟にレッドの剣が宙を舞う。

これで勝ったと笑うように顔を引きつらせたガロッシュの顔にレッドの拳がめり込む。

ガロッシュの剣戟で飛ばされたのではなく、レッドがその瞬間に剣から手を離し、殴る体勢に入っていたのだ。

拳は一発で止まらない。

殴られて倒れるたガロッシュに馬乗りになり、レッドの拳が右から左からと殴り続ける。

もうガロッシュの反応は無くなっているが、それでもレッドは止まらなかった。


殴るレッドの腕も疲れて弱くなってきたところで、レッドをふわっと抱いて止める存在がいた。

リベルテである。

「もう、終わりました。終わったんです。……もういいんです。泣いていいんですよ……」

マークが死に、その遺体を彼のチームの下へ運んだときも、レッドは泣いていなかった。

憧れていた男が好いた女性と一緒になると言ったその日にすべてなくしてしまった。自分勝手な男の思い込みと言える妄執のために。

レッドはリベルテの身体に手を回し、そこで声を上げて泣いた。

理不尽への怒りから、やっと大切なものを亡くしてしまった悲しみに変わったのだ。


一連の娼妓館で働く女性が殺害される事件は終わったが、ただ犯人を殺しました、そうですかでは終わらない。

犯罪者相手とはいえ、国やギルドが手配した相手ではない。あの時点ではガロッシュはまだ下手人と疑う相手でしかなかった。

そのため、ガロッシュを殺したということで、レッドは牢に入っていた。

だが、娼妓館へ前もって話をしていたことと、マークのチームも犯人を追って動いていたこともあり、此度の事件はガロッシュの犯行であると即日認められたため、1日の拘留で済んだのである。


釈放されたレッドの前にリベルテが待っていた。

「おかえりなさい」

「どこか旅に行きたいな……」

感情の波を一気に動かしたレッドは、今では虚しさだけが残っているようで、こぼれた言葉はどこかへ逃げたいという思いを含んでいた。

「この王都から離れたいなんて珍しいですね。でも、たまには違う景色見に行ってみます? どこに行くか検討しないとですね」

レッドの手を引いて酒場に向かう。

旅をする者は酒場でその土地の味を楽しむ。だから、酒場に行けばきっと、どこか行ったことのある場所の話が聞ける。

離れた場所の景色を想像しながら、二人は人混みにまぎれていった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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