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メレーナ村で一泊した後、モレクの町へ向かうレッドたち。
メレーナ村で一泊したことで元気を取り戻したようなマイとタカヒロであったが、やはりその日の野営でその元気はすぐに失われていた。
「柔らかいベッドで寝たい……」
「腰が、肩が、首が痛い」
と事あるごとに言い出す始末で、旅に慣れているだけで決して自分たちも楽ではないレッドたちもうんざりしてくる。
「愚痴愚痴言うな。こっちも辛くはあるんだ。だいたい、場を暗くするようなことばかり言うやつは、チーム組まないか王都や町から出るなって冒険者の鉄則しらんのか?」
「そんな鉄則聞いてません~。もう私、帰ったら王都からでない~」
マイは駄々をこねるようにジタバタするのでレッドはイラッとするも、深く息を吸って吐くを繰り返して気持ちを落ち着けようとする。
「マイさん。鉄則というのは言いすぎですが、皆の気持ちを落とすようなことばかり言う人は、周りから嫌われます。無闇に明るい人も困ったものですけどね」
「それは……わかりますけど~。でも辛いのは辛いんです~。もっと楽にできないんですか?」
「例えば、どんな風にですか?」
リベルテがどう改善したいのか確認を投げると、マイは堰を切ったかのように喋り始める。
「まずこの馬車! がたがた揺れるし、座るところも柔らかくないから振動で痛いし、長く座りっぱなしでも痛いんです。もっと揺れなくするとか、クッションとか買いましょうよ! それからご飯。日持ちするものって言うのはわかりますけど、同じものばかりじゃないですか。飽きました。もっと違うもの食べたいです。美味しいもの食べたいです。それからそれから寝るのもなんとかしましょうよ! 地面にそのまま寝るとかおかしくないですか!? 地面は硬いし、毛布だけって。ベッド……は無理なのわかりますけど、荷馬車のところに布団敷けばいいじゃないですか。それかマットを敷きましょうよ。それだけで全然違いますから。それからお風呂! 町とかに着かなきゃ水場がないっていいますけど、タカヒロ君がいるから水だしてもらえるんじゃないですか? まぁ、お風呂は無理でしょうけど、体を拭くのと髪を洗うのくらい毎日したい! リベルテさんだって同じ女性なんだからわかるでしょう!? もうやだ~」
堰を切ったように不満を一気にまくしたてるマイ。
王都を出てから6日目である。
3日目ではメレーナ村に着いて一泊しているのだが、すでにマイはここまで不満を溜めていた。
レッドたちにしても多少の慣れと諦めと我慢によって何も言わないだけのだが、マイにとっては辛い以外の何ものでもなかった。
これは別にマイが特別におかしいわけではない。
遠出に伴う準備、そして道中に宿泊施設などない。
そのため、必然的に野営になるということから、王都や町から遠出をしない、遠出となる依頼は受けない冒険者はそれなりにいるのだ。
ただ、マイはそれら冒険者よりも我慢が出来なかったとうだけである。
「そこまで不満溜めてたか……。だけど、あのまま王都に居るのも危ないかもしれんのはわかるだろ? というか、馬車を揺れないようにって言うがどうするんだ? これは商会から借りてる馬車だしからな。壊したら大変なんだぞ?」
レッドとしても揺れない馬車があるなら是非お目にかかりたいし、あるのであればそんな馬車にしたいくらいだ。
商会から借りている、マイからの不満が酷いこの馬車も、これでも改良はされてきているものである。
といっても、よく外れる車輪や折れる軸を補強したというところなので、乗り心地についてではないのであるが……。
乗り心地については、王族や貴族などが乗るものは多少工夫はされているくらいが現状である。
残念ながら商会の馬車であるので、荷物を運ぶために車輪や軸の補強は優先して改良され、乗り心地についてはそこまで手をかけてはいない。
商人は自分が我慢してでも儲けが出せるかに意識を向けるものだ。
乗り心地の改善は望ましいが、そこにかける費用が安く済まないというのも大きな理由かもしれない。
「体を拭いたり、髪を洗いたいというのはとてもわかるのですが、こういう旅では水というのは貴重なんですよ? タカヒロさんが魔法を使えて水を出せるからといっても、いつもそうできるとは限らないのですから。それにそもそもこれ見よがしに使わない方が良いと話し合いましたよね?」
リベルテとて体を綺麗にしたいという欲求は、当然持っている。
だが、水が無くなったらどうなるかわかっているため、我慢できるだけである。
そして、マイやタカヒロが持つ過ぎた力は、人目に晒せば、善い者も悪い者も引きつけ、自身も周りも巻き込んで大変なことになるということを話し合ってきていた。
だというのに、体を綺麗にするためということであっさりと言葉を翻すわけにはいかない。
懇切丁寧に伝えてわかってもらえていたと思っていたが、力を使えばいいとあっさりと言われてしまえば、語気が強くなってしまうのも仕方が無いだろう。
