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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「静かに。あそこに見えるのがわかるか?」

木々の合間に身を隠しながら、レッドは遠くを指差す。

「どこですか? 見えない……」

「双眼鏡とかないのかな、この世界……」

しかし、マイとタカヒロの二人には、レッドが指差したところに何があるのか見えない。

折角隠れているというのに体を乗り出して何とか見ようとするマイとなにやらブツブツと自分の世界に入ってしまったタカヒロに、付いてきてよかったと思う反面、完全にお守りになることに早くもため息が出ようというものだ。


「あまり体を出すな、気づかれるぞ。それとタカヒロはそろそろ戻って来い。何を言ってるのかわからないが、今をどうにかすることに専念しとけ。じゃないと大変な目に遭うことになるぞ」

「ごめんなさい……」

レッドの指摘にマイは体を戻し謝罪し、タカヒロはシレッと次どうするのか聞く体勢を取っている。

「初めてなんだろ。気をつけていけばいいさ。んじゃ、あそこに見えるのがバレットバジャーだ」

「それ、どういうやつなんで?」

「おまえ、それも知らずに受けたのか……」

タカヒロの質問は根本的なもので、相手がどんなのかも知らずに討伐の依頼を受けていたことに説教したくなるが、新人の冒険者ではある話ではあるのでグッと我慢する。

「いや、なんとかなるかな~と。そんなに強いのって新人じゃ受けれないでしょう?」

知らなくても大きな事故にはならないだろうと高を括っている始末に、さすがに呆れるしかないレッドである。


冒険者に登録したマイとタカヒロは、講習を終え、早速と依頼を受けることにしていた。

冒険者の仕事がどんなものか、自分たちがどれくらい出来るのか試したいというのもあったが、何より自分たちで稼いで生活したいという思いが強かった。

二人であれこれ言いながら依頼を受けていく姿を見かけたレッドが、レッドたちの担当になっているエレーナにこっそりとどんな依頼を受けたのか聞いてみたところ、討伐の依頼ということで慌てて助っ人に入ることにしたのである。


新人の冒険者は兎角希望に溢れている者が多い。

自らの力を信じ、裕福とは行かないかもしれないが十分な生活を夢見て依頼を受ける。

それ自体はいいのだが、情報を正しく得ていないと大きめの依頼は死につながる。

討伐の依頼は特に。

大活躍している先輩に憧れ、自分も出来ると慢心した結果、大怪我を負い、その後の生活を苦にしてしまうもの、最悪そこで生を終えてしまうものも少なくないのである。

新人に限らず、冒険者を続けていた者がそのような姿になってしまうことも目にしているはずなのに、人は輝いている者、賞賛を受ける者を強く記憶に留めてしまう。

そして、そうなれなかった者にはただ蔑んでしまうものである。

その結果が自分に重なってしまう可能性も考えずに……。


「あれは普段、穴を掘ってそこをねぐらにするモンスターで、主食は虫とか茸とかだな。で、名前の通り、逃げるときに凄まじい速さで逃げる。だけならいいんだが、たまに攻撃してくることもあるし、進行方向が重なって事故となることもあるな」

