表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国冒険者の生活  作者: 雪月透
3/213

3

レッドは猪と対峙していた。

「ふっ!」

突進してきた鋭い牙を持つ猪を避けて、猪の側面を上段から斬りつける。

気合と勢いの乗った剣は大きく肉を斬り裂き、盛大に血を噴出した猪はしばらくした後、絶命した。


「よし! 討伐完了っと」

山に入った者たち数名を殺し、近くの畑を荒らし始めたクレイジーボアを討伐してほしいとの依頼があったため、猪と対峙していたのである。

クレイジーボアはすばやい直進による突進と鋭い牙で、やり手の冒険者であっても直撃を受ければ命を落としてしまうほど危険なモンスターであり、討伐依頼はなかなかいい報酬額となっている。


「倒すより、これ持って帰る方がきついな……」

その強さで餌を奪い続けてきたのだろう個体は見た目にも大きく、これを一人で運ぶのは大きな労力を要する。

人足を募って運べば楽であるが、今は一人で来ていたために一時的に放置していくことになる。

だがそうすると、「死肉漁り」と揶揄される連中が持っていってしまうことがあるのだ。

討伐したことを証明するために討伐部位というものをギルドが定めているので、その部位さえ取っていれば討伐完了と証明できるが、討伐したモンスターから皮なり肉なりが取れるものである。

ギルドや商会などで買取しているため、面倒でも持って帰るとお金になるのだ。


しかし先の通り、持って帰るにしてもモンスターによっては相当な重量である。

前もって人足を契約して近くに居てもらうか、複数人数で討伐にきていなければ、持って帰るのは多大な労力を払うものになる。

このような重いものを何とか運ぶ状況では不測の事態が起きれば対応できないし、ものによっては労力に見合わない買取額の場合もありえる。

それであればと討伐報酬だけを目的とする者が出てくるのも自然な流れで、モンスターの死体を放置する者が多々出てくる。


であればと、その死体を運んで売ってお金を稼ごうとする者が出てくるのも、これまた当然な流れである。

捨てていくことを選択した冒険者はともかく、今のレッドのように持って帰りたいと考えている冒険者が人足集めのために離れて戻ってきたら無くなっている、となれば盗人以外の何者でもない。

「重労働過ぎるが、やるしかないか……」

鍛えている冒険者だから可能ではあるが、ゆっくりと大きな猪をたった一人で引きずる男の姿が、王都の人たちの目に奇異なものとして映ることとなった。


「ん~調べた限りじゃ、孤児院の運営が逼迫していたようには思えないわ。監査もしっかりと入っている記録があったし……」

一方でリベルテは朝から情報収集に走り、孤児院の経営状況について調べていた。

オルグラント王国は海に近く、切り開かれた肥沃な土地も鉱山もある、非常に恵まれた土地にある。

恵まれているからこそ、近隣の国から隙あらば狙われる状態であり、王国は近隣諸国との外交に日々注意を払い、万が一の場合が起きても国土を守れるように領地の発展に注力している。

その領地発展の1つとして、孤児院の援助が行われている。


恵まれている土地であっても住んでいるもの全てが裕福になれるわけではなく、生活が苦しくて子どもを捨てなくてはならなくなった、ということもないわけではない。

また、近隣諸国との戦争だけでなく、モンスターと戦うこともあるため、親を亡くしてしまった子どもたちや身寄りの無い子どもたちの受け皿の確保は必須だったのである。

そのため国は、若く未来がある人間を無為に死なせる損失を減らす取り組みとして孤児院の保護に動き、監査を入れることで状況を確認し、必要なお金を給付するように動いているのである。


