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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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「ふぅ~……」

カーマインに挨拶して部屋を出るとすぐ、大きく息を吐いてしまう。

根を詰めて働いていたため、タカヒロは疲れきっていた。

まだほとんど解明されていない魔法について研究して、それだけでなく人に魔法を教え、それ以外にも雑用と言ってしまえそうな仕事で王都内へ外へと行かされる。

タカヒロはこの世界に来てから、自分の働きたいように働こうと思っていたが、実際に働いてみるとそんなことは全くもって出来ない。

生来の性格や気質があるのかもしれないが、王族や貴族の仕事は上からの命令が当たり前で、それを断るなんて出来るわけがなかったのである。


それにカーマインは人を使うのが上手く、曖昧な命令ではなく指示であるため、その通りにすればいいだけなので出来ないとは言えないし無理だとも言えなく、拒否する選択肢など無かった。

だが一番の問題は、国の仕事であるために休みも自由に取れないことだった。

この日は休みだから何もしないでね、なんて各国と取り決めるなど、出来たら笑うしかない話である。

と言っても、魔法使いたちは有事にはその力を遺憾なく発揮させるために、内政官や兵たちに比べると休みは多い方であり、それを知ってしまったからこそ、タカヒロは仕事を断れない。

一日の仕事を終える度に、あちらの世界の方がまだ働くのは楽だったのではないか、とタカヒロは思わざるを得なかった。


しかし、そんな明日はタカヒロが望んでやまない休みであり、帰りの足取りは普段より軽い。

帰りにはお酒を買って、昼過ぎまで寝過ごそうか、なんて予定まで考えていたりする。

せっかくの休みなのでゆっくりしない理由はなく、タカヒロは決めたからにはと酒場に寄ってエールを買う。

もちろん、レッドとリベルテの分も買っていく。

家主でありお世話になっている人への付け届けだ。


タカヒロ個人としてはエール以外にも種類が欲しいのだが、この世界……かまではわからないが、この王都にはエールか果実酒しかなかった。

リベルテの家に着くまで、タカヒロはまたあちらの世界について思いを馳せる。

少し歩いた先に店があり、遅くまでやっているから何時でも買いに行けたし、こちらの世界とは比べ物にならないくらい流通が整っているから種類も多かった。

無くなってから恵まれていたことに気付くのが人間だ。

無くなってから、こうしておけば良かった、と思うのもよくある話である。

ただ、タカヒロがそんな風に思うのとともに考えるのは、この世界にはかなり昔からタカヒロたちと同じ人たちがそれなりに存在していたこと。

そのため、あちらの世界にあった飲み物や食べ物を作って広めているのではないかと言う事だ。

無くなってしまってから感傷に浸るのも人であるが、無いなら作り出そうとするのもまた人である。

それに何より、あちらの世界からこっちの世界に来ることになった人と言うのは、その思いが一段と強い。

それは今もこのようなことを考えているタカヒロを見れば分かるものだった。


タカヒロが普段より気持ち明るく、間借りしているリベルテの家へと帰る。

帰る、という言葉から、もうこの家が自分たちが帰る家だと実感する。

一人の大人だと考えれば、一人暮らしをすると言うか、マイと一緒に住む所を探すべきだとも考えはするのだが、お金の問題と何より食事の問題が大きかった。

