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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
207/213

207

王都中がひっそりとしていた。

誰もが家の中、建物の中に家族と共に篭り、過ぎ去り行く時間に思いを馳せる。

決して良い一年だったとは言えない一年であったが、最悪だったとまでは言わない一年とは言えるはずである。

騒乱によって建物は壊れされ、怪我をしたり、命を落としたり、これまでの生活を失った人たちは大勢いるが、そこから立ち直ろうとした一年でもあったのだ。


壊れた建物を直すために、大工たちは昼夜働き続けた。

傷ついた人たちのために、薬師たちも同じくらい動き回っていた。

その手伝いとして冒険者たちも駆けずり回っていた。

この国に生きる皆の尽力により、住む場所を失って凍える人や怪我から命を落とす人は出ないで済んでいる。

しかし、そこで消費した資材が補充できたか、と言われるとそうでは無い。

調合に使う薬草類はその多くの採取量を減らしてしまっているし、家を建て直すのに多くの木を切り倒していて、植林も行っているとは言えすぐに生える物でもないのだ。

森は多くの木々が並び、その環境で育つ植物や小型のモンスターたちが居る。

それを恵みとして人々は恩恵を受けてきたが、今回の事後処理にあたり、森の環境を大きく変え、後退させてしまった。

森への進入制限がされており、これが解除されるのはまだまだ先になることは間違いない。

植えた木々が生長するのも、またそこで採れるようになるにも長い年月が必要となるのだ。


森で取れる食料が減った影響は、オルグラント王国にとって小さな問題ではない。

キストによって滅ぼされたアクネシアから多くの人たちがオルグラントへ流れてきており、国の人口が増えたことから必要とする食料も増加してしまったのである。

オルグラント王国は肥沃な土地を持っているのだから、その分、畑に従事する人を増やせば良いと考えるかもしれないが、新しく畑を拓くにも人手と資材とお金が掛かるし、そこで育てた物が問題のない量を採れるようになるまでにかかる時間も短くは無いのだ。


それに、畑に従事する者が大量に増えてしまうと、別の問題が生じてしまう可能性がある。

小麦などは国が買い上げているのだが、畑を広げてそのすべてで小麦を作った場合、国が買い上げるの量もそのまま増える、と言うことである。

何の問題も無いと思ってしまうかもしれないが、食糧を買い上げる、のだから、当然お金を払っている。

買い取る量が増えると言うのだから、支払う額も増えると言うことで国が負担する費用が増し、それを補うには人々から税を取り立てないと不足してしまう、と言う事になるのだ。

しかし、買い取っているのは小麦などの食糧である。

人々に行き渡らせるようにするためには税を上げるのも容易ではない。


それに、畑に従事する者が増えて全体の収穫量が増えていくとしたのなら、需要より供給が多くなっていくことになるはずだ。

余るかもしれない量になってきたなら、売る際の値も下がっていくものとなる。

国が買い取る額もそれに合わせて下げていくことになるが、ここの元々は農家が生活苦になって農家を辞めないように買い取っているので、下手に下げては意味がなくなってしまうのだ。


何事にもバランスというものがあり、食料が不足気味だからと畑を広げれば良いというものではないし、職を求める人が増えたから畑に従事させる、と言うこともすぐにはできないのである。


それ以外の問題もある。

これまでの仕事を辞めなくてはならなくなった人、続けられなくなった人たちが、他に職が無くて冒険者になっているのだ。

冒険者は自分で依頼を選べるものであるが、常に高額の報酬が有るわけでは無いし、全ての冒険者がその依頼を受けられるわけでもなければ、全員が依頼をしっかりこなせるわけでもない。

安定して良い報酬を得られる仕事ではないのだ。

そのため、前に別の職に就いていた人たちは、収入を大きく減らしてしまうことになり、物が無いからではなく、お金がないから買えないと言う人が増えている。

別の仕事として就かせやすいのは畑仕事になってくるのだろうが、農家も裕福な仕事ではない。

先ほどは畑に従事する人を増えていって食料が飽和気味になったらという例をあげたが、畑に従事する人も無償で仕事をするわけではないため、その人たちへの賃金問題がでてくるのだ。

畑に従事する人たちを増やしたらその分の賃金が嵩み、食料を値上げしなければいけなくなってしまうのである。


それでは増えた人たちをどうするかという事であるが、それもまた国を悩ませている。

それまでの職人や働き手を怪我などで失ってしまった所は、当然その補充を考えるが、アクネシアから流れてきた人たちをすぐには雇えない。

特に商会や職人などでは、その店だけで取り扱っている物だとか技術があり、それを他から流れてきた人に信頼してすぐに教える、というのは難しい。

アクネシアは長く争ってきた国であるし、騒乱の後であるのだから、もしかしたらキストからの回し者かもしれない、と人々がどこかでそう思ってしまう背景もあるのだ。

当然、兵にすると言うことは国の中枢に近づけてしまう観点から望ましくは無いし、自ら戦争を仕掛ける方針でも無いオルグラントでは、兵を増やしすぎても負担でしか無くなってしまう。

