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「あ~、暇だ……」
レッドはベッドで寝転がっていた。
先の薬を作っている張本人を捕まえる際に、その男が撒いた煙を吸ってしまっていた。
大量に煙を吸ってしまった者たちは亡くなってしまい、そこまで煙を吸っていない者たちでも手足にしびれが残ってしまう者たちが多く出ていたのだ。
レッドも煙をそれなりに吸っていたので、手足に痺れが残っていることにしているためである。
実際のところは、リベルテの肩を借りながら家にたどり着いた後、マイの力によって綺麗に治してもらっていて、その日のうちに問題なく動けるようになっている。
しかし、昨日の今日で警ら隊の多くが同じ症状になり、亡くなった者も居る中で普段通りに動き回ることは危険だとして療養のふりをしているのだ。
もし先の大捕り物を知っている者が普段通り動きまわるレッドを見たなら、問題なく動けるようになった理由を調べるはずだ。
今も治療できていない人が多いのだから当然だろう。
マイの力を隠し通すには状況が難しくなりすぎてしまうのだ。
薬の影響を受けている人全て、マイの力であれば治せるのは間違いない。
しかし、当然その後の想像がつきやすい。
良くも悪くも国や有力者達に狙われることになる。
優遇してくれる者もいるだろうが、それはすなわち籠の鳥になると言うことだ。
優遇でなければ、わかりやすく奴隷のように扱うことだろう。
どちらにせよ、その者たちの思惑に応じ続けて力を使っていくことに他ならない。
マイを守るためには、しばらくの間、レッドは家に篭ってなければいけないのだ。
「元気になったんですし、感謝して欲しいんですけどね? それにたまにはゆっくり休んでてくださいよ。働きすぎじゃないですか?」
ベッドで暇すぎて腐ってきているレッドに声かがかかる。
「マイか。それは本当に助かった。ありがとう。わかってると思うが、他のやつらを不用意に治療して回るなよ」
「自分は治してもらっておいて、他はダメとか酷いこと言いますよね。レッドさんて」
非難めいたことを言っているがその顔は笑っていた。
「はぁ……。他のやつらだって治療して欲しいとは俺だって思ってる。だがな、マイの力は大きすぎる。それを懸念して逃げてきてたんだろ?」
「わかってますけどね……。自由にやれないなんて肩身が狭いよ」
「世の中そんなもんだろ。誰にも気兼ねしなく自由になんて言うなら、誰もいない島とかで過ごさない限り、ありえないさ」
「わかってるつもりなんですけど、やっぱり力のせいで肩身が狭くなってるのが……。よくある話じゃ、こんな風になってることないんですけどね」
マイやタカヒロたち『神の玩具』は、違う世界から来た者達のため、こちらではよくわからない言葉を使ったりするし、こちらでは聞かないような話を当たり前のようにする。
突然、過ぎた力を与えられるという話はよくあるものではない。
よくある話なんて、仕事や酒の場での失敗、異性関係くらいなのだ。
わからない話は触れないようにして、レッドは話を変える。
「そういえば、リベルテたちは?」
「タカヒロ君連れて仕事に行きましたよ? しばらくだれかさんがただ飯くらいになりますからね~」
にやりと薄笑いを浮かべながらレッドを見やるマイに、ばつが悪く目をそらす。
レッドとて好きで動かないわけではないのだが、動けないことに変わりがないので何も言えない。
「んで、マイはなんで残ってるんだ?」
「レッドさんは介護が必要だろうという話に合わせてです。でも、レッドさん問題ないし、私も仕事行ってこようかなって思ってますよ」
「一人でか!? マイが一人でなんて危ないだろ。やめとけよ」
「え? なんですかそれ!? 差別です! 偏見です! 私だって冒険者ですから、一人でやれます」
元々、出かける前にレッドに挨拶にきただけだったため、そのまま家を出て行ってしまう。
「あ~、言い方間違えたか……。一緒に行くわけにも後を付けるわけにもいかないし。何も無く戻ってくることを願うだけか……」
言葉と裏腹にレッドは毛布を引っ被って寝ることにした。
「まったく、レッドさんてば子ども扱いするんだから!」
