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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「明日だな、新年祭。今年一年お疲れ様。何事も無く過ごせて何よりだった」

「はい。レッドもお疲れ様です。何事も無く、と言っていいのかですけどね」

レッドとリベルテはワインの入ったコップを互いに軽く掲げてから一口飲む。

ふうっとため息がこぼれる。


「会ってからそんなにたってないが、王都に来てから動き出すのが早かったな……」

「人が多ければそれだけ腕に覚えがある人はいるものですから。かれらの望む物を作れる人がいると考えたのでしょうかね」

「これまでの人たちも同じように考えて動いてきたんだろうか?」

「自分で作り出した人もいたと思いますよ? 紙はその人自身が作ってそれを大きな商会に持ち込んだとされていますから」

「銃もその類なのか? それがどんなものかわからんが、良い物には思えないんだよな……」

「言われてから間もないですので、まだ調べきれてません」

リベルテが、如何にも不機嫌です、という顔になり、レッドは話題の振りを間違えたと後悔しながら、ワインを流し込む。


「いずれにしてもしばらくはゆっくりして、明けの祭りが終わってからですね」

レッドが何かを言ってきたらそこから反撃して憂さを晴らそうとしていたリベルテであったが、レッドが何も言わずにお酒に逃げていることから、こちらも諦めてワインをグイッと飲み干す。

