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「うわ~、これはひどいな」
樹皮が剥がされ、それが原因で枯死したと思われる木があちこちで見うけられていた。
すでに倒れている木はまだしも、今にも倒れそうな木もあり、レッドたちがいる林は危険な状態になっていた。
「これでは良い木が手に入りませんね。樵を生業にされている方々の生活に差し障りますよ」
「だな。草もいろいろと食い散らかされているのか土が見えてる。寒くはなっているが、いつもならもっと茂っているはずだから、相当なもんだ」
「どれだけやればいいのでしょうねぇ」
今回二人が受けたのは、繁殖しすぎたフォレストディアの討伐で、ありていに言えば間引きである。
このフォレストディアは繁殖力が強く、猟師が狩りをしてもしばらくするとまた数を見かけるほどである。
その繁殖力ゆえに森林の草木が食べ散らかされてしまうことが度々あるのではあるが、例年よりもその被害が大きいものだった。
他のモンスターに食料とされるフォレストディアだが、今年は木々の被害が多く、猟師の狩りだけでは追いつかないと冒険者に討伐の依頼がきたのである。
被害の大きさからレッドとリベルテ以外の冒険者も受けていて、それぞれ別方向から林に入っている。
「静かに。あそこに2匹見えます」
「弓使うの久々なんだよな……。切り込んじゃだめか?」
普段、剣を使っているレッドは、久しぶりに持つ弓に弦を何度も引いているが、感触はいまいちなようであった。
「そこまで気づかれずに近寄るのは無理ですよ。行くなら逃がさないように追いかけてくださいね」
「あれに追いつける奴いないだろ。なんとか木がやつの逃げ足の邪魔になるように動いて……っても厳しいな」
「では、諦めて弓で狙ってください」
冒険者は雑用から討伐まで、自分で依頼を選びはするが、何でも屋である。
対峙するモンスターの系統を絞る者もいないではないが、その系統のモンスターの依頼が途切れたり、他の者に依頼を取られたら稼ぐ手段が無くなってしまうことになる。
そのため、剣を得意とするものでも弓も使える様に訓練していて、様々な討伐の依頼に対応できるようにしている方が多い。
「いいですか? 私が右側のを狙いますから、左側のをお願いします」
「わかった。……はずしたらすまん」
「そこは説教です。では……行きますっ!」
ヒュッと風を切る音が少し遅れはあるが二つ鳴る。
一本はフォレストディアの首元を貫き絶命させたが、もう一本はディアの肩あたりに刺さった。
突然の衝撃と痛みに矢が刺さったフォレストディアが暴れ、樹皮を剥がされていた木が数本倒れる。
「げっ」
倒れた木の一本がレッドたちがいる方角に倒れてきて、潜んでいた場所から飛び出して避ける2人。
敵が現れたことを知ったフォレストディアが身体を反転させ、一気に駆け抜けていく。
レッドがもう一矢撃とうと構えたときには、木々の合間を縫って駆け抜けるフォレストディアの遠い後姿しか見えなくなっていた。
「すまん。はずした」
レッドの謝罪に、仕留めた1匹から矢を抜いて笑顔を見せるリベルテ。
「いえいえ、久しぶりですからね。仕方ありませんよ」
笑顔であるがレッドは圧を感じていた。
「まだまだ狩る必要がありそうですから、ひとまずこれの血抜きをして運びましょう。こんな重いもの持ち上げるなんて大変ですよね」
もうレッドがやるよね? というのを遠まわしに言っているのがよくわかる。
「俺がやらせていただきます!」
短剣で首筋を切り裂き、後ろ足に縄をつけて、近くの太い木に引っ掛けて吊るす。
単純なようであるが、フォレストディアは成長すると二人以上で無いと持ち上げられないものもいるくらいで、レッド一人でやれたとは言え、かなりの重量を持ち上げて作業したことになる。
「1匹でこれは……きつい……」
腕の筋肉が痙攣し、若干の痛みを伴っている。
レッドが非力なのではない。むしろ、このような巨体を軽々と持ち運べる者がいたとしたら、それは人ではないのだ。
「数は取らないとですけど、そんなに急いでも仕方ないので休み休みいきましょう」
「助かる」
矢をはずしたこともあるが、今回もリベルテに素直なレッド。
元々この依頼は、レッドがたまには討伐系の依頼をやりたいというわがままから受けている。
リベルテとしては『神の玩具』について資料をあさってまとめる作業のつもりだっただけに難色を示していた。
だが、依頼を受けないと懐が寒くなりつつあることと、ここしばらく資料漁りでろくに身体を動かしていないということもあって渋々ではあるが受けることにしたのである。
リベルテが仕留めた1匹を集合地点に運んだ時には、すでに他のチームは戻っており、人数が多いチームはフォレストディアを2匹持ってきていた。
「俺達が最後だったか。待たせてすまない」
「いやいや、そっちは二人でやってるんだろ? それで1匹持って来たなら上等じゃないか?」
レッドの挨拶に返してきたのは「森林の守護者」という女性五人チームのリーダー、アドニスである。
そのチーム名の通り、彼女達は森林で活動する依頼を中心に受けている。
森林で取れる草や木の実などの採取から、今回のようなモンスターの討伐をこなしており、女性5人という構成が冒険者としてもなかなか無いため、注目されているチームである。
「それでも1匹仕留めるのにこんなにかかっては、依頼は厳しかったのではないか?」
そんな苦言を言ってくるのは「漆黒の狩人」という三人チームのリーダー、プロキオンである。
三人ともこだわりの黒染めの皮鎧で、動き方などから元暗殺者じゃないのかともっぱらの噂である。
「さすがにな。人数差もあるってことで勘弁してくれ」
自分がはずさなければ2匹だったと思ってしまうレッド。
実際、アドニスたちは森林での活動に慣れていて、なおかつ5人で連携しているため早く仕留められていた。
また、プロキオンたちはその格好から目立ちにくく、それこそ暗殺者のごとく早々に仕留めていた。
「それにしてもあとどれくらい狩れば良いんでしょうね? しばらく市場に鹿肉があふれますよ」
さすがに言われ続けるのは楽しくないため、フォローも兼ねて話題を変えるリベルテ。
「肉が食い放題ってことでいいじゃないか」
「それだけ溢れた状態なら価値も下がる。多くの人が食べられるようになるだろう」
豪快な物言いのアドニスに対して、人々に対する思いを告げるプロキオン。
暗殺者じみた格好の男の方が、人々のことを考えた発言に違和感しかない面々。
格好が格好なだけに偏見があるのは仕方の無いことだろう。
「今日一日でやる依頼じゃないからね。明日のやる分を考えても合計で最低でも15匹くらいが目処かな? これだけ多く食われてるとなると、15以上はやって構わないさ。むしろ、それぐらいやらないと植林も追いつかないからね」
森林を知る冒険者アドニスの言葉に皆頷く。
「フォレストディアは逃げるだけだが、たまに角で反撃もしてくるからね。気を抜かずにいくよ」
人数の多さと経験もあり、この場を仕切るアドニスに誰も文句はない。
彼女の号令の下、動き出すレッドたちであったが、しばらく重労働が続くことに、張り切りすぎたとレッドは反省するしかなかった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。