「その名前誰が付けたんですか? ……弾丸なんてこの世界にないだろうに……」

後半は呟いた本人しか聞こえないほどの小声であったが、先ほどと同じく自分の世界に入ったものとして流される。

「あ~。だいぶ昔かららしいな。なんでも遠く離れた相手を倒して回るやつがそう呼んだとか」

「「銃?」」

マイとタカヒロは何か気づいて顔を見合わせるが、レッドは置きざりである。


「それでその人はどうなったんですか!?」

知り合いや憧れの人にあったような勢いで質問されるが、レッドにしても答え難い。

詳しく知らない昔の話というのもあるが、得てして先のような力を持った者が周りに溶け込んで生きていくかというと、そんなことはほぼない。

本人はそのつもりがなかったのだとしても、その力を奮えば奮うほど他者と差を生み続ける。その行き着く先は……。

「昔話だからな良く知らん。戻って調べてみるか、リベルテに聞いてみればわかるかもしれないな」

困ったらリベルテに丸投げである。

このとき、リベルテはベッドで丸くなっているが身震いを感じたという。

ただ、寒さのせいと思い、毛布が更に1枚巻かれることとなった。


「さて、依頼に戻るぞ。あの周辺の木を良く見とけ」

そういわれて目を細めてなんとかレッドがいう方向を覗く2人。

「木がやたらに倒れてるだろ?」

「あ~、それはわかりますね。なんでだろうって思ってたんですよね」

「枯れて倒れたってわけじゃ、ないんですよね? わざわざ言うって事は」

「そういうことだ。あれは全部、あのバジャーが移動でぶつかった後だ。結構な勢いでぶつかるから、太い幹の木じゃなきゃそのまま折られる。人が当たれば……わかるよな?」

ここに至ってやっと自分たちがどんなモンスターの討伐依頼を受けたのか理解し、マイは顔を青くする。

一方のタカヒロは面倒そうだな、と気楽にしていた。

どちらの力もわかっていないが、これまでの反応からもしかしてがあるのであれば、脅威になりそうなのはタカヒロか、とひっそりとレッドは考えていた。


「んじゃ、危なくなったら手を貸してやるが、自分たちで頑張れよ」

「え? レッドさん手伝ってくれるんじゃないんですか!?」

「お前達が受けた依頼だろうが。ここで俺がやっても俺に利益がない。無償で命賭けて仕事なんてやれんわ」

「じゃ、じゃあ報酬はレッドさんにあげますから!」

木々が折られている光景にはやくも自身のやる気というかそういったものが折られているマイがレッドにすがりつくが、レッドとしてもそれを受けるわけには行かない。

冒険者は自分の体を、命を張ってお金を稼いでいるのである。

無償でやるなんて考えを持つ者はいない。

そんなことをしても自分が生きていけなくなるだけなのだ。

名誉を得られる機会もあるかもしれないが、名誉では食っていけない。

そして報酬を渡すということだが……。


「それは受け取れない。報酬をおまえらを通して俺がもらうなんて、それも俺には利益にならん。依頼を達成したという結果がつかないからな。それにもしばれたら、おまえらは依頼未達成ということで、俺に渡した金が没収されるし、受け取ったって事で俺に罰金が課せられる。そういう不正は厳しいんだよ」

そう理由もあり頑なに拒否されてはどうしようもなく、マイはタカヒロと2人でバジャーに向かっていく。

「これで力の一端でも見せてくれれば、と考えちまうのは……俺も悪人になったもんだ」

だからといって何もしないつもりはない。

力を見せてくれるのは望ましいが、そのまま暴走されたり、この件でレッドたちに不信を持ち、そこから王都全体にその意識を持たれて……なんていうのは望んでいないのだから。


「怖いこと言われたけど相手が動物なら大丈夫だよね? ちょっとかわいそうな気もするんだけど……」

「しっかし、こんな剣とかで立ち向かうとか頭おかしい。さっきの話にあった銃とかなら楽なのに……。で、魔法でやっちゃだめなのか?」

「魔法がある世界だって聞いてるけど、周りで使ってる人見たこと無いんだよ! 下手に使えることわかったらどうなるかわからないじゃない。私はそれで逃げてきたんだから」

「いや、僕も似たようなもんだけどさ。あるなら使わないともったいなくない? それにもしかしたら魔法使えるってので、重要視されたり保護されたりあるかもじゃない?」

「そんな上手くいくのかな……。私はこの世界、怖いよ」

「その気持ちはわからなくは無いけど、この世界にいるならいるで、今の自分を楽しみたいって思うね、僕は。前のように我慢して周りに頭下げて、なんの楽しみも無い働いて寝るだけの日々なんてもうゴメンだから。なんかの話のように力をもらったわけだし」

