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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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肌寒い風に吹かれながら、一台の幌馬車が王都から西に向かって進んでいく。

「風が吹くと寒いな……」

首下に巻いた布を少しでも隙間を埋めるように寄せながら、レッドが御者をしていた。


以前に受けたことがあるメレーナ村への配送の依頼であり、悪い条件ではなかったため、レッドが受けてきたのである。

もちろんリベルテも一緒であるが、依頼人の下に向かい、幌馬車が出てきた時点で幌の中に引っ込んでしまっている。

寒さのためか口数も少ない、というよりほとんど喋らなくなっていることに、レッドは内心、焦りを感じている。

前回と同じ配送の依頼ではあるが、少し違うところがあるためである。

馬車が幌付きで他にも同乗者が居ることである。


「配送の依頼だけだったら、一緒に向かわなくても良かったんじゃないか? というか、ラングさんが行くのであれば配送の依頼を出すこともなかったと思うのだが……」

前は怪我で動けなくなってしまったので代わりにということで配送の依頼ががあったのだが、今回は本人がメレーナ村へ向かうのである。

本人が向かうのであれば配送の依頼は必要ない、という当然の疑問をぶつける。

この質問は今回は依頼人が一緒だというのに、自分はサッサと幌に引っ込んでしまった相方がいるため、なんとか依頼人と話をして間を持たせようという目論見を含んでいたりする。

依頼人を横にしながら、ただ黙って馬車を進めるなど、そんな緊迫する状況はご免なのである。


「いやぁ、それなんですが、私がメレーナ村に行くのは買取が必要な場合に、品定めと交渉のためでして……。荷物の配送は冒険者さんにお願いしたいのですよ」

ラングと呼ばれた商人は頭をかきながら、朗らかに笑う。

「荷物は守りますが、護衛依頼じゃないんでそっちの身は守りませんよ?」

配送と護衛では報酬が当然違う。レッドが安く使われては冒険者にとって利が無いと牽制する。

「それはもちろんですね。そんなことを頼もうものなら、我がラング商会はケチであると喧伝されるとともに信用を失ってしまいます。行きも帰りも幌馬車を守っていただければそれで十分です」

当然だとばかりに笑いながら述べるラングにレッドの口角が上がる。


元々、ラングのことは知っているのである。

その人となりは誠実であり、決して冒険者を低く見ることもしない人柄であるからこそ、配送の依頼を受けているのだ。

冒険者として安く使われてはたまらないが、レッド個人としてはこのラングという商人も一緒に守るくらいはやってやろうと決めている。


「前は配送だけだったが、買取って何を買うんだ? こんな寒い時期にしか手に入らないものなんてあの村にあったかね?」

「一面雪で覆われるなんてことはありませんが、寒いと人はどうしても動きが鈍くなりますからね。今のうちに多くため込んでおきたいというのが双方の思いなのですよ。向こうは冬の間を凌げるくらいほしいし、こちらはこの寒い時期に配送に出なくて済むとね。

 そこまではいいのですが、当然、一度の取引量が増えれば、一度に支払う額も増えます。足りない場合があるのですよ。なので、その際は村で余っているものをこちらが買い取ることで充てる必要があるわけで」

ラングの説明にそういうものかと納得するレッドであるが、ふとラングの方を見るとラングの表情は少し暗いように見えた。


「買取に何か不安が? まぁ、村で余っているようなものを買い取るってのは、商会にとって利になるとは限らないか」

レッドは思ったことを述べてみたが、違ったようでラングは首を横に振る。

「いえいえ、余程なものでなければ売れます。売れないとしたら腐ったものとかそういうもので、それ以外であればどこかに売れるものです。売れないのであればその商人の腕が悪いですな」

笑いながらそういうラングであったが、笑い声はどんどん小さくなり、ため息をつく。

「身売りがないとは限らんのですよ……。他の国より豊かだとは聞きますし、私もそうだと思ってはいるのですが、全ての人が豊かに暮らせているわけではないのです。

 村の皆で身を寄せ合って凌ぐようなところもあれば、個人のことと捨て置くところもあります。畑が不作だったとか病気や怪我でといった理由があり得るのですよ。そうなれば、余ったものが無ければ支払えるものとして……」


オルグラント王国では奴隷を認めていない。

国を発展させようと思えば人手はいくらあっても足りないものであるが、奴隷とは人として扱わないようなものである。

アクネシア、グーリンデより北の方では、他国の人を奴隷として労力や戦力に使っている国もあると聞いているが、当然、亡くなってしまう命が多いとも聞いている。

無為に人が死ぬことが無いようにと尽力している国が、人として扱われないことを認めるわけがないのである。

オルグラント王国で生きている者にとって、忌避するのも無理は無い。

「娼妓館……ですか」

「人を買う、ということ自体が良くは無いのですが、先のような事情があれば、買わないわけにもいかんのが、世の中の嫌なところですな。私も若い頃は利用したことがあるので、あれを否定することもできないもので……」