そんな背景があるにも関わらず、先日の孤児院は建物がボロボロで今にも崩れそうであり、商会からお金を借りていて、返す算段も持ち合わせていなかった。

前任者が先の商人からお金を借りて行方をくらませたとの話であったが、何故商会からお金を借り、商会がお金を貸したのかという疑問が残る。

孤児院には国の監査が入るのだから、運営の状況がどうであるか確認され、不正は起きないようになっているし、運営資金についても国から給付がなされる。

そのため、孤児院がお金をわざわざ商会から借りなくてはならない状況になりにくいし、もしお金が必要となっても商会ではなく国の機関に届け出ればいいのだ。

だというのに商会から借りているのである。


さらに、そんな孤児院の管理人が商会に金策にきて、商会が貸すメリットが分からない。

給付金が支払われるから貸したお金の回収は容易と見えるし、契約書を国に届け出て認められれば孤児院に貸した分を国が代わって返済してくれる。

が、最初から孤児院に国に届け出てもらった方が早い話である。

商会にとっても肩代わりするだけであり、お金になる話でもないのだ。

だというのに商会は管理人に金を貸し、孤児院に直接取立てに行っている。

契約書などあるのであれば、お金が無い孤児院ではなく、国の機関に向かった方が回収できる可能性が高いのにである。


当の孤児院は管理人がなんとか子どもたちを飢えさせないように手を尽くし、他の孤児院で受け入れてもらえるように動いているらしいが、その孤児院にいる子どもたちはあの場所の孤児院に残りたいと願っている。

「なんとかしないとね……。次は商会について調べないと」

商会を調べるといっても深夜に忍び込むなんてことは、それ相応の訓練を積んだ者、暗殺者や盗賊といった、社会の闇に潜むような人間でなければ出来はしない。

いや、出来ないことは無いかもしれないが上手くいくことが稀であり、メリットよりデメリットの方が多いのだ。

となればやり方は、同業者たちや店を利用する人たち、果ては近所に住んでいる人などから聞き込む作業となる。

人の話は尾ひれや背びれが付くもので、その嘘と本当が混じった中から真実を探すというとても頭を使い、違っていたら無駄な労力を払う作業でもある。

そして、そんなあちこちと聞きまわる行動は、脛に傷を持つ相手であった場合、身の危険となって襲いかかってくることになる。


「あの商会、当たりなんですかねぇ。うれしくはないんですが……」

商会を調べた帰りであるリベルテがその足を突然止める。

「わかってますよ? 出てきたらどうですか、せっかくここを選んだんですから」

リベルテが後ろを振り返ってそう声を上げれば、スッと三人ほど姿を現す。

「さてさて、面倒なことは早く終わらせたいので……行きますよっ!」

三対一で女性が逃げるだろうと思い込んでいた追跡者達は、不意の動きに一拍遅れる。

最も前に立っていた者が避けるのを諦めて、受けることを選択する。

自分の身体で敵の武器を止めて味方に後を任せる捨て身の対応であり、その手の訓練なりをしてきた者たちであるという証左である。

袈裟斬りの剣筋を受けながらその剣を抱きこむ。

追跡時に見た限りでは、剣はこの一本のみ。

他に短剣など持っている可能性はあるが、短剣より長い剣を持っている追跡者にすれば得物の差の分、優位に立てる……はずだった。


リベルテは剣を身体で止められることを分かっていた上で行動していたのである。

リベルテが如何に冒険者といえど、余程の腕、優れた武器、万全な状況が無ければ両断することなど出来るわけがない。

勢いをつけた袈裟斬りは、かわす余裕を失っていた相手の身体を深く斬り、食い込む。

相手は動きを止めるために剣とリベルテの腕それぞれに手を伸ばすが、リベルテはすでに剣から手を離していた。

それだけではなく、斬りつけたその勢いに乗って空中で前転したのである。

相手の頭に踵落としを決め、意識外の攻撃を受けた相手はそのまま倒れる。

リベルテは倒れた相手の剣を抜き取り、構える。

だが相手も訓練を受けている者。

剣を持つ時間こそ与えてしまったが、まだ二対一であり、路地裏ではあるが二人が攻撃に動ける余裕があった。

反応を窺いながら足を動かし、二人が距離をつめだすと、リベルテは振り返って一気に走り出した。

逃がすものかとリベルテを追いかけた二人の追跡者であったが、突然動きが止まる。


一人やられて怒りと逃がしてはならないという焦りがあった事。

相手が冒険者と言えど女性と侮っていた事。

二人でやれば行けると短絡的に考えて動いてしまった事。

理由を上げるとすればいくらでも考えられる。

要するに、先ほどより狭い道に誘い込まれ、二人同時に突っ込んでしまい、身動きが取れなくなっただけである。


「こんなに簡単にひっかかる馬鹿とは……。もっと危険な相手かと思っていたのですが、違いましたね、これは」

互いの身体が邪魔となり、身に着けていたマントやベルトが仕掛けられていた出っ張りに引っかかっていることもあり、抜け出せない。

状況が状況なだけに、さらに焦って抜け出せなくなる二人に。

「さて、ちょっとお話聞かせてくださいね」

笑顔を見せる鬼が迫る。


夜、宿に戻ったレッドとリベルテはお互いに疲れた顔を見せる。

「当座の金を稼いできた。銀貨20枚と銅貨500枚。1日でこんだけ稼ぐなんてもうやらねぇぞ……」

安い宿であれば銅貨20枚で一泊できるし、酒場などでの安い食事であれば銅貨10~15枚で酒もつけられる。

冒険者の依頼だが、薬草採取の依頼などは銅貨20~30枚の相場で、近隣で人に害をなすモンスターは相手によるが命の危険を含むこともあり、銅貨数百枚から多くて銀貨10枚程度が相場となっている。

