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レッドは、むすっとした表情で椅子に座っている。
騎士団長であるベルセイスと殴り合って受けた所が朝になって腫れていたので、マイに手当てをしてもらっているのだ。
薬を塗って布を当て、取れないようにとまた布でぐるっと巻いていく。
リベルテとしては大怪我と言える姿に心配な気持ちになってくるのだが、タカヒロにとっては面白い姿に見えるらしい。
「……包帯でぐるぐる……。ミイラ男みたい………」
笑い声こそは上げていないが、口元とお腹を押さえて震えている。
必死に笑いを堪えている様子である。
あちらの世界で似たようなものがあって、それが面白いのだろう。
だが、マイは何事も無いように布を巻いているので、タカヒロの笑いのツボがわからないままで、リベルテは少し首をかしげながら朝食の準備の手を動かしていく。
口の端を腫らしている上に切れてもいるレッドのことを考えて、今日の朝食はパン粥にしていた。
トートをいっぱい入れて塩で味を調えたものが基本的なものであるのだが、今日だけはマイに教わり、キーネンとペパーミント、そしてエライアを少し混ぜていた。
体に良いと言われる物を混ぜ込んでみたのだ。
さすがに味見もしないと言う危険なことはしない。
混ぜたものの量は少しであり、味見をして変な味になっていないことは確認している。
「はい。これでおしまいです。……やっぱり見た目、良くないよねぇ」
レッドの手当てを終えたマイが道具を片付けながら、レッドの姿を見て困ったような顔をする。
やはり大怪我をしたように見えるのは、他から見てもかなり心配になってしまう。
「なんか人相悪く見えるよね?」
大怪我を負っていて痛ましそう、とかでは無く、自分とは違った感想にリベルテはまじまじとマイの顔を見てしまう。
タカヒロもまだ震えながらマイの言葉にうなずいていて、やはり『神の玩具』の人たちとは、感覚や考え方に合わない所があるものだと思わされてしまった。
朝食を皆の前に並べていく。
パン粥だったことでタカヒロとマイがちょっと物足りなさそうな顔を一瞬見せるが、レッドの姿を見てからお互いの顔を見て、自身を納得させるように頷いた。
マイとタカヒロの二人にそこまで遠慮させてしまう気は無いリベルテは、まだ落としていない火でベーコンを炙る。
心持ち少し厚めに切っていて、肉の焼ける良い匂いが広がっていく。
そして焼けたベーコンをタカヒロとマイのパン粥の上に乗せた。
「ありがとうございます!!」
付け足してもらった厚切りのベーコンに、マイとタカヒロの二人はとても嬉しそうにベーコンに齧り付いていく。
齧り付いたはいいものの、焼いたばかりのベーコンは熱く、火傷しないように口を一生懸命開けて冷まそうと頑張っていた。
リベルテはそんな二人を、落ち着いて食べれば良いのにと思いながら微笑んで見ていたら、視線を感じて目を向けるとレッドがこちらを見ていた。
口元を動かしにくそうにしながら掬ったパン粥を流し込んでいたレッドであったが、厚切りのベーコンを美味しそうに食べるマイたちが羨ましそうにしていたのだ。
「……なぁ、リベルテ。俺もそれ食いたいんだけど」
レッドは怪我をしているが、病気と言うわけではない。食欲はあるのだ。
ただ、口は動かしにくそうにしているため、マイたちと同じには出せない。
リベルテは仕方無さそうに一つ息を吐いてから、レッドの分のベーコンを炙って熱を通した後、小さめに切り分けていく。
小さすぎては食べた気がしないと文句を言われそうだと、親指大の大きさにしてレッドのパン粥の上にざっと広げた。
「……あんがと」
レッドもさすがに齧り付いて食べるのは厳しいと思っていたようで、切り分けられたことに文句は言わなかった。
レッドが満足そうに食べる姿を見て、リベルテはなんだか嬉しくなってくる。
怪我はしているが元気な姿であると言うことが、それだけで喜ばしいことなんだと思えたのだ。
昨年のレッドの姿が思い起こされ、怪我をしても無事な様子でいることが嬉しかったのだ。
リベルテのパン粥は少し冷えてしまっていたが、それでも十分美味しいと感じられていた。
城へと向かうタカヒロを見送り、リベルテはレッドに顔を向ける。
「今日は、どうします? 大人しく家に居てくれると安心なのですけど」
「……昨日言ってたろ。剣を買いに行く」
レッドは少しだけむすっとした様子で答えるが、その姿を見てリベルテは素直に送り出せない。
「その格好で行くんですか!?」
マイが驚きの声でリベルテの気持ちを代弁してくれた。
顔の大部分を布で巻いている姿なのだ。
道行く人が何事かと目を留める姿が目に浮かぶ。
「……警備の人に捕まったりしませんか?」
