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「お、おい。どうした?」
慌てふためいた様子でレッドに駆け寄ってきたマイを、落ち着かせるように制止しながら問いかける。
「女の子が毒飲んで死んじゃって、リベルテさんが倒れてすごい熱で起きてこないんです~」
大変な様子は伝わるが、いまいち要領が掴めず、タカヒロを見やるがタカヒロも通訳不能といった感じであった。
「まずは落ち着け。そして順に説明してくれ。女の子が亡くなったというのは痛ましいことだが、それとリベルテが高熱で倒れたことがつながらん。俺らが居ない間に病が流行ったとかではないのか?」
「ええ!? 病気が蔓延してるんですか!?」
「いや、こっちが聞いてるんだが……」
焦っているのか要領を得ず、マイはとりあえずタカヒロに任せて、リベルテの部屋に向かう。
リベルテはとても静かに寝ていて、病気で臥せっているようには見えない。
顔色は幾分か悪いようには思えるが、以前にキンセリ花を必要としていた親子に比べれば、そうでもないようにも見えた。
「おい。リベルテ。大丈夫か。目開けろよ」
気がいくらか逸るが、寝ている相手であるため、あまり大きな声にならないように気をつけながら声を掛ける。
マイが騒いでいただけあって反応はなく、何度か繰り返し呼びかけてみるが、目を覚ます気配は無かった。
やはり、マイから話を聞いてみるしかないなとリベルテの部屋を出ようと戸に手をかけたとき、小さく声が聞こえた。
「ごめんなさい」と。
レッドは静かに部屋を出て、戸を閉めた。
リビングに向かうと、他に人が居てくれるという安心感に落ち着きを取り戻したらしいマイが野草で作ったお茶を飲んでいた。
「あ。レッドさん。リベルテさんの様子どうでした?」
「ん? ああ。熱でうなされてるとかそんな様子はなかったな。風邪とか病気ではなさそうだ」
「そりゃあもちろんですよ! だって私が治しましたもん!」
得意満面な顔で胸を張るマイにタカヒロが頭を抱える。
「あ~……、おう。ありがとうな」
レッドもマイたちの力についてなんとなくわかっているが、それを下手に追求したりつつくと事態が動いてしまいそうに考えているため深く触れないようにしてきている。
だが、あまりにも平然と話され、反応に困りながらも感謝の言葉をなんとか口にする。
一方で、一口お茶を飲んだ辺りで自分が迂闊なことを言ったということに気づいたらしいマイが、カップに口をつけたまま目をさ迷わせる。
タカヒロに目が留まったようだが、タカヒロにそっと目をそらされ、今度はレッドに目が留まる。
「あ、あの! レッドさんもお茶いかがですか? 気持ちが落ち着きますよ?」
まずはお前が落ち着けと言いたくなるが、ぐっと堪える。
「あ、あぁ。……頼む」
差し出されたお茶を飲み一息つく。
「はぁ……。うまいな。……でだ、何があったのかちゃんと説明してくれないか?」
手に持ったカップに少しだけ力が入る。
「はい。ええと……。まず、レッドさんたちが出かけた後、私達もギルドに仕事に行ったんですよ。採取の依頼で王都から東側の木々が生茂ってるところを探して採ってきました。それから、帰り際に小さな女の子が一人で奥まで来ているのをリベルテさんが見つけて、一緒に帰りました」
「そこまでは、なんの問題もないように聞こえるな」
「そうですよ。採取も問題なくクリアできましたし、綺麗な花も見れたし、いい一日でした」
「いいから、はよ続き言ってくれ」
脱線しそうな流れにタカヒロが軌道修正する。
「うっさいなぁ……。ええと、どこまで話しましたっけ? あぁ、採取が終わったところでしたっけ。で、女の子と別れる前に、その子がどうしてあんなところまできてたのか確認しまして。なんでもお兄さんが最後に飲んだ水を汲みたいっていうことで、私たちが代わりに汲んでくることにしたんですよ」
「最後に飲んだ水、ってのはどうにもひっかかる言葉ですね?」
「リベルテなら同じように気づきそうなもんなんだが……」
「そうなんですか? 私は特に気づかなかったんですけど……。で、また前の日と同じ場所から探し歩いてたら、人が通れる洞窟っぽいのを見つけまして! やっぱり、ああいうところに入るって怖いですよね。不気味って言うか」
「だから、そこはいいから」
軌道修正はタカヒロの仕事になっていた。
「つまらないなぁ……。ん~と、洞窟はそんなに深くなくてすぐ奥に着きました。そしたらとっても澄んでて綺麗な水があったので、これだぁって! でも、リベルテさん、水を汲んだらすぐ帰っちゃって。綺麗な水だから私も飲もうかと思ってたんですけど、リベルテさんのおかげで飲まずに済みました」
そこまで聞いて話の流れがやっと見えたレッドは、ジッと飲み終わったコップを見ていた。
「ん~、まぁ、その流れからするとそのまま汲んできた水を女の子に渡しちゃって、次の日になって亡くなっちゃったのを知ったってとこか?」