独り身とは限らないが、お金に余裕を持つ男であればおおよそ利用したことはあるのだろう。ラングは寒いはずの外で汗を拭っていた。

レッドも興味はあるが、稼ぎは共有のものであり、監視もされているため、依頼以外では入ったことが無い。

リベルテが怖いのではなく、これもおおよそ女性とチームを組んでいる冒険者であれば同様の身の上となる。

ちなみに、何も言葉は聞こえないが、レッドは背後から圧を感じていて、ラングが汗をかいているのも、それを受けているからであったりする。


「借金させる形で雇うわけにはいかないのか?」

今の状況で沈黙はまずいと話を続けるレッド。

「それも出来なくは無いのですが、今はできませんな。理由は二つありまして、一つは人の信用です。 どれくらいの額となり、それを返す為にどれだけ働き続けなくてはならないのか。日の給与から王都で生活できるだけの金額は残しながら借金分を取らなくてはなりません。商会であれば外に出ることもあれば、逃げ出さないとも限りません。病気でもされればその分伸びますし、酷い話、もし亡くなられたりすれば、商会には損しかありません」


娼妓館であればその店に囲われる。籠の鳥とも言えるが、外に逃げられる可能性が低い。

だが、商会は店の中で囲うなんてことはできない。村などから身売りで来た相手を囲ってさせる仕事がないのだ。であれば、身売りした相手が逃げないとも言い切れない。

また、病気については仕方は無いが、商人は外に出る。

その道すがらにモンスターに襲われないとは限らないのだ。

そうなってしまえば払った分が戻ることは無く、商会には損しかでない。

損得だけで考えるなという思いを持っているものもいるが、商人は利を求めて動くものなのである。


「もう一つは商会の信用ですな。家族の生活のために身売りした人は前からいるのです。それが、今になって身売りしたものは娼妓館に身を置くことなく、引かれて少ない額になるかもとはいえ、普通に商人として働くのです。許せないと思うものが出てもおかしくないのです。元々、村に生まれた者の中には一攫千金を夢見て商人を目指し、王都や街に出る者がいるのですから。不満は娼妓館へ、娼妓館から商人へ広がるでしょう。そうなればもう商会は人々から見放されます。身売りした者を哀れんだ結果、商会を潰して多くの者を路頭に迷わせてしまうことになりかねないのですよ」


人は似たような境遇にある者は仲間と思い、そこから相手だけ抜け出そうものなら裏切りと断ずるもので、家族の生活のため身売りし、娼妓館へというのであれば、昔からあるため、ともに手を取り合って耐えていける。

しかし、村で生活しているものにとって憧れである商人になるなど、給与がどうこう以前の話で、身売りして娼妓館へ行くことになった者達からすれば大きな裏切り者となってしまう。

そうなったとき、人はどこまでも相手に敵意をぶつけられる。

その敵意は相手が惨めな目に遭うまで続き、自分たちが満足するまで終わらなくなる。

救いたい思いを持つのは良いことであるが、それまでの者達へも思いを持たなければ災いを呼ぶことにしかならないのだ。


「本当に、思うように行かないものだな、生きるって言うのは」

「本当に」

そこからは弾む会話も出来ようが無く、幌に引っ込んでいたリベルテと交代の見張りを立てつつ、3日後にメレーナ村に到着した。


村長宅に荷物を運び入れると、早速、ラングと村長が商談を始める。

村長宅の周りに大勢の村人がいたが、一様に明るい顔ではあったので、身売りのようなことはないのだろうと、レッドはホッとしていた。

村のはずれで暮らしているマイという者に食事を届けに行くくらいだったのだ。

この村は、村で生きる人たちと手を取り合って生活しているのだろう。

そう思っているレッドの側に、しっかりと風が吹いている方向にレッドを置いて、リベルテが寄ってくる。


「モレクの町には襲われた村の生き残りが居ます。ファルケン伯爵がどこまで補助するかですが、この冬どうなるんでしょうね? それと以前のアーキ村でしたか? あそこはたぶん……」

とだけ言って黙り込んでしまった。

モレクの町には先の賊の一件によって被害を受けた人が保護されたが、帰るべき村が壊滅させられてしまったのだ、モレクの町に住むしかなくなっている。

しかし、着のみ着のままのため、生活する先がない。

伯爵が賊によって被害を受けた人たちにどこまで補助をするかだが、先のラングの話でもあったように、補助しすぎれば普通に生きてきた者達にとって不満となってしまう。

税を納め、伯爵領の発展に寄与しているのに、と。

被害に遭ったのだからと分かる部分はあっても、許容をすぎれば自分もと望むようになるし、自分に何も無ければ補助を受けた者に向かってしまうものだ。

アーキ村は先の病気だった子どもとその母親の件があった。

病気だからと隔離するように誰も近寄らなくなり、村の中で助け合おうとはしていなかった。

この冬を過ごせるだけの余力がない家があったならば、身売りする者はでてしまうのだろう。

自分たちが行ったことがある先で、人の暖かさと冷たさが目に見えてしまい、レッドは空を仰いで大きく白い息を吐いた。


ラングは村長宅に泊まり、村から売ろうとする物を吟味するようで、レッドたちに「2、3日この村に残って欲しい」とだけ言って村長とともに村長宅へと入ってしまった。

取り残されたレッドはどうしようかと思ったものの、リベルテに袖を引かれて意識を戻す。

「宿……」

「またあそこのお世話になりに行くか」

村唯一の宿『黄金の麦亭』。

二人は走って向かい、まずは宿を2日分取り、早速と温かいスープをお願いする。

それまでの間はと暖炉のところに一目散に走り寄るリベルテを見て、レッドも暖炉の側に向かった。今は何より、火の暖かさを感じていたかったのだ。

パチパチと薪が燃える音とじんわりと来る熱が暖かかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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