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ひどい筋肉痛で動けないレッドを尻目に、最近の予定であった『神の玩具』についての資料を探していたリベルテは、これまた大量の資料を部屋に積んでいた。
「この数日でよくそんなに集めたな……」
「たぶんこの国で手に入る資料はすべて集まったと思いますよ?」
「おまえ、これ……。国で管理してる資料じゃないか?」
まだだるい体を動かしてなんとなく資料を手に取り、表情をしかめる。
「さすがにそんなわけないでしょう。写しですよ」
「それをどうやって入手したんだよ……」
「それは秘密です」
その国にとって外に出すことが憚られる文書というのはあるもので、当然、国が厳重に管理しているものだ。
それを写してきたのかもらったのかは不明であるが、それでも一冒険者がおいそれと入手できるものではない。
真っ当に入手したならばその人脈に、裏から入手したのであればその手腕に、恐れればよいのか呆れればよいかわからなくなるレッド。
リベルテは「いい女には秘密があるものです」などと上機嫌である。
「今回の内容はこれです! 『ハルグラント王国の三英雄』。突如現れて勢力を伸ばす魔王に対するため、ハルグラント王国の三人の英雄が立ち上がり、見事打倒するお話です」
リベルテは一冊の本を取り出してレッドに見せる。
「また、子どもの寝物語から見てくのか」
「国が自分たちの国を称え広めるのに絶好の物ですし、この手のはある程度の元があって書かれたはずのものですから。その当時を推測するのにいいと思うのですよ」
「んで、ハルグラント王国の三英雄が『神の玩具』ということか?」
またかとばかりの態度を見せるレッド。
「いえ。魔王の方ですね」
「おいおい。たしかに人に過ぎた力を持ってるって話だったが、前は人を助けるような人物だったろ。なんで、人に災禍を及ぼすような人物になってるんだよ」
予想とは違う切り出しに、レッドは体を起こす。
「前に言いましたよね。いい話だけなら『玩具』と言わないでしょう、と。
当人がその国を滅ぼしたいと思うなにかがあったのか、それとも世界全てを支配しようとしたのかはわかりませんが、素直にこの世界で生きてくれる存在ではない、と私は考えます」
「なんだよ、その発想は。素直にこの世界で生きてくれないってどういう意味だ?」
「『神の玩具』と呼ばれる人たちは、私達の世界について何も知らない存在と考えていますよね? ですが、これも前に言いましたよね? 国の発展に関与した中にも居そうだと」
レッドはどういう続きになるのか気になり、黙って続きを促す。
「確証は無いただの推測ですが……『神の玩具』は今より発展した世界を知っているのではないでしょうか?」
「はぁ?」
あまりに突飛な言葉に思考が止まるレッド。
さすがに予想していない荒唐無稽なセリフだった。
「なんだよそれ。未来から来たとでも言うのか?」
「未来かも知れませんし、本当にこの世界とは違う世界かもしれませんね」
「そんな妄想みたいな話が実際にあるものかよ」
胡散臭い推測になったため、すでに今回の推測は無駄だと思っているレッドに、リベルテは1枚の紙を見せる。
「これ、今では便利に各国に広まっていますが、その出現が突然なの知ってますか?」
紙の内容を読むレッドだが、書いてある内容はリベルテの雑記で何が言いたいのかわからなかった。
「この紙です。これが出てくるまでは羊皮紙だったんですよ。それが羊に代わり、木から作れるようになったんです」
「たしかに、羊皮紙に比べれば書きやすく、枚数もあって安いから広まったな。それに羊皮紙に比べれば薄いし、丸めるより折りたたんで仕舞える方が場所を取らないし」
植物から作られる紙の便利さに頷くレッド。
「便利さは分かっていますが、そこじゃありません。この紙の製法は画期的すぎるんです。木から作れるなんて考えもしなかった代物です。ですが急に出てきて一気に周辺諸国に広がったのです。おかしいでしょう」
「いや、それはわかるが、それに関わっていると?」