「そうなの! 朝、ギルドに行く途中でお葬式なのかな? に向かってる人たちに会って。聞いたらもうびっくりだよ。そしたらリベルテさんが急に叫んで倒れるし。本当にびっくりしすぎてどうしようかって……」
「すごい熱だったんだよね? やっぱり、体調崩してたのかな? 僕らが出かける前から、リベルテさんにしてはなんかボーっとしてたような気がしてたんだよねぇ」
人と積極的に関わらないようにしているが、人はちゃんと見ているタカヒロはリベルテの不調に気づいていたとこぼす。
「気づいてたならなんで気遣ってあげないのよ! 私達にも言ってくれたら、こっちもそのつもりで動けたのに! このアホっ! バカッ!」
「ちょ、イタッ! 気のせいかもしれなかったしさぁ。それに本当に体調悪いなら本人が言うと思って。イタッ。ちょ、冤罪」
ポカポカなんて可愛いものでなく、ベシベシと叩くマイに容赦はない。
しばらく叩かれていても誰も止めてくれないので、タカヒロは転がるようにレッドの背に逃げることで、やっと理不尽な暴力から解放された。
「ちょっと、レッドさん。止めてくださいよ」
「ん? おぉ。悪い。止めとけ」
「遅いし、言う相手は向こうです……」
「レッドさん、ごめんなさい。タカヒロ君、使えなくて……。それでどうしたらいいんでしょうか?」
座りなおしてレッドに問いかけるが、レッドは席を立つ。
「何も出来ん。本人の気持ちの問題だからな。共感して済むならそれでいいが、同じ場に居たマイが話してるはずだし、叱咤するってのもあの状態の相手にすることじゃない。こっちに相談というか、悩みを話してくれるなら聞くがな。待つしかないだろ」
そういって部屋に戻っていく。
「そんな! レッドさん冷たくないですか?」
その背中にマイが大声で反論するが、レッドは振り返りもしなかった。
「ちょっと、レッドさん冷たくない? どうしようか?」
「僕たちもひとまず普段どおりの生活にしよう。却ってまずいことになるかもしれないしさ」
「タカヒロ君もそういうの言うの!? もう私だけで何とかするからいいよ!」
マイはそのままリベルテの部屋に行こうとするが、タカヒロが腕を取って止める。
「だから、やめときなって。僕たちはリベルテさんたちのこと、良く知ってないんだから。それにこの世界自体のことも。さっきはああ言ってたけど、僕たちより付き合いが長い人なんだから。きっとなんとかしてくれるよ」
「結局他人任せってことじゃない。……いきなりこんな世界に来て、なんかすごい力をもらったのに、いいことなんて何もない。……ごめんね。私も部屋に戻るよ」
肩を落として部屋に戻っていくマイを見送るタカヒロ。
「これが、レッドさんたちが僕たちを保護してる理由なのかねぇ……」
頭を掻きながら歩くタカヒロの足は、リベルテの部屋に向いていた。
自分だけ会ってないというのがあって足が向いてしまったが、他の人がダメなのに自分が部屋に入ることはないよなぁと思いながらも、なんとなく手がリベルテの部屋の戸に触れる。
だが、中から声が聞こえた気がして、そっと扉に耳を寄せる。
「……リベルテ。昔を思い出したのか? お前にとって忘れたくても忘れられない記憶だろうからな……。だけど、俺はそれについては何も言わない。……言えないからな。
なぁ、去年のシュルバーンの帰り覚えてるか? グーリンデとオルグラントの境目近くにあった人が住んでた場所。人が殺されていくところを、何も出来ずに見ていただけだった。勝てないって思って動けなかった……。あの後、俺は強くなりたいって言った。誓った。そしてお前も一緒にって言ってくれたよな。
だから、昔の記憶に、罪の重さに潰れないでくれ。一緒に強くなってくれるなら、俺も一緒に背負ってやるから……。なぁ、リベルテ」
タカヒロは音を立てないように気をつけながら、自分の部屋に戻る。
あんなに相手を思ったことはなかったし、誰かに思ってもらえることはなかった。
「僕も何してるんだろうな……こんな世界で。もう戻れやしないのに」
とても静かな夜が過ぎ、朝陽が差し込んでくる。
水を飲もうとリビングに向かうと、そこにはまだ顔色は万全ではなく、少しやせて見えるリベルテがご飯を作っていた。
「あ……。おはようございます、タカヒロさん」
倒れてしまうほどに思い悩んで塞ぎ込んでいた人が、またやさしく微笑んでくれていることに、なぜか涙がこぼれる。
「お、おはようございます。何か手伝いますよ。体、まだよくなってないでしょ?」
「体は、大丈夫ですよ? 気持ちの問題ですから。ふふ。でも手伝ってくださるなら、お願いしますね」
タカヒロが野菜の皮むきを手伝っていると、レッドもマイもリビングに姿を現してくる。
「リベルテさん!」
マイがリベルテに抱きつく。
一気に賑やかになる景色に、ここにいる時間を大事にしようと思えた。
「あ~、タカヒロ君。それじゃ皮厚すぎるよ」
いつもと同じようで少し違い、違うようでいつもと変わらない一日がまた始まる。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。