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周囲に目を向けてはため息を漏らしそうになりながら、タカヒロは周りに合わせて歩いていた。
戦争へ強制的に参加させられているのは冒険者ばかりではない。
魔法を使える者たちも従軍させられていた。
まだ解明できていない魔法の力を持つ者たちを、オルグラント王国は戦争へ送り出すことにしたのである。
元々、有事の際には強力な戦力として考えられていたのだから当然なのだが、本当に自分が城仕えになって戦争に従軍することになるとは思っていなかったのだ。
さらに言うのであれば、有事の際の戦力と考えられているからこそ、王国から外に出されるとは考えていなかった。
だからこそ、実際に従軍することになり、その雰囲気を感じ取る度に暗澹たる気分になってしまうのである。
こことは違う世界で、戦争とは無縁に生きてきた人間であれば、なおさらだった。
「魔法使いの力を実証して地位を高めたい、って言うのはわかるけど。わかるんだけどさぁ……。はぁ~……」
タカヒロの気分を重くさせているのは他にもあった。
一つは、これから多くの人が傷つき、命を落とすということ。
そしてそれを近くで目にしなければならなく、逆に自分が怪我をしたり、もしかしたら死んでしまうかもしれない、という恐怖のだ。
タカヒロとてこの世界に来てから、賊であったり、タカヒロ達に危害を与えようとしたり、実際に攻撃してきた相手を返り討ちにした事はある。
あるのだが、相手にする数も、これから戦争するという雰囲気も全てが違いすぎた。
言ってしまえば、一対一であれば、なんとかいけそうだという気持ちでいられるかもしれないが、それが一対多、多対多になるのだ。
自身に余程な力でも持っていない限り、如何に逃げるかという気持ちにしかならない。
なにより大勢があちらこちらでぶつかり合うのだから、その周囲から悲鳴を、雄たけびを、呻き声を聞きながらになるのだ。
自分一人でどうにか出来るだなんて思えないし、そう出来ない状況に身を置くなど怖さしかない。
そしてもう一つは、周囲に見知っている人が居ないと言うことである。
魔法を使える者はそう多くは無い。
そのため、集中させるべきという意見があったのだが、単独で広範囲の攻撃手段を持っている者もいることから、分散して各隊の攻撃力を上げるなんて言う運用に決まってしまったのだ。
そして、そんな魔法使いたちを冒険者たちの一団に混ぜるわけが無い。
戦うことを仕事とする兵士たちの中に加えるのは当然であった。
レッドたちのように見知っている者が近くに居ないことが、この戦争に対して心細くさせ、より気分を落とさせていたのだ。
当然ながら、戦争と言うのはそんなタカヒロの気持ちを考慮してくれるものではない。
突然、前方を進んでいた兵たちが動きを止めた。
周囲にいる兵たちが皆が、前方を睨む様な表情になっていく。
これから戦争になると言う真剣さだけではなく、まさしく敵を見つけた、と言う雰囲気であった。
キストの兵がその姿を見せたのである。
本当に敵と遭ってしまったと言うことに、タカヒロはゴクリと唾を飲み込む。
いよいよ始まる……。
指揮官の大きな号令で兵士たちが走り出す。
タカヒロはそれを遠くの出来事かのように見えていた。
「魔法使い殿。あの辺りに火の魔法をお願いします」
キストの軍が居る後方に小高い丘があるものの、それ以外に障害物と言えるものは無く、見晴らしのよい場所であった。
互いの軍がぶつかるには良い場所と言えた。
丘があるのにキストはそこに陣取っていなかったことには首を傾げてしまうが、タカヒロにそんな戦術だとかを考えられるだけの知識も経験も余裕も無い。
ただなんとなく、広い場所の方が動かしやすいのかもしれない、と思うだけだった。
タカヒロはこれから自分がすることに気が重くなるが、自分が何もしなければもっと傷つく人が出てしまうし、傷つき倒れるのが味方であれば、敵が迫ってきて自分が殺されてしまうかもしれないのだ。
手を上げて空に火の玉を作り出す。
戦場にあってはとても目立つものとなる。
キストの兵がタカヒロの作り出した火の玉を見てタカヒロへと向かい始める。
それは近づいてくる姿と声でタカヒロにも分かる。
迫り来る恐怖を感じながら、手から落とすように腕を振り下ろす。
火の玉が落ちてその熱と火が一瞬で広がり、落とした周辺の人間たちの悲鳴が響き渡る。
「今だっ!! 突撃ぃ!!」
タカヒロの周囲に控えていた騎士が駆け出し、兵士たちに続いていく。
タカヒロだけはその場から動けなかった。
乾いた笑いが代わりに漏れる。
「ハハ……強い力があっても、それを揮いたがる気持ちは、僕には理解出来ないや……」
タカヒロは、以前にはもっと凄まじい力を持っていた。
そしてそれは、身を守るにも何かをするにも、とても便利で楽だった。
だから失くしてしまった時、タカヒロは残念に思う気持ちもあった。
しかし、失くしてホッとした部分もあったのだ。
マイが襲われた時、タカヒロは力を揮って、襲ってきた相手の命をあっさりと奪った。
マイを守れたことは良かったと思っているが、簡単に相手の命を奪えたことが怖くなったのだ。