それでも騒乱の後でキストと敵対することになったために、兵を増やしている。

兵を増やしたことで戦力が増したとして、他の国への攻め込むと言う意見を強くさせてしまってもいたのである。


振り返れば、そんな苦しいことばかりを思い返してしまうが、そういう話ばかりでも無いのだ。

これまでオルグラントと争い続けてきたグーリンデと手を結ぶことができたのである。

オルグラントの王がグーリンデの姫を妃に迎えることとなり、より深く友好が結ばれ、周囲の脅威もあるので、お互いがまた争いあうことは無くなるだろうと考えられている。

グーリンデとオルグラントを行き来する荷馬車は増えており、人と物が動くようになってきている。

それは次の年も増えていきそうな勢いだ。


そして、魔法を使える人たちに対しての活動が広がり始めている。

国は魔法の才を持つ人たちを囲うようにし、その力を高めるように動いたり、人々の生活の役に立つようにと魔道具を作らせたりもしている。

そこに、より魔法の才を持つ者たちを集められるようにと、孤児たちの中からも探して育てると言う事を始めたのだ。

どこまでの力を持っていたら、どうやったらその力を確実に高められるかなど、城の者たちも解明できていない中での取り組みであり、この取り組みが上手く根を張り、オルグラントの将来が明るくなることを願うばかりである。


