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「そんじゃ、タカヒロ借りていくぞ」
「どうぞどうぞ~」
「そこに僕の意思はないんですか? そうですか……」
暖かさが増してきたとは言え、まだ風が冷たい日もあり、今回レッドが受けた依頼にはリベルテの代わりにタカヒロが連れて行かれることとなった。
荷物が多い配達のため、護衛も兼ねた付き添いとなっており、行く先がアーキ村であった。
レッドとしてはあまり行きたくはない村であるが、冬が明けた後の配達ということで荷物が多く、人手が必要なことからなかなかいい報酬になっていたのだ。
少し寒いからという理由もあるが、またあの村に行くのであればリベルテは置いていこうと考えたレッドが、代わりにタカヒロを連れて行くことにしたのが先の会話である。
当のリベルテは特に何も言うでもなく、レッドたちを見送る。
「いやぁ~、またよろしくお願いしますよ。レッドさん」
「ラングさん……。そっちの商会だから受けたけど、またあなた自身が向かうんですか?」
「あそこの村はね……。ちょっと変わってるから、ね。新しい年の初めだけは私が向かうことにしているんだよ」
「あれを変わってる、で済ませますか……。そう言えなくはないけども」
「あれ? これから行くところってヤバイところなんですか?」
レッドとラングが揃って苦い顔をしているのを見て会話に入ってきたタカヒロ。
有無を言わさず連れてこられた為、これから向かうところがどんなところなんだと気になるのは当然である。
「おまえたちの言葉は、たまに同じ言葉で違う意味だったりするからわからんわ。ちなみにどんなところだと思う?」
「え~? 外国の人ばかりが住んでるとか、○クザが多いとか、医者不足なのに医者を村八分にするとかですか?」
「……自分の国以外の人ばっかり住んでるってそれはもうこの国の領地じゃなくなってるな。たしかにヤバイ」
タカヒロたちの言葉を使ってみたかったのかヤバイを言ってみて、意味があってるだろとばかりにちょっとドヤ顔のレッドであるが、もちろん、タカヒロは拾わない。
「……ヤ○ザってのが何かわからんが、たぶん違うと思う。後で教えてくれ。で最後のはなんなんだ? 自分たちが苦労するだけじゃないのか? だがまぁ、それが近いかもしれん」
何の反応も無いことにつまらないという顔になりながらも、タカヒロが想像したヤバイところについて続きを返す。
「うわぁ……」
排他的過ぎる場所と言うのは、嫌なものだ。
当人達は自分の居場所を自分の法に従って守っているだけかもしれない。
信用ならない外部の者が居つくと言うのは、害悪を招く可能性もあるからだ。
だが、それも過ぎればそこは人が居なくなっていくだけになる。
そこに住む者、新たに居つこうとする者など居なくなってしまうのだから。
国や領主など村の人より上位の者によって決められたことを受け入れようとせず、あくまでも自分の法に従って動く。
自分が苦労せず、自分の財産を守り、自分が望む環境を強いる。
個人にとっては理想であるが、村などといった他者を含めた共同の生活においては全く利がない。
例えば、若い人が居なくなっているので人を送って欲しい、招きたいとしているのに、自分たちのことだけを優先させることをしては居つこうと思えるはずはない。
その人たちは奴隷ではないのだから。
本当に外の国から来たものであればわからなくもないが、同じ国の人なのである。
レッドたちにとっては、理解できるところはあるが納得できない考え方であった。
「なんだってそんな村に行くんですか……」
「いやはや、商売ですからなぁ。今回のように大口で取引がありますから。新たに人が入らないため、作れない、不足する分が出てくるのですよ。まぁ、楽しくと言いますか、いい気分で取引させてもらえるものでもないので、他のところの取引が大きく出来れば、他に商会が入ってくるなら、代わってもらってもよいかと思ってますよ」
ハッハッハと大きく笑ってはいるが、どこかやりきれなさをかもし出していた。
どんどんと気分が沈むタカヒロであるが、沈んだからと投げ出して損するのは自分である。
しぶしぶと馬車に乗り、一行が出発する。
王都から3日くらいで着ける距離であるが、行く先が楽しめるところではないとわかっていれば、一行の雰囲気は決して明るくならない。
2日野営して、3日目に村に着くが、ラングが村長と話をして品を納めて代価をもらったら、すぐ道を返した。
このアーキ村は排他的であるため、宿も食事処もないのだ。
この村にある貨幣も他の村に物を売りに行って稼いだものであり、この村自体にお金が落ちる仕組みはできていない。
そもそも話をまともに出来るところでもないのだから、用事が済めば長居する必要はない。
「なんでしょうね。話どおりの場所ってあるもんなんですねぇ……」
「たいてい話に聞くのって、そいつの主観が入ってたり、尾ひれ背びれがつくんだが、あそこは間違えようがない」
