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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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209

キスト聖国へ進軍したオルグラント軍は、旧アクネシアの領地に戦闘らしい戦闘を行うことなく足を踏み入れた。

キストがここを守ろうとする気が無かったのか、それとも帝国とオルグラントと二国を相手することになったため、守れるだけの兵が足りなかったから下がっただけなのかはわからない。

簡単に相手の領土に入れてしまったことで、意気を上げる兵と冒険者たちであったが、この状況を楽観視していない者たちは険しい表情となっていた。

そしてその考えは、違った方面から間違っていなかったことを突きつけた。

意気揚々と旧アクネシアの王都があった街に入ったオルグラント軍は、その状況を見て、冷水を浴びせられたように静まり返ることとなったのだ。

オルグラント軍を歓迎するように姿を見せた人々は、おそらく、元アクネシアの人たちだろうと思われる。

キストの国のあり様とオルグラントへ逃げてきた人たちを考えれば、それ自体は問題は無かった。

姿を見せたのが、子どもと老人だけだったのである。

そして、その誰も痩せ細っており、弱っているのが見て分かるほどだった。


「おぉ……オルグラントの兵だ……。これで助かったのか?」

「だが、息子たちは……」

「せめて子どもたちだけでも……」

年寄りたちが、オルグラント兵を見て縋るように集まって助けを願っていく。

「なんなんだ……」

「俺たち、戦いに来てるんだよな?」

兵たちは動揺した素振りを見せなかったが、冒険者たちは動揺を隠せなかった。

兵たちは訓練してきているからなのだろうが軍に乱れは起きず、指揮官の指示の下で警戒に回っていく。

油断した所を襲ってくることを警戒する、当たり前の行動だった。


しかし、冒険者たちはそんな訓練などしていない。ざわめきが広がって収まらない。

「なんであいつらは、この状況に驚きを見せないんだ? 知ってたのか?」

「兵としてはそれが当然なのかもしれないが……冷徹すぎやしないか? あの人たちが気の毒すぎて、さっさと助けに動きたいんだが……」

キストへの憎しみを支えにして、この強制の軍に参加しているのであって、弱っている元アクネシアの人々を攻撃したいわけではない。

だからこそ、目の前の弱っている人々に対して手助けをしたい、という声があがり始める。

冒険者たちも、誰かと助け合いながら生きている職なのだから、それが当然と言う意識があった。


しかし、全ての人がそのような心情になるわけでもない。

「あいつらアクネシアの人間だろ? あれが演技かもしれないだろ。俺は兵たちを支持するね」

「オルグラントには逃げてきたアクネシアの人たちがいる。ここに居るのは、キストにつくことを良しとした奴らだろ? 助ける必要なんてない」

集められた冒険者たちの軍は、ここに来て二つに分かれてしまう事態となった。

冒険者の一つの団は、元アクネシアの人たちの手助けに動き、広場で食料の配給や怪我、病気の治療を始め、もう一団はそんな一団に白けたような目を向けつつ、兵たちに合流していく。

