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多くの冒険者が正体不明の集団に襲われて数日が経っていた。
王都に混乱はなく、いつもの日常に戻っていたが、冒険者達には混乱が残っていた。
正体不明の集団に襲われ、数名の冒険者が命を奪われており、逃げ延びた者でも大きな怪我を負った者が多かったのだ。
撃退や討伐できた者達もいないではなかったが、怪我した者が多ければいつもの通りに仕事が捌けていくわけがない。
怪我の療養で動けない者、正体不明の集団がなんだったのか、また襲われることがないのかがわかるまで控える者が出てくるわけで、仕事の受け手が少なくなっていた。
「なんというか、ここまで依頼が大量に貼ってあるのは、珍しいよな……」
レッドが依頼板に大量に貼り残っているのを見て、思わず声をこぼす。
「先の襲撃があって間もないですから、多くの人がまた襲われるかもと様子見しているのだと思います。よほど腕に自信がないと、討伐や採取、他の村や町への配送の依頼は受けれませんからねぇ」
「私達も様子見した方がいいんじゃないですか? また襲われるかもしれませんし」
レッドとリベルテが大量に残っている依頼の中からあれがいい、これがいいと選んでいるのを見て、たまらずマイが声をかける。
「襲われた冒険者の数から考えれば、それなりの人数だと思うんだが、全部が全部上手く襲撃できたわけじゃない。返り討ちに遭ったのだって多いんだ。やつらだって全滅するまで襲ってくるってことはないだろうさ。逆にしばらくの間の方が安全だってことだ」
どういった目的だったのかはわかっていないが、広く襲ってきたということは、それだけ人数を連れてきたということである。
しかし、国境沿いには砦や関所が設けられているので、そんな大人数がばれずに進入できるとは考えにくい。
なので、十数人規模が最大数と予想できる。
そこからレッドたちが倒した3人、他の冒険者たちが返り討ち、または傷を負わせたという話から両手で数えるほどになっているのがわかる。
そして、目的がわからないまま、広く襲撃してきた者たちが、まとまって一箇所を襲うというのは無意味に思われる。
そうするのであれば、最初から全員揃っている時にやったほうが、人数が減ってからやるより上手くいきやすいはずなのだ。
「それで、なんの依頼にするんですか? 討伐は……しばらくいいっす」
これまでであれば、冒険者といえば討伐の依頼だと溢しているはずのタカヒロが、しばらくそういうのはいいと言い出す。
マイはレッドが来なければ危なかったかもしれないし、タカヒロにしても危うく殺されるところで力を使ってなんとかなったくらいである。
しかも、倒すことを優先したため、相手の死体は直視できず、タカヒロたちは目を背けていたくらいであった。
であれば、モンスター相手とは言え、しばらくは避けたいと思っても仕方がなかった。
だが、いつもと違う反応にいたずら心がうずいたレッドがおもむろに討伐の依頼に手を伸ばす。
「それを選ぶなんてとんでもないっ!」
レッドの手の動きを見ていたタカヒロが慌ててレッドの手を掴んで下ろす。
普段においてはなかなか真剣さを見せないタカヒロの素早い動きにレッドは笑ってしまう。
つられてリベルテも声を殺して笑っていた。
「なんですか~!? もう、早くちゃんと選んでくださいよ。じゃなきゃ、休みましょう。周りに合わせるのも大事ですから」
「だいぶ本音が漏れてるな。だが、仕事だ。金がないからな」
「いつも思うんですけど、言うほど切羽詰った生活してませんよね? なんでそんなにお金必要なんですか?」
マイがレッドを真正面から見て疑問をぶつけるが、レッドはそっと顔を背ける。
背けた方にマイが移動すれば、レッドがまた別の方に顔を背ける。
ちょっと楽しくなってきたのか、マイはレッドの向きを追うのを止めない。
