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「レッドさんたち行っちゃいましたね~。今日はどうします? リベルテさん」
タカヒロをドナドナしながら依頼に向かっていったレッドたちを見送り、残った二人。
「……そうですねぇ。配達の依頼でしたから、しばらく戻ってきません。なのでこちらはあまり長く家を空けてしまうような依頼は受けられませんね」
少しゆっくりとした口調で話すリベルテに、うんうんと頷くマイ。
「じゃあ、今回は給仕のお仕事とかがあったらそれにしましょうか」
「……そうですねぇ。採取の依頼あたりもいいかなと。今の時期から取れるものでてきますから」
「じゃあ、それにしましょう」
しばらくタカヒロたちに会えない寂しさの裏返しなのか、妙なテンションになっているようであった。
微妙な気合を入れながらギルドに向かっていくマイの後姿を微笑ましく思いながら、リベルテはゆっくりと後を追っていく。
「ん~、給仕の依頼はないんですねぇ。あ、採取の依頼は何種類かありますね。リベルテさん、どれがいいと思いますか?」
「ふふ。お店は切り盛りできる人手を揃えてから開いてますから。急な出来事で人手が足りなくなったときにしかきませんよ。採取は……金銀花とレンギョウあたりがいいですかね」
「わかりました! ちなみにそれぞれどういった植物なんですか?」
「金銀花は咲き始めが白く、次第に黄色く色づいていく花なのでそういう名前なんだそうです。つぼみの部分を採るので、これから先の時期だと採れなくなるので今が時期ですよ。レンギョウは黄色い花が咲く木なんですが、小さい実を取ります。花はもう終わってるので見れないかもしれませんが、採取はこれからの時期ですよ」
「へぇ~。なんか楽しみです!」
どんな花なのか楽しみになっているようで、目の輝きが一層強くなったように見え、いつもはしないマイに委ねるということをしてみる。
「行くとなると、人通りが少ない北か東側あたりでしょうか? マイさんのお好きな方角でいいですよ?」
「ええ~、どっちがいいんだろ? 北ってなにかあったっけ? 東は大きな山がある方だっけ?」
一人わちゃわちゃしながら、あっち? いやこっち? と目まぐるしく表情を変える仕草がとてもかわいいと思ってしまう。
とても楽しいはずなのに、少しため息がこぼれる。
「あ! ごめんなさい。悩みすぎました? じゃあ、東! 東に行きましょう」
「そんなつもりではまったくなかったのだけど……。それじゃあ東側で探してみましょうか」
何か疲れが抜けていないような気だるさが残っているようで、これではいけないとリベルテも気合を入れなおして王都の東側に向かう。
街道から外れて動き、木々を見て回る。
目的のではないが、暖かくなってきた時期だけあり、様々な花が咲いていて、二人の足は当初の心積もりよりもずっと進みが悪くなる。
「綺麗な花が多いですねぇ。こういう景色、好きなんですよ」
「ええ……。私も好きですよ。もっとたくさんの花が咲いている場所がありますから、今度、そこに行ってみましょうか」
「お花見! あ、違うや。ピクニックになるんですかね? 是非、行きましょう。レッドさんたちも一緒に」
「そこはタカヒロさんと言ってあげていいんですよ?」
「そんなんじゃありませんから~。あ! あそこに黄色い花咲いてません?」
人のことは弄るのが好きでも、自分が弄られるのは嫌いらしく、逃げるように見つけた花の方に走っていく。
リベルテはその後をゆっくりと追いかける。
「え~っと、これは白い部分と黄色い部分あるから金銀花だよね? うわぁ、本当に分かれてるんだ。綺麗~。っでと、つぼみ部分だけ採るんだよね? ごめんなさいっと」
つぼみを次々と採っていくマイに追いついたリベルテが声をかける。
「全部採ってはダメですよ。次から採れなくなってしまいますから。大き目のだけ採るようにしてください。採り尽くしてはいけない、というのは採取の鉄則ですよ」
「は~い。じゃあ、こっちのは小さそうだから残して……こっちだ」
選別しながら採っている姿を確認したリベルテは、金銀花はまかせてもう一つのレンギョウを探す。
「結構採っちゃったけど大丈夫かな? ここで採るのはここまでにして……あれ? リベルテさんどこですか~? あ~いたいた。レンギョウ見つかりました?」
「金銀花のつぼみ、だいぶ集まりましたね。レンギョウはあれですね。花がまだたくさん咲いてます。実がついてるのはあるかな?」
「すっごく鮮やかな黄色ですね。小さな花がいっぱいだ。え~っと、実……実ってこれですか?」
「それです。その実の中にある種が薬の材料になるんだそうですよ。見つけたら取って下さい。花がまだまだ咲いているので、見つけた分は全部とっても大丈夫そうです」
