35
「さて、仕事に精を出そう」
すでに身支度を整えているレッドがリベルテのベッドの前に、仁王立ちしておはよう代わりに朝一に述べた。
「……寒いです。レッドは稼ぎがいいのをやってください。私は配達とか店のお手伝いとかしてきます……」
ベッドで毛布に包まりながら返ってきた言葉に、レッドはわかってたけど、とため息が漏れる。
それもそのはず、今日はこれまでで一番冷え込んだ寒さだったのだ。
雪が降ったりしていたが、それでも新年祭までの日がまだ暖かい方だったのだな、と思うくらいである。
だが、新年祭も終わり、寒いからと動かない日を作ってしまったこともあり、レッドたちの懐はだいぶ寒くなっている。
街の方も同じなのだろう。
この寒い中を動き回っている人たちが多く見受けられる。
部屋にいるより、その動き回る人たちの熱気の中にいた方がまだ暖かいように思えるほどに。
「はぁ……。まぁ稼いでくるならそれでいいか。それじゃ行って来るわ」
戸を閉めて宿を出て外の空気を吸って吐く。
冷たい空気が肺に入り込み、寒さに身体が震えるが、それが逆に身を引き締めるように感じる。
何度か繰り返し、寒さに身体が慣れてきたかなと思えてきて、それからやっと冒険者ギルドに向かうことにした。
新しい年を迎え、気分を新たにして働く人々を見て、レッドは自分もと更に気合が入ってくる。
冒険者ギルドに入ったレッドは、そこで早速、マイたちを見つけてしまった。
マイたちに話しかけているのはレリックたちであることに、少し首を傾げてしまったが、冒険者同士の横のつながりは大事なものであるため、そういうものだと思い、サッと依頼板のほうに向かう。
寒い日と言えど依頼はなくならないし、寒いからと出される依頼もある。
新しい年を迎えたからと動き出すところもあるので、依頼はかなり出ており、冒険者達が無事にこなせればという前提は付いてしまうが、生活に困ることはなさそうである。
「どれにしたもんか……」
今日は相談する相手もなく、自分だけでこなせるものを選ばなくてはいけないということに、気楽ではあるがその分の悩みもあり、ついつい独り言が漏れてしまう。
「よう。早速来たな。毎年わかりやすい生活だな、レッド」
「今年もよろしくお願いします、ギルマス」
わざわざ忍び寄るようにして声をかけてきたギルマスであるが、存在感が大きい人であり、ギルドの中であれば、気配はわかりやすかった。
「休みボケはしてないようだな。リベルテの方は……、まぁ、こう寒いと、か」
「そういうことです。でもまぁ、後で顔出しに来ますよ。たぶん、きっと」
「お前が最近つるんでるあいつら。話題になっててな。さっそくお前の教え子達が群がってあの通りだ」
「教え子なんて持ってないですよ……。ただのギルドの講習でしょうが。何の話になるかは知りませんが、知り合うにはいいんじゃないですか? まだ成り立てのやつらだし、ちょうどいいでしょう」
レリックたちはレッドが新人冒険者の講習を担当した時の冒険者である。
あのときのメンバーが何があったのかレリックを中心にするように結束し、今では一つのチームとして活動している。
人数の割りに無茶はせず、採取や配達と言った良く冒険者に憧れる新人が手を出さない、または出しても嫌々であったり仕方なく……という依頼を多く受け、たまに討伐の依頼を受けても手堅く倒してくるということで、街からは期待の新人と注目を浴びている。
マークの2代目チームとしてかなり好評で、彼らもマークのことを慕っていたので、嬉しい反面、名を貶めないように結構気を使っているようである。
「いや、レッドはリベルテと二人でやってるだろ。そんな他を入れることはない夫婦冒険者が連れを増やしたんだ。気になるってもんだろ。それにあいつら、成り立ての割りに結構な討伐依頼こなしてきやがる。だが、強そうには見えないんだ。奴ら自身のことも気になるってとこだ」