「いやいや、付き合わせてしまい申し訳ありませんな。後は無事に帰るだけなので気楽にいきましょう」
取って返して帰り道は明るくなる一行。
向かうときは気が重くなるが、離れれば軽くなるものである。
だからだろうか、タカヒロから変わった質問が出てきた。
「レッドさんは生まれ変われたとしたら、どうしたいですか?」
何気ない仮の話。もしそうだったらという想像するだけの話であった。
ただその質問に何か違うものが含まれているように思え、レッドはどう返すべきかと悩むが、結局自身の思いを言うだけだと割り切ることにする。
「さてな、わかんねぇわ。生まれ変わったんだからそれはもう俺じゃない。そいつの思うとおりに生きればいいと思う」
一見投げやりな回答にタカヒロは面を食らったものの、聞きたいこと話したいことがあったのか、話に食いついてくる。
「いやいや、今の記憶を持ったままで、ならどうですか?」
「今の記憶を持ったままって……それは生まれ変わったって言うのか? 今の俺の記憶を持ったままってことは、俺のままじゃないか」
「そうですよ。今の自分のままで違う人生をやり直すとしたらってことです」
ジッとタカヒロを見た後、レッドは頭を一つ掻いて、一つ息を大きく吐く。
「今の俺から違う名前の人間になったとして、それで今の俺の記憶があるなら、それは結局何も変わらんさ。レッドっていう人間が名前を、姿を変えてそこに居るわけだからな。違う人生になるとは言えんさ。今の俺の考え方から変わらないんだからな」
「そんなことはないんじゃないですか? だって最初から知ってること、わかってることが多いんですよ。違う職につくこともできるし、もっと上手く生きられるじゃないですか」
「ないとは言わないが、なんつうかな……。今の俺なんだから考え方とか感情は俺のままだ。俺が嫌いだって思ってる奴がいたら、生まれ変わってもそいつを嫌ったままだ。そいつは俺が嫌いな理由を持ってるんだからな。それに、考え方が俺のままってことは性格も変わらないってことだろ? 面倒くさいと思ってやらなくなることが増えちまうんじゃないか?」
責めてしまうような言葉にならないように注意しながら、最後は笑って流せる言葉にして、自ら笑っておく。
だが、タカヒロは納得できていない様子であり、今も何か反論をしようと思案しているように見えた。
「記憶を持ったままって話だけどな。上手くいくとは限らないんじゃないか。例えば失敗しないように動けるかもしれないが、失敗しないってことが上手くいくとは言えないんじゃないか? 失敗することで覚えること、考えることができると俺は思う。それに、何も失敗しない奴なんて、周りから好かれるとは思えないんだよな。怖くないか? あまりにも自分と違いすぎて。一緒に居ると自分が酷く惨めに思えそうだ。俺はそいつの近くに居たいとはまったく思えないな」
「それは……そうかもしれないですけど。でも、例えば今よりちょっと生活が遅れている世界だったら、便利になるもの、楽になるものを作ったりできるし、それならみんなに尊敬されるし、好かれるじゃないですか? みんなの役に立つんだし」
「そう考えてたのか、お前達は……」
タカヒロの記憶を持ったまま生まれ変わるということの利点に、レッドはどうしようもない苛立ちを覚えてしまう。
「たしかに便利になったり楽になるもので助かることもあるだろう。けどな。それは本当にこの世界のためなのか? お前達がこの世界を自分が居た世界に合わせたいだけじゃないのか? 急にもたらされるものってのは、奪うものが多い。楽になることで失われるものが出てくるんじゃないか? それは考えているのか?」
「ちょ、なんでそんなに怒ってるんですか? 便利に、楽になるものがあるならいいじゃないですか。それに、それをどう広めるかなんて、その商品だったり権利を買った人とかじゃないですか。そこまで責任持てませんよ」
そこまで聞いたレッドは天を仰ぎ、ゆっくりと息を吐く。
自身の感情を抑えるためだ。
『神の玩具』は決して悪い存在ではないのだろう。
だが、この世界に満足する気がないのだ。自身の元の世界に合わせようとする。
自分たちがそれに慣れているから。
便利であり、楽になるものはこの世界に生きている人たちにとってもありがたいことではあると思う。
しかし、突然に現れて広まるそれは、今の生活を大きく変える可能性を持つ。
その影響を考えていないだけなのだろう。
「すまない。少し熱くなりすぎた。ま、仮の話なんだろ。そうなったときどうしたいか、時間が有るときにゆっくり考えてみるわ」
「僕の方こそ、変な話を振ってすみません」
明るくなっていた帰り道であったが、行きとはまた違った沈黙を持ちながら、一行は王都に進む。
荷物もないこともあって、かなり速度を速めて戻ってきていた。
そして、家に戻ってきたレッドたちを待つのは取り乱しているマイだった。
「レッドさん! リベルテさんが!」
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。