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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「いや~、暖かくなってきましたね。身体が動かしやすいですっ!」

久方ぶりに朝から元気いっぱいのリベルテが、外でストレッチを始めていた。

「多少は暖かくなってきたとは言え、まだ風が冷たかったりするからな。薄着はすんなよ」

寒い時期はずっと朝起きてこず、仕事をしても王都内だけで済む仕事しかしないため、その間の稼ぎは他の時期と比べるとずっと落ちている。

それでもマイやタカヒロがいたから多少は稼げていたというのと、家を持ったことが大きかった。宿代が掛からなくなった分、食事と防寒の品に回すこともできていた。

寒いのが苦手とか暑いのが苦手など人によって違いがあるものだということはわかっているし、家をもてたのはリベルテのおかげであるため、何も言うつもりもなかったが、それでもこれからはまたそこそこに稼いで行けると思うと少し気が楽になる。

マイたちには言ったものの、自分たちが生活の質を落とすとなると、やはり二の足を踏むものである。


「まぁ、なんにせよ。またあてにさせてもらうぜ。この時期に動けないってのはきついからな」

「あ……。あの時期でしたか……。それはそれで動きたくないですね……」

「稼ぎ時だぜ? 気持ちはわかるが、行かない選択肢はないぜ? つか、あれもこれくらいになると出てくるって、お前それに似てるな」

なんとなく思ってしまって、つい口に出してしまい、なおかつ自分が言った事が面白かったのか笑うレッド。

そんなレッドにニコッと微笑んで近づき、全力のパンチをレッドの腹部に叩き込む。


「……っぐ。す、すまん。今のは本当に悪かった……」

腹部の痛みに膝を折り、痛みにもだえながら謝罪するレッド。今のは明らかに失礼な発言だったと、殴られてから思い至ったのである。

もちろん、リベルテは微笑んだままレッドを見下ろしていた。

「おはよーございまーす。ってあれ? レッドさんどうかしたんですか?」

マイが起きてきて、外にいた二人に挨拶しにきた。

リベルテはレッドに何をするでもなく、マイと朝食の準備に家に戻っていった。

それにホッとしながらも、痛みが引くまでなかなか動けないレッド。

朝の日差しが少し暖かく、眩しかった。


「すっかり暖かくなりましたよね。なんか気分がウキウキしてきます」

「寒くなくなってきたのはいいけど、これはこれで寝ていたい陽気だよね……」

寒さが薄れてきたことで、リベルテと同じく元気いっぱいであるマイと対称的に、眠たげにしながらパンをもしゃもしゃと食べるタカヒロ。

いまだに腹部をさすりながら、ゆっくりとサラダを口にするレッドと、人数が増えて少し賑やかになった光景にリベルテは自然と笑みがこぼれる。

こういう日が続けばいいなと思ってしまうものだった。

だが、またレッドの言葉で一気に沈む。


「あ~そうだ。マイ、タカヒロ。この後、ギルドに行くぞ。討伐の依頼が出てるはずだ。この時期にだいたい恒例になってる討伐でな。たいていの冒険者は参加する。稼げるものでもあるからな」

「討伐の依頼ですか。まぁ稼げるならそれで。それに結構人数が参加するなら大変てこともないだろうし……」

「そうですね。レッドさんたちも一緒ですし、大丈夫そうです……ね? リベルテさん、沈んでますけど、どうかしたんですか?」

「……フフ。行けばわかりますよ」

ゆらっと立ち上がって食器の片づけを始めるリベルテに首をかしげるマイ。

それを見てレッドに目を向けると少し楽しげであったのも見てしまい、少し嫌な予感がしたタカヒロは逃げ出そうと思うが、レッドに素早く捕まっていた。

沈んだ顔で歩くリベルテとそれを不思議に思いながら陽気な天気に足取り軽く進むマイ。

そして稼ぐ気でやる気に溢れるレッドとそれに引きずられていくタカヒロ。

この一行から悲鳴が上がるのは、もう少し先のことである。


「きゃああああああああああああああああああ。なにあれなにあれなにあれ」

悲鳴を上げてリベルテにしがみ付くマイ。

しがみ付かれているリベルテは一層に表情をなくしながら、体だけはゆっくりと戦闘の準備を始めている。

「うわぁぁぁ。きっしょ。……別の仕事にしませんか? いますぐ」

「お前ら覚悟決めろよ。もう依頼受けてここに居るんだから別のなんてできねぇよ。それにあれ、そんなに強くないぞ? 他のやつら見てみろ。みんなやる気だろ?」

そういって周りを指差すが、やる気に満ちているのは冒険者歴が長そうな、如何にも冒険者ですとか山賊ですと言えそうな屈強な人たちで、新人の冒険者、なってそう経っていない冒険者達は怯えているというか、気味悪がっていて及び腰である。