タカヒロもそれなりに料理できるが、今の仕事の後で料理をする気にはなれないし、外食にすれば良いと思うが、それはそれで掛かる日々のお金が跳ね上がってしまう。

貯蓄を考えなければやれなくも無いだろうが、何かあった際にどうしようもなくなってしまう。

それに、切り詰めての生活は気持ちに余裕が持てなくなるし、カツカツな生活と言うのは送りたいとも思えないものなのだ。


「ただいま~」

帰ってきた挨拶を口にすれば、いつもは誰かが出迎えに来てくれて、タカヒロには何よりそれが嬉しかった。

あちらの世界では一人暮らしだったのだから無縁なのは当然なのだが、あちらの世界では感じることが出来なかった嬉しさである。

しかし、今日に限っては誰も出迎えには来てくれなく、少し拍子抜けした様子でリビングに入れば、皆は普通に揃っていた。

なら何で、と疑問も浮かんだが、それはすぐに引っ込んだ。

レッドがものすごく不機嫌そうな顔をし、マイがその雰囲気に押されるように大人しく座っている。

リベルテは……食事を作っている様子ではあるが、レッドに近い雰囲気を纏っていた。

良くない雰囲気に逃げ出したい気になるが、逃げる先など無いし、ここで逃げても良いことはなさそうな様子に、タカヒロは覚悟を決めてこの空気の中に入る。


「ただいま帰りました~」

あえて軽めにもう一度、帰ってきたと言う挨拶を口にすると、レッドがチラッとタカヒロに目を向けて、あぁ、と生返事をする。

この雰囲気の中に入るに辺り、多少空気を変えてみようとしたタカヒロの試みはあっさりと失敗する。

予想より重そうな雰囲気にマイに目を向けると、マイはタカヒロに何とかしてと頼み込むような目を向けてくる。

何があったかは分からないが、この空気のまま居続けるのはさすがに嫌だ、とタカヒロも思っているが、何も分かっていない人に何とかしろと言うのは無茶振りも良い話であった。


どうしたものかとマイと目配せし合っている中、カチャカチャと食事が配膳されていく。

「はい、タカヒロさん。お帰りなさい。ご飯にしましょう」

リベルテの言葉に少しだけ雰囲気が柔らかくなったのを感じて、タカヒロとマイは揃って小さく息を吐く。

今日のご飯はカボシェとパタタのスープと結構な量のベーコン。そしてパンだった。

ベーコンと言えども肉は肉である。

それが結構な量があることに珍しさを覚えて見ていたら、リベルテが苦笑する。

「前に仕入れたディア肉で作ったベーコンなんですけど、量が多いので。……まぁ、味見ですね?」

味見と言うには多すぎる量である。

仕込みに失敗してあまり保存が効かないのかなとも考えたりするが、たくさん食べられること事態は歓迎であった。


「それに……今日はいっぱい食べるようにした方が、良いですから」

リベルテはそう口にしながら、レッドに目を向けた。

レッドはまだ機嫌が悪そうなまま、ベーコンに大きく齧りついていた。

「あ~、私も~」

マイもレッドに釣られるようにして、ベーコンに大きく口を付けていく。

なんとなく、なぁなぁのままではあるが普段どおりの雰囲気に戻ったように感じ、タカヒロもベーコンを一つ取る。

結構な量があるが、今日のレッドとマイでは二人にほとんど持っていかれてしまいそうに思えたのだ。

一つ齧ると確かに強めの塩気だったが、肉と脂の味も感じられる。

文句なしに美味しいベーコンだった。

そうなると、保存が効かないと言うわけではなく、いっぱい食べると言うことで発散しないとやってられないことがあったと言うことであり、タカヒロは何があったかは触れないようにした方が良さそうだと考えた。