手助けに動いた一団の炊き出しに、子どもたちが我先にと並び、年寄りたちが感謝の涙を流していた。

感謝の言葉を向けられて不愉快な気持ちになる人なんていないだろう。

助けに動いた冒険者たちは、自分たちの行動は間違っていなかったと笑顔を広げていった。


大して、兵に合流した冒険者の一団は、より戦意を上げていた。

「俺たちは戦争にきてるんだぞ? 悠長にしてたら危険だと、何故考えない?」

「お人好しが過ぎるな。あの配った食料は俺たちの飯でもあるんだぞ? 俺たちの食料を減らすことが敵の狙いかもしれないってのに」

人助けをしている一団が、まるでキストに寝返った敵であるかのような考えが生まれ始めて、戦意が上がっていたのだ。


人助けに動いた一団であるが、その全てが自己満足に浸っているわけではない。

ただ、同じ人として見捨てられなかったから動いたに過ぎない。

それをわかっている人たちには眉をしかめるくらいで済むのだが、そんな説明で全ての人が納得するものではない。

何より今は、戦いに来ているのだ。

この状況にレッドとリベルテはまずいものを感じていた。

「どっちの言い分もわかるんだが……。キストが何を考えて動いているのかわからんからな」

「ええ……。ここで軍を分けるような動きが良いとは思えません。ですが、こうなってしまった以上は……」

リベルテが人助けに動いている一団に目を向ける。

レッドがわかっていると首を縦に振る。

レッドとしても、動くならあちら側なのだ。

レッドとリベルテは人助けの一団に向かって足を動かす。

たとえ、戦争中では愚かな行動だとしても、見捨てるという後味の悪さを感じたくなかった。

オルグラントの王都にある孤児院にいる子供たちより痩せている子どもたちを目にすれば、やはり動かないという選択は出来なかったのである。


人助けに動いた一団の救援活動は夜まで続いた。

炊き出しはあの一回限りではないし、怪我や病気をしている人たちへの治療と寝床などの確保に時間が掛かったためである。

しかし、人助けに動いた冒険者たちは誰しもが満足そうな顔で、明るい声も時折上がり、美味そうに水を口にしたりしている。

レッドは建物の壁に寄りかかりながら、そんな冒険者たちとこの場所にいた人たちを見ていた。


「はい。どうぞ」

リベルテがレッドの分のコップを持ってきてくれた。

レッドは礼を言って受け取り、一口飲む。

ふぅ、と息が漏れた。

「キストが何を考えて動いているかが、気になりますか?」

「あぁ……。せっかく隙を突いて奪った領土だろ? なんで簡単に放棄したのかがな」

何のために戦争をしているかと言えば、そのほとんどは領地の奪い合いである。

自分たちの国が有する土地を広げ、資源を手に入れ、作り出せる食料を増やし、自分たちの国に生きる人たちが生活できる土地を確保するためだ。

領土が狭ければ、手に入れられる資源は限られるし、国の力である人を増やすにも、その人たちが暮らせる土地も、増えた人口を賄えるだけの食料を用意出来なくなってしまうからである。

