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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「ピクニックに行きましょう!」

朝ごはんを食べ終わり、食後のまったりとした時間をマイが打ち破る。

マイの言葉に対して、三者三様の視線がマイに向けられる。


仕事に行こうとしていた者は、働かないと余裕がある生活できないのに何言ってんだ、と。

ゆっくり寝ようとしていた者は、何めんどくさいこと言い出してんの、と。

あぁそんな話してましたねと納得する者は、あぁ、そういえばそんなこと話してましたね、と。


それぞれが口には出していないが、その表情が物語っていた。

3人にじっと見られたことにたじろぎはしたものの、マイは一切退かない。強い意志を持っていた。


「あのな……冒険者ってのは稼げるときに稼がないと生活できなくなるんだぞ? 依頼もいつまであるかわからんのだ。この前ので少しは稼いだが、討伐なんてでっかい依頼じゃないんだ。そんなに余裕ないぞ?」


冒険者は受け皿的な側面を持った職であり、多くの依頼は雑用といった人手が足りない、必要としているところの手伝いになる。

怪我や最悪死ぬかもしれない討伐の依頼というのは報酬が高いものではあるが、頻繁にでてくるようなものではない。

そんな依頼が溢れているとしたら、そもそも人が生活圏を広げられはしない。

冒険者が倒して回るくらい頻繁であり、冒険者で倒せるというのであれば、依頼の報酬額なんていうのは安いものになっていることだろう。


「だとしても、今日一日くらい休んだところで変わらないでしょ? リベルテさん、病み上がりですし。何よりリベルテさんと行こうねって話してたんですから!」

「ならしょうがねぇか」

リベルテの名前を出すとあっさりと前言を撤回してピクニックに行くことに納得するレッドに、タカヒロがものすごい顔をする。


「タカヒロ君は不参加? なら代わりに仕事してきてよ」

「いやぁ、今日は絶好のピクニック日和だよねっ!」

みんなが遊んでるなか一人働くなんて、これほどまでに楽しくないことはない。

元より依頼を受けに行くより、ゆっくりと寝てよっかなと考えていた者としては、仕事に行かないのであれば拒否するつもりはなかった。

「それじゃあ、準備しないとですねぇ」

「はいはい、それじゃあみんな準備していくよ~!」

マイの掛け声でワタワタと持っていく食べ物、飲み物なんかの準備に動き出すこととなった。


ここしばらくの天気は良く、暖かな日差しとほどよく吹く風が気持ちの良いものだった。

リベルテを先頭に、リベルテが知っていると言うたくさんの花が咲いている場所へ向かう一行。

ピクニックということで明るく楽しげな雰囲気であるはずであるが、先頭のリベルテ以外はそこまで楽しそうな顔ではなかった。

一人は普段と変わらず、一人は疲れ始めてげんなりしており、一人は不満気である。


ピクニックと言うことで、行けるのは日帰りで歩ける距離になる。

日雇いの冒険者であれば馬車など持っているはずもなく、馬も借りたりなどもしようはずもない。

となれば荷物は全て持って歩くということになり、食料と飲み物をすべて背負わされているタカヒロはすでにへばり始めている。

「なんで全部、僕が持ってるんでしょうねぇ……。重いし、もう疲れたんですけど……」

リベルテは病み上がりであり、マイは持つ気なんて更々無く、レッドは別事情で荷物をタカヒロに任せている。


「それより。それよりです! なんで結局、依頼受けてるんですか! 採取しながらということで、あっち探してこっち探してって、全然楽しめないんですけどっ! それに武器とか防具まで着けていかなきゃって、いつもと変わらないじゃないですか!」