リベルテたちはレッドが怪我を負っているからこんな姿になっているとわかるが、何も知らない警備の人たちから見れば、顔が分からない。
顔を隠している不審な人物に見えるだろう。
「やはり大人しくしていた方が良いのでは?」
「……明日から仕事に困るだろうが」
レッドの言葉にも一理はあった。
剣を持っていないと依頼を受けられないわけではないが、武器を持っているのと持っていないのとでは、選べる仕事の幅が狭くなってしまうのも事実なのだ。
もし、討伐の依頼があったとしても受けられない。
仮に手続きを進めとしたら、モンスター相手に素手で挑む、と言うことになる。
素手で戦う人たちも存在するが、レッドはその域にいるわけじゃない。
リベルテが代わりに戦うと言ったとして、素手だからとレッドが大人しく任せるだけとも思えなかったのだ。
レッドの意志を変えさせる言葉が出てこなかったリベルテは、せめてもとレッドに付いて、鍛冶屋へ向かうことにした。
マイにも声を掛けたのだが、今のレッドと一緒に出歩くのは嫌な予感がするらしく、薬師の仕事へと向かってしまっていた。
家を出て鍛冶屋に向かっているリベルテたちであったが、ちらちらとレッドに向けてくる視線の多さを感じでいた。
時折、声を潜めるようにして、何かを言い合っている人たちの姿も目に入ってくる。
どう考えてもレッドの姿のことを話しているとしか思えず、レッドが少し苛立ってきているのがわかる。
こういう目立ち方は誰だって望みはしないのだ。
「そこの怪しいやつ、止まれ!!」
怒鳴り声に近い、大きな声が聞こたと思ったら、レッドたちは警備隊に取り囲まれる。
チームごとに分けられて巡回している警備隊は、リーダーを含めて五人単位で動いている。
これは部隊として命令を届けやすく、動きやすい数と言われているためだ。
レッドを取り囲んで警戒体制をとる警備隊に、リベルテは慌てて間に入った。
「私たちは冒険者です。これが証です」
レッドの分を引っ張り出すようにして、警備隊のリーダーの目の前に提示すると、リーダーが何度も証を確認しなおす。
「……本物のようだが、本当に本人か? 何故、そんな格好をしている?」
「え、と……。依頼で怪我を負いまして。その手当てで、このような姿に……。ですが、動けないほどの怪我ではないため、こうして歩いてるんです」
リベルテとしても、警備隊に囲まれるかもしれないと付いてきたのであるが、実際にその場面に立つとその大変さに早くも疲労を覚えていた。
レッド一人で動いていたなら、本当に牢に入れられていたかもしれないと思う。
こうして事実を説明しているだけなのだが、それでもすぐには解放してもらえない事態が、本当に大変だった。
「ふむ……。それでどこに行く気だったんだ?」
リーダーの質問に、リベルテはレッドの持っていた剣を取って手渡す。
警備隊の人が黙って剣を引き抜き、半ばから折れていることに目を見張った。
「……こんなことになるような相手と戦ってきたのか!? それならばその怪我は勲章だな。……いや、申し訳なかった。新たな剣を買い付けに行くのだな。気をつけて」
さすがに、剣を中ほどから折るような者は滅多にいない。
下手な新人でも曲げてしまうくらいなのだ。
それに、冒険者はその生活から、武器をダメにするような戦い方はしないものである。
それなのに剣が折れてしまったとなれば、そうならざるを得ないほどの敵と戦った、そのような状況に追い込まれた、と言うことになるのだ。
警備隊の人たちが並んでレッドたちを見送ってくれるのだが、リベルテにはそれが少し居たたまれなさを感じさせる。
「……ものすごく勘違いされたような気がするのですけど」
「あながち勘違いとも言い切れんだろ。気にするな」
騎士団長相手だったのだ。
剣を折ることになるような相手、ということは間違っていない。
そして、王都で起きるかもしれなかった内乱を防いできたとなれば、その怪我は誇れるものかもしれない。
が、その相手が騎士団長であったなど、他に話せばレッドが捕まるかもしれない内容でもあるのだ。
警備隊との一幕があった以外は何事も無く、リベルテたちは鍛冶屋にたどり着いた。
店に入るなり、無愛想な声がかけられる。
「……おぅ、らっしゃい。……って、何だお前は?」
店主であるジストマが剣呑な目つきでレッドを見る。
肌身離さず持っている小槌をしっかりと握り締め、不審者相手に戦う気を見せていた。
ここでもマイの言っていたような状況に、リベルテはひっそりとため息をこぼした。
マイが同行を嫌がったのが、今になって理解してしまう。
「剣を買いに来ただけだ。あぁ、それと。おっちゃん、こいつ鋳溶かして何かに出来ないか?」
レッドが剣を鞘ごとジストマさんに向かって放り投げると、ジストマはおっちゃんと呼ばれたことに怪訝な顔になりながら、投げられた剣を掴んだ。