だが、そこを踏み込んでくのがマイであった。


「それにしても、レッドさん。何かあったんですか?」

真っ直ぐに切り込んだ言葉に、タカヒロは変な声が漏れそうになった。

タカヒロも気にはなっているが、触れない方が良さそうだと考えた直後だったのだ。

タカヒロの予想通り、レッドがピタッと食べる手を止めて、タカヒロたちに顔を向ける。

それに合わせて、リベルテも手を止めて小さく息を吐いた。

タカヒロたちに関係ある話なのだ、という事を感じさせる雰囲気に変わっていた。


「ギルドで聞いた話なんだが……」

レッドが話してくれたのは、キストと帝国の戦争のことだった。

以前に聞いた話では、攻め込んだ帝国をキストが撃退したという内容で、それもアンリがキストに向かった後からキストが勝利したと言う……つまり、そう言う話だった。

帝国に対しては防戦一方だったキストが帝国に攻勢を始めたと言う話で、タカヒロは帝国はそんなに弱かったか、と自分の記憶を疑ってしまう内容であった。

キストは兵と言う兵は持っていなく、もっぱら信徒が兵代わりになっている。

薬を使って強くしているらしいのだが、それであっても普段から訓練し統制された兵に勝つのは難しいはずある。

しかし、タカヒロたち『神の玩具』と言われる人たちが関わることで、大きく事態が変えられてしまう。

レッドは『神の玩具』がこの世界に大きく関わることが嫌なのだ、とタカヒロは話の内容から察した。


ただ、レッドの機嫌が悪くなっている理由はそれだけではなかった。

キストは帝国の兵士、侵略した村や町の人に対して残虐なことをして回っているらしいのだ。

キストは宗教の国であり、彼らの教えに従わない相手は悪なので、何をしても良いと言う考えかとタカヒロも眉を寄せて頷いていると、リベルテがそれだけではないと口にする。

「おそらく、オルグラントで起こした件が上手く行かなかったことも、そのような行為に走らせる一因になっているのでしょうね」

リベルテが悲しそうに目を瞑る。

キストはオルグラントに対して、王都で騒動を起こした上にランサナ砦へと仕掛けてきたのだ。

オルグラントがキストを排斥するのは当然と言えるのだが、キスト側は自分たちが排斥されることに不満を溜めているらしい。

タカヒロは思いっきり、馬鹿じゃないか、と言いたくなってしまう。

だが、そういう自分勝手な面を持つのが人であり、あちらの世界でもそう言う人が近くに居たこともあるので口に出来なかった。

人の悪口を言ったり、暴力を振るったりする人は、いざ自分がされる側の立場になったらものすごく喚く。

ゲームで自分の思い通りに進められている時は楽しがるが、上手くいかなくて勝てなくなったり、やられたりすると、クソゲーだっ! と騒いだり、物に当たったりする人がまさにその面を強く出す人だ。


そしてキストは、帝国には攻められている側だったのだ。

それがここに来て自分たちが攻撃する側に変わったのだから、人はやられた分をやり返したいと思うものである。

そこに、先ほどタカヒロが口にしたキストの教えが輪をかけた。

自分たちの教えを信じない相手は人ではない、と言う理屈である。

これはあちらの世界の歴史でも起きていることだった。

宗教戦争はまさしく、自分たちの教えこそが正しく、その教えを信じない者は悪だと排斥に動くのである。


「帝国が弱いわけがねぇんだ……。キストを押し込んでたわけだし、こっちは連合で負けたこともある。そんな国に侵略出来るようになったって言うのは、気楽に聞ける話じゃないだろ」

アンリがキストに向かってから、キストは余計な力を持ってしまい、あの国の本性を前面に出してきた。

それがたった一人の『神の玩具』によって動き出したとなれば、誰だって気楽に聞ける話ではない。

タカヒロは、アンリは一体どのような力を持って変えさせたのだろうか、と意識を向ける。

タカヒロは力を失う前は強すぎる魔法の力を持っていた。

あの力であれば、一人で帝国の兵を打ち破ることは出来たかもしれないが、一人で何時までも戦えるわけが無く、どこかで潰される。

何より一人で多くの人の命を徒に奪い続ける話であり、タカヒロはそんなことをする気はまったくないし、したいとも思っていない。

如何にアンリと言えども、そこは同じだろうと思え……いや、思いたかった。


「本当に、アンリはいったいどれだけの力を持ってる脅威なんだろうな」

今のキストは帝国に向かっているが、いつオルグラントに向かってきてもおかしくはない。

人々を虐殺してまわるような相手が来るかもしれなくて、そこにアンリと言う『神の玩具』が関わっているのだから、レッドたちがピリピリしているのも納得してしまう。

自分たちの世界の知らない所で、この世界にまったく関係ない人間によって世界が変えられていく。それの脅威が迫ってくる。

実際にそうなってきていれば、その原因となっている人に対して良い感情を抱けるはずがない。

タカヒロは何時だったかに、レッドから言われた言葉を思い出した。


どうしてお前たちは大人しくできないんだ?