「だーっ! これ! 配送行くぞ。まとめて受けちまって、ファルケン伯爵領のハーバランドまで行くぞ。メレーナ村とモレクの町も寄る。おまえらもたまには帰りたいだろ?」
「これはまた王都を長く空けますけど、いいんですか?」
「たまには、な。それに今の王都はなんか怪しいからな……」
早速とレッドとリベルテが長旅の打ち合わせをしているが、マイとタカヒロは少し戸惑っていた。
たまにメレーナ村に帰りたいだろと言われても、二人にとっての故郷というわけでも実家というわけでもないため、帰るという言葉にどうなんだっけ? と考えてしまっていたのだ。
「ほれ。長旅の準備始めろよ。往復で20日を越えるからな。途中、村とか街に寄るっても、そんなに長居はできないからほとんど野営になるぞ」
いくらかの不安はあるものの、暑くなってきた時期の野営と聞いて、マイは少しだけ楽しそうに思えてきたらしい。
「キャンプだ! 準備しなきゃ」
「前にも野営しただろうに。なんでそんなに楽しげなんだ?」
マイに引っ張られながら準備に走り出す二人に、レッドは首をかしげながら依頼の手続きを行っていた。
以前に受けたことのある荷馬車より少し大きめの馬車2台にそれぞれ乗り、まずはメレーナ村へと進んでいく。
それぞれ親しく連携しやすい相手と組むことも考えたのだが、如何せん、マイとタカヒロは遠出の配送の経験不足から男性女性で分かれて乗っている。
メレーナ村までの道中は、王都から近く、周囲も畑が多いために見晴らしがよいので何事もなく進んでいく。
すでに野営を2日ほどしていて、初日は楽しげにしていたマイとタカヒロであったが、翌日からは嫌そうな顔になっていた。
ベッドに慣れ親しんでいるため、地面に毛布に包まって横になるのは、よく寝れず、疲れも抜けないらしい。
レッドたちも楽しいわけではないが、道の途中であれば泊まるところなどないし、そういうものだと慣れているだけである。
「キャンプだと思って楽しかったけど、1日だけでいいね……」
「うん。早く家に帰るか宿で寝たい……」
楽しげに出てすぐにこの状態になっていたため、レッドとしては呆れるだけであった。
「着いたー!!」
早くも長旅をしたかのような思いをこめて叫ぶマイ。
「王都に来たときと同じ道のりだったろうに。何でそんなになってんだ?」
首をかしげるレッドであるが、リベルテはなんとなくわかっていた。
タカヒロについてはマイに賛同、大きく伸びをして、目は村唯一の宿屋に向いている。
「はしゃぐなよ。さっさと村長のところに行って品を納めるぞ。それから今日はこの村に泊まるんだから、それからにしとけ」
「は~い!」
先ほどまでと変わってとても元気になっていることに、レッドは苦笑せずにはいられなかった。
「はい。配送の依頼はこれで問題ないですね」
「ええ。ありがとうございます。そういえば、みなさんは前にこの村にこられた方々ですな? それとマイもいるのか。是非、村でゆっくりとしていってくだされ」
村長はきっちりと客になる人は覚えているらしく、ゆっくりしていってと言ってる目は村唯一の宿屋をちらちらと視線で促してくる。
「ええ。今日はこちらで一泊していく予定ですので。それでは」
リベルテが村長への受け渡し確認を行っている間に、宿の手配を済ませていたレッドが戻ってくる。
「こちらは終わりましたよ。それで……お二人は?」
「タカヒロは早速とった宿から出てこないので放っておく事にした。マイはフィリスに会いに行ってる」
「私もフィリスちゃんに会いに行ってもいいですか?」
「許可がいるもんでもないだろうに。好きに行ってこいよ」
手をひらひらさせてリベルテを送り、レッドは足を返して宿に戻る。
リベルテが早足で、以前マイが住んでいた家に向かう。
フィリスの家を知らなかったことと、マイなら最初にここに来ているのではないかと考えたためだ。
しかし、家の戸を叩くが返事もなく、誰かが居るような気配もなかった。
「あら? 当てがはずれちゃった。勘が鈍ってるかも」