多くの虫が地面より這い出して向かってくる光景。

それも以前にレッドが狩ってきたラガモフより少し小さいくらいの大きさである。

それがカサカサと多くの足を動かしながら向かってくる光景であれば、気持ち悪く感じてもおかしくはない。

むしろアレに向かっていった人たちの方がおかしいのではないかと、すぐに動けなかった面々が思うのも、これまたおかしくはなかった。


「アーマイゼの方が倒しやすいからそっちに向かえ。センテピードは毒持ってるから気をつけろ」

まだちゃんと動き出せていないマイたちに声をかけながら、レッドはアーマイゼを1匹、2匹と倒していく。

その光景を見ても頼もしいとはちっとも感じられない。むしろ頭を落とされてもしばらく動いている虫たちを目にしてしまい、余計に踏み出せなくなっていた。

マイなんかはもう涙目になっている。

リベルテは表情がないまま、淡々と近くに来そうな虫に弓を射掛けていた。

「なんで荷物多いのかと思ってたんだけど、弓と矢をいっぱいもってきてたんですね。近づきたくないですもんねぇ……」

いつもは短剣を持って戦う人が準備をしつつその場から動かなかった理由に、教えて欲しかったなぁと強く思うタカヒロ。


朝ギルドに向かうと多くの冒険者が集まっており、ギルマスが人数を振り分けた後、そのまま持ち場に移動となった。

何を討伐するか明言もなく、淡々と人数と持ち場を振り分け、それに文句なども無く従って動き出す冒険者達の姿は、新人の冒険者達にとって異様だった。

だが、周りが何も言わずに静かに従って動いていく中で質問するのも憚られ、着いた先でやっと周りが何も言わなかった理由と何も聞かなかった愚かさを痛感するのである。

この光景を口にして説明したくない、この光景を初めてみた時の思いを他の者達にも味あわせたいなど、まったくありがたみのない理由であることに。


やがて矢を撃ち尽したリベルテが、弓を片付け、何も言わずにマイとタカヒロに槍を手渡す。

少しでも距離をとって戦いたいというのが良く分かる。

あれに短剣で立ち向かいたくはない。剣でもちょっと近くて躊躇われる。

虫たちは数が多く、前に出て戦っている人もいるが、まだまだ向かってきている。

覚悟を決めたタカヒロは槍を持って少しでも近くに寄ってきたアーマイゼ、センテピードを突き始める。

リベルテはもういっそお手本であるかのように突き続けている。ブレがない。

マイはきゃあきゃあと叫びながら槍を振り回して虫達を上から叩き潰すように動いている。

むしろその動きとやっている惨状の方が怖いくらいに。

レッドが弱いと言っていた様に、決して倒せないモンスターではない。

弓を撃てば刺さるし、槍で突いて貫ける。剣で斬りつければ断ち切れる。

だが頭を刺しても潰しても多少動き回り続けるのが気持ち悪い。突いても斬っても刺してもそれはかわらない。

なるべく考えないようにして、動かなくなるまで突き続ける。


だが数が厄介であり、少しずつ怪我をする人も出てくる。

噛み付かれてすぐに切り倒せた人は刺し傷程度だが、毒でやられる人やハイになりすぎて独りで突っ込みすぎたせいで、虫に食いちぎられた人も出ていた。


「早く終われ、早く終われ」

頭で思うだけでなく、口にも出してしまいながらタカヒロは槍で突くということを繰り返す。

マイは叫びすぎてもう声が出なくなっているようだったが、それでもちゃんと叩き潰す動きは続けていて、近くでリベルテが鮮やかに突き倒しているので、怪我の心配はなさそうだった。

「お。結構頑張ってるじゃないか」

先行して暴れまわっていたレッドがいつの間にか近くに来ていたことに安心感が出てきてしまい、ホッと気が抜けていく。

だが、まだまだ虫がいたことを思い出して槍を構えなおすが、レッドがそれを制する。

「大丈夫だ、もう終わった」

虫達が逆方向に向かいだしていた。

助かったとも思うし、まだあんなにいたのかと絶望的な気持ちも出てくる。

その場にへたり込んでしまうのも仕方がないもので、あちこちで同じように座り込む人がでてきていた。

大きな声で追う必要はないという言葉が聞こえ、まだ戦おうとする人がいることに、元気だなと場違いなことも考えてしまい、笑いがこみ上げてくる。

「おう。笑えるなら大丈夫そうだな」

そういってレッドも笑い、あちこちに伝染し、場が一気に明るくなる。


「ねぇ、レッドさん。二つ質問があるんですが?」

「なんだ? タカヒロ」

「一つなんで追わないんですか? あれがまた向かってきたらヤバくないですか?」

「おまえ、アレが森とか林に入ったら今以上に大変だぞ? あいつら木とか平気で登るし、自由に動き回れるからな。しかもアーマイゼは、ディグアーマイゼって呼ばれる穴掘るんだよ。見落とすと後ろからやられるんだ」

「倒したこれらどうするんですか?」

「おまえはアレを食いたいのか? それとも食う習慣でもあるのか?」

「いやいやいやいや、そんなのはないです。なんかこう防具とかに使えないかなと」

「あれを身に着けたいのか? 俺は嫌だぞ。それにそんなに硬いもんでもないしなぁ」

あれら相手に暴れまわってきたレッドであるが、それを素材としたものを身に付けるということには寒気がしたようで、腕の辺りをさすっていた。


「じゃあ、あとは国の兵はこういうときこそ動かないんですか?」

「質問が増えてるぞ。それな。動いてはいるぞ。範囲広く防がないといろんなもんが食い荒らされるからな。それに増えられでもしたら……。だが、他にも街とか村にも待機しなきゃいけなくてな。抜けてきたやつの相手もあるし、この騒ぎで悪いことするやつってのはいるもんでなぁ」

それを聞いて火事場泥棒とかかと納得した様子のタカヒロ。


「さて、帰るか。ギルドの職員が見ててくれてるから、どんだけもらえるか楽しみだな」

「それであんなに居たんですか。討伐部位の持ち帰りとかないからどうするんだろって思ってたんですよねぇ」

「だから、なんであれらを持ちたいと思うんだ、おまえは」

「いや、持ちたくなんてないっす」

「早く帰ってお風呂に入りたいです……」

「はぁ、すぐに寝ると夢に出そう……。これだからこの依頼嫌なんですよね……」

口々にもう嫌だとか愚痴を言いながら帰路に着く一行。

帰りしなにくしゃみをするリベルテであったが、戦いの後で気が抜けきって話し続けている他の人間は気にも留めなかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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