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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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その日の王都はまた少し黒い雲に覆われて、空から細かな雨を撒き散らしていた。

雪になるほど冷え込んではいないのだが、細かい雨は肌に張り付き、より一層冬の寒さを感じさせていた。

水濡れに強い素材の外套を羽織っている人はまだ良いが、持っていない人たちは雨にぬれて寒そうにしながら作業を続けている。

その雨の中を早足で宿に向かっていたレッドであったが、良く利用している鍛冶屋の店主に呼び止められた。

「おい、レッド。ちょっと話があんだけどよ」

「なんですか、おやっさん。雨で寒いんで早く帰りたいんだけどな」

「おやっさんなんて呼ぶんじゃねぇ。おまえの親父みたいじゃねぇか。そこまで年じゃねぇ。ジストマって名乗ったんだから、名前で呼びやがれ。ったく」

「いや、用がないなら……」

「ほんっとに礼儀だけはなってねぇな」

「いや、おやっさん相手なんで」

悪びれもせずにやり取りをしているだけ、長い付き合いなのがわかるところであるが、間違いなくほかの者相手であれば流血沙汰になっていそうな掛け合いである。


「こっちも暇じゃないからここまでにしといてやる。んで、用件ってのは、お前が最近つれてきた奴に言っといてくれ。物を買いに来るのだけは許してやるが、それ以外はうちに来るなってな。んじゃな」

何かと思った鍛冶屋の用件がタカヒロたちへの伝言であったことに、返事も出来ずジストマを見送るしか出来なかった。

しばらくして雨の冷たさに身震いし、それで意識を戻したレッドは駆け足で宿へ戻っていった。


「レッド、遅かったですね。この天気ですから買い物も混まないかな、と思ってたんですけど……」

「ああ……、厚手の布と糸買ってきたぞ。帰り際に鍛冶屋のおやっさんに呼び止められてな」

「ジストマさんですか? ついこの間、レッドの武器の手入れをお願いしたばかりじゃないですか。なにかあったんですか?」

「マイたちが冒険者の講習終わった後に、おやっさんのところ紹介したろ」

「ええ、ジストマさんなかなかいい腕されてますからね。売ってるのも質がいいし、手入れをお願いするととても丁寧に仕上げてくれますから。表通りから結構離れてますからわりと穴場ですしね」