あと少しで新たな年を向かえることを知らせる鐘の音が、鳴り響く頃合になっていた。

「次は良い年になると良いですね」

毎年誰もが願う言葉であるが、今回ばかりは、これまで以上に願わずに入られなかったようにリベルテが言葉を漏らす。

「すべてが良かった、なんてのは、さすがに無いとは思うけどな。……それでも俺もそう願うよ」

「暗いこと考えてたら、そういうことばっかり起きちゃいますよ~」

レッドも過剰には願わないが、少しでもそうなって欲しいと同じ思いを口にすると、ケタケタと笑いながらマイが口を挟んできた。

その顔は赤く、酔っているのがわかる。

「あ~、もう。ちょっとそれ置いて、水飲みなって。これから屋台を回るんでしょ?」

「もっちろ~ん。折角だもん。美味しいもの食べないと~」


珍しくマイが酔っているのは、タカヒロが奮発して買ってきたブランデーが原因であった。

ブランデーはワインに比べればずっと酒精が強い。

酒類があまり得意ではないマイが飲むには厳しい物なのだが、タカヒロが買ってきたブランデーは果実の香りが強く、本来苦手なはずのマイが口にしやすい物だった。

口にしやすい味だったため、マイが酒とはっきり認識しないまま調子にのって飲んでしまい、今の状態が出来上がってしまったのである。

ただ補足をするのであれば、飲みやすくは有るが酒精はしっかりと強いため、本当に弱い人が口にすれば咽てしまう物だ。

そうならずに量を飲めたと言うことは、マイは酒が苦手なのは口にしやすいかどうか、と言うところだけになるのだ。


「ほら、マイさん。座ってください。こっちも飲んでおきましょうね」

リベルテが手馴れた手つきで、マイに水を飲ませる。

リベルテの手馴れた動きにレッドは眉を顰めてしまう。

レッドが倒れていた間の経験が生きているらしいことに、気付いてしまったからである。

眉を顰めたのは嫌な気持ちからではなく、リベルテへの申し訳なさから出てきた動きであった。


酒を取り上げて水を飲ませたことで、マイが少し落ち着いてくる。

そこで丁度、鐘の音が鳴り響いた。

「さて、と。マイが言ったとおりだな。考え込んでも仕方がない。新しい年を精一杯生きようぜ」

「無茶はしないで、程良く生きたいですね」

「僕は楽したいな~」

「私は美味しいもの、いっぱい食べたい!」

お互いのあまりにもな願望に笑いが込み上げる。

「今年もよろしくな」

そして、揃って家の外に出る。

すでに外に出ている人たちが、酒を飲んで賑やかに騒ぎ始めていた。


「ほら、タカヒロ君いくよ~」

マイはだいぶ酔いは落ち着いたようで、タカヒロの手を掴んで屋台や出店に向かって走り出す。

「羽目を外すなよ」

「それは僕じゃなくて……」

レッドが掛けた声は引き摺られていくタカヒロの背中には届いたようだが、肝心のマイには届かなかったようであり、レッドは軽く頭を掻いた。

仕方ない、と思うしかなかったのだ。

すでに騒がしくなって来ている周囲の陽気さに煽られ、すでに食べ物に意識が向けて動き出してしまっているマイを止める方が無理なのである。


「私たちはどうします?」

リベルテが屋台に目を向けつつ、レッドに尋ねる。

「軽く見て回りながら、目に付いたものを買っていくか」

「いつもどおり、ですね」

新しい年を迎えたからと、新しいことを始めなければいけないわけじゃない。

新しい年を迎えられたことを喜ぶ時間なのだから、この雰囲気をしっかりと楽しみたかったのだ。

それに、この祭りのような時間は、計画を立てて動くのはなんだか勿体無い気がするのである。


軽く歩いて、目に付いた串焼きやホットビールを手にする。

賑やかな喧騒の中、一つの方向に歩き出している人たちの姿をレッドは目にして立ち止まった。

「あっちは……城だよな? なんかあったか?」

歩いている人たちから目を離さずにリベルテに聞くと、代わりにため息が聞こえた。

「王や宰相様方からお言葉があるんですよ。方針や施策についてを説明されるんですよ」

「そんなことしてどうするんだ?」

毎年この騒ぎで飲んで食べて、寝てしまうレッドは城がそんなことをしていることに興味がなかった。

と言うより、そんなことを説明されても何も変わらないと思っている。

説明されたからと拒否したり否定したり出来る話ではなく、余程酷いものでない限り、人々は受け入れるしかないのである。


レッドはそう考えているのだが、またため息が聞こえる。

「代替わりによって、今の方々は不信を持たれてしまっていますから……。評判というのは捨て置けません。名を傷つけられることは、貴族の方々にとって座視出来る話ではありませんからね」

貴族はその名に重さを持って生きている、と言われている。

その名前を持っているからこそ、国を動かす一端になり、相応の生活を送っているのだと考えているのだ。

そういうものでもなければ貴族と平民の差など、だれも認めたりはしないだろう。

レッドもそういった意味ではわからなくは無いのだが、だからと言ってそこに囚われていることがわからなかった。

レッドは心底、貴族でなくて良かったと思ってしまう。

そんな風にレッドが考えている間もリベルテの説明は続く。


「少しでも説明して、自分たちの行動が国のためであり、間違ったことをしていないという証明のためなのでしょうね。少なくとも、多くの方々に名前と顔を覚えていただくということも、大事なことですから」

普段であれば気にもしないのだが、殴り勝ってきたベルセイスのことが頭に浮かび、レッドは城に行く気になる。

「ちょっと覗いてきても良いか?」

「レッドが興味を持つなんて珍しいですね。……騎士団の方々に挑まないでくださいよ?」

「そんな気はこれっぽっちも無いから安心しろよ」

レッドとて好きで暴れて来たわけでは無い。

依頼だったから戦ってきたのであるが、今となっては依頼であってもそんな気は無くなっている。


レッドたちが人が集まっている場所に着いた時には、もう演説は始まっていたらしい。

賑やかとまではいかないが、そういった喧騒があるかと思っていたのだが、あったのは戸惑いの声ばかりだった。

「どのようなお話があったのですか?」

いち早くリベルテが動き、近くに居た人を捕まえて聞き始めていた。

レッドが動こうかと思った時にはもう動いていて、リベルテの行動の早さには頼もしい限りであった。

「あ? ……あぁ。いや、どうしてそんな話になったか、俺もわからないんだが……」

リベルテが質問した男性が少し戸惑いながら口にしようとしたところで、その周囲から声が挙がる。

「城の奴ら、戦争を始める気らしい!」

「良いじゃないか! キストなんてやってしまえ! あいつらがいる限り、また襲われるぞ」

「今だって帝国に攻め込んでるんだろ? なら、その勢いでこっちに来るかもしれない。……なら、先にこっちから仕掛けるべきだ!!」

兵に広がっていた侵攻論は、人々の間でも広がっていた。

また襲われるかもしれないと言う恐怖やキストにやられたことへの報復感情が、それだけ強く残っていると言える。


「待て! 落ち着け! この国を守れれば、それでいいじゃないか。自ら争いに良く必要なんてないだろ」

「まただれかが死んだらどうするんだい?」

全ての人がキストへ攻め込むと言うことに賛成しているわけではない。

広がっていく侵攻論を抑えようとする人もいたが、熱は完全に侵攻論に向いていた。


先ほどの一人が言い始めたことで、侵攻することへの意欲が波及していく。

それぞれが口々にキストへの敵意を、戦意を声高に叫んでいた。

「なんだって、そうなったんだ……?」

戦争を仕掛ける気だった騎士たちは、騎士団長であるベルセイスを止めたことで落ち着いたはずだった。

レッドがやりあった後、ベルセイスもキストへ向かう意味は無く、それよりもこの国に生きる人たちの力となるために、内に力を蓄えるべきだとわかっていたはずだったのだ。


詳しい流れが分からないまま、この国はこれまでのように守るだけではなく、自らも戦うことを決めたようだった。

遠めに見えたベルセイスは、覚悟を決めた者が見せる雰囲気を纏っており、ボードウィンもアルディス王も険しい表情をしているように見える。


新しい年は早くも、レッドたちの願いが叶わないと言ってきているようだった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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