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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
30/213

30

その日はちょっとした波乱から始まった。

冒険者ギルド内でレッドが殴られて倒れていたのだ。

殴った犯人はリベルテ。

リベルテから表情が抜けているようで、恐怖のあまり誰もリベルテを止めたり、レッドを助け起こそうとはしないし、出来ないでいた。

事の発端はレッドが受けてきた依頼であった。


「さて……また稼がないと寒い冬を震えて過ごすことになっちまうな」

「寒いのは嫌です……」

ほぼ『神の玩具』だろうマイとタカヒロの2人を冒険者ギルドの職員に押し付けた翌日、レッドとリベルテの二人は早速、次の依頼を探してギルドに来ていた。

もっともやはりリベルテは寒さで動きたくなさそうで、レッドが引っ張ってきていたのだが。

そして、レッドが依頼板を見に行き、依頼を一つ受けて戻ってくる。

「リベルテ、この依頼で行くぞ。報酬がいいからこれで年越しも結構いい具合に過ごせるだろ」

レッドが受けてきた依頼をリベルテに見せて、冒頭に至る。


新人冒険者の講習があり、同じく冒険者ギルドに来ていたマイとタカヒロもその光景を見ていた。

冒険者がどのような者でレッドたちがどんな人なのか、連れてきてもらった際の親切な二人しか知らないし、この世界についても良く分かっていない。

この場に慣れていないからこそ、他の誰よりも意識を戻したマイとタカヒロがリベルテを止めに動いた。


「リベルテさん、落ち着いてください。何があったのか良く分かりませんけど、いきなり殴るとかダメですよ。というか怖いです」

マイが必死にリベルテを止めるように立ちはだかり、タカヒロがレッドを引き起こす。

パッと見、逆じゃないかとこの場に居た他の冒険者の面々は思わないでもないが、動けなかった者たちが何かを言えるはずもない。

シレッとリベルテの前に立ちはだからないように動いていたのは、タカヒロにしかわからない。


「それで……何があったんですか? レッドさんがセクハラでもしたんですか?」

「セクハラ……って何?」

マイが事情を聞こうとリベルテに問いかけているのだが、聞きなれない不審な言葉に疑問を呈するが、今この場でそれを答える者はいない。


「それより、聞いてください! レッドがモンスター討伐の依頼を受けたんです。この寒い中、潜まないといけないんですよ! 寒い中、潜んで狙わないといけないんですよ!!」

同じような言葉を二回繰り返しているので、リベルテの拳が奮われた理由はずばりそれなのだろう。


「え……寒いから、ですか?」

「そうです! 寒い中、動かずにじっと潜み、対象のモンスターを待ち構えないといけないんですよ。そんなものを嬉々として受けてくるなんて……」

今もまだ腕を震わせていて、また素晴らしい右ストレートがいつ見せられてもおかしくなさそうである。

「寒いの嫌ですよね。リベルテさん、寒いの苦手そうだったし」

タカヒロがリベルテの肩を持つ発言をすると、リベルテに幾分か表情が戻ってくる。

「ですよね。寒い中で寒い思いなんてしたくないですよね」


あまりにもな理由でレッドを殴ったことに、自分を白い目で見ているマイに気づいたリベルテは、マイに向かって諭すように話し始める。

「寒い中にいる自分を想像なさい。寒さを凌ぐために厚着をして鎧を付けるんです。とても太った体型に見えます。その姿をいろんな人の目に晒すのです。そして、寒さに鼻先が赤くなり、ちょっとした拍子に鼻水が垂れる自分が……」