「それなんだが、早速『神の玩具』が何かやろうとしたみたいだぜ?」

「鍛冶屋で、ですか? 何かを作ろうとした、ということですよね?」

「物は売るけどそれ以外じゃ来るな、と言っとけってさ。かなり無茶かなにか言ったんじゃねぇかね」

肩を竦めてはみたものの、呆れるより早速動き出したことにかすかな恐れの方が強かった。


今の世界より進んだ世界にいたと思われる『神の玩具』が、この世界にまだ無いものを作るというだけならまだそこまでではない。

その作ったものがそこからどのように波及していくか、そしてそれにより『神の玩具』自身か、それとも周囲にいる人間、または全てにどんな影響を及ぼすのかが怖ろしいのだ。

だれかの権益を侵してしまうことで狙われるのであれば、それに対抗するために力を奮うはずであり、それによりどれくらい被害がでるのか計り知れない。


「ジストマさんからの伝言もありますから、話をしてみましょう。この天気ですし、彼女達も依頼は受けて無いでしょうから」

「向こうの宿にいるだろうな。行くか」

買ってきた荷物はテーブルに置き、二人は自身が使い慣れている武器を持ってマイたちがいる宿に向かうことにした。


「あ~、やっぱりそうですよね。こういう天気の中で依頼受けなくてもいいですよね?」

「え? ええ。手持ちのお金によるけれど、余裕があるなら休んでいいと思いますよ」

部屋を訪ねると二人は居たものの、のっけからテンション高めで寄ってくるマイに出鼻をくじかれるレッドとリベルテ。

「いや、なんかタカヒロ君、朝から機嫌が悪いみたいで」

「そうやって朝からテンション高いのについていけるわけ無いじゃん……」

少し不機嫌そうではあるが、その理由は寝起きから変に高いテンションに迫られたらそうかなと納得できてしまうものだった。


「まぁ、なんだ。マイは少し落ち着いとけ。何がそこまでさせるのかわからんけどな。それとタカヒロに話があるんだが」

「だって、お休みですよ!? 自分で選べるって言っても生活を考えたら休めないじゃないですか。ずっと働きっぱなしだったから、休みって言うのが嬉しくて!」

「多少質落とせばかかる金減るから楽になるぞ」

「それは嫌です。質落とすって部屋がかなり汚かったり、ご飯が美味しくないものばっかりになるんですよね? そんな生活は嫌です!」

不満は言う割りに自分の生活を変える気が無いのであれば、もうどうしようもないと、レッドはそれ以上言うのを諦める。

ただ、この変なテンションの高さは久しぶりの休みというせいなのだろう。

もっとも天気のせいで出かけるにしても楽しい気分のままではいられないと思うのだが。


「僕に話ってなんですか?」

「あ~、前に紹介した鍛冶屋あっただろ? お前そこで店主に何したんだ? 物は売ってやるがそれ以外じゃ来るなって伝言受けてんだけどよ……」

「え? そこまで!? 感じ悪いなぁ」

「いえ、あの店主さんはあまり愛想はないですが、そこまで拒絶することありませんよ? 余程のことでも無い限り……」

「いや、欲しい物を作ってもらうおうとお願いしただけですけど」

「何を作ってもらおうとしたんだ?」


「メレーナ村とか井戸だったんで、手押しポンプ作ってもらおうとしただけですよ」

「テオシポンプってなんですか? どういうものなんでしょう?」

「え? 水を汲み上げるのが楽にできるようになるもの、ですかね」

「実物はあるのか?」

「ありませんよ。だから作ってもらおうとしたんだし」

「それでは、設計図とかは?」

「書けるわけ無いじゃないですか。ありませんよ」

「それでどうやって作ってもらおうとしたんだよ……」

「え~? こういうのって腕のいい人がいてあれこれ案言うだけで作ってくれたりするもんじゃないんですか?」

「そんな都合のいい話あるわけないだろ……」


「もしかして! ちなみにですが、それで作ってもらえたとして……材料やお金渡したんですか?」

「お金なんてそもそもそんなに持ってないし、材料ったって鍛冶屋なんだからそっちで持ってるんじゃないですか? それに物が出来れば国に売れるからお金こっちがもらえるのでは?」

なんともな話に頭を抑えるレッドとリベルテ。

井戸から水を汲み上げるのが楽になる、というのは人々の暮らしに大いに役に立つものと思われるが、実物も設計図も無く、ただどんなものかを漠然と伝えて作ってもらえると思ったのは何故なのか。

