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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「レッド、聞きましたか? 可能な限りの召集要請です」

「冒険者に召集要請って珍しいな。どんな厄介ごとが起きたんだ?」

「わかりません。とにかく行きましょう」


冒険者は基本的に自由な仕事である。

自分で依頼を選び、休みたいときは何もしなければよい生活を送ることができるが、依頼は常にあるとは限らないため、見通しが甘い生活を送っていると収入がまったくない日々を生きなければいけないこともありえるのだ。

そんな冒険者であるが、ギルドが召集を呼びかけた際は、依頼で不在であったり、怪我で動けない場合を除き、応えなければいけない決まりとなっている。


そして、ギルドが召集を呼びかける事態であるが、例えば、凶悪なモンスターが暴れている場合である。

国が兵を出して対応しなくてはならないブルートルグリズリーのようなモンスターが現れた場合、ギルドは冒険者を集めて防衛の準備や人々の避難誘導などを行うためだ。

また、国が他の事情で兵を出せなかったり、兵が敗走した場合は、ギルドが召集した冒険者達を募って戦いに行く必要があるということも冒険者を招集しておく理由である。

その他では災害が発生した場合などであるが、滅多に召集されることはないため、ギルドに集まった冒険者は皆一様に、緊迫した面持ちであった。


ギルドの訓練場には数十名の冒険者が集まっていた。

「集まってくれたことに感謝する」

ギルマスが台の上に立ち、挨拶を始める。

「今回集まってもらった理由であるが、あらかじめ言っておく。凶悪なモンスターが出たわけではない」

その言葉にホッとする面々だが、では何が起きたとざわつきも起きる。


「じゃあ何があったのか。このオルグラント王国の領内で賊がでやがった。本日、依頼で北西に行っていた冒険者が戻ってきて、焼き滅ぼされた村があったと報告してくれた。生存者は残念ながら居なかったそうだ。なぜなら、住民は全員、斬り殺されていたのだ。被害者の埋葬もしてきてくれたそうでな。ご遺体はすべて、剣で斬ったと思われる傷ばかりであったそうだ。村人を皆殺しにした後、わざわざ火まで放っていくような下衆だ。ここまで言えば、何か分かるだろう」


オルグラント王国は他国と比べれば豊かであり、仕事も多様にある上に冒険者という受け皿も存在している。

人手はあって困らない状態であるため、わざわざ命を狙われる危険を冒してまで賊になる者はほとんどいないのである。

そんな国なのに賊が出たということは、どのようにしてか他国から流れてきた者達か、他の国が戦争前に仕掛けてきたかということになる。

もちろん、国も兵を出して対応するものであるが、他国との境界の警戒も必要なため、ギルザークがマスターを勤めるギルドに賊殲滅の依頼が回ってきたのである。

兵と協力してブルートルグリズリーを倒して王都を守った男がマスターであれば、今回の召集理由に不満を述べる者はいなかった。


「先の冒険者からの報告では、北西から王都に戻る途中に不審な様子はなく、通りの村々は平穏だったと聞いている。

 賊もさすがに王都まで乗り込んでくることはありえないだろう。他国から流れてきた賊でも他国からちょっかいをかけてきた者達であろうと、どこかに拠点を構えるものだ。その拠点から比較的に近い範囲を荒らすもんだ」

「襲われたのは北西の村ですよね。南と東側は王都に近くなりますし、ここまでこの国の奥に入ってはいないはずですので、北か西かですね」

「では、北の街から西に回る組と西の街から北に回る組に分かれて進みましょう。最後はこう挟めるように」

冒険者の1人が手を合わせるようにして案を出す。


「人数が十分ってわけじゃないが、そう動いた方が討ち漏らしは少なくできそうだな。よし! その案でいく。あとは動く組は人数を考えながら分けてくれよ」

ギルマスの号令で各チームの代表が集まり、人数と地形から編成を決めていく。

「レッド。お前さん方は西に進みながら北に回る組に入ってくれ。最近西に行ったことあったよな? 多少は地形覚えてるだろ?」

「といっても道なりなんだが、まぁ、西でも北でもどちらでも問題ないさ」

報酬を分けるような話ではないため、揉め事もなく粛々と決まっていく。

「こういうときの行動力はさすがだな。では早速の行動を頼む。今回の件は無事解決次第、国からの報酬だけでなく、俺の蓄えからも追加してやる。多少の色をつけてやるんだから、ありがたく励めよ」