むくれつつも向かったギルドで貼りだされている依頼を探す。
一人で出来ると言い切ってきたが、さすがに討伐はもちろん、力仕事になりそうな依頼は受ける気は無かった。
そして、採取の依頼にしてもどこにあるか、どういったものかがまだまだ覚え切れていないため、採取にしても一人で行けないとも理解している。
「そうなると近い場所の配達か給仕とかかなぁ。あればいいんだけど」
冒険者の依頼の多くは、冒険者にしか出来ないというものではなく、手が足りないので冒険者に、というものだ。
冒険者とは職にあぶれた者たちの受け皿の職なのだ。
「お~? お姉さん一人? だったら俺達と一緒に仕事しない?」
声をかけられてマイは思いっきり顔をしかめる。
レッドたち、少なくともタカヒロと一緒にいるときには会った事がなかったためだ。
相手は男3人でニヤニヤとマイを見ていた。
この時点で絶対ろくなもんじゃないとわかったマイは無視してギルドを出ることにした。
この手の相手は反応を返す方がよくないのだ。
依頼を受けたいところだが、下手についてこられると依頼主に迷惑がかかってしまう可能性がある。
また、依頼を受けた後でこういった相手から逃げ続けるとなると、仕事を放棄しなければいけなくなる可能性だって高いのだ。
それに、拒絶したところでこういった類の人は引き下がりはしないものである。
かえってよけいしつこく絡まれて、おもしろくもなんともない時間を費やされることになり、そのうち逆上して襲ってくるのだ。
だが、無視するというのも危ない可能性はあり、襲ってこられても対処できるように気をつけていた。
そんな警戒をしていたマイに返ってきたのは、予想してなかった言葉だった。
「そうそう。女なんだから大したこと出来ねぇんだから、サッサと帰んな」
「皿洗いとか給仕を本職にした方がいいぜぇ~」
「いや、それより娼妓だろ? 金弾んで相手してやるよ」
そういって馬鹿笑いする3人に、なんでこんなことを全く知らない相手に言われないといけないのか。
ただ、ここで暴れても3対1。
マイは唇を噛みながら家に戻るしかできなかった。
ただ無性に悔しさだけが募り、家のドアを荒々しく閉める。
思いのほか大きな音にレッドも起きてくる。
「何だっ!? ってマイか。早かったな。さてはいい依頼なかったな?」
啖呵を切って出かけたのに早々に帰ってきたマイに、帰ってくることになった事情を察したつもりで声をかけたレッドであったが、言い方が悪いうえに配慮というものが足りなさすぎた。
マイがいきなり泣き出してしまったのだ。
冒険者として日々の生活のために仕事をこなし、時として命を賭けることがあり、ましてや一緒に仕事をしている相手が相手だけに、浮いた名など一切無かったレッドとしてはどう対処していいかわからない。
ひとまず、玄関近くでは体面が良くないとマイを抱えてリビングへと運ぶ。
そして以前、リベルテとマイが話していたことを思い出しながらハーブのお茶を淹れる。
いくらか泣いて気持ちがすっきりしたのだろうマイが、目の前に出されていたハーブのお茶にゆっくりと口を付ける。
また言い方間違えてもと思えばどう声を掛けたものかと悩み、レッドはマイの反応をじっと待つしかできない。
「……いきなり泣いちゃってすいません」
まだ少し涙声っぽいマイが、軽く鼻をすすりながら話し始める。
それにホッとしたレッドが、お茶のお代わりをもってくる。
「上手くいったかわからんが、悪くはないだろ? で、だ……。あー、何があった?」
泣き顔を見せてしまったことが気恥ずかしいのか、聞き取りにくい小さな涙声で話す内容をまとめたところ、ギルドで男性冒険者に馬鹿にされたということらしかった。
「まぁ、なんだ。同じ冒険者としてすまなかった」
レッドはマイに向かって頭を下げる。
レッドとてギルドで10年続けている冒険者である。
決して強くて憧れてもらえる存在ではないが、先達として新たに冒険者となる者達の言動については注意をしてきていた。
もっともマークたちがレッド側について他の面々を諭していかなければ、レッドの言うことなどだれも聞かず、もっと無法地帯になっていた可能性はあっただろう。
そんなレッドであったからこそ、頭を下げることにためらいは無かった。
