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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「レッド。住むところを移しませんか?」

リベルテのあっさりとした一冒険者としては大きな発言から始まった。

「昨日言ってた話だからその話が来るのはわかるんだが、また唐突に切り出したな」

二人が起きて、食事に手をつけようとしていた時なのだ。

ましてや、レッドはフォークに刺したベーコンを口に入れようとしていた時なだけに、食後でいいじゃないかと思わざるを得ない。


「仲の良かったおばあさんから、譲り受けた家があるんです。上手く使えれば宿暮らしよりお金を使わずに済みますから、他に使えるようにできますよ?」

「ほかの町への配達とか討伐で不在になる間どうするよ? 無用心になる。物もあまり置きたくはないだろ。宿だったら預かってもらえるっていう利点があるから利用してるわけだし」

「家の近くの人たちとも面識ありますから、いない間を見ててもらえますよ」

リベルテは家住まいの利点をあげ、レッドからの反論を潰していくが、いまいちレッドは乗り切れない様子である。


実際に家持の冒険者がいないわけではない。

元々、他の職からあぶれたりした者達の受け皿な職であるため、家も家庭も持っている冒険者はいる。

また、家を持つことを夢見ている冒険者もいるわけで、冒険者と言えど家を持ちたがらないわけではない。

だがやはり、レッドが言ったように家を持つことで枷となることが出てくる。

長期間、家を空けることが出来なくなるのだ。

他の国より恵まれてはいる国であるが、全ての人が裕福ではなく、また裕福であっても悪事に手を出す者というのは絶えないものである。

長い期間、誰もいない家など盗みに入るには格好の場所である。

家を持たない捨てられた人たちが勝手に住まうこともあれば、そのまま占拠されて、家を買った者が追い出されるという話もあったりする。

国の機関に訴えでて取り返すことはできるが、取り返した後の片付けやもう一度同じことが起きないようにと手を打つとなると、長く家を空けるというのはできなくなる。

職が冒険者であれば、遠出をしない、日にちをかけない仕事となると近場の配達や手伝い仕事、あって偶々近くで取れる採取や討伐ということになる。

今まで好きに稼いだお金を使って生活していた者が、家を持った後はとても質素な暮らしになった、なんていう話もあるあるなのだ。


「一家族が住める家なのでそこそこに広いんですよね。なので、彼女達も一緒に住んでもらおうかなと考えているのですがどうでしょうか?」

「それ、本気で言っているのか? しばらく一緒に行動してるから、悪意を持っていないことは感じ取れてるが……。生活まで一緒にするとなるとわからんぞ?」

「だからですよ。一緒に暮らすことでわかること、見えてくることがあるでしょう。近くにいればおかしな動きを止めることもしやすいですし。積極的に関わっていった方が良いと思うんです。後悔しないためにも」

「……それはわかるな。わかる。そうしてみるか。どっちもが長いこと空ける仕事を受けなきゃいいってのもあるからな」

「それじゃあ、マイさんたちにも話をしてみましょうか!」

「前もって話してないのかよ……。相手が受けるとは限らんぞ、これ……」


「え? いいんですか!?」

早速ギルドで捕まえたマイに話をしてみるとすごい食い付きを見せてきた。

「やっぱり自分の好きにレイアウトした部屋に住みたかったんです。宿だと好きにするわけにはいかないでしょ? 味気ないし、帰ってきたーって感じもしなくて……」

まだどんな家でどんな部屋かも見ていないのに、マイはリベルテとどんな部屋にしようかキャイキャイと話し始めていた。


「おまえもそんなもん?」

「ん~、自分の部屋って言うのは気が楽になりますから。それになにより日々の宿代が……」

「リベルテの好意で住まわせてくれる話だが……さすがに何もしないってわけにはできんぞ? 俺だって稼ぎからリベルテに回す金を増やす気だし」

「ですよね~。さすがにそこまでは厚かましいって思うんですが、あいつはそこ考えてるのかなぁ……」

部屋にどんな物を置くとか華やかにしたいとかまだ盛り上がっている女性二人を見て、男性二人は揃ってため息をこぼした。

「さぁ、行きますよ。早く準備してください」

そして何時の間に話が終わったのか自分たちの荷物を持っている女性二人に、「そんな気配あった?」「え? 何時の間に?」と小声で話しながら荷物を取ってきて、リベルテを先頭にこれから住まう家に向かう。