ギルマスの軽口に軽く笑った後、颯爽と動き出す。


「リベルテ。俺達は西に向かう。前はメレーナ村だったが、それより奥のモレクの町までいくぞ」

「それにしても賊ですか……アクネシア王国でしょうか? それともグーリンデ王国?」

賊の正体について思案するリベルテ。

「西ならアクネシア、北ならグーリンデと言えるが、こんな悪辣な手を打ってきそうなのはアクネシアだろうな。グーリンデだったら直接仕掛けてくるさ」

「あそこは将軍が強い権限持ってましたね」

そう言えばと手をたたくリベルテ。


「頑固で思い込みの激しい爺だ。あれのせいで未だに和平も成立しないらしいからな」

グーリンデにはゴーマという将軍がいる。

グーリンデ王国の兵を率いる権限の一切を持っていて、幾たびの戦争においてグーリンデを守り抜いてきた名将と言われている。

しかし、何度も戦争を仕掛けられているオルグラント王国は、グーリンデ王国の攻勢を何度も退けてきており、多くのグーリンデ兵を倒してきている。

そのため、多くの兵を失う相手となったオルグラント王国を深く憎んでおり、グーリンデ王国とオルグラント王国が和平を結ぼうとした動きがあったこともあるのだが、ゴーマ将軍が全て握りつぶしてしまっているらしい。

グーリンデ王国において、ゴーマ将軍は兵にも人々にも人気が高く、グーリンデの王も宰相も手を出すことが憚られており、ゴーマ将軍が居る限り、オルグラント王国とグーリンデ王国が互いの剣を置ける日はこないと言われている。


そんな話をしながら、王都を出てから移動を続けること6日。西から回る組はモレクの町に到着した。

「食料など仕入れてくる者と情報収集する者に分かれようか」

西から回る組のリーダーを勤めるのはダリウスという冒険者。

こちらの組の中で一番人数が多いチーム「勝利の角笛」のリーダーであり、人数が多い人が仕切った方がいざこざは起きにくいだろうという判断で決まったものである。


「それでは仕入れには私が行きます。モレクの町並みも見て回りたかったですし」

街を見て回りたいという理由の方がメインに見えるリベルテが仕入れ役を志願する。

「仕入れは頼むが、観光じゃないんだぞ。ほどほどにしとけ」

「了解。それでは行って来ます」

レッドがたしなめるが、それはあまり効果は無いように思われる。

それというのも、他の冒険者達にも浮ついている者が多いからだ。

依頼によってどこでも行くことがある冒険者であるが、観光で行くわけではない。

また、依頼で行ったにしても依頼の期日などはあるため、あちこち見て回れることなどなかなか無いものである。

それに滅多に来ない場所に来たとあれば、人はその土地を見て回りたくなるものなのだ。


「今日はここで一泊していいんじゃないか? ここから先は休みという休みはお預けになるし、ここで仕入れられる話もあるだろう」

レッドがそんな浮ついた周囲を見ながら提案すると、西から回る組に参加する冒険者の多くがダリウスに期待するような目を向けていた。

「悠長にしていい仕事では無いんだけど、焦っても仕方はないな。情報集めだけは怠らないように」

ダリウスも周囲の圧に諦め、一泊することを決める。

周囲の面々は喜び勇んで宿の手配に走った。宿が決まった後はこの街を巡り、酒を飲み漁ることだろう。


そんな一泊を送った冒険者達であったが、翌日は朝から慌ただしかった。

近くの村が焼き討ちにあったとの報告が朝一で飛び込んできたのだ。

今回は逃げ延びてきた村人がいたのだが、荷物などは一切無く、着の身着のままでボロボロな様子であった。

「襲われた村はここから北西になります。前に襲われた村はここからだと、北東ですね。ファルケン伯爵ならすぐにでも今朝報告があった村に兵を向けるでしょう。私達はここから北へ向かうのが良いのはないでしょうか?」

「そうだな。ハーバランドからは東に位置する村だ。ファルケン伯爵の軍を相手にしようとはしないだろうから、ここから西に姿を見せることはもうないだろうし」

リベルテの提案にレッドが補足を入れる。


「弱い相手だけ執拗に狙ってる動きはムカつくぜ」

「北に伸びながら少しずつ東へ寄って動く。賊の人数はわかっていないから、油断せずに進むぞ」

他の冒険者が苛立ちをこぼす中、ダリウスが号令をかける。


西から回る組を半分に分けて、広く捜査をしながら北上を続ける冒険者達。

レッドたちはダリウスと同じ班になっていた。

すぐに見つかる相手ではなく、モレクを出てから2日経っている。

その2日目の陽が落ち始めた時分にダリウスが、止まるよう合図する。

「遠目にキャンプしている一団が見える。ここ一連の事件でこの辺りに冒険者が来ることはないし、あそこでキャンプするような商人は居ないはずだ。アクネシア王国との境がだいぶ近かいからね。」

「あれが賊だとすると、このまま皆で突っ込むとアクネシア王国側に逃げられるんじゃないか?」

ダリウスの報告に、冒険者の1人が疑問を挟む。


「向こうは八人くらいか? こっちは十人か。近寄ったら逃げ出すわな」

人数差の情報も加え、その疑問にレッドも同意する。

「こちらまでおびき寄せられるといいんだが、何か手はないか?」

なんとか逃さずに仕留めたいレッドたちは頭を付き合わせる。

「少なくともあの場に居るのは8人だけだ。逃さずにやるとするなら、囮を出して八人全てを食いつかせる。そして、囮役は引き寄せつつ、今俺達がいるこの位置まで逃げてくるんだ。