念のためと家の裏手に回ってみるが、やはりだれも居ない。
どうしようかと辺りを見回していたリベルテだったが、ふと裏口辺りに目を留めた。
裏口周辺の草が踏み均されていたのだ。
フィリスやその親が家の様子を確認しに来ていたのであれば、鍵をもっているので正面玄関から出入りするはずであり、裏口周辺を歩き回る必要はない。
そして、踏み均された跡からそれなりの人数が来ていたのだろうことが見て取れた。
リベルテは深呼吸をした後、ゆっくりとした足取りで道を戻り、その途中でフィリスと一緒に先の家に向かおうとしているマイを見つけた。
「あ、リベルテさん。家の方に行ってたんですか? 私たちもこれから向かうんですけど、一緒に行きますか?」
「マイさん。レッドたちがもう宿を4人分で取ってしまったので、宿に泊まってください。お金もったいないので」
「ええ~? 家に泊まれば安上がりだったんだよ? フィリスちゃんのお父さんとお母さんにお願いしてきたとこだったのにぃ」
「タカヒロさんはすでに宿で休んでるとのことでしたので、手配したのはタカヒロさんかもしれませんね」
「一言文句言ってやる!」
そういうや否やマイは宿の方に向かって走って行ってしまう。
残されたフィリスにリベルテはしゃがんで目を合わせる。
「せっかくマイさんと居たのにごめんなさいね。夜は一緒にご飯食べましょうか? ご両親も誘ってあげてください。お詫びですから」
「え? いいの? やったぁ!」
その場で軽く飛び回る元気さに微笑ましくなってくる。
宿で出されている料理もこの村で手に入る物であるため、そこまで大層な料理というわけではないが、料理の腕に覚えがある人が作った物というのは特別感があるものだ。
フィリスもお母さんのご飯の方が好きではあるが、お金を払って食べるという贅沢さに興奮していた。
そんなフィリスにそっと肩に手を置き、顔を近づける。
「フィリスちゃん。最近、この村でいつもと違うことなかった?」
何か違うことがあったかなと目を上に向けて思い出すようにう~んと唸るフィリスであったが、何か思い出したのかパッと表情が明るくなる。
「お母さんたちに言っても、気のせいだって言われたんだけど。マイおねえちゃんが住んでた家の近くでだれか居たような気がしたの。何回かそういうことあったんだけど、だれもあの家の方に行ってないって……」
目線が違ったりすることもあって、子供の方がそういう気配に気づきやすいことがある。
フィリスも誰かがいたということに気づいたのだろうが、周りが取り合ってくれなかったため、語尾が小さくなっていく。
「見間違いじゃないもん……」
リベルテに言っていて、だれも信じてくれなかったことを思い出して悲しげな表情になっていくフィリスをリベルテは抱きしめた。
「フィリスちゃん。私は信じるよ。私も誰か居たんじゃないかって思ってたとこだったの」
「ほんと!?」
「ええ、本当よ。でも、みんなが気づいてないことにフィリスちゃんだけ気づいちゃったというのは、危ないことなの。だから、しばらくは私と秘密にしましょう。内緒ね」
パチッと片目を瞑り微笑むリベルテに、ほぁ~と奇妙な声を上げてブンブンと首を元気よく振るフィリス。あまりの振りっぷりにリベルテは心配になってしまう。
だれかと内緒の約束というのは子どもにとって、対等であるということ。
そして信用してもらえているということであり、フィリスにとってうれしいことだったのだ。
フィリスと手を繋いでフィリスを家まで送り、村の宿へと戻ったときには、元々ついたころには昼を過ぎていたが、今は夕暮れを迎えていた。
リベルテはじっとマイが借りていた家の方角を見た後、宿の中へ入る。
この後はフィリスの家族が来て、楽しく夕食をつつく予定である。
どこか懐かしくなるようなご飯の匂いが宿屋からただよってきていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。