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レッドが毒煙を吸ってしまったことで手足に痺れがでてしまい、療養のために家から出れなくなって数日。
すでにマイの力で治っているのに、未だに外に出られずにいた。
「なんだって、まだ聖国のやつらがいるんだ!」
のんびりと家に篭っていることにすでに飽きがきているレッドは、イライラを抑えられずにいた。
皆が稼ぎに行っている中、出来るのに何もしないというのは体裁が悪いのもあった。
タカヒロにしたらのんびりしていられるのでうらやましいと思っているのだが、空気を読んで言わずにいる。
もっとも休もうと思って休むのと、動きたいのに休むのでは気持ちのありようが違いすぎた。
「国の警ら隊の治療に来ているとの事でしたが、国が呼んだにしては事件の日から来るのが早すぎますね」
リベルテも腕を組みながら、今回の聖国の動きの早さにいぶかしんでいた。
「他の国に気軽に行ったり来たりできないのに、聖国は動けるんですか?」
タカヒロがのんびりとした口調で思っていた疑問を口にする。
「そうだな。聖国は聖女サーラが建国した国でな。癒しの力を使える国だ。だから他の国もこの国に対しては入ってくるな、とは言いにくいんだ。治してもらえなくなるからな」
治療できる人、してくれる人に対して、こっちにくるなという人はあまりいないだろう。
そんなことをしてしまえば、自分たちが治してもらえなくなるだろうし、なにより他者からいい目で見られなくなる。
戦う気が無く、むしろ治療をしてくれる者たちを追い返すのは、攻められる口実にされかねない。
戦う気である帝国のような国であれば別であるが……。
それに人を追い返しておきながらでは、飢饉などで食料を融通して欲しいときに話を聞いてもらうことは難しくなるだろう。
話を聞いてもらえたとしても、より足元を見られることになるのは間違いない。
なお、治療してもらえるということがあるのだから聖国に対して、各国はかなり気を使っている。
怪我や病を治してもらえなくなるとなったら、国に住まう人々がどう思うかはすぐわかるだろう。
さすがに国を治める者として首を抑えられているような状態になるため、各国は独自で傷薬の改良や開発に力を入れていたりする。
「その……私は大丈夫なんでしょうか?」
恐る恐るという感じで話すのはマイであった。
彼女は『神の玩具』であり、話に出てくる聖女と同じように強い癒しの力を持っていた。
レッドの毒煙による手足の痺れを治したのは、彼女の力である。
「あいつらの前で力を使ったなら大丈夫とは言えないかもな。間違いなく聖国に連れて行かれるだろうな。行ったほうがいい生活ができるかもしれんが」
「私、いらないですか?」
聖国に連れて行かれるということをレッドは軽口として言ってみただけなのだが、その言葉を受け取ったマイは重く受けてしまい、今にも泣き出しそうであった。
「そんなことありません。マイさんはもう私達の大事な仲間ですから。レッド! 変なことは言わないでください!」
「わ、悪ぃ……」
リベルテはマイを慰めるように頭をなでながら、レッドをきつく叱る。
さすがにレッドも失言だったと小さくなるしかない。
「でも実際、ここしばらくお二人ともに力を使ったりはされてませんよね?」
リベルテが確認をすると、二人はコクコクと首を縦に振る。
「一回使ったにしても去年だな。今更来るには遅すぎる。各国を回るのは事前に連絡されるはずだ。どの国でも入れるとは言え、さすがに自由には通せないからな」
聖国の人間がいつもは居ない時期に、しかも先の事件から間もなくきたことに首をかしげるレッドたち。
そこにまたしてもタカヒロが話の軸を変えてくる。
「警ら隊の人たちって治療してもらったんですか?」
「そうですね。わりと安い金額を提示されたそうで、これ幸いと今回の事件の被害者の方全員治していただいたそうです」
「それ、関係ないのかな?」
何気ない言葉であったが、レッドがタカヒロの方に顔を向け、リベルテは思案顔になる。
「さすがにない、と思い込んでいたかもしれん。王国内で起きたことの上、たいていこの手のことを仕掛けてくるのはアクネシアだからな」