「わかりました~」
一つ見つけると近くに咲いているようで、金銀花、レンギョウと見つけてしまえば早くに十分な数が手に入った。
「東側で当たりだったみたいですね。十分な量が取れたと思います。これで帰りましょうか」
「私の勘すごいですよね? 天才かもしれない!」
やはりいつもより無理に明るくしている雰囲気のマイに、私もレッドと離れたのが寂しいと思うのかなと考えながら、そっと短剣を握り締めていた。
「あれ? あそこに誰かいません?」
マイが指差した方を見ると、小さな女の子がこの木々の中をキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
「なんでこんなところに? 迷子でしょうか?」
今のところモンスターのいるような跡は見受けられていなかったため、そこまで危険視してはいなかったが、さりとてこれから陽が落ちていけばどうなるかと考えれば放っておくことは出来なかった。
「一人でこんなところに来るのは危ないですよ?」
リベルテが声をかけると少女はビクッと体を震わせ、恐る恐ると言う感じでリベルテたちの方を見る。
少女は胸に小さなつぼを持っていた。
「ああ、ごめんなさい。私達は冒険者です。ほら」
怯えているのか何も言わない少女に冒険者の証を見せると、少女は少しだけ安心したように力を抜いた。
「わたしは、おみずをくみにきたんです」
「わざわざここまで? 王都内に井戸もあるし、綺麗で美味しいですよね?」
マイが首をかしげながらもっともなことを言うと、少女は俯く。
「おにいちゃんがさいごにのんだおみずなんです。だから……」
リベルテはマイを見やって、マイが何も言わずに手でどうぞという仕草をしてくれたので、少女の方を向いて提案する。
「私達が代わりに汲んできます。危ないですから今日は王都に戻りましょう。私達が明日いってきますから」
「……わかりました。おねがいします」
少女の手を引いて王都に戻るリベルテたち。
門をくぐったところで、少女からつぼを預かり、明日の夕日が落ちるくらいまでに戻ることを約束する。
「あっちのほうにあったどうくつでのんだってきいてます」
「わかりました。それではそのつぼに汲んできますね」
ギルドに戻って採取完了の報告をして今日の報酬を得たマイは、ウキウキとあちこちの店を覗く。
「今日は何を食べましょうか? レッドさんたちがいないから少し贅沢しませんか?」
「少しの贅沢はいいですね。あと、明日洞窟に行くのですから、準備もしないとですねぇ」
「それもそうですねぇ。何が必要なんですか?」
マイの冒険者にあるまじき質問に、はぁっとため息をつくリベルテ。
「洞窟に入る際の注意事項とかの講習は、……そういえば最近あったとは聞いてませんね。準備と言っても簡単なものですよ。中が暗いのですから松明と、空気が良くないはずですから口元を覆う布。それから中で分かれ道があるかもしれませんから、目印になるようなものを。なければ痕をつけていけばいいのですが」
「なるほど~。じゃあ、準備お願いしますね。私は今日のご飯買ってきまぁす」
難しいものは何一つないのだが、面倒に思ったのか逃げるようにこの場を離れていくマイに呆れるリベルテ。
結局その日の夕食はいつもの酒場でとることにし、店主のおじさんの料理に舌鼓を打つことになったが、家に戻った後、リベルテから講習を受けることになるマイであった。
そして次の日、少し眠そうなマイとともに昨日、少女に会ったあたりから探し始める。
「リベルテさん。この辺りに洞窟なんてあるんですか? 木ばっかりですけど」
「大きなものではないと思いますよ。木ばっかりとはいえ、登るような道もありますから」
先ほどより生茂った木々の方を進んでいくと、斜面も見えてくる。
辺りをぐるっと回りながら人が入れそうな穴を探す。
徐々に陽が傾き、暗くなってきた頃にそれらしい穴をマイが見つけた。
「リベルテさん! ここ! ここ! 人が通れそうな穴開いてます。あるもんなんですね」
手を振ってリベルテを呼び、リベルテが近づいてきたのを見て早速穴に入ろうとするが、駆け寄ってきたリベルテに腕を掴まれる。
「昨日説明したはずですが?」
リベルテの目に怒っていることを感じ取ったマイが慌てて準備を始める。
布を取り出して口元に巻き、松明に火をつける。火付けはマッチを使う。
「マッチがあるって助かりますね~」
「紙が広まったのとそう変わらないくらいに広まったそうですよ。火起こしが楽になったのは楽になったのですが、放火が増えてしまったことが悩ましいですね。それと持ち運びに気をつけないと、入れていた袋とか服が燃えると言う事故もありますから」
