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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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朝の光に身じろぎをしてから目を覚ますレッド。

となりのベッドを見るとリベルテが幾重もの毛布に包まって蓑虫状態で寝ていた。

メレーナ村への配送の依頼で馬車を使えるため、普通より多くの荷物を持って動けるとはいえ、この宿備え付けの毛布以上に包まっているところから察するに、わざわざ馬車から持ってきたのだろう。

そこまで寒さに弱かったかなと思いつつ、レッドは伸びをしてから起きる。

メレーナ村に2泊することになったとは言え、ずっと宿に篭って寝ているというのは、どうにも退屈なのである。


朝と言っても村にとっては遅く起きたようで、白い息を吐きながら畑仕事をしている人たちが見える。

ピンと張り詰めるような空気にレッドは深呼吸する。

寒いには寒いが、この寒さが身を引き締めてくれる感じがして、こういう日もレッドは好きだった。


「前にあんなあからさまな奴は見なかったよな……? 防寒具には……見えなくも無いがほかの人はしてないしな」

何気なく村の様子を見回していたレッドであるが、黒いローブをまとった人が目に映った。

その相手が気にはなったが、村の人たちが不審者としていないし、冒険者にとって不用意な独り行動は危険であることは常識である。

元々独りで活動しているのであれば別であるが、普段チームで行動している者が仲間に何も告げずに単独行動したことで、チームに迷惑をかけることが多いためである。


例えば、森や林、山などに採取や討伐に向かった際、独りで勝手に行動したものが陽が落ちても戻ってこなく、依頼が達成できているのに仲間を探しまわることになったり、モンスターに襲われたり、最悪、遺体となって見つかった、ということも聞かないではない。

レッドたちは村に居るが、村や町でも勝手にいなくなって問題を起こしていた、ということもあったりする。

個人の時間もあろうが、冒険者としてチームで行動している以上、問題が起きればその者だけでなく仲間に迷惑が掛かってしまうのだ。


「彼女のところに出入りしている相手だったりしたら……警戒したほうがいいか? まずはあいつ起こして、飯もらうか」

頭の片隅に黒い服装の相手のことを留めつつ、レッドは宿の部屋に戻る。

「リベルテ、朝だ。起きろ。飯食いっぱぐれるぞ」

レッドが何度か声をかけ身体を揺するとモゾモゾとリベルテが身じろぎをして毛布の塊の中から顔を出す。

「寒いです……」

「そんなに寒がりだったか? 年……」

言いかけたところで凄まじい殺気を感じ、口をつぐむレッド。

レッドの周りだけ一段と冷え込んだ気がした。


「そ、そうだ。飯食ったら、彼女のところ行ってみようぜ。様子見はしておきたいし、さっき変わったやつ見たからさ」

空気を変えようと今日の予定を伝えると、外に出るというのがすっごく嫌そうな顔をしながら、相手が相手だけにまったく何もしないというのも無用心すぎるし、可能であれば仲良くなっておいた方が良いと、だいぶ時間をかけて考えてからリベルテは頷いた。


「はぁ~。朝から温かいものをいただくというのはいいですね」

温めなおしてくれたパタタとカボシェのスープは今の時期に採れる野菜を使ったもので、野菜の甘みと塩気が朝食べるにはちょうど良いもので、少し硬いパンをスープに浸して食べれば十分に満足する朝食だった。

温かいものを取ったおかげか、だいぶリベルテがしゃっきりしてくる。


「ここの飯は美味いよな。村で取れたてのものを使ってるのがいいのかねぇ」

食後にもらった白湯を飲み、体中に熱を行き渡らせる。

「んじゃ、行くか。なんか手土産になりそうなもんあったかね?」

これから外に出るというレッドの言葉に一気にテンションが落ちるリベルテであったが、持ってきた荷物から小物を二つ持ってくる。

「二つなんているか? それにこっちは少し子どもっぽい気がするんだが」

リベルテが持ってきた2つの小物を見比べてそう指摘するレッドに、リベルテは何言ってるんだとばかりの目を向ける。

「一つはフィリスちゃんに、です。マイさんに会うなら、フィリスちゃんも居てくれた方がいいんじゃないですか?」

「そうだな……。助かる」

警戒する相手のことは覚えていたが、すっぽりときっかけとなった少女のことは頭から抜けていたレッドは、素直に謝罪するだけである。


「フィリスちゃん」

村を散策してフィリスを見つけたリベルテが、少女に声をかける。

「あ、ぼーけんしゃのおねえさんとおじさん」

ここでもまたレッドだけおじさん呼ばわりでガクッと首を落とすレッド。

リベルテだけお姉さん呼びというのは、子どもはわかるものがあるのだろうか。

余談であるが、王都の孤児院でリベルテをおばさん呼ばわりした男の子が、次リベルテにあった時にはお姉さん呼びしていたりする。理由はだれも口にしない。


「この前は林の方に居るお姉さんに会わせてくれてありがとうね。これ王都でのお土産。コサージって言ってね、髪飾りみたいに付けたり、手首に巻くようにしたり、お母さんに手伝ってもらって服に付けたりしてもかわいいわよ」