タカヒロたちはこの世界に過ぎた力を持って現れる。

それだけではなく、タカヒロたちが居た世界の文化や知識は、こちらの世界からすればずっと進んでいて、こちらの世界は遅れている。

そのため、あちらの世界で当たり前であったり、普通にある物でも、この世界では大きな始めの一歩になる。

持ち込んでしまえば、自分たちが特別になれるのだ。

力があって、他の人たちより分かっている、知っていることが多い。

そうなれば、他人に必要以上に気を遣うことはないし、何か作ればそれが大きな利益を生み出すのだから、お金にも不自由しない。

強い力を持っているから、押さえつけようとしてくる者を撥ね退けられる。

そんな生活を手に出来るのだから、誰だってそうしようと動いてしまってもおかしくない、とタカヒロは思う。


最初は大人しくしようとするのかもしれないけれど、持っている知識を少しでも発揮すれば、その力を発揮すれば、目をつけられないはずがないのだ。

過ぎた力であっても、持たされた者は安易に使ってしまう。

持っているのだから使わない理由はどこにもない。

タカヒロたちは運よく、その力を奮うことを止めてくれる、正してくれる人に出会え、そしてこの世界に合わせて生きる術を教えてくれる人たちに会えた。

本当にこの世界に生きる普通の人として、苦労しながらも生活出来てきている。

だから、アンリの孤独をわかってやれなかったのか、とタカヒロは今になって思うのだった。


「ねぇ? アンリさんてすっごく頭良いのかな?」

マイにしては少しだけ、普段の気楽さが無い声で口にする。

「ん? どういうこと?」

「えと……。なんかあっちのこと良く覚えてた気がするんだよね。だから、そうなのかなって」

あの時は近くに居たタカヒロにしか気づけなかったが、アンリがレッドに初めて会った時、こんなイベントあったかな? と言うことを口にしていた。

その時は、この世界に似たようなゲームがあって、アンリがその主人公として動こうとしているのかな、とだけ思ったものだ。

それはただ覚えてるだけで、この世界に来た時に持たされている力と関係無いと考えていたが、マイの言葉からタカヒロはもしかして、と顔を上げた。


「タカヒロさん、何か気づいたのですか?」

「ただの推測ですけど……」

タカヒロはアンリの持っている力は、あちらの世界のことを全て頭に入れるか、あちらの世界の情報を検索出来るものではないか、と説明する。

違う世界へと行く人の物語では、主人公はどれだけ経っても以前の世界の知識や記憶を忘れない。

ほんの少し見聞きした程度のことでも覚えていて、その記憶に間違いは無く、妙に具体的だったりする。

だが、マイに言われれば、確かにタカヒロも、あちらの世界のことをそんなに覚えているわけではない。

印象深かったこととか、日常的に身近にあったこととかは覚えているが、ちょっと調べたことや見聞きした程度のことはもう曖昧だった。

こんな感じだったかな? くらい思い出せれば、よく覚えてたなと言うほどだったのだ。

あちらの世界の知識を記憶出来ていたり、調べられるのだとすれば、それはこの世界において大きすぎる力である。

一人では大したことは出来ないかもしれないが、その知識や情報から作ってくれる人、実行してくれる人が居れば、出来てしまうのだ。


レッドたちはタカヒロの説明に言葉を失くしていた。

タカヒロたちの世界には魔法は無いが、それ以外の物は進んでいる。

例え何か世界の法則が違っているのだとしても、それはこの世界の人が代わりを見つければ良いだけだ。

造り方などを詳細に伝えられれば、あちらの世界で出来たのだから、こちらの世界でも出来ない道理は無く、世界は大きく変えられてしまうと言う事が分かってしまったのだ。


その話の後、レッドたちはただ黙って食事を再開し、それぞれ部屋に戻った。

タカヒロが直接関係した話では無いが、自分たちに影響するだろう大きな事態が迫っていて、避けられないだろう未来にタカヒロは気が重くなっていた。

そしてそれは、レッドたちこの国の人ほど受ける重さが大きいだろうと思える。

タカヒロはベッドに身を投げ出し、ぼんやりと天井を見つめる。


しばらくして、買ってきたエールのことを思い出したが、今から飲む気にもなれなかった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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