「これの存在、作り方を知っていないと出てこない発想です。これが当たり前にある世界で、この世界には無いから作って広めたと考えるのが早いのです」
レッドの眼前にビッと指を立てるリベルテ。
「だから、『神の玩具』が関わっていると?」
「私達の世界にそれまでこの紙はありませんでした。ですが、『神の玩具』はこれを知っていた。この時点で私達の世界より発展していた世界と考えていいと思うのです。
だからこそ、この世界に来た彼らは、素直に今のこの世界で生きることができないのではないでしょうか? 彼らにとってこの世界は不便すぎるのですから。
そしてこの世界に過ぎた力を持って現れるのです。その力で相手を従わせることもできるのですから、大人しくしている必要はないでしょう?」
「それが魔王と呼ばれる行動につながった、か」
リベルテの推論は荒唐無稽な話であることに目をつぶれば、筋が通っているように思え、レッドは頷くしかなかった。
「彼らも一方的に支配地を広げようとしたのではないと思いたいですね。
先の紙もそうですが、自分たちの権益を脅かす物を彼らは作り出せてしまうのです。彼らにとっては当たり前にある物ですから、この世界でどんな利権を誰が持っているとか気にしないのでしょう。そうなれば、彼らの作り出した物や彼ら自身を排除しようと動く人が出てもおかしくはありません。
そして排除に動いた人たちは自身の名聞を良くするために、彼らを人ではなく魔と。彼らとともに行動する者たちの上に立って動いていることから、魔の王、魔王と呼んだのではないかと思います」
「いい話だけではない、か……」
一気に話をしたリベルテは水を飲みつつ、資料を整理し始めていた。
「結局、『神の玩具』ってのはなんなんだろうな」
「本当に神様にとっての玩具ということだと思いますね。この世界に人に過ぎた力を与えて放り込み、どう生きるのかを見ているのだと。この世界の人々を助けて生きるのか、自身の利益を求めて発展した知識をひけらかすのか、はたまたその力に溺れて災禍を振りまく存在となるのか」
「今を生きてる俺らにしたら、たまらん話だなぁ」
天井を仰ぐレッド。
「『神の玩具』にはどう相手したらいいんだろうな」
「何もすることはありませんよ。国や権力者が手中に収めようとしても価値観、考え方そのものが違う存在です。もしかしたら、王なんていない世界かもしれないのですから、こちらの生き方や世界のあり方を理解しても納得しないでしょう。こちらから関与する必要はないのです。
その代わり、言い方は悪いかもしれませんが監視することは必要でしょう。この国で暮らしていて困っているのであれば、他の人同様に手助けしてあげればよいですし、もし他の者に害を向けたのなら……、討つことになるでしょうね。過ぎた力を持っているのです、捕まってくれる相手ではないでしょう」
「あの女性もあの村の住人として生きてくれるなら、それだけってとこか」
そうあってほしいと願いながらレッドはそう言葉をこぼす。
「私達を警戒していましたから、すでに国や権力者から逃げてきたのかもしれませんが。戦うなんてことにならないといいですね……」
「そうだな。勝てるかもわからんしな。なんとなく『神の玩具』ってのがどんなのか分かった気がするよ。他のやつらに広められない話だが、少なくとも俺達はそう考えて動ける。余計なもんは踏まずに済みそうだ」
「褒めてくれるなら、相応の報酬をいただきたいのですが?」
茶目っ気にレッドを見るリベルテ。
降参とばかりにレッドは手をあげる。
「はいはい。俺は動けなかったし、すべて任せたようなもんだからな。今日の飯代こっちが出すよ」
「では行きましょう! 少し高めのお酒を頼んでもいいかもしれませんね」
「ほどほどで勘弁してくれ」
二人は食堂に向かう。
情報を集め、その真偽はどうであるか刷り合わせることは、冒険者にとって大事な作業である。
実際に役立つ機会があるかわからない、考えをめぐらせるだけで終わってしまった一日であったが、二人にとって何気ない日の過ごし方としては、有意義な休息であった。
ここまでお目通しいただきありがとうございます。