「レッドさんが悪いわけじゃ、ないじゃないですか」
「それでもな。そういった奴らを指導してこれなかったし、マイにも注意してやれなかったからな」
本来であれば、ギルド内であるのだから、冒険者達の取りまとめが仕事であるギルド職員、ギルドマスターが指導しなければいけないのだ。
しかし、ギルマスは忙しくてタイミング良く見かけた時しかわからないし、ギルド職員といっても戦える者たちが多くないため、争いごとの仲裁に向かないのが現状である。
そんなことがあるとレッドが注意をしていなかったとは言え、一人では危ないとも言ってはいたのだ。
そのことに気づいたマイは黙って首を振り、レッドが悪いわけじゃないことを示す。
「冒険者ギルドでさ。依頼を見てるやつとか周りにいる仲間達に女性が少ないこと気づいていたか?」
改めてギルドでの状況を思い出して、マイはまた首を振る。
「女性が弱いというつもりはまったくない。俺の相棒はリベルテだしな。だが、女性で冒険者になるヤツってのは多くないんだ。その理由は大きく2つだと思っている」
レッドが指を一本たてる。
「1つは、単純に危険ということだな。
討伐の依頼はもちろん、採取の仕事であっても場所や運によってはモンスターにかち合う。絶対に、無傷で倒せるなんてことはない。数多くの討伐依頼をこなしてきたやつでも、慣れてるはずの相手に大怪我をすることだってある。
打ち身やまぁ骨折くらいまでならいいんだろうが、切り傷になると痕が残るものが多い。傷跡が残ってる女性ってのは結婚が難しくなると言われているからな」
レッドが頭を軽く掻いた後、指を二本たてた手を前に出す。
「もう1つは、職の選択だな。
力がいる仕事には男が多く就くが、その代わりに手の細かい仕事、裁縫とか細工なんかは女性が多く就ける。それと給仕も女性の方が好まれるし、いい気はしないだろうが娼妓なんてのもある。
冒険者なんて職じゃなくても他に女性が就きやすい職があるんだ。大怪我の可能性があって安定しない冒険者を選ぶことはないんだよ」
「それじゃ、私、冒険者辞めたほうがいいんですか? 続けてるほうが変なんですか?」
レッドの説明に、マイがキッと目を向ける。
「そうじゃない。ただ女性の冒険者ってのは少ないってことなんだ。少ないだけで居ないわけじゃないし、そこいらの男よりずっと強い人もいる。それでも、男の方が多いし、実力の一つでも見せないと舐められる事がある職でもあるんだ。討伐の依頼を全くしない冒険者も結構馬鹿にされてるな。戦わなきゃいけない仕事でもないんだが、な」
レッドも自分で淹れたお茶に口をつけ、思ってたよりは美味く淹れられていることに満足げな顔をする。
「このまま、泣き寝入りしてなきゃいけないんですかね?」
空っぽになったコップを見つめながら、それでもなお悔しさを滲ませるマイの言葉をレッドは笑い飛ばす。
「いや、簡単だよ。力を示せばいい。それだけだ。力であいつらをねじ伏せてもいいし、仕事をこなすでもいい。冒険者としての力を見せればいいだけだ」
「私で、勝てますか?」
「それは簡単に勝てるとは言えんな。たぶん、聞く限りじゃまだ冒険者になって日が浅いやつなんだろうが、討伐や力仕事を主に受けてるんだろうな。戦って勝てるとは、あまり思えないな。そいつらと直接戦うより、討伐依頼をこなす方がいいだろうよ。マイ一人で、いや、タカヒロは居てもいいだろうさ」
「タカヒロ君が居ても、私の力を認めさせられる?」
「いや、あいつも体細いからな。一緒の方がいいんじゃないか? しかし、そう考えると俺達が連れまわしすぎたのはよくなかったかもしれないな。すまない」
「いえ! いろいろと教えてもらってますから。でも、いつかタカヒロ君と二人で討伐やってきます!」
「ああ、頑張れよ」
先の『神の玩具』についてはなんともない様子にレッドはひとまず安心する。
泣いたのもそれが関わっているのかもと思っていたためだ。
いつか二人が自分の意思で動き出すことを決めたとき、自分たちはどうするのだろうと、やる気を出してトレーニングを始めるマイを横目に考えるのであった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。