「私はこのもらった力が信じられないよ。そんな良い話なんてあるわけないじゃない……」

「心配になるのはわかるけど、現にあるわけだし。物語じゃ、力もらってそれでなんでも上手くいくようになってるから、大丈夫でしょ」

「そんなの物語だからじゃない!」

ゆっくりと気づかれないようにと進んでいた2人ではあったが、気を紛らわすために話をしていた内容に思わず大声になってしまった。


バレットバジャーは当然反応する。

レッドも戦ったことはあまりなく、先ほどの情報も聞きかじりであった。

何故、木々がこんなに倒れているか。

逃げるのであればそんなに倒れることもないし、その場に残っているほうがおかしい。

となれば、答えは一つ。

この場にいたバレットバジャーは好戦的だということ。


凄まじい速さでマイとタカヒロに体を丸めて突撃してくるバレットバジャー。

突然のことで動きが固まる2人であったが、辛うじてタカヒロは剣を片手にマイを突き飛ばして射線からどける。

そして、タカヒロがバレットバジャーの体当たりを受け、吹っ飛んでいく。

衝撃と痛みに声も無く飛ばされ転がる。

「タカヒロ君!!」

突き飛ばされた体を起こし、目の前で車にはねられたかのように飛ばされていくタカヒロを見て叫びながら走り寄る。

バジャーが唸り声を発しながら、二人から距離をとっていく。

その側には折れた剣先が地面に刺さっており、血が少し付いていた。

タカヒロが構えた剣がバジャーの射線上にあり、衝撃に折られながらもバジャーの背中に一筋の傷をつけていたのである。


だが、凄まじい体当たりを受けたタカヒロも無事ではない。

レッドを見習って軽装の鎧にしようとしていたのだが、レッドたちのように動けるわけではないことから、重くてもちゃんとした鎧にしておくようギルマスに勧められていたのが幸いした。

もっともプレートアーマーはあまりの重さにまったく動けなかったことから、スケイルアーマーに皮鎧を重ねるという暴挙で対応していた。

当然ながらそ、スケイルアーマーと皮鎧の2つ分の支払いになるのだが、どうやって稼いでいたのか、タカヒロはあっさりと支払っていた。

今回はお金を多く支払った甲斐があって命を守れたとも言えるが、これだけの防具であっても衝撃は防げないということでもある。

肋骨が折れ、内臓に多大な衝撃を受けたタカヒロは、生きているとは言え、通常であれば王都に戻るまでは耐えられないだろう怪我だった。

レッドも慌てて加勢に動いているが、レッドとしても簡単に切り倒せる相手ではなく、バジャーの体当たりをなんとか回避はできているが、斬りつける暇がなかった。


「タカヒロ君! しっかしりて!」

しっかりとした反応を返してもらえないことにパニックになっているマイが密やかに自身の力を行使する。

ゆっくりとタカヒロの怪我が治っていき、呼吸がしっかりとした音に変わっていく。

必死に避けている最中のレッドは気づかなかったが、何かに気づいたバジャーがその突撃をマイの方向に変える。

「くっ!」

なんとか射線を変えようと剣だけでも延ばすレッドであったが、あの体当たりを食らえばレッドの命も危なく、体を張って止めに動けない分、止められない。

凄まじい速さでマイの方に飛んでいくバジャー。


大怪我で倒れて動けないはずのタカヒロの左手が上がり、左下に振り下ろされる。

鋭い風音が鳴り、バレットバジャーがその体を半分にして落ちる。

「なっ……」

その瞬間を見ていたレッドはそれ以上言葉を発せなかった。

斬られて落ちたバジャーのさらに奥にあった木も、バジャーと同じく斬り倒れたからである。


レッドが恐る恐る二人の下にたどり着くと、そこにはまったく怪我をしていないタカヒロの姿と少し顔色の悪いマイの姿があった。

「おまえ……あの体当たりで大怪我してたはずじゃ……」

「いや~、ギルドマスターの言うこと聞いてて助かりました。ちゃんとした防具身につけてなかったら死んでましたね。うん」

あの衝撃はフルプレートだったとしてもただでは済まないと言いたいところであるが、どうしていいか頭が動いてくれなかった。

あの攻撃はレッドたちにすれば異常だからである。

魔法はあるのは知っている。

宮廷魔術士というものも居るし、冒険者の中にも魔法が使えるものは居る。

まだ詳しく解明されていないため、一律な強さの基準が出来ていないものであるが、見たことがなかったのだ。

おそらく風の魔法であろうが、バジャーを真っ二つにしてなお、奥の木も切り倒すほどの魔法など。

切り裂く風魔法はある。

だが、ただ腕を振り下ろしただけで真っ二つにしたのだ。威力が違いすぎた。


「そ、そうか。それはよかった……。討伐したモンスターをギルドに持っていけば終わりだ」

「あれを運ぶんですか……面倒くさいな」

そういいながらタカヒロはそれぞれの手に半分になったバジャーを嫌そうに持つ。


三人は王都に戻り、初の討伐依頼完了となかなかの報酬に喜ぶタカヒロであったが、マイの口数は少ない。

レッドは思いを隠しながら二人を褒め、酒場に繰り出す。

調子に乗ったタカヒロは翌日、二日酔いで苦しんでいた。さすがに二日酔いに対して、マイは何もしてくれなかったようであった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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