「飯のこともわからなくはないが、他に旅に持ち運べるものなんて限られてるんだからなぁ。そのためだけにあっちこち高い金払ってというのも馬鹿らしいし。3日かそこいら我慢すれば村や町につけるんだから、そこは我慢してくれ。それにあいつを見ろ。文句も言わんぞ」
3日かそこいらで村や町につけるため、そこで売っている野菜や果物は買えるには買えるが、生肉や作ってもらった料理を2日後とかに食べる気にはならないだろう。
基本的に旅の食事は、塩漬けにされていた干し肉や固いパンなど乾燥ものであり、これをそのまま食べるか、火を熾してスープにしたり、それに漬けて食べるのだ。
このほかに野菜や果物があればそのまま食べるくらいで、お金が潤沢にあるものはこれにシュルバーン産の砂糖で作られたキャンディーを舐めたりするだけである。
もっともこの暑い時期では、袋に仕舞いこんでいたキャンディーが溶けて袋に張り付き、涙に暮れるという話があったりなかったりしている。
ちなみに、レッドに指差されたタカヒロであるが、体のあちこちが痛いのと抜けない疲れによって何も言う気力がないだけである。
そんなタカヒロを見て、マイの表情が抜けていく。
「ほれ、またあと少しでモレクだ。それまで耐えてくれ」
マイの背中を押しやり、改めて馬車を進めていく。
もとより少し早めに進めている旅路であったため、そんなやり取りから日が暮れ始めたあたりでモレクの町に着く事ができた。
「やっと着いた~」
先ほど不満を大いにぶちまけたマイが万感の思いをこめて叫んだ言葉にレッドたちも、町の門番たちからも苦笑がこぼれる。
門番といっても王都や各貴族領のように荷物検査や身分確認などはしていない。
門のところで、モンスターや賊の警戒にあたっているのである。
門番に冒険者の証を提示して町の中に入る。
メレーナ村より人が多く、日が暮れてきているので片づけを始めているが、店があちこちにあった。
「リベルテ。町長への受け渡しは明日の手続きしてくるから、宿頼む。さすがにマイたちはさっさと押し込んだほうがよさそうだ」
苦笑交じりに言うレッドに、リベルテも苦笑で返す。
タカヒロとマイの二人はもう、お風呂に入りたい、美味しいものが食べたい、早く休みたいという欲求が目に見えるようだった。
リベルテが手配した宿は残念ながらお風呂は無いが、お湯をもらえるところであった。
その分、ちょっと値がはるが、何も無いよりはマシと早速とお湯をもらい、部屋に持ち運ぶマイ。
なんだかんだとリベルテも自分の分をもってマイについて部屋に行っている。
タカヒロはベッドで溶けたように横になっている。
「寝るなよ。メシ食ってないんだから。メシ抜きでいいなら構わんが、文句は言うなよ」
「う、うぃ~」
さすがにこのまま寝てしまって夜遅くに目を覚ましたら最悪である。
竈の火は落とされているし、宿の人たちも皆寝静まっているわけだから、どこにも食べるものがなくなる。
空腹のまま朝まで待たなくてはいけなくなるのだ。
それがわかっているタカヒロは、疲れた体からなんとか声を出し、眠らないように注意するだけだった。
「お風呂が無いのは残念だったけど、すっきりした~」
汗をかいた体をお湯につけた布で拭いてすっきりした顔のマイたちが食堂に下りてきたのは、それから2時間は過ぎたあとだった。
辺りはすっかり暗くなっており、あちこちで酒盛りが始まっている。
「お腹すいた~」
タカヒロはあの後、眠りかけてはレッドに起こしてもらうことを繰り返していた。
今も食堂まで引っ張るように連れてきてもらい、空腹もあって席から動くのも無理そうであった。
「ここだと何がいいんですかね?」
「前に来たときは依頼で寄っただけでしたから諦めましたが、ぜひともアレを食べましょう」
「そういうと思って頼んでおいた。アレは時間かかるらしいからな」
リベルテの要望を見事に先読みしていたレッドがニヤリと笑みを浮かべると、リベルテがさすがとばかりに喜びの声を上げる。
何が来るのかわかっていないマイはレッドとリベルテを交互に見やり、タカヒロはもう食べ物が来るまで無反応そうだった。
「は~い、お待たせ。当店自慢のトートピザだよ。熱いから気をつけてね」
給仕をこなしていた女性が持って来てくれた料理に皆の目が集中する。
「ピザ? ピザがあるの!?」
「知ってたのか。材料自体はそんな大層なもんを使ってるわけじゃないらしいんだが、俺はこれを食ったことあるやつからずっと聞かされてな。今日が初なんだよな」
マイのなぜか驚いたような反応に、食べたことがある人の自慢をよく聞かされていたレッドが、実際の料理をしげしげと見つめていた。
「大層なもん使ってないとか言ってくれちゃうねぇ。まぁ、それでも美味しさは間違いないから。あ、お代わりは早めにね。作るのに時間かかるから」
給仕の女性は自信満々にアピールして去っていく。
それを皮切りに皆一斉に手を伸ばして食べ始める。