「聖国なら治せる毒。自分たちの利益を増やそうとするなら、ありえなくもない話ですね。それと、今考えて気づいたのですが、これまでのあの薬、聖国には欲しい薬の実験だったのでは?」
「どういうことですか?」
「人が呆けたようになったり、正常な判断力を失わせたりしていたものですが、軍事的に利用しようとしていたのではないか、と」
「あ~、よくあるやつ!」
リベルテが深刻な顔で話した言葉をタカヒロが明るい声で打ち落とす。
あまりの場の読めなさに3人の目がタカヒロを冷たく見据える。
「いやいやいや。ご、ごめんなさい。あまりにもよくある話だったので」
ため息を一つついて、レッドがタカヒロを促す。
「で、そのよくある話ってのは?」
「いや……宗教的な国って正式な軍があまりなくて、信仰心で信者の人たちを戦わせるじゃない? で、訓練していない人たちだからそんなに強くないんで、薬とかでこう、狂戦士? っていうのかな? そんな兵にするっていう……」
タカヒロの話にマイはそう言われればと思い出すような仕草をするが、レッドとリベルテは驚愕に目を見張る。
王国は直接聖国と面していないため、どのような軍を持っていて、どのような戦いっぷりかはよくわかっていない。
これまでの他国の人伝の話のように、聖国についてはほとんど入ってこないのだ。
ひとえに聖国が他所者にとって、出入りするのに向かない国ということに起因している。
聖国に住まう人はその癒しの力にすがって居ついた人たちであり、聖国にある教えに従って生活するようになっている。
国に対して献身的とも言える生活っぷりは、他国の商人が入っても商売にならず、住むには聖国の教えに従って生活することになる。
国を取りまとめている聖職者でもない限り、簡単に国を出ることができなくなるためである。
「そんなやつら相手にしたくねぇな……。死ぬまで襲ってきそうだ」
「勢いが違ってしまいますね。気迫も違ってくるでしょうから、倒すには難く、こちら側が崩されてしまいそうですね」
タカヒロが言ったような相手が居たら、と想像してレッドは身を竦める。
「しかし、あの男が聖国の人間……てことは、さすがにないだろうよ。聖国の教えとか聞いてそうにも、信仰してそうにもなかったぜ?」
「王国に売り広めるのが目的じゃないとしたら、薬の買い手じゃないんですか?」
マイが自分の国で利用する薬を目的とするなら、作り手は聖国の人間ではなくて単に客だったんじゃないかと指摘する。
「間に国を挟んでるのにか? ……だが、そうかもしれないな。この時期にきたのは薬を仕入れるためだったのかもしれん」
「であれば、その相手がもういないというのは、あまりよくないかもしれませんね」
「薬を買うことだけが目的だったならいいんだが……」
結局はマイの力を使わないように気をつけることだけにし、レッドを除いた3人で依頼を受けに行くことにした。
レッドについては、聖国の人間を警戒してもう少しで治りそうだ、という体で今日も家に残ることとなっている。
「マイさん、タカヒロさん。探すのはこのような葉のものをお願いします。今回のは形がわかりやすいので、なるべく多くの数を採ってくださいね」
今回は王都の近くで取れるリモバベナという薬草に使われる草の採取である。
細長く柔らかい葉を集めるというもので、タカヒロは苦戦しながら、マイは軽快に採って回っている。
「これレモンの香りがしますよね。お茶にしたらいいやつだよ!」
「採取依頼なので、納品する分以外はマイさん用にしていいですよ」
マイが張りきって採っているのは、この会話からである。
実際にリベルテが採った草を手にとって、匂いをかいでリベルテに詰めるように言ってきたため、リベルテは条件をつけるしかなかったのだ。
「マイさん。調子がよいのはいいのですが、奥には行かないように。モンスターがいるかもしれませんから。周囲を警戒してください」
「大丈夫ですよ~」
だがマイが返事を言い終わる前に、マイの横を小さな石が勢いよく飛び過ぎる。
「え?」
「戻れ!」
マイが振り向くと、後ろには顔をフードで覆った人が剣を持って立っていたのである。