リベルテは腰袋から取り出した小物をフィリスに見せ、髪飾りのように頭につけてあげる。

自分がどうなったのか気になったフィリスは家に走っていく。

おそらく母親の鏡で見てくるのだろう。

その行動がわかるリベルテは口元に手を当てて微笑んでいた。

レッドはそのリベルテの横顔をじっと見つめていた。


「レッド、どうかしました?」

「いや、その厚着どうかなと思ってな」

リベルテは寒さ対策として雪山にでも登るのかというくらいに重ね着をしている。

「なにか?」

「いや、それふと……なんでもない。寒いの我慢するよりいいよな」

「ですよね? フフフ」

世の中には相手に言ってはいけない言葉と言うのは多々あるのである。


「おねえさん、ありがとー!!」

自分の姿を見て満足してきたのだろうフィリスが目を輝かせて、リベルテにお礼を言いに戻ってくる。

そのタイミングにレッドがホッとしていたことは秘密である。

「どういたしまして。この前驚かせてしまったから、あの林の方に居たマイさんにもお詫びに行きたいのだけど、フィリスちゃん。また案内してもらえるかな?」

フィリスの目線に合わせるようにしゃがみ、フィリスの手を取りながらお願いするリベルテ。

普段もこんな感じで居たらな、と思わないでもないレッド。


「ん~、いいよ~」

お土産の効果か、フィリスは喜んで引き受けてくれて、リベルテの手を引きながら歩いていく。

その姿はとても微笑ましく、じっと目で追ってしまう。

「レッド、置いていきますよ~」

「あ、ああ。わかってる」

こういうのが見られる日々であって欲しいと願わずにはいられなかった。


「おねーさーん!」

マイの家についたフィリスが元気良く声をかける。

また少し、バタついた音が聞こえた後、戸が開いてマイが顔を覗かせる。

「フィリスちゃん!? まだご飯を届けてもらう時間じゃないはずなんだけ、ど……」

フィリスが来たことに驚いているマイであったが、リベルテたちの姿を見て用件がわかったらしい。


「リベルテおねえさん、私は帰るね。マイおねえさん、また夜に来るから」

明るいうちなら大丈夫だとリベルテたちに手を振ってもときた道を戻っていくフィリスに、手を振り返して見送るしかないマイとリベルテ。

とても元気で明るく行動的な少女はとてもしっかりともしていて、自分が知っている身近な少女エルナを思い浮かべ、小さいとは言え女の子は男の子に比べると成長が早いなと、しみじみ思ってしまうレッドであった。


マイに会うためにお願いしたとは言え、あっさりと去られてしまい、どうしたものか会話に困るリベルテとマイが、お互い視線を交わしては俯いたり、あ~とかえ~とか言ったりしている姿にレッドが突っ込みを入れる。

「見合いかよっ!」

レッドの突っ込みにハッとしたリベルテが腰袋からフィリスに渡したものと少し意匠が違う小物を取り出し、マイに渡す。

「前は勝手にフィリスちゃんに付いてきてしまい、驚かせてすみませんでした。これは王都で人気になっている小物です。食べ物だと痛んでしまうものが多いですから……」

「これはかわいいコサージュですね。こっちにはこういうの無いと思ってました。ありがとうございます」

女性と言うのはやはりおしゃれに気を使うもので、フィリスと同じように、とまでは言わないがとても喜んでくれたことにリベルテはホッとしていたが、レッドはなるべく顔にださないように意識するのが精一杯であった。


「あ、このまま外は寒いですよね。散らかってて恥ずかしいのですが、中へどうぞ」

人付き合いというのはどれだけ相手のことを信頼できるかであるが、相手に何かを誠意を持って贈るというのはとても大事なことだ。

なにより、前はあれだけ警戒していたマイが、警戒を解いて無いとはいえ、家の中へ案内したのだから。


「口に合わないかもしれないですけど、どうぞ」

そういってマイが出してくれた飲み物は、濃い茶色をしていた。

どことなく薬草のような匂いにリベルテは躊躇するが、レッドは気にせず口にする。

「ん~、少し苦い気がするが悪くは無いな。これはなんなんだ?」

「これはドクダミ茶です。ワイルドストロベリーとか他のハーブと混ぜるともう少し飲みやすくなったかもしれませんね」

「お茶……?」

話に耳を向けていたリベルテはこれがお茶であるとのことで、驚きつつ口にする。

薬として用いられるハーブであるが、お茶として飲むような習慣は貴族や大手の商会の者以外ないのだ。

それというのも自生しているハーブは薬効成分が強いものが多く、とても口にするには憚られるほどの苦味があり、王族や貴族達が飲料に使うハーブはそれぞれの領地などで人の手で栽培して、苦味が少ないうちに摘み取ったものを使っている。

食べ物ではないために農家で栽培することはなく、薬師が栽培しているが薬効成分を高めるために生育させているからとても苦い。

飲めるものとなれば相応に手間暇かけたものか御用達のものとなり、人々のところに降りてきたとしても高額になってしまうのだ。


「ほぅ……」

お茶を飲みきってホッとする二人。

「お代わりもありますのでどうぞ。それにこれ、冷え性にもいいので」

その言葉にものすごく反応を示すのはリベルテ。

「お代わりをお願いします。それとできれば作り方を。無理なら物を売ってください。買います」

手を取り合うリベルテとマイ。

同じ女性同士で共有するものがあったのだろう。

もちろんレッドは付いて行けず、仲良くなる分にはいいよなと思い、ゆっくりとお茶を飲みながら窓に目を向ける。

外は寒いが晴れている。

しかし、西からゆっくりと厚い雲が見えていた。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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