また、言うだけ言ってお金も材料も用意しないなど、頼んだ相手の生活を何も考えていないに等しい。

鍛冶屋としての仕事を止めるか、仕事以外の時間を削って作れと言っているのに、かかる費用も材料もないのであれば、それはジストマが怒るのも無理は無い。


「やっぱりドワーフじゃなきゃダメなのかね?」

「そんな条件で作ってくれる奇特な人を知ってるんですか? だったらなんでジストマさんに頼んだのでしょうか……」

「いや、人っていうか種族? この国にドワーフっていないんですか?」

「どんな奴だよ……。種族って人間以外にいるのか? 聞いたことは無いな」

「より正確に言うのであれば、私達が知っているところでは見たことも聞いたことも無い、ですね」

「ええ~!? それじゃあエルフとかもいないんですか!?」

「だから……ヒト以外は知らねぇって。どっか他に大陸とかあったらそっちにはいるかもな」

「なんか一気に異世界感が薄くなったよ……」


レッドたちのことを信用しているのか、自分たちがこの世界の人間ではないことをダダ漏らしにしているタカヒロであるが、それにしてもである。

彼らの世界には、お金も材料も渡さずとも口で説明したことを理解して物を試しにでも作ってくれる奇特な種族がいるらしいことに、内心驚いていた。

そんな人たちがいるのであれば、いろいろと物は作られていく。

そうなれば発展もしようというものだろう。

『神の玩具』たちがここより進んだ世界ということの一旦が知れたのである。


もう一つのエルフという、おそらくこちらも種族名だろうが、その者達も変わった力を持っていて、彼らの世界の何かを担っているのかもしれない。

それにしても、物を作り出すのが当たり前という様子から、『神の玩具』たちが大人しく過ごすということが無いのもわかるものだった。


「そういえばですけど、モンスターって動物みたいなのばかりだよね? ゴブリンとかオークとかいないんですか?」

「なんだそれは? また聞いたことも無い奴だな。まぁ、それも俺達が知ってる範囲ではあるが。それどういうやつなんだ? 危険なものなら他のやつらにも情報共有した方がよさそうだ」

「いやいや、弱いはずなんで大丈夫じゃないですか? どんなって……小さくて醜い人型?」

「なんで知ってるはずのそっちが疑問形なんだ? だが……人型かそいつは」

「危険だな」

「危険ですね」

レッドとリベルテの声が重なる。


「え? なんでですか? 力弱いらしいし、醜いというか見た目怖いだけですよ」

「人型っていうなら手があるんだろ? ってことは武器を持つってことだ」

「それにモンスターは知恵が働きますからね。それに人型となればより狡猾になるでしょう」

「だいたい力が弱いったって何と比べてなんだ? 人と比べて弱いというなら、そいつらはどうやって生存してるかってことになる。力が弱いならより狡猾に悪辣に知恵で生きてるってことになる。どんな手を使ってくるか……」

タカヒロとしては、彼らとしての異世界のありきたりのつもりであったのかもしれないが、『神の玩具』と違う世界で生きているレッドたちにすれば、そんなありきたりは存在しない。

このような相違もまた、この世界で『神の玩具』が決して良い話だけのものにならない要因になっているのだろう。


「ん~、見たこと無いやつだからまだ他に共有するわけにはいかないよな」

「ええ、下手に共有すると混乱が生じます。それに……何も無ければ私達が狂人とされてしまうだけですからね」

「あ~、そういうわけなんで、まだ他の奴らに共有は出来ないが、また何か思い出したら教えてくれ。こっちでも確認する。それから、何か作ってもらう前にまず自分で作ってからにしてみろ。実物あるならそこから話を通しやすい」

「は、はい……。なんか大事になったなぁ……。大体、物作るのって面倒だし、簡単に作れる力はもらってないんだよなぁ。そっちもらっとけばよかったか?」

ここまでの間にマイが会話に入ってくる様子は無かったが、タカヒロが言っていたことに疑問も否定も入れてこなかったことから、だいたいの話は共有しているのだろう。


「そういえば、銃のことわかりました?」

ここでマイがタカヒロから話の流れを断ち切るように、レッドに問いかける。

「あ……」

その質問は場を変えるのにとても効果的だった。

銃については後でリベルテに丸投げする気でいたレッドであったが、タカヒロたちの力を見た後ですっかりと抜け落ちていたのだ。


「リベルテさんは知ってますか?」

当然、リベルテに事前に話をしていたことも無いため、リベルテはまったく付いていけていない。

ジロッとレッドを睨みつけた後、申し訳なさそうにするしかない。

「すみません。これまでに集めた情報にないですね。もう少し調べてみます」

リベルテとしては初めて聞いた話であれば、言葉を濁すしかなかった。

一緒に行動することも多く、話をすることも多くなってきた。

レッドたちが集めた『神の玩具』について、マイたちに話をしても良いのかもしれない。

そうすれば彼らは力に頼りすぎることは無く、この世界の一人の人間として生きてくれるような気がしていた。

そう考えるレッドたちであるが、その一方ですっかり知った上で『神の玩具』たちと同じ末路を辿らないとも限らないという不安は消えない。

その後は他愛も無い、こなしてきた依頼の話や生活の話で終わったが、降り続けている雨が止む気配はなかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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