「王都とかでも護身用に持って歩くのは必要だし、外歩くんだから無防備にできるわけないじゃないか」

それくらいわかるだろ、と呆れながらに返すレッドは、採取の依頼のためにあちこちに目をやり、対象の植物を見つけては皆を止めて採りに行っていたのである。

動き回るため、身軽なほうがいいと荷物を持たなかった理由だ。


「まぁまぁ。マイさん、もうすぐ着くはずなので。タカヒロさん、もう少し頑張ってください」

「うい~っす……」

目的地が近いと告げられ、タカヒロはあと少しで休めると元々無いやる気をかき集めて足を進める。

「あ。あそこにあるのは……あたっ」

「もう十分集めたじゃないですか! 行きますよ!」

またしても採取対象を見つけたレッドが採りに行こうとするが、さすがに我慢できなくなったマイが殴って止めて、腕を取って引きずっていく。


「着きました。ここです!」

リベルテが到着を告げたのは小さい丘を越えた先だった。

丘を登ると先が一気に拓け、赤、黄色、白、ピンクと色とりどりの花が咲き乱れていた。


「うわぁ~~~」

マイはさっきまでの不満がどこかへ飛んでいってしまったようで、笑顔満面で、うわぁ~うわぁ~とそれだけを繰り返している。

「うあぁ~~~」

タカヒロは背負っていた重い荷物を地面に置き、固まった筋肉を解すように肩などを回す度に、んぁ~んぁ~と声を漏らしている。


ここは王都から見て西側。

道なりに沿っていけば、メレーナ村やモレクの町、ファルケン伯爵領のハーバランドに着く。

ここを道から外れるように南側方面に進んでいくと、畑の景色が徐々に減って小高い丘や草原が広がってくるのである。

そして、その中の小さめの丘を越えると、数多くの花が咲き乱れる場所に出るのだ。

辺りいっぱいに咲き乱れる花々に女性二人が見とれている傍らで、タカヒロが率先してござを敷き、食べ物と飲み物を準備していく。


「もう、風情台無し! なんで花より団子かなぁ」

折角、綺麗で鮮やかな一面の花に心洗われていたというのにと文句を言いつつ、しっかりとござに腰を下ろすあたり、マイも食い気寄りである。

「花畑を走り回る年でもないでしょ。それに桜じゃないしねぇ」

「それ、結局、飲んで騒ぎたいだけでしょ。それと、年のことを言うとは本当に失礼な奴!」

タカヒロの頬をぐにっとひっぱる。

失言をしたタカヒロは反省してるからなのか、抵抗する力も残っていないのかなすがままにされる。

失言自体も重いものを持たされてきた文句の一つだったのかもしれない。


「ふふ。なんだかんだ結構歩いてきましたからね。お腹もすきましたし食べましょうか」

「あ、ちなみに今日のは私が作ったんですよ!」

「いきなり不安になるな……」

「ちょっと、それ酷くないですか!?」

「フィリスちゃんにご飯持ってきてもらってましたよね?」

「あ、あれは! 作ってきてくれるって言うからもらってたんです。自炊できなかったわけじゃありません!」


マイたちがわいわい話している中、重い物を運んで疲れており、なおかつお腹もすいているであろうタカヒロであるが、彼も手に取ったサンドイッチを食べずに見守っていた。

「いや、大丈夫ですから食べてくださいよ! って、なんでタカヒロ君も食べないで待ってるの?」

「え? こういうときって最初に食べたらはずれ引くやつじゃない?」

安定して一番の功績を取らない代わりに、一番の被害も取らないようにしている。

「みんなして酷い! いいわよ、一人で食べるから!」

「ははは、悪い悪い。お腹すいてるんだ、食べさせてください」

レッドがそういってひとつとってかぶりつく。

「お、美味いじゃん」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「パンになんか塗ってるのか。野菜に合って美味いな」

「あ。気づきました? 私が作ったんですよ。マヨネーズです!」

マイがそう宣言するとレッドとリベルテの手が止まる。

それを見たマイは、またむくれる。

「ちょっと、なんなんですか。今度はなんだっていうんですかー!?」

「あ~、これまたやっちゃった系じゃない? でも、前にレッドさんたちの話聞いてたら、ありそうなもんなんだけどなぁ」

「ありそうって?」

「うん。他の誰かがすでに作ってそうだなぁって。定番でしょ? で、レッドさんどうしたんですか?」


ようやっと動き出したレッドが恐る恐るという感じでマイに問いかける。

「これの素材、なんだ?」

リベルテはそっと自分のバッグから薬を取り出して準備している。

「え? 卵の黄身とお酢と油ですよ。あと味付けに塩だけで作りましたけど……」

「どこで仕入れた?」

「以前にリベルテさんに教えてもらったお店に一通り揃ってたので買いましたけど」

レッドが目でリベルテに問いかけ、リベルテがたぶん大丈夫と薬をバッグに仕舞う。

そしてまた食べ始めたレッドたちに、マイはもう大混乱。

「なんですか!? なんだったんですか!? 本当にも~!」

「ん~とな……。お前が言ったマヨネーズってのは毒物の名前なんだ。これに似たようなもので食えるのがマリソースという」

「え?」

「あ~、そっちかぁ」

驚いているのはマイで、タカヒロはなぜか納得している。

「ちょっと、タカヒロ君知ってたの!? なんで教えてくれないのよ!」

「いやいや、今聞いてわかっただけです~。食事中に揺らさないで」

少し離れるようにしつつも、結局マイの憤まんのぶつけ先はタカヒロになるのである。

今もガクガクとタカヒロの両肩を掴んで揺らしている。


「作り方はマリという料理人が広めたから出回っているんだが……、作る人もこれを食べる人も少ないんだ。一つは昔は毒として広まったため。もうひとつは高くつくからだ」

「毒っていうのは……作り方とか材料でも違うんですか? それになんで高くつくの?」

「毒となっている原因は卵と油と考えられています。卵を取るのに利用されているのはスティッフクックという、比較的に大人しいとされている鳥のモンスターなんですよね。あくまで比較的なので、飼うにも気を使います。大怪我で済めばいいくらいになっちゃうそうです」