そこまでリベルテが言ったところで、マイがリベルテの手をがっちりと両手で掴む。

そして大きく頷く。

この瞬間、リベルテとマイは分かり合ったのだ。同士! とばかりにハグまでしている。

完全に置いてきぼりのレッドと第三者のように振舞うタカヒロ。

ちょっとした事件から始まったが、よくある日常であった。


「レッドさん、そういえばモンスターの討伐依頼なんて多くないって言ってませんでした?」

「ああ、多くは無いぞ。今回のは今年は昨年より寒くなりそうだという噂が流れていてな。そのために毛皮が欲しいって理由からなんだ」

「昨年より……寒い?」

「あ、また寒いに反応してる!?」

「そうだぞ。だからこの依頼やらないとお金はもちろん、寒さに耐えられるものが足りなくなるんだ!」

レッドのダメ押しの言葉にものすごく信じられないことを聞いてしまった、とばかりに驚くリベルテ。


「新年祭も近いんだから、何もしないってのはできないしな」

「新年祭って、新しい年を祝うお祭りですか? そういうのはあるんですね」

お祭りがあると聞いて楽しそうに言うマイに対して、また表情が沈んでいくリベルテ。

しかも、声はかなり低い。

「おのれ……許すまじ……」

「ちょ、新年祭ってだけで今度は怨念交じりになってきてるんですけどっ!」

「あ~……」

危険を感じ、サッと距離をとるタカヒロと額に手を当ててうなだれるレッド。


「リ、リベルテさん。何か……あったんですか?」

マイが何気なくかけた言葉にバッと身体を起こしてマイの両肩に手を置く。あまりの恐怖にマイの顔は引きつっていた。

「なんでこの寒い中で新年なんですか! 温かくなってきた頃でいいじゃないですか! むしろそっちの方が新しい年を迎えた感じがあるじゃないですかっ!! それをなんでこの寒い時期を一年の始まりに統一するんですか!」

ガックンガックンと肩を揺すりながら思いのたけをぶちまけるリベルテであるが、まじかで聞かされているはずのマイは揺らされまくっているせいで、それどころではない。


「えー……だれが決めたんですか、それ。統一って年の始まりを誰かの一存で決められるもんなんですか?」

「はるか昔にな、いきなりでかい商会を立てた奴が居たらしくて。各国にもお金や物資で顔が聞くというか、国も手が出しにくい相手だったそうだ。で、こいつが商売する上で年と通貨は統一すべきだと宣言してな。当然、自分たちが商売しやすくなるから全ての商会がそれに賛同するわけだ」

レッドがタカヒロの質問に、歴史を説明をする。

「国としては自分たちの国が建国された日から一年としていたり、通貨にいたってはそれぞれの国の資源力に関係するし、そのまま利益に繋がるから否定するわな。そこから物資が滞るわ、他国と交易できなくなるわ、通貨の価値が違うのは金や銀の重さが違うからだとか混乱に混乱を重ね、各国が最初の商会に騒動の鎮静を願うことになって、それでそいつが決めた日が一年の始まりとなり、金と銀の通貨は意匠は国ごとであっても重さは一律に決められたんだよ」

「さすがにそれは混乱しただろうねぇ。でも、それだけで済んで、全ての国で共通のものが決まったのは良かったですね」

 タカヒロが大きな変化だったことが比較的簡単に済んだことを良かったとこぼすが、レッドが首を横に振る。


「いや、その混乱で滅んでる国とかあるし、多くの人が死んでるぞ。まったく良くねぇよ。だがまぁ、それがあって今があるからな。なんとも言えんが……」

「ん~、何はともあれ、その人のせいでこの時期に新しい年が始まることにされたので、リベルテさんはその人のことを恨んでいる、ということですね」

「そういうことだ……」

レッドとタカヒロが話をしている最中も揺すられ続けたマイは、もはやぐったりと動かなくなったところでやっと解放されていた。


「そろそろ準備していかないと、夜通しでやらないといけなくなるかも知れんぞ」

「ううう……仕方ありません。早く行って早く終わらせましょう」

レッドが依頼を受けてからぐだぐだと時間を費やしてしまったが、いい加減に動き出さないとと動き出すレッドとリベルテ。


「あ~、僕もモンスター退治行ってみたい」

モンスターを倒すことに執着しているように見えるタカヒロ。

「いや、それよりお前らは講習だろ。そろそろそっちも準備しないと。遅れようものなら雷落ちるぞ」

「それに毛皮が目当てらしいですから、罠仕掛けてなるべく綺麗に仕留めないといけないので、いかにも戦うって感じではありませんよ? ああ……とても面倒……寒い」

「まずは私達が自分たちでできることからできるようにならないと。気をつけてくださいね」

「大丈夫だ。今回のはシャギーラガモフだからな」

「大丈夫……寒い……」

「もう大丈夫には聞こえないわぁ」

そんな締まらないまま、モンスター討伐に向かうレッドとリベルテを見送るマイとタカヒロ。


王都から近いところで見かけられたためか、二人の戻りは早かった。

ものすごい速さで宿に入っていくリベルテに人々は何事かと思っていたが、その後、上手くいったのだろう3羽のシャギーラガモフをひとまとめにして重そうに運んでいるレッドの姿を見て、皆自分の用事へと戻る。

「簡単に言ってたから気にしてなかったけど、大きいな。アレ……」

毛皮が重要なため引きずるわけに行かず、落とさないようバランスを崩さないよう歩くレッドに、タカヒロはひっそりと手を合わせるだけであった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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