そして引き抜いて、半ばから折れた剣に目を大きく開いた。
「俺のことをそう呼ぶのは……レッドかよ。そんな姿で剣がこれたぁ……。無事で何よりだ」
剣は敵を倒すだけではなく、身を守る物でもある。
だからこそ、見た目だけにこだわったような、実際に戦いの場に使えないような物以外は、鍛冶屋たちは真剣に作るのである。
それが半ばから折れるという事態に驚き、耐えられなかった剣を作った、と言う自責を受けているのである。
「いったい、どんなやつと遣り合ってきたんだか……」
「あぁ、騎士団長とやりあってな。さすがに誂えが違う剣相手で、このままじゃマズイってんで、思いっきり相手の剣叩いて、痺れさせた所で投げ飛ばしてきた。剣が折れたのはその時だな」
レッドが折れた状況を説明し終えると同時くらいにゴンと重い音が鳴って、レッドが頭を抱えてうずくまった。
「こんっの馬鹿がぁっ!」
ジストマがその厚い拳をレッドの頭に振り下ろしたらしい。
レッドの方が背が高く身長差があるため、飛び上がっての振り下ろしだった。
「騎士が使う厚みのある剣に叩きつけるとか、そりゃ折れたりもするわっ! その前にも打ち合ったりもしたんだろ? ……ったく。おまえさんは短剣も十分持ってんだろ。こいつは下取りしてやる。まぁ、銅貨数枚くらいだがな」
「何も無いよりはありがたいさ」
叩かれた部分を撫でながら、レッドは並べられている剣を、持っては戻してを繰り返していく。
自分にぴったりとくる物を探さなくてはいけないので、こればかりは他の人ではどうしようもない。
鍛冶屋に全てを見繕ってもらい、一品物を作ってもらうと言う方法もあが、それはさすがに値が跳ね上がる。
その人に合わせて作り上げるのだから、数打ちの品とは比べ物にならないのだ。
売り物ではあるから粗雑な作りでは無いが、一品物に比べればその材質から拵え方まで違うらしい。
いつかは、と考える人は多いものであるが、ギルマスのような国からも認められるような功績を立てるでもなければ、そんな用立てを出来る冒険者は居ない。
前に買った剣より少し安いか、同じくらいの値の中には、しっくりと来る剣はなかったようだった。
騎士団長と戦ってきた仕事はその危険さなども含んで結構な報酬となっていたし、そもそも稼いできたのはレッドなのだから、少し値を上げても問題はなかった。
問題はないのだが、その報酬があれば日々の生活はもう少し良くできるし、今くらいの生活であればしばらくゆっくりすることも出来る額でもある。
みなの食事などをよく作るリベルテとしてはそう……思ってしまう所もあった。
かと言って、安物の剣で良しとしても、それはそれで武器が頼りなく思えて、それも嫌だと思ってしまっていた。
結局、レッドは銀貨20枚もする所で剣を手にして、頷いていた。
どうやらしっくりとくるものが有ったらしい。
だが、銀貨20枚と言うのを見て、リベルテは一人葛藤を覚えていた。
「んじゃ、帰るぞ。リベルテ」
「え? あぁ、そうですね。おじさん、またね」
目的の剣を見つけたレッドの行動は早く、鍛冶屋はサッサと出てしまう。
リベルテも慌てて後を追うように出て、家路へと着いた。
新しい剣を手にしたことで機嫌が良くなっているレッドの横を、リベルテは少し暗そうに歩く。
レッドが少し嫌そうな顔でリベルテに声を掛ける。
「……たしかに高かったかもしれんが、それでもまだ残りはある。それに、これからまた稼ぐさ」
さすがに値段を気にしていたのがバレて、リベルテは少し曖昧に頷く。
同じ家で生活しているが、一緒に受けた依頼でなければ、その報酬は仕事をこなした人の稼ぎだ。
それに対して不平を言うのは、お門違いである。
いつの間にかレッドの稼ぎの全ても生活に使う、と言う考えになっていたことにリベルテは反省していた。
何より、そんなことを口にしてしまっていたら、そんな人と一緒に居たいと思うわけが無い。
リベルテだって、自分が稼いだお金を当然のようにレッドの酒代に使われでもしたら、怒るに決まっているのだ。
「私が気にしていたのは、良い物を手に入れたからこそ、また無茶しないか心配になっただけです」
さすがに値についてだけ考えていた分けではない、と口にする。
先ほど内心で考えていたことは口になんて出来ないのだ。
リベルテがそう答えると、つい先日に無茶をしてきたばかりのレッドは黙って前を向いて歩き出した。
咄嗟に言った言葉であったが、レッドに深く追求されずに済んだリベルテは少し気が楽になり、レッドから離れないように隣を歩く。
ずっと一緒に歩いていければ良いのに、と言う思いが募る。
すぐに家に帰ってしまうのがもったいなくて、リベルテはレッドの腕を掴んで、買い物のために市へと向かうことにした。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。