焼きたてのパン生地サクッと音をたて、上に載っていた薄切りの干し肉、トート、そしてちりばめられてランスコーンの実とそれらの上に載っているチーズが塩気と甘みと酸味をまとめている。
気づけばレッドたちは黙々と咀嚼して次へと手を伸ばし、残りが少なくなってきたことに気づいたリベルテがそっと追加で2つ依頼していた。
あっという間に1皿目が無くなり、次をそわそわして待つマイたちは気を紛らわせるために話をはじめる。
もちろん話題はピザについて。
「これ、王都で見てないんですけど、なんでですかね?」
「まずここがファルケン伯爵領に近く、王都でも農業地域っていうのがあるんだ。まず王都に出回る小麦のほとんどはここいらで作られるから、パン作りが盛んてのが大きい。そして何より、このトートのせいで王都にまだ出せないらしい」
レッドが腕を組みながら聞きかじった情報を述べていく。
「チーズとかじゃないんですか?」
マイとしては王都でもサラダとかに入ってるトートを見たことがあるため、レッドの言葉を信じていなく、トートよりチーズの製作量が少ないせいじゃないかと口にする。
「はいよ。追加お待ち~」
湯気が立ち上り、まだチーズもふつふつと言っているピザをレッドたちの席の真ん中にドンッと置かれる。
これ幸いと、先の話の答えを確認するため、王都に出回っていない理由を給仕の女性に質問する。
「この料理が王都に出回ってこないのは何故なんですか?」
「あ~、それねぇ。ある商会とは商談もすんでるんだけど、美味くできないらしいのよ。ま、原因はわかってるんだけどね」
「トートだよな?」
「チーズですよね?」
左右からレッドとマイが同時に原因と思われる食材を上げる。
女性は驚いた後、笑いながらレッドを見る。
「そう、実はトートなのさ」
マイが目を見開いてレッドを見ると、レッドが勝ち誇った顔をする。
「なんでですか!?」
女性に詰め寄ると、女性はちょっと待っててと一旦厨房に行き、しばらくしてから戻ってきた。
そしてマイにトートを差し出す。
「こいつを食べてみなよ?」
よく分からないまま差し出されたトートを食べる。
瑞々しいトートの汁が口に広がる。
甘みもあるが、酸っぱさの方がやや強い、食べたことのあるトートだった。
「じゃ、次はこっちだ」
同じトートを差し出され、首をかしげながらトートをかじる。
先ほどのより汁気が少なく、実がしっかりとしていた。
先ほどより甘みは少ないが、酸っぱさは少し上だった。
「だいぶ違いますね……」
「普通のトートじゃ水気が強すぎて、上に載せたチーズや肉の味が薄まるんだ。それに水気が多いから、食べてる時に上の具材がこぼれやすい。だけど、こっちのトートだと水気が少し少ないから、チーズや肉の味を損なわないし、トート自体も味がしっかりしてる。だから、一緒に食べてて美味いのさ」
ほえ~と感心するマイであるが、そこにリベルテも質問に加わってくる。
「そのトートが王都の方に無いということですよね? そんなに希少なんですか?」
「まだ、作ってるところが少ないから量が出回ってないんだ。そもそもこのトートを作ったのは、ファルケン伯爵様なんだよ。あの方はこの辺りをもっと豊かにしようってあれこれ手を打ってくださる、いい領主様だよ、本当」
王都から西は肥沃な大地が広がっており、王国中の食事を担う大農地帯となっている。
従ってこの周辺を任された貴族というのは、いかに災害や天候に対応するかだけを考える。
それさえなければ多くの作物がとれ、それを王都に納税しても十分すぎる利益が残るからである。
だが、ファルケン伯爵はそこからさらに豊かにしようと作物の改良を始めたのである。
先のトートもそうであるが、より甘みが強くなるように、実を大きくつけるように、災害に強いようにと一朝一夕で出来ないものを始めたのだ。
当初は貴族のお遊びと言われていたが、徐々にファルケン伯爵が尽力してきた成果が出はじめ、商会たちがこぞって挨拶に来るようになってきている。
お腹いっぱいに食べたレッドたちは席でまったりとしていた。
「こんなおいしいのもっと出回ればいいのになぁ」
「それは俺もそうなって欲しいが、運ぶ日数とかもあるし、簡単じゃねぇよなぁ。さっきのトートみたいなやつがあっちこっちでも作れるようになればいいんだが」
まだオルグラント王国をはじめ、この大陸では自生していた野菜の種を畑に蒔いて育てたもので、ファルケン伯爵のように品種改良を試みるものは少ない。
「そりゃあ、扱い慣れてる食材と違えば、料理するのも難しいでしょうけどさぁ……」
呟いたタカヒロの言葉は、『神の玩具』がこれまでも多く存在してきたはずなのに、あちらの世界の料理が思ったほど流行っていないことに対して出た言葉だった。
だが、近くにいたレッドは、王都に出回らないピザに対してだと思った。
「ま、こういうのを食いに旅するのもいいだろ?」
美味しい食べ物には惹かれるが、やはり相応の旅の道具がなければ、王都から出たくないなと思うタカヒロたちであった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。