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少年の名前を後々で変えてしまっていたため、修正しました。
すみません……
「疲れたが、いい稼ぎになったな」
「そうですね。お話してたっぷりと軍資金いただきましたよ」
何がしかの仕事の報酬を得たレッドとリベルテは、手に入ったお金をどう使おうか嬉々として話し合っていた。
二人は冒険者である。
冒険者とは言ってしまえば何でも屋だ。
森に薬草を採りに行ったり、他の街に荷物を運ぶ商隊の護衛をしたり、モンスターの討伐をしたりと、依頼を選んでこなしてお金を稼ぐ仕事である。
冒険をしてないのに冒険者なのか? と教養があるものはつっこみをいれるのであるが、モンスターの討伐や薬草などの採取において、情報が不確かなものが存在する。
たとえば、ある洞窟にモンスターが出入りしているので退治してほしいという依頼があったとして、その洞窟内部はどのようになっていて、モンスターはどの程度いるのだろうか。
お宝探しのようなワクワクした冒険ではないが、命の危険を多分に含んだ冒険となる。
貴重な薬草などの採取依頼の場合でも、どこに生えているか情報が無ければ、あちらこちらと生息していそうな地域を探索することになるのだから、冒険と言えるだろう。
しかし、このようなモンスターの討伐であったり、どこにあるかも分からないものを探す依頼などあるはずがなく、もっぱら雑用仕事が多い。
兵になれなかったり、兵になりたくはないが力を持て余す者、手に職がつくような仕事に就けずあぶれた者たちの受け皿となっている職なのである。
「あれくらいの仕事でこの報酬ならいくら受けてもいいんだがな」
「あれだって私がいなければ危ないところでしたよ? それに……元々がそんなにいい話ではありませんし」
それなりの収入を得られたものであるが依頼の発端が発端なだけに、リベルテの顔が少し暗くなる。
「まぁ、な。だからこそ、そんな話は放置しないようにしてるだろ。ま、今日は飲もうぜ、リベルテ」
「レッド、お金が入ったからって馬鹿みたいに飲まないでくださいよ。しばらくの生活費もあるんですから」
努めて明るくしようとしているレッドの言葉を受けて二人は、まだ陽も落ちかけはじめた時間だが酒場に向かう。
オルグラント王国の王都イーシュテルで平民層が利用する酒場は数多くあるが、その中でも二人が向かうのは「どんぐり亭」という酒場だった。
少々かわいらしい名前の店であるが、亭主は元上級の冒険者という経歴の持ち主である。
商隊の護衛任務を数多くこなしてきた人脈で、安酒から少々高い酒まで取り揃え、メニューもいろんな地域に行って美味かったものを、再現したりアレンジしたものを出している。
何より元冒険者ということもあり、馬鹿騒ぎしようものなら店主にボコられるということで、騒ぎすぎなければ安心して飲める酒場として人気である。
もっとも、店主にぶっ飛ばされる馬鹿を見たいということで、態度の悪い新人冒険者などに勧める冒険者や常連が存在していたりする。
「陽が高いというのに人が多いな」
酒場は仕入れのための市場からそう離れてはおらず、客層のため宿が近くにあったりするが、宿に入ろうとしている人が多く道がいつも以上に混み合っていた。
「いえ、この時間に酒場に行こうという私たちが言うことでは……。そうですねぇ、豊穣祭が近づいてきているからじゃないですか?」
「収穫の豊作を祝って、次の年も豊作を願う祭りだっけか。美味い食い物がたくさん出ていいよな」
これから酒場に行くということもあってか、レッドの頭の中は食べ物にばかりに意識が向いている。
「いっぱい食べるにも、もう少し稼いでおきたいところですね」
呆れた反応にたくさん食べることになるであろう未来を思い浮かべ、リベルテは今の手持ちに不安顔になる。
「本当に人が多いなまったく。避けながら動くのが面倒だ」
「っとと。まだまだ祭りは先なんですから、こんな早入りしなくてもいいと、思うんですけどね」
通常であれば人にぶつかることも無く歩ける道であるが、祭りが近いということで出店を出そうとする者、祭りを堪能しようと心待ちにする者など多くの人があちこちの宿に来ている。
泊まれる泊まれないの明暗を分け、泊まれなかった人たちが次なる宿を求めて動いている。
宿の前にごった返して泊まれないとわかってぞろぞろと次の宿へと動くとあれば、王都内の道など混み合おうというものである。