「ここです」

リベルテが到着を告げた家はなかなか立派な家だった。

部屋は夫婦の部屋なのだろう少し広めな部屋が1つと、他にこじんまりとした部屋が3つもあった。

大きい部屋は家主となるリベルテにと決まり、それぞれが狭いと感じるかもしれないが、自分の部屋だと感動の声を漏らす。

「さて、サッサと動きましょうか」

冒険者の心得として荷物は多くは無いので運び入れる荷物は少ないが、他がなさ過ぎるのだ。

力仕事だとレッドとタカヒロは買い物に追い出され、リベルテは近所に挨拶に、マイは掃除にと分かれて動き出す。


食器類に鍋、しばらくの食料品と買い込む物が多く、レッドは少し高く積んで持ち、タカヒロは重そうに手提げに袋をそれぞれの手で持っていた。

「買いすぎだよな、これ……」

「数日分の宿代が余裕に回ったせいか、買っちゃいましたね。というより、買うように出された要望が多すぎ……」

「文句言うと辛いだけだな。早く戻ることだけ考えよう」

「う~い……」


とても疲れた様子で二人が帰ってきた頃には、家の中は掃除が終わっており、今日は贅沢にと風呂まで用意していた。

掃除して汚れたからとマイが提案し、リベルテも一も二も無く賛同して用意したと言う。

疲れて汗もかいている男二人にとってもありがたい知らせであった。

「もう私達は済んだ後だから、一人ずつお風呂どうぞ。買ってきてもらったのはこっちでしまっておくわ」

マイがそういうと、「俺が先でいいか?」と返事をする間もなくレッドが風呂へ向かってしまう。

「なんというか、サービスシーンもないのか……」

タカヒロは誰とも無く呟くが、何かを言ってくれる人は誰もいなかった。


タカヒロが風呂を上がる頃にはご飯が用意できており、お酒も用意済みと準備万端である。

「それでは今日からここが私達の拠点となります。これからも仕事頑張りましょう!カンパーイ!」

リベルテに音頭を取ってもらい、「カンパーイ!」と唱和して各々がワインやエールに飲み始め、サラダやシチューへと手をつけていく。


「リベルテがだが、こうして家を持てたというのは驚きだな」

「ええ……。本当に、いい縁でした……」

「住まわせてくれてありがとうございます、リベルテさん」

「しっかりと働いてくださいね」

「まかせてください。どんどんタカヒロ君を使ってください!」

「自分じゃないのかよ……」

「いや、さすがに今日のは買いすぎでしょ。レッドさんだって重そうだったし。なんかこう空間魔法とかマジックバッグとかそんなのないのかねぇ。あれば楽なのに」

和気藹々と話をしていたのだが、タカヒロが言った言葉に、レッドとリベルテが口を閉ざしてしまう。

「え? な、何かタカヒロ君が変なこと言っちゃった?」

ピタッと会話が止まったことにマイが場をなんとかしようとアワアワするが、何がひっかかったのかわからないのではどうしようもない。

「あ~、いえ。あまり昔話を知らないようでしたが、知ってたんだなぁ、と」

「それもかなりの悪党の話だったんで、つい、な」

「え? そんな話してた?」

意図せず言っていた様子にレッドとリベルテは顔をしばらく見合わせ、一つうなづいた後、内容を話すことにした。


「昔話なんで何時ごろかは知らないんだが、この国にとんでもないやつが現れたことがあるらしいんだわ。旅人だと言って国に入ってきたんだが、荷物らしい荷物は何も持ってない。その後、ある商会で働くことになったんだが、そこから一気に交易が増えて結構な大商会にまでなったらしい」