 ここまで賊が近づいて来たら、側面から背後を閉じるように伏せている面子が奇襲をかける。それで8人をなんとか逃さずにやれるだろうさ」

「やつら全てやるにはそれがいい案だと思うが、実施するとして、だれが危険な囮役をやるかだな」

レッドはリベルテを見て、リベルテもそう考えていたので頷くことで応える。


「囮は俺達がやる。二人だし暗くなってきたからな。影で夫婦が旅してるように見えてくれるだろうしな。それに、少し大きめな荷物でも背負って行商のようにすれば、獲物だと思って釣れてくれるだろ。そっちは相手を逃さないことを期待してるよ」

夫婦という言葉に顔を赤くするリベルテであったが、戦いの直前のため、他の面々はまったく気づかなかった。


「今いるメンバーの中では君達の方がうまくいく可能性が高い、か。危険な役だが、お願いするよ。とにかくここまで逃げてくれれば、後は期待に応えるさ」

互いに軽く拳をあわせた後、ダリウスたちが近場に潜み始める。

「リベルテ、行くぞ」

「は、はい。相手に喧嘩売らないでくださいよ。怯えて逃げているように装いつつ、ここまでひっぱって来るんですからね」

まだ少し顔が赤いリベルテは、なんとか気づかれないようにとレッドを注意するのだった。


だいぶ暗くなってきた道にオドオドとした様子で進む二人の姿があった。

少し大きめの荷物を背負っていることとその様子から、夜のうちにアクネシア王国に行商に向かう者に思われた。

オルグラント王国領内の力の弱い人々を狙っている8人の賊は、手ごろな獲物と定め、二人の行商に向かって動き始める。

賊の一人が行商たちの前に姿を現すと、行商の二人は怯え、アクネシア王国とは反対の方向に逃げ出した。

アクネシア王国の境の方が近いのにそちらには逃げなかったということは、間違いなくオルグラント王国で暮らす者ということである。

間違いない獲物と認識した賊の八人が一斉に逃げた行商を追う。


夫婦であろう行商の女性が足をもつれさせたのか倒れ、男性が慌てて引き起こして逃げる。

背負った荷物を捨てることは憚られたのかいまだ荷物を背負っている行商と人を襲う術を持っている賊では、その足の速さが違う。

逃げることを諦めたのか、体力が尽きたのかはわからないが、行商の二人の足が完全に止まった。

その場から動かない相手に賊の一人が近づき、剣を振り上げるが、賊の方が倒れる。

仲間が倒れるという状況に、残りの六人が慌てて剣を構えて、行商を警戒する。

行商を注意深く警戒しながら、囲むように三人が横に広がり、その場に留まっていた3人が突如現れた人影に斬られる。

賊を囲むよう潜んでいた6人の冒険者が姿を現したのである。


「あとはその三人だけだ。逃すな!」

「くそっ!」

嵌められたことに今更気づいた3人は、ばらばらに分かれて逃げようとするが、それぞれの前に冒険者が二人ずつ姿を現し立ちふさがる。

「こんなに人数がいやがったのか!」

一対二の状況であり、後ろから六人の冒険者が逃さないように警戒しながら近づいてくる。

すでに悪態をついた賊一人になっていた。


「これで終わりだな」

「オルグラントのやつらに一泡吹かせてやったんだ、悔いはない!」

賊の最後の一人が精一杯の虚勢を叫ぶ。

「アクネシアの兵のお前たちに何も残らねぇよ。一泡吹かせたというが、アクネシアが公式に戦果として認められやしない。お前達はアクネシアからの逃亡兵ってことで処理されて終わるし、アクネシアがお前達の遺体を引き取ることもない。捨て駒だったんだよ、お前達は」

レッドの苛立ちを含んだ言葉で賊を装っていたアクネシアの兵を黙らせる。

普通に暮らしている人たちを無為に殺し、それが自分の国のためと思っている相手が、どうしようもなく腹立たしかった。

レッドは戦う意思をなくしている相手であったが、まっすぐに剣を振り下ろした。


「これで八人。他に居る気配はしないし、いまさっきキャンプしてたところを見てきたが、他にいた形跡もなかったよ。こいつら八人で全てだったな」

「北から回る組の方も問題なく終わっていればいいのですが……」

リベルテは東の方を向いて呟く。

「ひとまずこいつらをモレクまで持って行くか。村を襲った賊の遺体を突き出して、終わったと報告しないと皆が安心できないからな」

「しっかし、こんなことをわざわざしかけてくるってのは、アクネシアの奴らは人をなんだと思ってんだろな」


モレクの街へと戻る冒険者達であったが、その足取りは軽くなかった。

国同士の思惑は互いに譲れないこともあり、ぶつかり合うことがある。

それは互いに国の威信をかけて戦うものであるが、それでも相手の国で生きている人の命をただ奪うという手段を選べることがわからず、そして許せなかった。

そしてこれから先も、お互いの国は生きている人の血を流し続けることになるだろうということだけは確かだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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