「おっと」
「きゃっ」
レッドとリベルテそれぞれが人とぶつかってしまう。
頑張って避けてはいたが、二人が避けようとしても相手の気がそぞろであればぶつかるのも仕方がないものである。
たまにお互いに避けようとして同じ方向に、という事故もあるのではあるが。
「っと、大丈夫か」
レッドがリベルテに手を差し出す。
「ええ、大丈夫です。ふふ…、そういうところはしっかりと教育が行き届いているのですね」
「女性には優しく、というのは当然だろう」
レッドは口調は荒っぽいが、立ち振る舞いや仕草は正そうとすれば、大手の商会や貴族の前に出ても差し支えはないように思われる。
「あっ! やられた!」
手を引いて立たせてもらったリベルテが、懐を確認してお金を入れた布袋が無くなっている事に気づいて声を上げる。
「マジか!? さっきのやつか? 顔や特徴分かるか?」
本日の酒代が入っているのである。レッドは何時になく真剣な表情になる。
「ぶつかったのはいかにもな商人風の格好の男性だったんですけど。……たぶん、その後走っていった子供の方かな、と。私に気があるのかな~って思ってたんだけど、隙を窺ってたんですね……」
「……そうか、ガキの方か!」
リベルテの後半の言葉をスルーしてレッドは勢いよく走り出す。
「ちょっと! 置いてかないでください! 流さないでください!」
二重の置いてけぼりを受けたリベルテも慌てて後を追う。
楽しみにしていた酒代だったため、レッドの動きはいつも以上の働きを見せ、路地裏でリベルテが追いついた時にはすでに少年を捕まえていた。
だが、少年は必死に抵抗していて、レッドは少し困っている様子だった。
近づくと少年は身を挺して、少年より小さい少女を守ろうとしており、少女がリベルテの布袋を持っていた。
「俺に構わずそれを持って逃げろ! 早く!」
「で、でも……」
「いいから!」
「やっぱりダメだよ、こんなこと……」
レッドはこの状況にどうしたものかと困っており、なんとなく事情を推測したリベルテが少女の肩に手を置く。
「エルナ!」
少年が少女の方へ行こうとするが、レッドが腕をつかんでいるためその場から動くこともできず、バタバタと手や足を動かすだけになっている。
「はぁ……」
もはや面倒な気持ちでいっぱいになってるレッド。
「露骨に面倒くさそうな顔しないでください……。はいはい、孤児院の子でしょう。話を聞きましょうか」
はいはいわかってます、と場を仕切り、エルナと呼ばれた少女を先頭にして孤児院に向かわせる。
捕まっていた少年は騒いで暴れていて、レッドに担がれているその姿は、端から見ればどう見ても誘拐中であった。
「ここが私たちの孤児院です……」
案内されたのは、なんとも年季が入っている建物。
より正確に言うなら、強い風が吹けば飛びそうなほどボロボロということである。
「ふん! こんなボロな所では約束の金は支払えんと思うがなっ!」
ただでさえボロいドアを壊す勢いで出てきたのは、小柄でふくよかな、ありていに言えばチビデブな商人だった。
「これはまた……」
レッドが額に手を当ててうつむく。
「ですねぇ……」
リベルテも同じ格好で同意する。
レッドたちは事のあらましを説明して孤児院の管理人から謝罪されるが、要約すると孤児院の経営が成り立っていないという、見たとおりの話だった。
しかも、前任だった人が先の商人からお金を借りて行方をくらませているというおまけつきで。
リベルテからお金を盗んだ少年はアルトというのだが、孤児院に残っているエルナたちを守るためにお金を盗んでいたということで、予想通りの展開にもはやため息も出ない二人。
エルナたち孤児院で暮らす子どもたちが、存続が危ういボロボロな孤児院を見る姿が痛ましかった。
エルナが近寄ってきて、謝りながら小さな手で布袋を返してくれる。
レッドたちは自身の生活があり、全額渡すわけにはいかないので返してもらうが、後味が悪いので、代わりに幾分かの食料を買って渡して宿に帰る。
もう酒場で楽しく飲む雰囲気ではなくなっていたためである。
「で、動くんですよね?」
「小さな依頼を受けたからな。逃げた奴頼む。こっちは順当に金策だな」
二人は明日からの予定を立てて、早めに就寝する。
明日から忙しくなるのだから休めるうちに休む。
これは冒険者を続ける上での鉄則である。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。