「どこから突っ込めばいいのか……。まず夫婦じゃないです。他を入れないというか、そうそう信頼できる人以外と組むやつなんかいないでしょうに……。良くない話もまだまだ聞きますよ?」
レッドの反撃にギルマスとしては降参するしかないギルザーク。
冒険者のチームを組んだその日または翌日に亡くなる冒険者がいるのだ。
依頼を受けてモンスターに遭い、やられてしまったというよくある話ではあるのだが、その冒険者を誘った者達は無事だった。
逃げてきて依頼不達成かと思うだろうが、採取するものは採取できていたり、その冒険者は亡くなってしまったがモンスターの討伐は出来ていたりしていて、しっかりと彼らは報酬をもらえている。
それからしばらくしてまた新しくチームに誘ったりしているのだが、どうにも怪しいというものである。
誘われた冒険者は囮にされたり、はたまた持っているお金などを奪われて殺されたのではないかと言う噂がでているのである。
本当だとしたら、ギルドとしては看過できないし、その冒険者達を持つギルマスとしてはかなりの痛手である。
評判としても戦力損失として運営としてもいただけない。
だが、そいつらを処罰すれば済むかというと、証拠も無いのに処罰すればギルド、ひいてはそこで働く冒険者の評判も下がるだけになってしまう。
「ん? もしかしてマイたちを使おうとか考えてないか?」
「お? どうしてそう思う?」
少しにやけた表情でレッドを見るギルザークにイラッとしながら、レッドはマイたちを見ながら感づいたことを口にする。
「レリックたちはみんなでチーム組んでて評判もいいし、仲もいい。そこからはじき出されるってのはそうそうないだろう。あっても引く手あまただ。だからレリックたちは使えない。だが、マイとタカヒロは二人だ。俺達といると言っても俺たちのチームに入ってるわけじゃない。引率みたいなものであれば、いつかは離れる。そして強そうに見えないってのもあるから、だろ?」
「ま、そういうことだ。他の若手にゃ頼めねぇ。そもそもの腕がないからな。それと覚悟も。このまま放置もできねぇとなればアリだろ?」
にやついた顔から一転してギルマスの顔になったギルザークが、マイたちを見ながらレッドに同意を求める。
「あいつらをそういうのに巻き込むのはやめてほしい。余計に厄介ごとが増える」
そんだけ可愛がってるのか、と思ったギルザークであったが、レッドの顔を見てギョッとする。レッドの顔に幾分かの怯えを見たのである。
「おまえがあいつらを側においてるのは……そういうことか」
「あいつらが自分たちで選んだのなら俺に止める権利は無いが、その話をあいつらに振るのなら、相応の覚悟をしてほしい」
「職員に通達しておこう」
ギルザークはそれだけ言って部屋に戻る。
ギルザークはレッドたちを買っていた。
それだけにそのレッドが怯えを抱きつつも側につけている相手がどんなものか想像がついたのである。
「そういえば、あいつが最近調べていたのは……『神の玩具』か……。どこで荒れるのやら。願わくば王都、この国でないことを」
「あ~、レッドさん! 見てたなら助けてくださいよ」
「助けるも何も話しかけられてただけだろ。大体助けを求めるなら近くのタカ……」
辺りに目を向けるとマイがレリックたちと話をしていた場所からだいぶ離れたところでひっそりとしていた。
「あー、まぁ、お疲れ様。他のやつらと仲良くしとくってのは大事だからな」
マイがジトッとレッドを見るが、レッドはそれなら向こうだろと内心思うのだが、またややこしくなりそうなので黙って気づかぬ振りである。
タカヒロだけでなく、レッドもやさしく無いと知って不満であるが、レッドの態度はなんとか逃げようとしているものであり、レッドと喧嘩してもいいことは何も無いのはわかっているので、マイはふぅっと息を吐いて気持ちを切り替える。
「そういえばリベルテさんは?」
落ち着いてから辺りを見れば、自分に味方してくれそうな人がいないことに気づいてレッドに問いかける。
「今日はその……寒いからな。あとであいつが一人で出来る仕事をしにくるはずだ」