その力に慣れてしまうと、相手の命を軽く考え、それを奪うことに何も感じなくなってしまいそうに思えてならなかったからだ。
だが、その凄まじい力を失くしても、タカヒロは生き続けなければならない。
そして、この世界は戦う力が必要だった。
以前ほどではないけれど、また魔法を使えるようになった時、タカヒロはまたホッとしたものでもあった。
……以前ほどではなくとも、魔法とはこの世界では強い力なのである。
自分の手に目を落としていたタカヒロは、戦場であったことを思い出して顔を上げた。
オルグラントの兵たちはキストの兵を押し込んでいた。
薬で凶暴化させられているとは言え、ただの平民相手なのだ。
普通に戦えば負けるとは思えなかった。
しかし、少し離れた場所に留まってその光景を見ていたタカヒロには、何かがおかしく感じられていた。
「……キストの兵が……ちゃんと下がってる?」
凶暴化しているのであれば、ただ前に進んでくるはずである。
凶暴化している者は、敵を倒すためだけに動くのだ。
後ろにさがるなんて、凶暴な者の動きと言えるだろうか。
タカヒロは惹かれるように、丘の方に目を向ける。
なんとなく意識が向いただけで、何かに気づいたわけでもなかったが、タカヒロは丘に向かって一人走り出した。
そこに行かなければいけない。そんな思いに突き動かされたのだ。
タカヒロが離脱してから間もなく、戦場に轟音が鳴り響いた。
タカヒロや他の魔法使いたちが何かをやったわけではなく、キスト軍側から響き渡ったのである。
轟音の後、オルグラント兵の多くが地面に倒れていた。
立っているのは、フルプレートの騎士がほとんどであった。
タカヒロが見ていれば、すぐにわかったであろう。
下がっていたキスト兵に引きこまれ、構えていたキスト兵に横から攻撃を受けたのだ。
だが、どんな攻撃を受けたのかは、その場に居たオルグラント兵たちにはわからない。
多くの仲間が轟音と共に急に倒れたことに混乱するだけであった。
「な、なんだ? 何があったんだ!?」
「キストはこれで帝国を破ったのか!?」
「後退だっ! 後退しろぉっ!!
オルグラント兵のほとんどがやられたわけではない。
まだ数で言えばオルグラントの方が、帝国とも戦っているキストに比べたら多い。
しかし、勢いを挫かれた側と勢いに乗る側が入れ替われば、当然、その戦況も変わってしまう。
本来の凶暴さを見せ始めるキスト兵と、混乱して統制が取れなくなっているオルグラント兵。
戦況はキスト側に向き始めていた。
「なんだよ……これ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。助けに行かないと!」
この状況にあって、アクネシアで救援活動に動いていた一団が戦場に追いついた。
「レッド……。あれを」
リベルテが眉に手を当てて遠くを覗き込み、レッドを呼ぶ。
レッドも同じようにして覗き込み、息を呑んだ。
「あれは……『銃』か? ソータが使っていたのとは違うようだが……。あれは『あいつら』以外に使えるのか?」
騒乱の際にソータが使っていた『銃』は、片手で扱える物だった。
そして、その『銃』は魔法を撃ち出すという代物だったのである。
しかし、キスト兵が持っている『銃』は両手で扱っていて、今またその先端に対して棒のようなものを差し込んだりしているようだった。
レッドたちの一団がどう動くか話をしている間に、また轟音が響き渡る。
目の前で音と共に倒れていくオルグラントの兵たちを見て、他の面々も息を呑んでいた。
「まだ生きている人たちを連れて下がるぞ! 敵を倒すのではなく、仲間を助けるために動こう! 俺たちはそう動いてきただろ!」
レッドが動きを止めた皆に声を掛ける。
この一団は、旧アクネシア領に居た人たちの手助けをしようと、軍から分かれて動いてきたのだ。
ここで、自分たちの国の仲間を見捨てる選択などあるわけが無い。
「行くぞぉっ!!」
一気に戦闘の中へと突っ込んでいく。
新手の乱入にキストの兵たちの動きが止まり、オルグラントの兵たちは援軍が来たことに希望を持ち始める。
「動けるやつは退がれっ! 退がるんだ!! 退がって態勢を立て直すんだ!!」
本当であれば、倒れている人たちも連れて行きたい。
だが、ここ戦場にあってそんな余裕はどこにも存在しない。
今動ける、動いている人たちが生きることが何より大事だった。
バラバラにではなく、ある程度の固まりになってオルグラントの兵たちが下がっていく。
「俺たちもそろそろ!」
冒険者の一人が、退がっていくオルグラントの兵と動揺から落ち着きを取り戻し始めたキスト兵を見て声を上げる。
相手が落ち着き始めたら、また攻勢をかけてくる。
横槍を入れた隙に助けて回っていたが、それも限界に来たということである。
まだ倒れている中に息のある人たちが居るはずであるが、レッドは歯をかみ締め、それから退がる指示を出す。
これでレッドたちも問題なく退がれれば良かったのだが、やはり戦争とはそんなに甘いわけが無かった。
「レッド!!」
リベルテの悲鳴のような大声をかき消すように、再度の轟音が鳴り響く。
音が静まった後、レッドの目の前でリベルテが倒れていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。