それだけではなく討伐した獲物を持ち帰って売れば、さらに儲けとなる。

つまり、レッドは1日で銀貨20枚を稼げるほどのモンスター討伐の依頼を受けたか、その金額に届くほどのモンスターを倒して売った、ということになる。


ちなみにクレイジーボアは人里にでてくることがあまり無いモンスターであるが、出てきた場合、その突進と牙の威力で多大な犠牲をもたらし、なまじ毛皮も硬いため討伐も大変という凶悪なモンスターである。

敵と判断したら全てを倒すまで暴れまわる凶暴性を持っていることもあり、数匹居る場合は軍が対応に出ることもあったりする。

それくらい凶暴であるため、大きさによって変動するが、銀貨5~10枚の依頼になっている。

単純に考えればおよそクレイジーボア3匹分はあったと思われる稼ぎである。

早々人里に出てくるものではないし、そんなに数がでたなら街は騒然となっているはずなので、クレイジーボアは討伐したであろうが、そのほか合わせて1日にやれる依頼をまとめてこなして稼いだ、というオーバーワークの賜物の結果だった。


「それくらい渡せば、しばらくは催促を待ってくれるはずですね。というか、それでも足りないってどんだけ貸して逃げられたんですかね……」

孤児院の前任者が借りて逃げた金額は、銀貨で300枚という驚きの金額である。

これはオルグラント王国の騎士団長の年収に匹敵する。

王国の兵において個人としても軍を率いる者としても最も強く、休暇はあっても有事であれば即駆けつけて、どんな相手からも国を守るために戦う生活でやっと手に入る金額。

つまり、おおよそ普通の国民が手にすることはありえない金額ということだ。


「私の方はいろいろと調べてきました。孤児院の運営については、今調べられる範囲では問題なかったですね。今調べられる範囲、ですけど。それでもって商会は怪しいです。扱ってる品など割と普通なものなんですけど、資金繰りが悪くないんですよ。個人に銀貨300枚をポンと出せるくらいに。どっからそんだけ利益出せてるんでしょうね?」

「商会がクロだとしても逃げた前任者とその契約を何とかさせないと、あの孤児院潰れるぞ」

「で、調べてる最中に襲撃受けちゃいました」

とても可愛く言っているが、内容は危ない話である。

「いや、おまえな……。まぁ、ここに居るからどうにかしてきたのはわかるからいいんだが。そいつら返り討ちにしたら、戻ってこないことを警戒して、商会の奴ら夜逃げしないか?」

「いえいえ、何でも捕まえるのに日数かかるって言ってたみたいですよ。相手が女でしたから、数日何かして楽しむつもりだったんですかね?」

返しに困るボケに沈黙で返すレッド。


「そんな危ない人たちでしたが、誠心誠意お話を続けた結果わかりましたよ」

これもまた突っ込みを入れたいが、迂闊に突くと危ない話を聞くことになりそうで、黙って話を促すしかないレッド。

「孤児院の前任者だった人、商会の関係者だそうです。そしてそして、あの商会はアクネシア王国出身だそうです。なんとも気の長い話をやろうとしてたみたいですね」

そこまで話をして部屋に持ちこんでいたワインに口をつけ始めるリベルテ。

「前任者と商会の関連と出身はいいとして、気の長い話ってのは……やつらそこまで暇なのか?」

「何か介入の口実だとか、攻め込む取っ掛かり作りたいんじゃないですかね」

「それにしたって気が長いなんてもんじゃない。問題ではあるが、たかだか一つの孤児院をどうにかしたくらいで……。いや、その孤児院をどうにかできる状況を作ることが目的なのか?」

「そうですねぇ。いくら孤児院の管理人と商会が繋がっていてもそれだけですから」


現実は物語ほど複雑ではなく、物語より不可思議なことを含むことが多い。

だがしかし、夜が更けて朝が来るということは変わらない。

不正した者たちが報いを受ける日もまた、やってくるのである。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