「寒いですよね、今日。ん~、それなら私もリベルテさんと一緒しようかな。それじゃあ、タカヒロ君使っていいので。それじゃあ」
質問攻めにあったのか、ただ気を使いすぎたのか、マイは少し疲れた様子でスタスタとギルドを出て行ってしまった。
残されたレッドとこれまたいつのまにか近くに来ていたタカヒロは呆れながら見送るしかない。
「それじゃ、なんか受けるか?」
「簡単そうなのでお願いします」
「じゃあ、飯処の食器洗いとか。ただ洗い続けるだけで簡単だぞ。この時期の水に目をつぶればな」
「それ絶対冷たいやつですよね。お湯なんて期待できないだろうし……。もう少し別なので」
「じゃあこれなんかどうだ? 建築資材の運搬。新しい年を迎えたってので新しく家を建てたりするところが多くてな。その建築資材を運んで廻る手伝いだ」
「すっごい肉体労働ですよね、それ。そんな重労働したくないです」
「……もう面倒くせぇ。これいくぞ。報酬もいいからな」
「ちょ。嫌ですよ。引っ張らないで。アアアーー!」
「やかましいわ」
なんとも道化のようなやりとりをしてギルドを後にするレッドとタカヒロに、ギルドにいた面々は笑いを堪えるのに必死だった。
堪えきれずに大声で笑った者達はギルマスから新年早々、ありがたい説教を受けたとか。
「こうやって作られていくのを間近で見るのって楽しいですねぇ」
「重いもの運ぶ重労働嫌だって言ってたよな。なんでそんなに楽しそうになってんだよ……」
「え? いや、重いのは重いですよ。もう腕なんかプルプルしてますし」
「それはそれで鍛えようが足りなさすぎだわ。剣持ってるけど大丈夫なのか?」
「これは飾りです! 偉い人にはそれがわからんのです!」
「わかってたまるかっ!」
ワイワイいいながら加工された木を運ぶレッドとタカヒロ。
冒険者だから楽々運んでいるように思えるが、大工を生業にしている者達の方が、日々重いものを運んでいるためか、筋肉がとても逞しい。
「こう見てると……冒険者なんていなくても、大工さんたちで十分モンスター倒せそうですよね」
「倒せないことはないだろうよ。だが、物を建てることを生業にしてる人がいきなり自分の命をかけて何かの命を奪いに行けるか? ってとこがあるな。必要なときはできるだろうけど」
「わざわざ危険なことしないですよねぇ。それで食べていけるわけだし」
「たまに冒険者の中に元大工ってやついるぞ? 勤めてたところを辞めてきたりで」
「なんかますます僕が冒険者やってるのが違和感だけだわ」
タカヒロは軽い感じで自虐を言ったつもりであったが、その言葉にレッドが足を止める。
「いや……お前十分冒険者いけるだろ。仮に辞めても魔法関連のとこ行けるし。魔法研究所とか宮廷魔術士ってのもおまえならいけるだろ」
「え?」
「おまえ、ひ弱に見える外見だけど、実際は違うんだろ? 今もこれ軽く持ってるしな」
「そんなことないですよ? もらえる力って1つだけだったし。ケチくさい……」
「そうか……。どんなのかは知らんが、魔法で持ってるのか。だとしてももう少し重そうに見せろよ。別のとこじゃ目立つぞ」
「……気づいて、いや、知ってるんですね? 失敗したなぁ。それでどうします?」
いつもの笑顔から一転、目つきが変わる。
いつでも相手を倒せるという強者の目。相手を潰すことにためらいを持たないものだった。
だが、それに対してレッドは頭を振る。
「何もせんよ。サッサと仕事終わらせようぜ」
そういって木材を持って歩き出す。
その背中をしばらく見た後、いつものように軽い感じで後を追うタカヒロ。
「待ってくださいよ。一人じゃ運べませんて」
死ぬ間際まで些細なことにも注意を払い続けない限り、隠し通せることなど多くない。
小さなほころびから明るみに出てしまうものである。
少なくとも、この世界にいる『神の玩具』の運命が動き出しているのは確かだった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。