楽になることで起きる弊害になんとも悩ましげにしながら、準備した松明をそっと先に入れる。
まず先の状況を確認するということと、淀んだ風でいきなり火が吹いたりしないかの確認でもあった。
ただの道の確認だけでなく、火を近づけることで火が吹き出ないかの確認と聞かされているマイは、穴に近づいたところで口数が減り、リベルテの後ろから離れず、また前に出ようとすることはなかった。
中は少しかがまなくてはいけないが、人が二人は通れるような十分な広さで、道なりに進んでいくと、以前に人が居たのだろう焚き火のあとが残っていた。
「なんでこんなところで? 王都近いのに」
「先ほどの道は木が茂ってましたから、暗くなってくると下手に動けません。そのためここで一夜を明かしたと考えられます。ただ、人前を出歩けない人が隠れていたという可能性もありますが……」
「え? それだったらこのまま進むのは危なくないですか!?」
「王都に近く、街道に出れば人通りが多い道ですから、ここに隠れ住むと言っても隠れきれないとも思いますが、一応、注意していきましょう」
だが、途中で分岐もなく、そこから少し進めば先に道はなくなっていた。
「意外と狭いものでしたね」
「ここらにある洞窟ですから、そんなに深いものではないですよ」
そしてそこに小さく水が溜まっているところがあった。
こんな穴の中にあるにしては珍しく、とても澄んでいた。
「きれいな水ですね~」
「早く汲んで帰りましょう。やはりこういったところで長居はしたくないですし、小さな子を長く待たせたくありませんから」
きれいな水だったので少し飲んでみたいと思うマイであったが、リベルテがサッサと進んでしまうため、慌てて後を追う。
マイとしても一人でこんなところに居たくはなかったのだ。
王都に戻ると門のところで、女の子が所在無さげにしながらもジッと待っていた。
近づいて汲んできたつぼを渡す。
「汲んできましたよ。少し重いですから気をつけてくださいね」
「おねーさん。ありがとうございました」
しっかりと礼をしてから去っていく女の子を笑顔で見送る。
ただ、その女の子の顔は明るい笑顔ではなかったことに、マイだけが気づいていた。
ちょっとした洞窟ではあったが狭いところに潜るというのは気持ちが少し疲れるもので、今日はこれで早々と家に戻ることをリベルテが決めると、マイはとても嬉しそうに返事をする。
昨日贅沢した分、今日の食事はいつもどおりであったが、リベルテが食べる量は少ない。
「リベルテさん、大丈夫ですか?」
「ん~、少し疲れてるみたい。早いですが休ませてもらいますね」
と早々に部屋に戻っていく。
翌日、なんとも無かったかのように起きて挨拶をするリベルテであるが、いつもより動きがゆっくりに見えた。
「今日はどうしますか?」
「そうですね……。あと数日で戻ってきますから、今日も王都内で済ませられる依頼にしましょうか」
結局、レッドたちが出かけたときと変わらない方針でギルドに向かうマイたちであったが、途中で痛ましげな表情をして走っていく人たちを見かけた。
「どうしたんでしょうね?」
「すみません。何があったのですか?」
声をかけると一人の中年の女性が立ち止まってくれた。
「ああ……。ファウナっていう小さな女の子なんだけどね。亡くなっちまったんだよ。最近、お兄さんを亡くしたばかりだったからねぇ。お兄さんが大好きな子だったから寂しかったんだろうけど……」
その言葉に顔を見合わせる二人。
「お兄さんは国の兵になってたんだけど、ちょっと前に国境で大きな火事と相手の兵が動いてるっていうので、向かって行ってね。ちょっとした戦いがあったらしいんだけど、帰り道でモンスターにも遭っちまったらしくて。迷った先で飲んだ毒水で亡くなったらしいんだよ。あの子、お兄さんが帰ってくるの楽しみにしてたのにねぇ……。お兄さんと同じ毒水で死ぬなんて」
まさしくその言葉が止めだった。
自分たちが昨日汲んできた水を渡した少女。
何故あの場所で、異様に澄んでいた水をおかしいと思わなかったのか。
自分のせいで一人の少女を死なせてしまった。
「あああああああああああああああああああああ」
顔を覆って叫んだ後、リベルテは倒れる。
「ちょ! 大丈夫ですか、リベルテさん! うわっ! すっごい熱じゃないですか。え? いつから体調悪かったんですか。ねぇ、リベルテさん」
なんとかマイが家まで運び込んでベッドに寝かせたが、それからレッドたちが戻ってくるまでベッドから起き上がってくることはなく、ずっと寝たままであった。
そして、レッドたちが当初の予定より1日早い日程で帰ってきたのを幸いと、レッドに駆け寄る。
「レッドさん! リベルテさんが!」
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。