タカヒロがとっさに放った魔法が当たり、距離を取っていた。
マイが慌ててタカヒロのところに戻るのに合わせて、リベルテも二人の近くに寄って短剣を構える。
「何者ですか! 襲ってくるということは、そういう類の者ということでよいのですね?」
普段、このようなわかりきった確認はしないものであるが、マイを落ち着け、二人が構える時間稼ぎに問いかける。
もちろん、相手が返事をするわけもなく、改めて襲い掛かってくる。
相手の数は3人。
リベルテたちと同じ数であったが、マイとタカヒロが問題なく対処できる相手とは思えなかった。
タカヒロは剣の長さでもってなんとか渡り合っているようであったが、マイは積極的に人を傷つけることに、そして自分が人に命を狙われているということに腰が引けていた。
なんとか逃げてくれることを望むしかなかった。
リベルテは二人を助けるために速攻を仕掛けたいのが、襲撃してきた相手だけあって、簡単にはいかない。しっかりとリベルテの動きを見据えている。
こちらから斬りかかりたいが、隙がなく、焦ってはいけないと自分を言い聞かせていると、相手から斬りかかってくる。
あまりにも単調な剣筋であったため、しっかりと目で追って弾く。
リベルテの予想に反して思いっきり弾かれて飛んでいく剣に目がいってしまう。
その隙に相手はローブに隠していたもう1つの剣で斬りかかる。
その動きになんとか気づいたリベルテが後ろに避けてかわすが、一筋の赤い線がリベルテの剣を弾いた右腕に走る。
相手の持っていた剣は湾曲していたのである。
とっさのことで湾曲していることに気づけなかったリベルテは、目測を誤ったのである。
内心、舌打ちをしたいところであったが、下手な反応は相手を有利にする。
湾曲している分、距離が測りにくいため、またリベルテからは動けない。
相手もリベルテが3人の中で最も強いと踏んでいるため、慎重であった。
だが、時間が経てば経つほどリベルテは焦りが募る。
マイが心配であったのだ。
もちろん、タカヒロも大丈夫と言い切れるものではない。
リベルテの中で長い時間、にらみ合いを続けていたころ、風の唸る音が聞こえ、リベルテはとっさにしゃがむ。
反応できた自分を内心で褒めていた。
「大丈夫か?」
リベルテが顔を上げると、そこに居たのはレッドであった。
「ちょっと、助けたのは僕なんですけど。立ち位置、おいしすぎませんか?」
そしてタカヒロも寄ってくる。その側にはマイもいた。
マイが立ち上がって辺りを見回すと、先ほどまで相手にしていた男は、上半身と下半身がまっぷたつになって倒れていた。
「これは……」
「一番手柄はタカヒロだったな。2人も倒しやがった。……だが、力を使ったな? おい」
「さすがに出し惜しみとかしてる場合じゃないでしょ。命あっての物種です」
リベルテが一人の男と対峙している間、タカヒロは普通にやっても絶対勝てないと判断し、すぐさま魔法を使うことにした。
目の前の相手は同じく風の魔法で切り裂き、リベルテの方に同じ魔法を撃ったのだ。
マイの方に撃たなかったのは、レッドが加勢していたのが見えていたからだった。
「こいつら、なんだったんだ?」
「まったく心当たりもなければ、情報もありません。それにしてもレッドもどうしてきたんですか?」
自分の劣勢を棚に上げ、聖国の人たちの目に留まらないように家で大人しくしているはずだったことを責める。
「それなんだがな。冒険者ギルドにリベルテたちのように襲われた奴らが駆け込んできててな。慌ててこっちきたんだよ。ま、来て正解だったろ?」
「そもそも、なんで冒険者ギルドに行ってるんですかねぇ。僕の独壇場だったんですけど」
「でも皆無事でよかったよ~。ってリベルテさん怪我してるじゃないですか! 早く戻りましょう」
「……そうですね。レッド、あとお願いしますね。この草の採取です。タカヒロさんは報酬の受け取りだけお願いします。レッドを入れて受けてはいなかったので」
「ちょ!」
「ええ~」
残る男二人の不満声が辺りに響いていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。