「そこまでならいい話ですし、そこのどこにタカヒロ君が言った何かがあるんですか?」

「あぁ、ここからなんだ。あまりにも急に大口の交易がされるようになったんだが、その大口に見合う馬車の台数がないし、動かした報告もなかったんだ。で、その大商会で交易を担当していたやつを国が召還して確認していたんだが、どうにも運搬の件は話さなかったり、つじつまが合わない。そんなもんだから怪しいってことになって拘束する話になった途端、どこからともなく武器を手にして抵抗して、国から逃げ出していったんだ」

レッドが口を湿らせるようにエールを飲み、続きを話す。


「足取りを追っていくと、どうにも匿ってもらった家や屋敷の物がいくらかいつの間にかなくなったりもしていて、そいつが盗んだと判断されたわけだ。まぁ、最後は捕まって処刑されたわけだが、捕まったときも身軽だったらしくてな。どこに物を持っていたのかって話が、空間魔法だとかアイテムバッグだとかそんな話になってるのさ」

レッドの話に言葉も出ないマイとタカヒロ。


「いくらか誇張であったり改変されていますけどね。実際、匿った家や屋敷から物がなくなったというのは事実らしいですが、匿った代わりに大変な仕事とかもさせていたようで、その代金とばかりに持っていったという話もあります」

「いや、それにしても救いがある話では……」

「その流れからすると、空間魔法とかアイテムバッグって迂闊に話にすると危ないですか? 万が一、存在したりすると……」

「話をするだけなら問題ないさ。昔話ってんで広まってるんだから。それと実際にあるかは魔法を研究してる学者達で議論されてるが、本当にあったら殺されるだろうな」

サラッとなんでもないように言うレッドであるが、それを聞いた二人は顔を青くする。


「な、なんで殺す必要があるんですか? 危険な魔法じゃないじゃないですか?」

「いや、十分危険だろう。何のために門とかで検査してるんだよ。危険な物とか変な物を持ち込ませないようにしてるのに、それだと持ち込めちまう。逆だってそうだ。持ち出されたら困る物も誰にもわからず持ち出される。城から逃げ出しただけの話だが、そのまま王や宰相などの命が狙われる可能性だってあったんだ。そいつ以外、誰も何をどこにどれだけ持ってるかわからんのだ。危険すぎる」


そこからは折角家住まいになったお祝いであったのだが、盛り上がることなく、お開きとなり、タカヒロとマイはそれぞれの部屋に戻っていく。

片付けとその手伝いとしてレッドとリベルテは残っていたのだが、二人もまた真剣な表情だった。

「関係がある人物だったのか? それともタカヒロ辺りが使えるのかもしれないな。そうなると話したのは迂闊だったか?」

「いつか、どこかで話にはなったでしょう。早めに話せたと考えていいのでは? それに使えないのか、はたまた使わないようにしてるのかわかりませんが、使うことはないでしょう。不満を言ってたくらいですから、元々その心配をしていたのだと思います」

「まぁ、心配事が減ったのか増えたのかわからんところだが、このまま問題なくいきたいものだな。家を持ったことだし」

「ええ、そうですね。さてそれではそろそろ私達も寝ましょうか」

「そうだな」


リベルテが部屋に戻ろうとする背中にレッドから声がかかる。

「……リベルテ。この家に住まわせてくれてありがとうな」

「いえ。それではおやすみなさい」

リベルテの部屋の戸が開き、閉まる音を耳にしながら、一人残ったレッドは天井を見上げながらため息をこぼす。

「さて、寝るか。……ありがとうございます」

誰もいなくなった居間に礼をするレッド。

住宅が建ち並ぶこの一帯は、昨日まで過ごしていた宿一帯に比べ、とても静かに夜が過ぎていった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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