そそくさとレッドがワインを注いでくれる。

普段からこう気を回してくれればと思ってしまうのも仕方が無かった。


「そうだな。祭りは深夜からだからしばらく寝てていいぜ」

「この時期に新年祭やるなんてという思いは消えませんが、折角のお祭りですからね。楽しみますよ。」


今日で一年が終わる。

そのため、いつもの王都にしては明るいのに少し活気が無く、皆大人しくしている。

この一年を近しい者達と振り返りながら過ごし、無事に次の年を迎えられることに感謝をささげるのだ。


「また次の年もこういった生活を送れるように、依頼こなしていかねぇとな」

「でも、無理はせずに、ですね。怪我したり、万が一があったらこんな生活できませんから」

「そうだな……。あとはあいつらが大人しく生きてくれれば、か」

「それにしてもなんで冒険者を選んだんでしょうね? 彼女に至ってはあのままメレーナ村で過ごすことに問題はなかったと思うのですが」

「さあな。それはこっち側の考えだ。あっち側には何かしらの理由があるんだろ。人が多いところに来て、多くの人と接することができる冒険者が都合よかったんじゃないか?」

「そうですね……」


二人はそこで一旦話を切り、窓から外を見る。

まだ陽は高く、通りを歩く人の数はまばらにしかない。

そういう日だとわかっているが、活気が無い王都というのはあまり好きにはなれない一日だ。

さびしがり屋なのだ。

だから雑用ごとの依頼をよくこなす。

人と接し、言葉を交わす。

人の生活を垣間見、自分もその中にいると思える。

大きな変化はないが、ほんの少し、いつもと違う何かがある。

稼ぎがいいとは言えない。悪いとも言えないが、十分なのだ。

レッドたちはそんな生活でよいのだ。

すべての人にその考えを押し付ける気も、理解してもらおうとも思ってはいない。

だが、この生活を壊されたくないという意思はある。

だから、マイたちを気にかけている。

大きく世界を変えて、今を壊してしまう可能性を持つ『神の玩具』に。


テーブルにコトッと音がなった。

リベルテが飲み終わったコップを置いた音だった。

レッドの方を見て薄く笑う。

「彼女達のほかに、まだ居たりするかもしれませんね」

「これ以上いるとか勘弁してほしいな……。ゾッとしねぇよ」

「そう願いたいですが、今のままじゃ彼女達は『玩具』と思われないのでは? そんな風にも思うのです。夜まで仮眠しますね。それでは」


レッドたちは宿で2部屋を借り続けている。

その分お金は掛かるが、長く続けていくためにはこれがいいのだ。

冒険者仲間、チームであるからと毎日同じ部屋では息が詰まる。

それになにより、レッドは男でリベルテは女なのだ。

時間の過ごし方も違うし、男女の問題もある。

それでチームを解散したり、冒険者を辞める者もいる。

悪いことではない場合もあるが、良くない場合もある。

それに将来を見据えていなければ苦しくなるだけなのだ。

レッドとリベルテは今の時間がもう少し長く続けばいいと思っている。

だからこそ不満は無いし、今を維持するために稼ごうとも思えているのだ。


リベルテが戸を閉めて去っていく姿を見送ってから、レッドは一つため息をつく。

今の二人はひとまず大人しいのだ。

だが、レッドたちが調べた『神の玩具』たちはそのだれもが大きな何かを起こしていた。

聖女しかり、魔王しかり、大商会を築いた者しかり……。

あの二人が大人しい間は何も無い。この世界に送ったのに何も起きなければ、送った者はどう思うのだろうか。

何かを起こすと信じ、起きるその日まで楽しみながら待つのだろうか。

いや、そんな保証もないのだ。つまらないと感じるだろう。

何かが起きるようにと動いて何もないのだ。不満だろう。

そうなれば別の者を用意しようとする可能性は大いにある。


レッドはコップに残っていたワインを一飲みし、テーブルに置く。

心配事はあっても、今日で今年が終わるのだ。

次の年がどうなるかは過ごしてみなければわからない。

先のことなんて国を動かす者や自分の店などを構えている者達が考えればいいのだ。

その日を暮らすような冒険者が考えることではない。

そう思うことにしたのである。


そして陽は暮れ、夜を迎える。

灯りはいつものように消えはせず、煌々と照らされ、少しずつ慌しく動く音がし始める。

静かな時間が過ぎ……教会の鐘がゆっくりと厳かに鳴り響く。

鐘の音が数度鳴り響き、人々が歓声を上げて夜道に出てくる。

新年を祝う祭りが始まる。


「それじゃ行くか」

人々のにぎやかな声が聞こえ、商人たちが一斉に店を開ける。

毎年のこととは言え、準備とは時間がかかるもの。

声を張りながら準備を進めている声も聞こえる。

今日一日大騒ぎして、明日は休む。

騒いで新しい年を迎えられたことを喜び、次の日に休んで活力を取り戻し、また新しい日々を過ごす。

それが新しい年の始まり方。


レッドとリベルテが宿を出ると、ちょうど騒ぎに驚いた様子で出てきたマイとタカヒロに捕まった。

「なんでこんな夜から祭りやるんですか……」

「王都だと人が多い分、にぎやかですね~」

「あれ? マイは知ってるのに、タカヒロは知らなかったのか?」

「村ではここまでにぎやかにやりませんから……あはは。それにこいつは夜普通に寝ちゃってますし」

「まぁ、朝が来てもまだにぎやかにやってるから、そこからで十分だしな」

こちらの世界に合わせようとしているのは見えるが、やはりちょくちょくと抜けがある。

それ以上詮索されないようになんとか話題をそらそうとしていたマイは、レッドが乗ってくれてホッとしていた。

だが、それだけではと思ったのか、目敏かったのかはわからないが、リベルテの服装を見て、服の話に切り替える。


「そういえばレッドさん。リベルテさんに服プレゼントしたんですよね? いいな~」

タカヒロではなくレッドの方を見て言う辺り、ちゃんとお金を持っている相手を見て言っている。

もちろんその会話に加わると面倒そうなので、見ているだけのタカヒロ。

レッドとしては『神の玩具』であるから気にしているという部分があり、今のマイに何かを買ってあげるという理由はない。

まぁ、そのお金も余裕を持っていないというのもある。

あまりに強く否定してそこから暴発されても困るわけで、レッドとしては扱いに困りつつ、なんとか柔らかく断ろうと頑張っている。

その姿がとても不憫に見え、見ているだけであったタカヒロがはぁっとため息を一つついて話に参加する。

「そういえば、リベルテさんが寒い寒い言ってましたけど、冬用の装いはないんですか?」

「ん? 冬用の服ならあるが……。冬用の鎧とかを言ってるなら、そんなもんないぞ」


「それだったら冬用の服の上に鎧をつければいいじゃないですか」

「いや、冬用の服って今のあいつみたらわかるように、全体的に厚手の毛皮があしらわれてるだろ。その上に鎧つけるってなると窮屈なんだよ。それに生地が厚い分、動きにくくなるからな」

「でも動けないわけじゃないんだし、寒くて動けないとか凍傷とかになるよりずっといいじゃないですか。

「雪山とかならそうしないとだろうが、雪も積もってないところで動きにくいって致命的だぞ」

「寒くて動けないなら同じじゃないですか?」

「だからモンスター討伐なんてこの時期は受けたくないんだよ……。まぁ一応、多少は暖かい服は持ってるさ。さすがに今のリベルテほどの厚手じゃないやつ。あまり服多くても持ち歩けないし、置き場困るし……。大変なんだぜ?」


冒険者は移動の多い依頼が多い。

遠出するというのはなかなかの労力を必要とする。

モンスター討伐や採取となれば事前準備をして、その場所まで旅をする。

配達であっても王都内で済むものより、地方への依頼が護衛も含めて多くなるのだ。

家を持ちたいという思いは持つが、家にいる日は多いとはいえない。

人のいない家など傷みやすいし、いくら他所より豊かであっても悪事を行う者が居ないことはないのであれば、格好の盗みの場となってしまう。

荷物は多くないほうがいいのである。


ただの服の話からこれまた妙な話になったと感じたのだろう。

マイが屋台や出店を指差す。

「折角ですし、行って見ましょう。何があるのか楽しみです」

そして、タカヒロを引っ張りながら人混みの中に入っていった。


「ああしてみると、私達と何も変わらないのですよね」

「そりゃな。同じ人ではあるのだから、そうだろうよ。だが、今はそんなのは置いてこうぜ」

レッドが少し照れながら、リベルテに手を差し出す。

リベルテは少し俯いてその手をとり、二人もまた屋台や出店に向かっていった。

この一年もまたこのように変わらず賑やかであることを願いながら。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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