しかし、戦争と言うのはそんな簡単な奪い合いでは済まない。

お互いに奪おうと、奪われまいと命を掛けてやり合い、多く物を人を失って手にすることになるのだから、それを簡単に手放すなど責める声しかあがらない行為にしかならない。

いろいろなものを失って手にした土地を手放すなら、最初から奪おうとしなければ失わずにすんだものが多いのだ。

それを簡単に放棄するとなれば、余程な理由や狙いがあるとしか考えられなかった。


「帝国とも戦ってるから、兵が足りないっていうのは考えられるんだが……」

レッドは先ほどまで動いていた場所に目を向ける。

オルグラントの冒険者たちが動いた食糧の配給、怪我や病気の手当てに集まっていたのは、子どもと年寄りだけであり、働き盛りの男性も女性も居なかったのだ。

「……兵として連れて行かれたそうですよ。帝国との戦いか、それとも私たちに備えて、キスト本国に居るのでしょうね」

元々、キストは常備軍として持っている兵は少ない。

戦いの際になったらキストの教えを信じる人たちを集め、兵としているのである。

信じるということの強さ。……いや、戦時となれば狂気と言えるものだろう。

訓練されていない人たちが、武器を手にして攻めて来る敵に向かっていくのだ。

敵対する者たちにとって、異様以外の何ものでもない。


それが本当に信仰からだけであれば、どこかで素に返る時があるのかもしれない。

しかし、薬を使って考えられなくさせている。

キストの聖職者たちはそれを良しとしているのだ。

それがより一層、狂気さを感じさせている。

連れて行かれた人たちも、おそらくそのような兵にさせられてしまっていると考えられた。

リベルテが痛ましそうに目を伏せ、レッドは握った手に力が入る。

「本当に、ろくでもないな……」

呟いた言葉はキストに対してだったのか。

それとも、戦争と言うこと自体へなのか。

呟いたレッド自身もわからなかった。


陽が昇ると、また子どもたちが並んでいた。

食事がもらえると思ったからである。

一日食事を配ったから十分だ、と終われるものではないのだ。

一食でも食べられたから良かっただろ、と思ってしまう人もいるだろうが、じゃあその一食を食べたから、後は自分たちで頑張れなど突き離しも良い話でしかない。

人助けに動くと言うのであれば、その人たちが自分たちで動けるようになるところまで面倒を見る必要がでてくるのだ。

そんな心情は助けに動いた冒険者たちの一団もわかっているが、彼らはあくまでキストへ戦いに来た途中で動いただけに過ぎない。

ここに居る人たちの面倒を見きることは出来ない。

ここに居る人たちが困窮しているのは、十分な食料を得るための働き手が居ないことによる。

あくまでオルグラント軍の一団として来ているにすぎない冒険者たちが、長くここに留まって活動することなど認められるものではない。

何より戦いに来た軍であり、その物資を自由に使えるわけではないのだ。


「どうする?」

「どうするったって、戦争に集められてんだ。ここに残って戦わないなんて、認められないだろ? 冒険者の身分を剥奪されるかもしれないぞ?」

だからと言って、それじゃあ、とここを離れるのは何のために動いたのか、と言うことになってしまうし、何より後味が悪すぎる。

レッドがちらりとリベルテに目を向けると、リベルテが深く悩むように目を瞑り、しばらくしてため息と共に目を開けて頷いた。

レッドがオルグラントの騎士団に向かって走りだす。

残っていた冒険者たちは、いきなり走りだしたレッドを何事かと見送るだけだった。

そして、しばらくしてレッドが戻ってくると、冒険者たちが何をしてきたのかとレッドを取り囲む。

レッドは落ち着くように手で制しながら、息を整える。

走ってきたのだから、息が上がっているのである。

「……はぁ~。おっし、落ち着いてきた。……あ~、騎士団に許可を取ってきた。配布できる食料は朝の分が精一杯だ。それ以上はもう無理だ。そんでもって、ここに居る人たちをオルグラントまで連れて行くか、畑や森で多少の食料が取れるように動くかどっちかになる。どっちにしても終わり次第、軍に合流しなければダメだ。逃亡として冒険者の職を剥奪されることになる」

ここに居る人たちを連れて帰国して終わりとはならないことに、周囲からため息が漏れるが頷くしかなかった。

強制で集められたのだから、それは許されないということだ。


「ちなみに!」

冒険者たちが声を上げるより先に、レッドが続きを口にする。

「オルグラントへ連れて行く場合の食料は自分たちで用意しなきゃならんし、戻ってきたら何日も戦線を離れたってことで、一番激しい所へ送られることになるはずだ。それだけは覚悟してくれ」

繰り返しになるが、皆が皆、進んでこの軍に志願したわけではない。

であれば、戦いに加わらないでいる者たちにどういった目が向けられるか、想像するのは難しいことではない。

嫌々であるが敵と戦っているのに、同じく集められたはずの者たちは戦わずに逃げて済んだ、など敵に対してより敵意を持たせてしまうものである。

ましてや、物資を消費して救援活動に動いていたこの一団は、他から良い目を向けられては居ないのだ。

戦線に参加次第、一番敵兵が多い場所に向かわされることとなるだろう。


「そうしたら森で食べられるものを取って、畑に手を入れて、収穫出来るようにするしかないじゃないか……」

オルグラントに連れて行くには弱っている人が多く、そんな状態では移動にどれだけ日がかかるか分からない。

また、オルグラントに連れ帰った所で、すぐに彼らが生活できる場所もないし、冒険者たちにも用意は出来ない。

十分な状態まで面倒をみるとなると、どれだけかかるかわかったものではなかった。

言葉を悪く言ってしまえば、中途半端に切り上げなければならないことになるのだ。

だが、後先も考えずに動いてしまったのはこの一団に居る者たちである。

彼らはあまり時間はかけ過ぎられないと早速動き出すのだった。


レッドたちを含む一団が抜けたオルグラント軍は、キスト本領へと進軍していく。

一緒に進軍しなかったことが良かったのか、悪かったのか。

それは誰にも分からないことだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

誤字報告ありがとうございます。

見直ししっかりしてなくて本当に申し訳ありません。

鋭意、修正させていただいております。

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