「そういえば、卵高かったような……。他にないんですか? そのニワトリとか?」

卵が高いことや飼育するのに命がけだなんて、自分たちの知っていることから、違いすぎて信じられないようだった。

「人間以外、すべてモンスターだぞ? 見た目によらず危険なのばかりだ。だから、村や町もそんなに数を増やせない。守れないからな」

「やっぱり違う世界ですなぁ……」

しみじみといった感じで言うタカヒロは、すでに自分の分は食べ終わっていて、食後の果実水を飲んでいた。


「それと油だがな……。どうやって作ってるか知ってるか?」

「種とかを温めてから潰すんじゃないですか?」

「それは植物から取る油だな。先に言われたが、油を取れる植物ってのは高いんだ。食べるわけじゃないから農家が率先して作りたがらないし、絞る作業なんて重労働だしな。かといって高い買値をつけすぎると、金目当てで油用の植物を手掛ける農家ばかりが増えてしまう。そうなったら、今度は俺達の腹に収められるものが減ることになっちまう」

「そうなんですねぇ……」

「でだ。油の多くはモンスターから取れるものが主流だ。脂身の部分を集めて煮込む。浮いてきた油を取り出すわけなんだが……。これと卵を混ぜて作ると毒になるというのが今の見地となっている」

レッドも食べ終わり、リベルテから果実水の入ったコップをもらう。

ごく自然な動きだった。


「でも毒って、どうなるんですか?」

「軽いもので腹痛、重いものになるとそのまま亡くなってしまいますね」

「ええ!? 食中毒とかに近そうな症状じゃないですか。お酢入れてるから、痛んだりとかはしないはずですよ? 結構日持ちもするようになりますし」

「さすがに毒となるとわかっているものを試す学者は居ませんからねぇ。詳しくはわからないのですが……。卵をとるためのクックは危険もあります。それに、王都や町からは離れた場所で飼われますから、そこから運んでくるのに日が経ってしまうこともあるでしょう」

リベルテも自身のコップに果実水を注ぎ、一口飲む。


「出回っている油の多くはモンスターから取れたものになりますし、マヨネーズというのは熱を加えない作り方ですからね。お酢を入れたくらいではどうにもならなかったのかもしれませんね?」

卵の黄身に酢と塩を加えて良く混ぜた後、少しずつ油を足して作るのだ。熱を通すことはない。


「あれ? マリソースってのはあるんですよね? ほぼ同じもので」

「あぁ、マリっていう料理人がこだわって作ってな。植物からとった油に、ソードビーククックっていうやたら危険なモンスターの卵を使ったものだ。どっちも高い値になるから、使った料理も値が跳ね上がる。そうそう食べられるものでもないわけだ」

「なんていうか、簡単に上手くいかないようにされてる感じがするねぇ」

それで話は終わったとばかりに、タカヒロはごろっと横になる。

「ちょっと行儀悪いよ~」

そう言いながら、今先ほどの話で気疲れしたのだろうマイも足を投げ出して伸びをする。

陽は高いところを過ぎてきたが暖かく、風も気持ちが良いものだった。

そんな二人を横目にして、リベルテが少し歩いてきますと離れていく。

食べ終わった後の道具を仕舞っていたレッドも、しばらくしてリベルテを追っていく。


「よくこんなとこ知ってたな……」

レッドがそう言葉を漏らすのも無理はない。

道から外れて動くなど普通の人々はしないし、冒険者などでも地図の作成依頼でもない限り、この先に何があるのかわかってもないところに出歩くものではないからである。

「思い出の場所なんですよ、ここ。今までここに来る理由もなかったですし、そんな暇もなかったんですけど。なんかマイさんとレンギョウや金銀花を見てたら、みんなで行きたいなって思ったんです」

「……そうか。いい場所だな」

「次の年もまた皆で来たいですね」

「あぁ、そうだな」

いつもと変わらない年を迎えたいと思う人は少なくない。

だが、常に命が危ぶまれるこの世界では、なかなかに難しい。

それでもこの陽気に、一面に広がる花畑に、そう思わずにはいられなかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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